REITなどの業務を数多く受託する鑑定事務所の経営者は、「5000億円超えの鑑定など、我々が一生に一度担当するかどうかの仕事」と話す。今回の評価額は、本誌が把握する国内最高額の取引事例である、大手町プレイス イーストタワー政府保留床の落札額4364億円(2022年)を優に上回る。

 5月30日付の鑑定書は、都内の不動産鑑定事務所(所属鑑定士2名)の代表X氏によるもの。鑑定評価額5012億円のうち、成田国際空港からの借地を除いた所有権部分19万6000m2が3411億円。これは土地造成の完了を前提とした価格で、1m2あたりの単価は174万円(1坪575万円)になる。造成前の開発素地は同157万円だ。X氏はどのように、これらの価格を導き出したのだろうか。

採用した事例地はいずれも成田プロジェクト用地内に存在
採用した事例地はいずれも成田プロジェクト用地内に存在
【注】マーカーは取引に含まれる画地の地番に対応。写真は2023年10月撮影 ©2024 Google、Airbus、CNES/Airbus、Maxar Technologies
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【注】 裁判資料の鑑定評価書を基に本誌作成。鑑定書記載の所在は町丁目のみだが、本誌が対象地を特定。一部は建物名で示した。補正は「対象地/事例地」の順で、100を基準とした割合。「買い進み」は、一般に価格高騰分の補正を、「環境条件」は大型店の有無や店舗の連担性などを示す。倍率(%)は本誌による算出
【注】 裁判資料の鑑定評価書を基に本誌作成。鑑定書記載の所在は町丁目のみだが、本誌が対象地を特定。一部は建物名で示した。補正は「対象地/事例地」の順で、100を基準とした割合。「買い進み」は、一般に価格高騰分の補正を、「環境条件」は大型店の有無や店舗の連担性などを示す。倍率(%)は本誌による算出
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 同氏は原価法を使って、開発素地の価格に造成工事費と付帯費用を加え、更地価格を算出した。さらに開発型DCF法で得られた価格と比較検討し、最終的に原価法を採用して所有権価格を決定した。まず、開発素地の価格を算出するため根拠として用いたのが、A〜Eまで五つの取引事例と、一つの公示地価だ(上の表)。事例のうちA、B、Cは成田空港近くの小菅地区に位置する一方、D、Eは駅近の市街地に所在。最終的に、後者二つは不採用とし、事例A〜Cを素地価格の算定根拠とした。

土地価格の算出プロセス
土地価格の算出プロセス
【注】 裁判資料掲載の鑑定評価書を基に本誌作成。土地の所有権価格決定に関する主な内容のみを示した。*原価法における素地価格算出には取引事例比較法を準用
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計算過程抜粋
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 一瞥(いちべつ)して違和感を覚えるのは、これらA〜Cの取引価格が171万円/ m2前後で、ほぼ一致していることだ。鑑定書には「事例A、B、Cは対象不動産の売買に関するものであり、取引後の金銭のやりとりも確認できたので採用した」とだけ記されている。その所在は町丁目レベルで示されているのみだが、本誌は別途入手した投資家向け資料や登記簿などにより、それぞれシリーズ成田12号、18号、17号の組み入れ資産であることを確認。さらに、残り二つの事例地を含めたすべての物件の詳細を特定し、これらの材料を基に、合計7人の不動産鑑定士へのヒアリングを行った。いずれも不動産証券化などの現場で活躍するプロ中のプロだ。彼らの指摘のうち主なポイントを、次ページの囲みに示した。

 桐蔭横浜大学客員教授であり、かつて東京地方裁判所の鑑定人として1000件超の裁判鑑定を実施した経験を持つ不動産鑑定士の田原拓治氏は「利害関係人による取引事例を採用することは、鑑定評価の基本原則に反する」と指摘した上で、「著しく不当な鑑定評価だ」と言下に断じる。田原氏が特に看過できないとするのは、表中の個別的要因の項目において、評価対象地(成田プロジェクト用地)よりも、JR成田駅前にある公示地の方が繁華性が約5割も劣るとした点だ。「市街化調整区域が商業地よりも好条件になるというわけで、これは常識的に考えてあり得ない。失当もはなはだしい」(同)。

 地元の不動産会社によると、成田プロジェクト計画地の本来の土地相場は1m2 あたり1万円から、高くても3万円程度だという。このうちいくつかの土地については、取引の経緯が判明している。例えば、前述の取引事例Aに挙げた土地(小菅169ほか)は、共生バンクのSPCが地権者個人から取得し、「みんなで大家さん販売」(本社:千代田区)へと転売。さらに、別のグループ会社、都市綜研インベストファンド(本社:大阪市)が取得し、シリーズ成田12号(みんなで大家さん成田12号)の名で商品を組成した。組み入れ価格(簿価)は鑑定書記載の通り170万8268円/m2で、少なくとも元値の50倍以上になった。

 こうした値付けの不透明さについては、大阪府と東京都も「周辺の固定資産税標準宅地(編注:ヒルトン成田敷地)価格である1万6400円と比べ、100倍以上の差がある」と、かねて指摘してきた。他方、共生バンクの栁瀨健一代表は、2021年の著書「成田空港の隣に世界一の街を造る男」の中で、「土地購入費を含めた経費は30億円程度」と告白している。これを、グループが所有権を保有する土地の面積で割ると、1m2あたり1万5000円程度に相当する。上記の本によると、設計費や造成費を足しても約100億円だ。同社は当局に対して、「素地から地区計画、開発許可を取得して得られた開発利益を、譲渡益としていったん実現し、その利益で造成、建設」すると説明。傘下ファンドへの高値転売を正当化してきた。今回の鑑定書の内容は、この主張を追認しているように見える。

 なお、栁瀨氏に絡んで、鑑定士X氏の名前が挙がるのはこれが初めてではない。かつて栁瀨氏が代表を務めていたコンサルティング会社、エル・シー・エーホールディングスは、有価証券報告書の虚偽記載などを当局に指摘され、旧東証2部を上場廃止となった。2009年、同社が実質的な債務超過状態にあった際、過大に評価した不動産を関係先から現物出資させ、貸借対照表上の資産を水増しした疑い。第三者委員会の報告書によると、X氏は栁瀨氏ら経営陣の依頼でこの粉飾に関わったとされる。X氏には、別のベンチャー企業の不正増資に加担した疑いで、2012年に国土交通省から業務停止1年間の処分を受けた経歴もある。同氏は本誌の取材依頼に対して「守秘義務があるので答えられない」と話している。