158.そして帰国する。
「カラム…プライド様…?」
ふと、別の声がして振り返るとアラン隊長だった。ステイルの背後に控え、更にはその背後にはアーサーとエリック副隊長までいる。何故か全員驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。さっきまで放心状態の私が動いているからだろうか。
皆、ちょうど戻ってきたようで良かった。さっきまでの迷惑をかけたことを謝ろうとした瞬間
「あ!いや、これは、だな⁈」
カラム隊長の大声が響いた。何故か言い訳するように顔を真っ赤にしたまま声を上げるカラム隊長に首を捻る。目だけでなく、口まであんぐりと開けた四人がどこか一点を凝視しているのに気づき、その先を追えば私が握り返したカラム隊長の手だった。もしかして、第一王女に不敬とか誤解を受けてしまっているのではないかと不安になる。いや、でも今は少なくとも私がしっかり握り返している方なのだけれど。
「カラム隊…、…カラムに相談に乗って貰っていました。お陰で整理がつきました、本当にありがとうございます。」
失礼にならないようにカラム隊長の手を掴む力を緩めると、するりとカラム隊長の手も解かれた。
そのまま四人に向かって「迷惑かけてごめんなさい。もう大丈夫だから。」と笑って見せるとそれぞれから返事が返ってきた。
「本当に…大丈夫なのですか、姉君。先程のこと…とか。」
「ええ、もう平気。カラム隊長のお陰です。…今は、ただ嬉しいわ。」
思わず照れ笑いを浮かべてしまうと、何故か四人とも未だ安心できないように私とカラム隊長を交互に見比べた。
「ッおい主‼︎いつまで待たせるんだ!さっさと帰らねぇと暗くなるぞ!」
急激に怒鳴り声が聞こえて全員が振り返る。
見ればヴァルが待ちくたびれたといった様子で荷物を積み終えた馬車に体重を預けてこちらを睨んでいた。舌打ちを繰り返しながら、苛々と私達が馬車に乗り込むのを待っている。
「……取り敢えず行きましょうか、姉君。話の続きは馬車の中で是非。」
ステイルがため息混じりに呟いた。私が答えると、全員が緩やかに馬車に向かって歩き出す。ふと見るとアラン隊長とエリック副隊長が楽しそうに、…若干ニヤニヤとしてカラム隊長を肘で突き、「何かあったんですか?」と声をかけていた。
「…アラン、エリック。どちらか馬車の運転席と変わってくれ。」
顔を未だに真っ赤に火照らせたカラム隊長に二人が断る。…まぁ、服装からして着替え直さないといけなくなるものね。毎回馬車の中ばかりで疲れたのだろうか。
アーサーがカラム隊長の背後から若干目の奥を眩しく光らせて未だに私とカラム隊長を見比べていた。最後に私と目が合うとその瞳が「やっぱカラム隊長すごいですよね⁈」と物語っていた。そのキラキラした眼差しがなんだか可愛くて、私が笑って頷くと今度は凄く嬉しそうな満面の笑みが返ってきた。本当にカラム隊長が大好きなんだなと思う。
アラン隊長とエリック副隊長が運転席に乗り、私達も順々に馬車に乗り込む。そのまま馬車が揺れ出すまで、何故か微妙な空気が馬車の中に充満した。
アーサーは明らかに詳しく聞きたそうに私とカラム隊長をまた見比べるし、そのカラム隊長は部下の目線に照れているのか顔を真っ赤にしたまま上げようとしない。ステイルが「それで、姉君。先ほどの〝嬉しい〟とは…?」とゆっくり問いかけてくる。
私が何とか順序立ててカラム隊長が何といってくれたか説明しようとしたけど、躊躇ってしまい上手く言葉に出なかった。
正直本人を前にして話すのって私も恥ずかしいけどカラム隊長はもっと恥ずかしい。後で、と言いたいところだけど未だ馬車がアネモネ王国の門を出ただけだ。ここからフリージア王国まではかなりかかるし、それまで沈黙に耐え切れる自信も…
コンコンッ
突然、馬車の窓を叩く音がする。…走行中の馬車の窓を。
誰なのかは全員が検討がつき、アーサーが私とステイルに確認をとってからカーテンを開けた。
窓からヴァルがケメトを肩に担ぎ、セフェクを足に掴まらせて私達の馬車の隣を並走している。特殊能力で足元の土の塊を地面に滑らせて、まるでサーファーのようにして移動している。馬車もそれなりのスピードの筈なのに、それを難なく付いてきてるのが流石だ。
「なに?」
私が窓越しに尋ねるとヴァルが煙たそうな表情をこちらに向けてきた。
「人が荷運びさせられてる時から馬車の中まで面倒くせぇぞテメェら。」
まさかの開口一番に苦情だ。どうやらさっきまでの私達の会話も聞き耳を立てていたらしい。ステイルが「お前には関係ない」と切り捨てたが、構わずヴァルが舌打ちを繰り返す。
「主が口付けされたのが口や頬かだ、主があの坊ちゃんに惚れたかどうかだ、これだから騎士や王族サマは。」
ゴホッガハッ‼︎
まさかのヴァルの歯に衣着せない爆弾発言に男性陣全員が咳込む。私が「ちょっと‼︎」と窓を叩くとヴァルが初めて楽しそうにニヤニヤと嫌な笑みを向けてきた。詳しいことはしらねぇが、と言いながら窓越しに私を至近距離で見る。
「でぇ?どうなんだ、主。あの坊ちゃんに唇奪われたか?その拍子に本気で惚れちまったか?それともそれすらも超えてとうとう〝女〟にー…」
「口付けされたのは頬だしレオンとはそれ以上何も無いし彼は私の大事な盟友でそれ以上でもそれ以下でもありませんっ‼︎‼︎」
ヴァルがこれ以上変なことを言う前にと、一気に打ち消すように大声で彼の問いに返事を重ねる。怒りのあまりその場に立ち上がったら、場所が悪くて思い切り天井に頭をぶつけた。それを見てヴァルが窓の外から私を指差して笑う。ヒャハハハハハッ!という笑い声が腹立って、この場で何か命令してやろうかしらと本気で思う。
「ッだとよ!良かったじゃねぇか?なぁ野郎共‼︎」
更に笑い声を上げるヴァルに、誰かそろそろキレ出すんじゃないかと思ってそっと振り向く。が、
「……………………。」
何故かカラム隊長もステイルもアーサーも私達から顔を逸らしたまま何も言わない。ちらっと見える耳が三人共赤い。私が頭をぶつけた姿がそんなに可笑しかったのだろうか。そういえば馬車の運転席からも苦情が無い。
「ったくよォ、たかが口付けだろ。頬だろうが口だろうが胸だろうが足だろうがどうでも良いじゃねぇか。」
「「ッ良くない‼︎‼︎」 」
ヴァルの怠そうな発言にステイルとカラム隊長が同時に声を上げた。やっとこっちを向いてくれたと思って見れば二人とも顔が真っ赤だ。
「あの坊ちゃんが不憫だぜ。婚約者だってのに主には〝盟友〟扱いで更にはベッドどころか口付けぐらいで周りがぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあと…」
「あの時点ではもう婚約者ではない!〝元〟婚約者だ〝元〟‼︎」
「…………………は?」
ステイルの荒げた声にヴァルが驚いたように目を見開く。怠そうに馬車の窓縁に突いていた肘から顔を起こす。顔を真っ赤にしたステイルが珍しく怒りを剥き出しにして怒鳴る。カラム隊長も、怒鳴り声に振り返ったアーサーもこれには少し驚いていた。
「姉君はレオン王子と婚約解消したッ‼︎今はもう姉君は誰のものでもない‼︎」
ステイルの言葉にヴァルが目だけでなく、口までぽかんと開いたまま話さなくなる。どうしたのかと思った瞬間、
思いっきり体勢を崩して窓から消えた。
「ッどわ⁈」という叫び声と、ケメトとセフェクの悲鳴が聞こえて一瞬焦ったけどすぐに馬車の後方から「ちょっと‼︎危ないじゃない!ちゃんと操作しなさいよ‼︎」とセフェクの元気な怒鳴り声が聞こえてきてほっとした。
その後、少しの間窓から様子を窺っていたら再びヴァルが能力で並走してきた。
「おい、今の婚約解消ってのは本当か主。」
結構おもいきり体勢を崩したのか、若干焦茶色の髪が乱れてる。
それを気にしないようにジトリと私を睨むヴァルに「まだ公表はしていないから誰にも教えてはいけません」と命じながら頷くと、暫く並走したままじっと私の目を窓越しに覗き込んできた。どうやら私が婚約解消したこと自体はまだ知らなかったらしい。
じーーーっと睨まれ続けたと思ったら、そのまま何も言わずに今度は馬車より加速するようにして窓からヴァルの姿が段々と消えていった。何だろう、と思ってステイルや顔を上げたアーサー、カラム隊長と首を傾げ合う。
すると、どうしたのか今度は馬車が次第に減速し始め、緩やかに前進をやめて止まった。
何かあったのか、カラム隊長が運転席の二人に向かって声を掛けようとした瞬間
「ヒャッハァ‼︎‼︎」
突然、ヴァルの笑い声が聞こえたと思ったら馬車の中でもわかるほどの地響きが唸りだした。
まさか、まさか、まさか⁈
もの凄く覚えのある振動に窓を覗き込むと、完全に馬車ごと周囲の地面が盛り上がっている。アーサーも察しがついたらしく、「馬ごとかよ⁈」と声を上げた。同時に運転席から馬が驚いたように悲鳴を上げた。
ガガガガガガガガガッと地鳴りが続くと思ったら、次の瞬間私達は思い切り重力に引っ張られた。高速で地面が滑り出し、まるで急発進したバスの中にいるように私とステイルは背もたれに押しつけられ、アーサーとカラム隊長は前のめりに倒れかかった。
「ッなんだこれは⁈敵襲か⁈」
「いや違います‼︎これっ、多分ヴァルの特殊能力でっ…」
「馬車ごと地を動かしているのか⁈」
カラム隊長の疑問に答えるアーサーと、運転の荒さに眉間へ皺を寄せるステイルがヴァルが居るであろう運転席側を睨む。
ヒャハハハハハハハハッと運転席の方から楽しそうなヴァルの笑い声と何故かアラン隊長の興奮した声まで聞こえる。
「すっげぇぇえええ‼︎‼︎なあ!もっと速くできんのか⁈」
「アラン隊長‼︎コイツを増長させないで下さいっ‼︎」
むしろもっと速度を落とせ‼︎と珍しく今度はエリック副隊長が怒ってる。
更にはアラン隊長の希望に答えるように重力がさらに強まり、スピードが上がったのがわかる。
窓の外を見たらもの凄い速さで景色が過ぎ去っていた。またあのジェットコースターだ。確かにこの方法なら馬車より遥かに早くフリージアに着くけど!でも隣国だし別に馬車でも今日中には到着できるのに‼︎
「ッッヴァル‼︎もっと速度を落としなさいっっ‼︎」
私の命令で馬車のスピードが緩やかに落ちていった後も何故かずっと上機嫌のヴァルの笑い声が響いた。
なんとか息をついた私達の馬車がフリージア王国に到着したのは僅か一時間足らず後の話だった。