"当事者?"としてチェイサーゲームW2に感じる怒りについて
はじめに
この文章は私個人の「お気持ち表明」であって、それ以上でもそれ以下でもありません。本来ならそれは、個人の胸裏にそっとしまっておくものであり、鍵垢でボヤいたり、友人に吐き出される雑多な感想のはずでした。
もっと端的に、洗練された「批評」と呼べる文章をたくさん知っています。けれど、後述の理由により、私はこれを自分自身の言葉で一度アウトプットしなければ気が済まないのでした。
それぐらい、主観的で感情的な文章です。ロジカルな批評もありません。
あくまでアウトプットされたものに対してこう受け止めたという一視聴者の意見であり、個人への非難のつもりは毛頭ありませんが、作品を愛する人には不快に感じられる表現もあるでしょう。
少しでもマイナスな意見を目にしたくないという方は、申し訳ありませんがブラウザバックをお願いします。
チェイサーゲームの事は愛しています
まず大前提として、私はこれでもチェイサーゲームWの事が大好きです。
毎週リアタイだし、主演のお二人のグッズ含め課金できるものはほぼ課金、公式のポストも目にした瞬間にリポストしています。もちろん、放送直後はタグを付けての投稿を心がけ、広告を見ずに済む他の配信サービスだってあるのに、反響につながりやすいTverで再生を回しています。
B4NDの感想も雑誌のアンケートも、なるべく次に繋がるようにって、毎回文字数いっぱいに演じてくれた感謝や良かったポイントをこれでもかって詰め込んで送ってます。
盛り上がって欲しいって本気で思っている、きっとどこにでも居るオタクの一人です。
それから、LGBTが当事者という扱いなのであれば、一応当事者になるのでしょう。異性とお付き合いした事もあったけれど、恋をするのは同性ばかり。
今も20年弱になるパートナーがおり、親へのカミングアウト、公正証書周りも整え、二人で買ったマンションで暮らしています。
なので、一応"当事者"って言っても差し支えはないのかなと思ってます。
まず大前提に感謝はしてる
冗長かもしれないけれど、誤解されるのも嫌だからまず宣言しておきます。制作陣にはとてもとても感謝しています。このドラマのお陰で、色んな出会いがあって、色んな楽しみがありました。
脇役じゃない、女性同士の恋愛を主軸に置いた貴重な日本制GLドラマ、それも地上波です。天才的なキャスティング、そしてそれを引き受けてくれたお二人の美の暴力と繊細な演技の前にはただひれ伏すのみです。
本当に本当にいつふゆをこの世に生み出してくれてありがとう。
じゃぁ何が気になるんだよ?
うん。色々ストーリーがぶつ切りになってしまっている印象は否めないし、整合性が気になる事はあります。年表作るタイプのオタクとしては、なんか色んな矛盾が目にはつくよ。
……でもね、今そんな事は正直どうでもいい。
尺とか予算とかスケジュールとか色んな都合でそうせざるを得なかったのだろうと察する事はできるし、あくまでドラマだからね。
フィクションとして楽しむもよし、チャンネル変える自由だってある。
そう、単なるドラマだったら。あくまでただの恋愛ドラマだって言うならそれで良かった。
けれど、このドラマが「見えないものを見えるようにする」「当事者の背中を押す」ものであると同性愛についてのエンパワーメントを公言するのであれば、ちょっと待ってくれ。言いたいことがある。
色々軽く見すぎじゃね?
言葉が悪くてごめんなさい。
きっと誰にもそのつもりがない事はわかっているよ?
わかっているけれど、アウトプットされた映像を見ると、私が日々直面してきた課題とか、どうにかこうにか必死に乗り越えてきた問題たちが、なんだか雑に扱われているように見えて悲しいのです。
婚姻という概念すら正確に理解しているか怪しい未就学児に言わせる「ママが本当に結婚したい人は樹ちゃん」の台詞。(四者面談の会場は樹の職場)
演者の演技が圧巻だった冬雨が実家と決別するシーン。
尚、冬雨はその時点では専業主婦、来日は多分短期滞在のビザかな。
「普通が何かはママが決めるんじゃなくて、冬雨が決めていいんだよ」そんな勇気を与えてくれたであろう相手からの「おばあちゃんにはちゃんと言おう?」の無責任にも見えるカミングアウトの推奨。
そう、まだ離婚もできていないどころか、職もない、「付き合っている」とすら言うことができない相手とのカミングアウトです。
……もっと先にする事なかったかしら?
仮に配偶者が二人の関係を認め、背中を推してくれるという稀有な状態にあったとしてもです。
2話でヨルムからの告白を受けた樹は言います、「好きな人が居る」と。
5話のカミングアウトのシーンで言います、「好きな人が居るの」「冬雨のこと愛してるの」と。
戸惑いながらも「あなたが幸せでいてくれる事が、何より嬉しいの」と涙して微笑むおばあちゃんに、二人は本当に胸を張れるのでしょうか。
「樹のこと大切にしてあげてね」
おばあちゃんのこの台詞を聞いて、冬雨は何を思ったのかと考えていました。純粋な喜び? 少しの後ろめたさはあったろうか。覚悟したのだろうか。
カミングアウトというのは、とんでもない繊細さと覚悟が求められる行為だと思っています。特に今の社会において、身近な人へのカミングアウトは相手を傷つけるリスクが非常に高い。
これだけ多様性が叫ばれる中ですから、仮に年輩の方であっても、全く存在を知らないという事はないでしょう。赤の他人だったら「そういう生き方もあるわよね」なんて言ってくれるかもしれない。
でも、それが自分の子供や、孫だったらどうかな?
少なくとも私はですが、相手を傷つける覚悟はしたし、縁を切られるまでは行かずとも疎遠になる可能性は考えました。
だって、いいんだよ、言わなくても。言わない思いやりだってあると思う。
特に年配の方にとって多くの場合、同性愛とはそれまで育ってきた価値観の外にあるものです。それを受け入れるのは並大抵のことではない。
傷つきながらも、相手の幸せを願い受け入れようとしてくれるのはひとえに愛に他ならない奇跡だと思います。
そんな無償の愛を示してくれた相手に、このカミングアウトはあまりに不誠実ではないでしょうか。
実は結婚していて子供も居るんだ。幸い旦那さんは理解してくれていて離婚に向けて動いてはいるけれど、相手のお母様は大反対。現在職もない外国人で在留資格も怪しいんだよ。
ああ、そうそう、樹自身の職も危ういんだ。
夢だったゲーム会社は彼女との不倫が原因で辞めざるを得なくてね、次の職も彼女のお母さんが手を回していて、今店は営業すらできていないんだ。
実は自宅にも侵入されて帰れる家がないの。それなのに、嫉妬からホテルを追い出されたよ。でも、こうして私のために来てくれたし? 愛し合ってるんだ。でも、このカミングアウトは相談してないんだよね?
いやいや、カミングアウトしてる場合かよ。
二人で一緒に居る事すら難しい状況で何言ってんの、言わせてんのよ。
そして、そんな大事な話ししてるのに、なんでそんな他人事何だよその女。
正座とかの問題じゃなくて。
樹ひとりの夢を応援して見守ってるわけではないんですよ。
二人の話じゃねぇのかよ。
ヨルムとフリースタイルダンジョンして宣言してたこと、今こそここで言ってやってくれよ!!!
「誠実」はどこ行ったんだ?
正直言えば、まず1話で離婚していなかった事に少しがっかりしました。
けれど、冬雨が「誰に対しても誠実でいたい」「だから待ってくれ」って言った時、とても嬉しかったんですよ。
二人で手を取り合ってひとつひとつの困難を乗り越えて、筋を通していくのかって期待したんです。確かに現実は困難かもしれない。すべての人が納得する結末はないかもしれない。それでも、愛する人と一緒に乗り越えていく、そんな姿に視聴者は勇気を与えられるのかもしれないと。
私にとってこの「誠実」というのはひとつの拠り所でした。
あくまで私の価値観の上で重視しているというだけなのですが、異性愛にせよ同性愛にせよ、誰かと生きていくと決めた時、重要なのは相手の人生に腹を括ろうとする誠実さなんじゃないだろうかと思っています。
細かい整合性なんてなんだっていい。多少ご都合主義でも、彼女たちが誠実に向き合って問題をクリアしてくれるなら、それはきっと希望になれる。
私は、そう期待しました。
だから、この都合の悪い事を全部覆い隠したカミングアウトには心底失望したのです。大好きな作品が、大好きな二人が迫真の演技を見せてくれたとても最高なシーンなはずなのに、状況を考えると途端に裏切られたように思ってしまうのがとても悲しいよ……。
相手を傷つけるなら、傷つけるなりの責任を取るのが大人じゃないかな
二人を取り巻く状況については、様々な意見を目にしました。
理想を言えば、離婚した上で親権や在留資格の問題などをクリアしていてくれる事なんですけれど、これが現実問題かなり難しい。
まず大前提の離婚ひとつとっても、中国では婚姻登記機関に出頭して離婚登記を行う必要があり、そこで双方の離婚意志、財産、子どもの問題を適切に処理しているかなどを確認、審査されるようです。……ママなら絶対手を回しますよね。他にも、在留資格を得るには職が必要なんですが、浩宇も飼育員の仕事ダメになっちゃいましたからね。二人して無職なんですよ……。
こうした背景を考えれば、登場人物たちの状況が簡単に解決するものではないことも理解できます。私自身、不倫には反対の立場ですが、冬雨が過去に結婚した経緯は無理からぬ事だと考えますし、また、日本で樹に再会した時に気持ちを止めるのまた難しい事でしょう。
けれど、そこで思考停止して「仕方ないよね」ってなるのは違うと思う。
ストーリー展開の中で、浩宇の異常な理解の良さや、彼が一人の人間として描かれていないように感じられる部分が気になりました。不倫というテーマを扱うにあたって、その痛みや複雑さが軽視されているのではないかと思わざるを得ません。
主人公たちが抱える問題は現実的なハードルとして理解できますが、それでも尚、私は彼らが自分たちの力で問題に向き合い、乗り越えていってほしかった。その姿が、同性愛者にとっても、不倫された側にとっても「誠実さ」を示すものになったのではないかと考えるからです。
背中を押すという行為は、単に当事者に都合の良い社会を提供することではないはずです。困難に対しても誠実に向き合うこと。それが、視聴者にとっての希望であり、共感を生むのではないかと感じています。
常に正しくあるなんて無理です。どうしても強くなれない時はあるでしょう。状況が許してくれない事だってたくさんある。
けれど、たったひとつ。大事な人を傷つける覚悟をしても尚、手を伸ばそうとするのであれば、そこだけには「誠実」さが必要なんじゃないかな?
そこって物語の根幹でしょう? 基本的に主人公のことなんて応援したいのですよ。だからお願い!希望持たせてくれよ!!
問題を透明化してはならないと思う
脚本家の方のSNSでの発言や公式のインタビューなどから、制作陣の皆さまが性的少数者の持つ課題に対して、誠実に向き合おうとしてくださっているのはわかっています。
けれど、前述の通り、私にはこのドラマはいくつかの重要な問題を雑に、軽く扱っているように見えてしまっているのも事実です。
これは、ご本人たちの姿勢を問題にしているのではなく、ただ、アウトプットされている表現がそのように見えると言っています。
これがあくまでただの恋愛ドラマだって言うならそれで良かった。
そう、ここで、冒頭に戻ります。
このドラマが単なるドラマじゃない社会問題に切り込むものだとして、そして、自身がその問題に少しでも掠っている当事者であるのだとすれば。
アウトプットに対して誠実にフィードバックすることもまた必要だと考えています。いや、どんな熱量でドラマ見てんだよって感じなんだけどさ。
他人の考えている事なんて、言葉を尽くしたってせいぜい3割伝わればいい方だと思います。意見って伝えないと絶対に届かないんだよ。
だから諦めたくないのです。
じゃないと、それこそ私達は見えなくなってしまうんじゃないのかな。
少数派って、さんざん透明化されてきたんじゃなかったっけ? 「見えないものを見えるように」って言ってるドラマが、「嫌なら見るな」ってそりゃないだろ?
意見の相違は必ずしも分断を意味するものではないはずです。
むしろ、ひとつのドラマに対してこれだけ多様な意見が存在する。
意見の分だけ、そこにその人の存在が見えるのだとしたら、それって、もしかしてそれこそが「見えないものを見えるようにする」行為なんじゃないですかね。ねぇ、大成功じゃね?
多様な意見が共存するのが健全な議論だと思うし、違和感を覚えた事については「自身の意見として自身の言葉で」発信する事が重要だと思っています。
相手を傷つけないような言い方や配慮があるというのは大前提ですが、
感じた事実は自分だけのものなので、誰にもそれは否定できないです。
私の意見も、他の人の意見も、どっちも大事だし、必ずしもそこは相容れなくていいです。そこでお互いが傷つかない落とし所見つけるのがコミュニケーションってもんだろうよ。(もちろん距離を取るって選択もある)
だから、雑だけど、一応自分なりにお気持ちを表明してみました。
誰を説得したいわけでもないし、強いて言うなら「私ここにいますー」って言ってみただけ。
もっと洗練した言葉で、わかりやすくまとめている方は沢山いらっしゃるのだけれど、こればっかりは自分の言葉で自分の名前で発信するのが筋だと思ったんだわ。
さいごに
色々書いたんだけれど、異論・依存は当然認める。大いに認めます!!
人の数だけ意見はあって当たり前だし、ちょっと意見が違うことを分断なんて軽々しく扱いたくない。
私にお気持ち表明したくなったらマロでも入れてください。
ここまで読んでくれた方がいらっしゃるなら本当に本当にありがとう。
いよいよ6話ですね。
これだけ色々言ったってさ、いざ放送が始まったら、二人の美にぶん殴られてギャーギャー言ってんだよ。
今日も楽しもうぜ!!
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