覚醒者。マルクス主義。多数決の否定。

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ニーチェが言うところの病者の光学。社会から疎外された病人だからこそ見えることがある、ということだろうが、健常者が病人になってしまうケースもある。マルクス主義がその典型であろうし、フロイトも場合によってはそうかもしれない。10代後半にわれわれは認識の大転換を経験することがままある。いろいろとウソを教えられているのが子供時代だから、青年期になって「あれは嘘だった」と新しい真実に覚醒する。おそらく子どもに教えるウソよりは、新しい真実のほうが正しいのだろうが、サンタクロースはいないということを、世界ではじめて自分が発見したと考えたりするのは(とてもありがちな)誤謬である。普通であれば、そのような新しい認識の衝撃を、噛み砕いて丸めて消化するのだが、なぜかマルクス主義は先鋭化に先鋭化を重ねた世界史的な運動となり、数多の悲劇を生んだのである。新しい真実に目覚めた覚醒者がコミンテルンとか共産党とか、そういうのに取り込まれれば、ミイラ取りがミイラになるというか、また新しいウソの犠牲になるだけだが、半世紀ほど前だと、そういう結末には気づかなかったようである。21世紀のわれわれが共産主義を失笑するのは容易いが、もし20世紀にタイムマシンで戻ったとして、熱病に浮かされた活動家たちを説得できるかと言うと、たぶん無理である。マルクス主義のおかしさは一党独裁であり、最高指導部が理論的に決めたことを投票で覆せない仕組みである。彼らは多数決を否定しているから無敵である。経済学の理論の問題ではなく、多数決の否定がマルクス主義の根幹である。民主主義的に多数決で決めるべきだとわれわれは素朴に信じていても、それが最高のシステムだと立証するのは難しい。共産党内部での内ゲバも、要するに多数決を否定しているから頻発する。多数決で丸めるのがいいというのは、様々な恐怖政治が血を流したあとに得られる妥協の産物である。
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