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202/1877

幕間 貿易王子と客人。


「それで、今日はどれを飲もうか?」


アネモネ王国。

第一王位継承者のレオン第一王子は自室に招いた客人をもてなそうと、機嫌良くワインの棚から客人に出す為のワインを選別していた。


「…弟共に酒で嵌められかけた割には、随分と太い神経してるじゃねぇか、坊ちゃんが。」

「あれは、正確には酒ではなく薬だろう?」




ヴァル。と、続けるようにしてレオンは目の前で不機嫌そうに自分を睨む男の名を呼んだ。




レオン第一王子の〝客人〟はヴァル、セフェク、ケメトというアネモネ王国の同盟国であるフリージア王国の配達人だった。

彼らは時折こうして今までに何度もレオンの自室へ招かれていた。


ヴァル達も、もともとは配達人の任でアネモネへ書状を届けに来ただけだった。

それなのに謁見の間で国王の隣に並ぶレオンに会う度に酒に誘われた。さらにはフリージア王国でプライドに書状を配達した時にも、偶然フリージア王国に来訪していたレオンに出くわせば必ず「良かったらこのままアネモネで酒でも」としつこく何度も誘われていた。

そして、小さなきっかけから今やヴァルはその誘いにも乗るようになっていた。

結果、フリージア王国かアネモネ王国で誘われる度に第一王子の自室でこうして酒が彼に振舞われている。


「ああ、そういえば今日は是非試飲をと交易先から貰ったワインがあったんだ。」


思い出したようにレオンがワインの棚から視線を移し、その隣に積まれた木箱をテーブルに並べた。そのまま「せっかくだし、一緒に飲もう」とヴァルに笑いかける。

貿易国として頭角を現しているアネモネ王国の第一王子レオンの元には、毎日のように試飲や売出し目的のワインや食料が各地各国からダース単位で届けられていた。それを全て自分の舌で確認し、どこへ売るか、どの程度の量を取り扱い、輸入輸出するかの判断も今やレオン自身が深く携わっている。


「君と飲む酒は楽しくて。ケメトとセフェクも果物は口に合ったかい?」

ヴァルの両脇に座るケメトとセフェクにレオンが目を向ければ、二人でレオンから出された珍しい異国の果物を無心で頬張っていた。返事が無く、ヴァルが「そんなにガキの舌に合ったか」と呟くと突然二人とも顔を上げ、「まぁ、美味しいわ」「お…美味しいです」とレオンとは多少の距離を作りながらも感想を返していた。


「…ったく。毎回毎回俺のご機嫌取りはかまわねぇが…いい加減、何が目的だ?」

そう言いながらヴァルはレオンに差し出されたワインのコルクを素手で抜き、目だけをレオンに向けた。


「主にお前への契約の鎖を解いてまでして、この俺に何をさせてぇんだ。」


レオンはプライドに頼み、ヴァルからの不敬、嘘や隠し事、更には王族としての命令権全てを自分限定で無効にして貰っていた。

それをきっかけに、ヴァルは本人曰く「興味本位」でレオンの酒にも付き合うようになった。

隷属の契約を解かせただけでも意味がわからないのに、更には酒に付き合ってみれば毎回輸入した良い酒をご馳走され、ケメトとセフェクには珍しい果物をご馳走されるだけだった。


「その質問なら最初にワインを御馳走した時にちゃんと答えたじゃないか。」

滑らかに笑うレオンが、また別のワインを開けて自分のグラスに注いだ。そのまま残りはどうぞと言わんばかりに瓶ごとヴァルの前へと置く。




「君と友人になりたい、と。」




レオンの言葉にヴァルが脱力するように天井を仰ぎ、うんざりと息を吐いた。

最初に飲んだ時も、そうだった。

どういうつもりかと聞くヴァルに、何度言っても「友達になりたくて」の一点張りだ。何故選りに選って俺なんざを、と返せば「君だからさ」と返される。そのまま酒を何本も飲まされながら、どうでも良い雑談ばかりを重ねさせられた。ヴァルが適当に答えるか、またはテメェには関係ねぇと一蹴してもレオンは別にそれ以上深く聞き出そうともしなかった。


「そうだ、今日の我がアネモネ王国は君の目からみてどうだったかな?」


最近は食材の流通にも色々力を入れていて、と語り出すレオンの目が早速輝く。ヴァルは適当に話を聞きながら自分でコルクを抜いたワインを瓶ごと仰いだ。


「ケッ、くだらねぇ。ンなもん喜ぶのは国外の連中か上流階級の連中だけだろ。俺らみたいな下層の連中には安い果物のが余程価値がある。」

悪態をつき瓶に口をつけながら、延々と語り続けるレオンの話を打ち消す。そのままヴァルは、自分の前に置かれたまま役目を果たせていない空のグラスを指先で軽く弾いた。


「安い⁇安いのに価値があるのかい?」

話を切られたことを全く気にしないようにレオンは首を捻り、むしろヴァルの言葉に耳を傾ける。

「高い果物なんざ買えるわけねぇだろ。珍しさなんざより食えるかどうかだ。」


そのまま適当に返すヴァルの言葉に、ケメトとセフェクが何度も頷いた。そのまま二人がフォークに刺した果物を一切れずつヴァルへと差し出す。「美味しいですよ」「こっちも」と言う二人に舌打ちしながら、それぞれのフォークから一口で刺されている果物を食べ切った。

そのまま咀嚼音を零しながら「…今はこういうモンも食えるようになったが」と満足げなケメトとセフェクの笑みを見比べながら付け足した。

レオンはヴァルの言葉を興味深そうに聞き入りながら、深く頷いた。今までもこうして単なる雑談からレオンが真剣にヴァルの話に耳を傾けることが何度もあった。


「…君の話は本当に為になるよ。僕にはない視点だから。」

「最下層の人間の価値観が聞きたくて俺に酒を施したってことか?」


そうじゃないさ、と首を振りながらレオンは滑らかに笑む。そのままワインを一口だけ含み、舌で転がした。


「君はいつもはっきりと僕を否定してくれるから。君のその口の悪さも態度も僕には全てが嬉しいんだよ。」


第一王子として周りから御世辞ばかりを受け、更には己の優秀さ故から叱咤や否定の言葉を殆ど受けたこともなかった。

やれば全てが上手くいき、学べばすぐに覚えて身に付けた。次期国王として名が高く、民からの支持も高い。揚げ足を取りたくてもその足すらない。

そのような王子に、誰が指摘や文句を言えただろうか。そして、聞きなれない貴重な自分への指摘の言葉だったからこそ、弟からの偽りの指摘に純粋なレオンは耳を傾けてしまったのだから。


レオンの言葉を聞き、ヴァルは眉間に皺を寄せた。「貶されるのが嬉しいなんざ変わってるじゃねぇか」と鼻で笑えば「そうかもしれないね」と笑顔で受け流された。


「…だから、本当ならヴァルだけでなくセフェクとケメトも僕に遠慮なく言ってくれると嬉しいんだけど…。」


ふと、少し残念そうにレオンが二人へ声を掛ける。するとレオンの視線に気づいたセフェクは、がしっ!とヴァルの袖に掴まり、ケメトは「あー…ええと」と言葉を濁した。そのままセフェクが歯を出して「いーーっだ‼︎」とレオンに小さな悪態をつくのをハラハラとした眼差しで見つめていた。

最初の頃よりはレオンに対して大分警戒心が解けたセフェクだったが、それでも未だ心を開いたとは言いにくい。二人の反応にがっくしと肩を落として項垂れるレオンを、今度はヴァルが可笑しそうに眺めた。


「取り敢えず、彼らと打ち解けないと君の友人は難しいのかな…。」


最初に握手をしてくれた時は何もなかったのに…と。ある意味、今までの人生で数少ない挫折を味わいながらレオンが呟く。それでもまだ、言葉を交わしてくれるようになっただけマシな方だ。最初にヴァルをここに招いた時には一度も返事すら返してくれなかったのだから。


「俺の本音が聞きたけりゃ何で主からの命令を切らせた?」

嘘も誤魔化しもできない自分に命令して尋ねた方が楽に決まってる。そう思いながらレオンに差し出されたままだった二本目のワインに口をつけた。


「いや、だから僕は君の友人になりたいんだよ…。」

はぁ…と溜息を吐きながら、諦めてレオンが頬杖をついた。最近はヴァルの前でだけ自然と砕けた姿も見せるようになっていた。


「僕に好意がない、価値観も違う、育った環境も、国も、何もかもが違う。そんな君と友人になりたいのに、プライドと君との契約なんて邪魔なだけだ。」


ぐいっ、とグラスのワインを一気に仰いだレオンが、そのまま更に三本目のワインを手にかけた。


「…嘘をついても良い、隠し事をしても良い。命令通りなんて論外だ。…僕を騙して裏切れる人と、ちゃんと理解し合って友人になりたいんだよ。」


もう、今回のような事態を起こさない為に。そう呟くレオンにヴァルは舌打ちで答えた。

もともと王族や上流階級の人間を嫌悪していたヴァルにとって、レオンのその言葉は捻れて受けとられた。

…結局は王族の勉強と道楽の延長線かと。自分みたいな外道で最下層な人間を上手くほだせるかの練習かと判断し、今日で誘いに付き合うのも最後にするかと考えたその時だった。




「それに、君は良い人だ。」




「…ハァ?」

何を言ってやがるこの坊ちゃんは、と片眉を上げるヴァルに反して、ケメトとセフェクは果物を食べる手を初めて止めた。

「それに僕に対して誰よりも砕けて話してくれる。プライドは何より大事な盟友だけど、やはり僕は…」


「頭沸いてんのかテメェ。」


舌打ちと同時に再びヴァルはレオンの言葉を打ち消した。


「俺の何をみりゃあそんなめでてぇことが言えんだ。」

酒場で助けた事なら単なる主の命令だと言った筈だろ、とワインにグビッと喉を鳴らしながらレオンを睨む。

更に言えば、レオンは既にヴァルの前科やアネモネの騎士を捕虜にしたことも既にプライドから聞いている。その時は驚いていたが、どうにも調子の良い言葉で飾り立てながらレオンはその事実すらも「既に隷属の契約で罪を償った」と言って受け止めた。そしてヴァルは今でもレオンが腹の中ではどう考えているかわかったもんじゃないと考えている。その証拠に、プライドを挟んだその会話の直後にレオンが発した発言には、一瞬だが小さな殺意も見え隠れしていた。

正直、酒に誘われた時も最初はプライドか自分を嵌めるための罠かとも思ったほどだ。


睨まれたレオンは「何を、って…」と何気なく両脇にいるセフェクとケメトへ目を向けた。だが、ヴァルはその視線には気づいても、意図を全く理解していない。それどころか顔を顰めて「なんだ」と苛々した様子で返してくるヴァルに、レオンの方が少し困ったように眉を寄せて笑ってしまう。そのまま「それに…」と視線の意図は説明しないまま、言葉を紡ぐ。


「プライドがあの時に命じたのは僕の見張りと、正体をバレないように守る事だけだろう?」


あー?と生返事で答える。それが何だとでも言いたい声色でレオンに返すと彼は滑らかに微笑みながら再び口を開いた。


「でも、こうして僕と飲めとは一度も命じられていない。」


チッと再び舌打ちがヴァルから溢れた。指先でトントントンとテーブルを突いて音を立て、忌ま忌ましそうにレオンを睨みながら「何処ぞの坊ちゃんが死ぬ程しつこいんでなぁ?」と威嚇する。だが、レオンは全く気にしない様子でワイングラスを掲げた。


「それに以前も言ったけれど、例えプライドの命令であろうとも君が僕を助けてくれた事実は変わりないよ。」


ヴァルの返事を聞かずに続けるレオンへヴァルはその澄ました顔を苛々と睨んだ。


「少なくとも今の君は僕にとっては良い人だ。」


…どっかで聞いたことのあるような台詞だと、無意識にヴァルはその目をセフェクに向けた。ヴァルの視線の意図がわからないようにセフェクは小首を傾げ、もう一個欲しいの?とフォークに突き刺した果物をヴァルへと再び突き出した。


「ありのままの君で良い。こうして雑談に付き合ってくれれば、今はそれで満足だから。」

そう言って四本目のワインを掲げるレオンに、ヴァルは呆れたように溜息を吐いた。手でセフェクから突き出された果物を断り、テメェで食えと投げかける。そのまま目を晒すようにテーブルの上の空き瓶へ視線を置いた。


「……良い酒出せてる間はな。」


三本目を一気に飲んで空けてテーブルに転がすと、さっさとよこせとレオンから四本目のワインをまた瓶ごと掻っ攫う。


「因みに、そのアンタが望む〝友人〟ってのはどこまでいきゃあソレになる?」

コルクを抜き、先に空になったレオンのグラスに乱暴にワインを注いだ。ゴポッと音を立てて注がれたワインがグラスから溢れかける。


「そうだなぁ…互いがそう思えば、と宰相も言ってくれていたけれど。」

暢気な様子で話すレオンはさらに五本目のワインを開け、どうせ直ぐに空になるであろう四本目のワインの後の為にヴァルの前へ置く。

〝互いが〟ならここで自分が諦めて友人だと適当に嘯けばレオンの自分へのこの執着も終わるだろうか、とヴァルは若干真剣に考えた。

そのまま「あとはー」と繋げるレオンの言葉をどう流して更に酒を出させるか考え、四本目のワインを一気に口に含



「恋の話、…をできるようになってかな。」



ブフッッ‼︎

ゲホッゲホッガハッと、口のワインを吹き出し噎せるヴァルに、セフェクとケメトが驚いて声を上げた。

吹き出したワインが真っ赤なせいで、一瞬本当に血を吐いたのではないかとケメトは顔を真っ青にさせた。その顔色を察してヴァルが眉間に皺を寄せながら「ちげぇよ」と服の袖で口元を雑に拭ってみせる。


「…どんだけ頭沸いてやがるテメェ。」


そう言葉で刺しながら自分とセフェク、ケメトが慌てる様子を楽しそうに眺めるレオンを鋭い眼光で睨みつける。だが、本人は「いや、民からそういう話を聞いてね」と軽い口調で答えた。


「友人同士はこうして酒の肴に恋の話で花を咲かせるものなのだろう?僕は今まで友人もいなかったし、恋とは無縁だったから。」

プライドとも婚約解消したしね、と苦笑するレオンにヴァルは頭を背後に逸らして項垂れる。


「取り敢えず、君とそんな話で盛り上がれるほどの仲になれたら満足かな。…今のところはね。」

項垂れるヴァルを楽しそうに見ながら、レオンはとうとう含み笑いまで漏れ出した。


「そういう浮ついた話は俺より主ンとこの王子サマか騎士のガキにでも頼め。」

空になったワイン瓶が邪魔になり、テーブルの上から適当にどかして床に転がす。セフェクとケメトが食べ終えた果物の皿を前に手持ち無沙汰そうにヴァルを見上げた。それを見てヴァルは今さっき飲み干したばかりの四本目のワイン瓶を掴み、今度こそ帰ろうかと口を開こうとした途端。「え?でも…」とレオンが先に声を上げた。





「ヴァルはプライドが好きなんじゃないのかい?」





ビキィッ‼︎と、ヴァルの掴んでいたワイン瓶が握力だけで悲鳴を上げた。


「…アァ?」


ギロリ、と酒のせいではなく血走った目が真っ直ぐにレオンへと向けられた。


「だって、君とプライドが城で一緒にいる時は、必ず君がプライドを口説いているじゃないか。……違うのかい?」

「ッ誰があんなクソガキッ‼︎」


からかってるだけってのがわかんねぇのか⁈と怒鳴りながら睨むヴァルにレオンが滑らかに笑う。そのまま「そっか」とやはり軽い口調で話を切られた。


「…良いなぁ。城下の民は毎日酒場でこんな話をして盛り上がっているのかい?」

ワイングラスを飲み切り、更に六本目のワインを取り出しレオンは栓をしたままテーブルの上に置く。


「羨ましいなら、今度こそテメェの意思で城下にでも抜け出すか?」

ケッ、と吐き捨てながら五本目のワインを仰ぐ。それともその手助けが欲しくて俺の機嫌を取ろうとでもしてんのかと言おうか考える。



「しないよ、絶対ね。」



はっきり、と。

確固たる意志を持って断ったその声にヴァルがレオンの方へと振り向いた。見れば、真っ直ぐな眼差しと全く酔いを感じさせない白い肌の顔が自分に向けられていた。


「僕はこの高潔さを死ぬまで守り抜く。この国と民の為に生きて死ぬ。時にはその為に遠い国へと危険な長旅をしたり、戦場へ身を投じることもあるだろう。国と民の為なら喜んで僕は行く。でも、…僕自身の欲だけの為に規律を破りはしないよ。」

たとえ君からの誘いでもね。と笑うレオンを、ヴァルは正面に捉え、口を結んで眉間に皺を寄せるとそのままじっと眺めた。


『ありがとう、ヴァル。…もう少し、頑張ってみるわ。』


国と民の為に生きて死ぬ。そう語ったレオンの瞳はどこか、いつかの誰かによく似ているとそう思えてしまった。


「……………王族っつーのも、めんどくせぇもんだ。」


ぼそり、と零すヴァルにレオンが首を捻った。そのまま「何か言ったかい?」と聞き返すが、ヴァルから二度目の返答はなかった。

何か考えこむように黙るヴァルへ、レオンは彼の分のグラスに六本目のワインのコルクを抜き、注いだ。初めて役割を全うできたグラスがなみなみとワインを注がれ輝いた。


「…いつか、君の本音を聞いてみたいな。」


滑らかに笑み、ヴァルの分のワイングラスを彼へと差し出す。顔をしかめたヴァルは、手の中の五本目のワインを一気に仰ぐと適当にテーブルの下に転がし、レオンからのグラスを受け取った。


「……坊ちゃんが、俺より酒を仰げるようにでもなりゃぁな。」


ぐい、とグラスを大人しく傾けるヴァルにレオンの目が輝いた。


「それは、また飲んでくれるという意味かい?」

チッ、と舌打ちをしながらヴァルが目をそらす。つい口が滑ったようにそのまま「酒にもよるが」と返した。

「なら、今度は僕のことをレオンと呼んでほしいな。友人というのは名で呼び合うものなのだろう?」

「あー?…先ずは俺と同じだけ酒仰げるようになってから出直」





「なら今飲もうか。」





カン、カン、カンカンカンカン!と。

レオンが笑顔を崩さないまま、テーブルにワインボトルを一気に六本並べた。目を丸くしてそれを見るヴァルに、そのまま滑らかな笑みを返す。


「僕も一緒に多少は飲んだけど、これ全部飲めたら取り敢えずは君の及第点かな。」


おい待て、とヴァルが若干引き気味にレオンを見る。自分からとはいえ、第一王子を酒で潰したなどプライドに知られたら面倒なことになる。

なみなみと自分のグラスにワインを注ぎ、優雅に味わい飲み込むレオンを力尽くで止めるべきか考える。だが、そうこう眺めている間にもレオンはまるで水でも飲んでいるかのようにワインボトルを一本、二本と空けて行く。飲むペースだけで言えばヴァルより遥かに早い。あまりのハイペースと、自分と同じく顔色の全く変わらないレオンに開いた口が塞がらなかった。

それに気づくとレオンは笑いながら「どのワインも美味しいからね」と答えた。当然、問題はそこではない。


「僕、酒で酔ったことないんだ。」


口元を布巾で丁寧に拭いながら笑うレオンが、そう語ったのは宣言通りにワインを六本空にした直後だった。そのまま「あの一件があってから、自分の許容量は知っておこうと思って試したことがあってね」と語る。


「テメェに弱点はねぇのか…。」


嵌められた。なんとなくそう思いながらヴァルが頭を痛そうに片手で抱えながら俯いた。酔ったのかと両脇でセフェクとケメトが心配そうに顔を覗き込む。


「そういう君だって強いじゃないか。」

レオンの言葉に舌打ちをして返す。ヴァル自身、今までいくら仰いだところで酒に潰されたことは無い。だが、自分以外で酒に酔わない人間を見るのは初めてだった。


「良い飲み仲間になれそうかな?君の。」

「テメェの酒棚全部空にしてもよけりゃあな。…レオン。」


今までで一番大きな舌打ちを返しながら、ヴァルは手の中にあった六本目のワインを一気に飲み干した。大丈夫、毎日補充されるから。と笑うレオンにうんざりしながらヴァルはさっさと七本目の酒を寄越せと、レオンに掌を見せた。


「ッ…ヴァ…ヴァルはっ‼︎」


突然、さっきまで黙っていたセフェクが声を上げた。そのままレオンへ伸ばしたヴァルの腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。突然のことに「アァ?」と眉を潜め、レオンが目を丸くした。


「ヴァルは!〝私達の〟家族だからっ‼︎」


そのままヴァルの腕にしがみ付くセフェクに呼応するように今度はケメトが反対側からヴァルの裾を掴んだ。「そっ…そうです‼︎僕らのです!」と引っ張ったヴァルの服で隠れるようにしながらレオンを見つめる。


「…おい、テメェら。今更なに言ってやがる?」


まさか酒の匂いで酔ったのかと、半ば本気でそう思ったヴァルが左右の二人を見比べる。二人ともくっついて離れないわりに、自分ではなくレオンをじーっと威嚇するように見つめていた。


二人は、知っている。

ヴァルが嫌々で二度以上誰かと酒を飲んだりはしないことを。

既に何回か酒を交わしている時点で、レオンをヴァルが嫌ってはいないことを。

時折、仕方なしにレオンと雑談を交わすヴァルが楽しそうにしていることを。

主であるプライドに、何やらレオンへの〝命令〟を解かれた日から確実にヴァルのレオンへの見方が変わっていたことを。

だからこそ。


「ふっ…ははっ…はははははっ…‼︎」


自分を威嚇するその四つの目に、レオンは堪らず笑い声を上げた。こんなふうに腹から笑うのは彼にとって初めてだった。

意味がわからず目を丸くして二人を見比べるヴァルが、今度はテメェかとレオンへ眉間に皺を寄せた。


「ははっ…あ〜…成る程…ははっ…!」


可笑しくて可笑しくて、笑い過ぎて目尻に涙が溜まった。

レオンがやっと理解する。今までは普通に接してくれたケメトとセフェクがヴァルと飲むようになってから冷たくなった理由を。

てっきり自分がまだ信用されていない、嫌われてしまったのだと思っていた。ヴァルやプライド、そして彼らにも色々迷惑をかけたからこそ嫌われたのか、それとも自分という人間が二人には嫌悪の対象なのかと色々考えたりもした。だが、今ならわかる。


彼らは、僕に嫉妬してくれている。


彼らにとって大事な存在であるヴァルに、近しくなり始めている僕に。

〝嫉妬〟その感情を弟達から向けられていたと知った時は辛く、悲しかった。

でも、こんな、見ているこっちまで胸が暖かくなるような可愛らしい〝嫉妬〟もあるんだなと初めて思う。


「…なら、少しは近づけている証拠かな…。」


なんとか笑い終わり、顔を上げて改めてヴァルを挟むケメトとセフェクを見る。ヴァルの腕を掴み、袖を掴み、ぴったりくっついて離れない二人。

城下を降りた時に何度か目にした兄弟や親子を思い出し、思う。

なんて愛しく、可愛らしいのだろう。


「なんだか…余計に君達が好きになってきたよ…。」


内側から溢れてくる愛しさから笑みがこぼれる。それを見たヴァルが「気味の悪いこといってんじゃねぇ」と嫌そうに顔を引攣らせた。


…やっぱり彼と、彼らと友人になりたい。

自分に無いもの全てを持って、それを遠慮なくぶつけてくれる彼らだからこそ。

ただ言葉を交わすことが、こんなにも楽しくて堪らない。

そして関わる度に様々な感情に胸が浮き立つ。



今はひたすら焦がれる〝友人〟に。



「…君になら、プライドを譲っても良いかな。」


アァ⁈と半ば混乱気味のヴァルから、部屋の外まで響く怒鳴り声が響き渡る。その後すぐに「難しいと思うけどね」とからかうように笑うレオンに怒り、ヴァルが今度こそセフェクとケメトの手を引いて部屋から出て行ったのはその直後のことだった。







そして、再びレオンの部屋で大量のワイン瓶の中身が定期的に一晩で消えるようになるのは、僅か一週間後の話になる。


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