患者は避けられないのか 医療事故“リピーター医師”の衝撃
“1人の医師が複数の医療事故を繰り返す”ー「リピーター医師」の問題が去年から今年にかけて、各地で相次いで発覚しています。ある病院では1人の脳神経外科医が関わった手術で8か月間に8件の医療事故が起きていましたが、その事実は公にされないまま医師は別の病院に移っていました。今の制度のままでは、患者は「リピーター医師」を避けることも、医療事故を防ぐこともできないのではないか。父親を失った遺族の声に押され、実態を取材しました。
(プロジェクトセンター ディレクター 高橋裕太)
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透析目的で入院したはずが・・・父を亡くした女性の訴え
関西地方に暮らす看護師の女性は、去年入院中の父親を亡くしました。90歳だった父親は、透析治療を続けていましたが、去年1月、新型コロナウイルスに感染。その日のうちに透析を受ける必要があり、大阪市内の民間病院に救急搬送されました。しかし、入院から5日目の深夜、息を引き取ったのです。
「父親は90歳でしたが、一応自分のことは自分でできていたんです。それが・・・びっくりです。どういうことですかって」
死亡診断書にあった死因は「窒息による低酸素脳症」。新型コロナは直接死亡には関係していないとされました。一体何が起きたのか。不信に思った女性がカルテを開示してみると、思いもよらないことが発覚しました。
透析治療を目的に入院したはずなのに、父親がそれまで受けていたHDという透析を受けた形跡が、カルテに見当たらなかったのです。
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父親を亡くした女性
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「父親の入院に対して『どういう適応で入院の判断となったかは不明です』と書いています。私の父親は透析目的で入院しているので、最初に対応した医師が、父親のことを把握してないということに驚きました。その後、このカルテをどれだけ見ても、診察した結果がないんです」
さらに女性を驚かせたのは、このカルテを書いた医師(A医師)の名前でした。
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父親を亡くした女性
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「完全に透析を忘れていると思いまして、どんな医師なのか調べてみました。そこで初めて、この医師が過去に8件の医療事故を起こした医師だったと知ったのです」
なぜ、透析が行われなかったのか、そして、なぜ父親は亡くなったのか。女性は、病院側に説明を求めましたが納得できる説明はなく、裁判を起こすことに。その中で病院は、「(HDの)透析をしなかったことのみが原因で、死亡したとは認められない」と主張し、医療事故とは認めていません。また、A医師は女性の質問に対して「自分にはこの患者を診療する義務はなかった」と主張しています。
その医師が関わった手術で8件の医療事故が
救急で運ばれた父親の初期対応をしたA医師。2019年から2021年にかけて、兵庫県の赤穂市民病院に脳神経外科医として勤務し、就任して8か月間に行った8件の手術で医療事故が起きていました。
A医師とはどんな医師だったのか。私たちは、赤穂市民病院の医療スタッフに話を聞くことができました。就任当初は病院としても大きな期待をしていたと言います。
「わりと若い先生だったので、期待のホープ。人当たりもよく、いい先生が来たなという感じでした」
しかし、すぐにそのイメージは変わっていったと言います。
「明らかにしてはいけない行為。例えば、薬の投与の方法が間違っているということもありました。オペして帰ってくる患者さんも、ごくまれにしか起きない合併症がほぼ必発のような感じなので、ありえません」
今回独自に入手した8件の事故報告書によると、カテーテルで血管の壁に穴を開け、最終的に死亡に至ったケースや、脳腫瘍の切除後、重度の意識障害になったケースなど、取り返しのつかない医療事故が繰り返し起きていました。そのうち、1件では、患者側がA医師と病院を訴え、今も裁判が続いています。これらの医療事故の原因についてA医師は「偶発症や合併症、誰がやっても起こるものや私に原因があるものなど、さまざまだ」としています。
A医師はその後、赤穂市民病院を退職しましたが、すぐに別の病院に就職し、救急医として働き始めていました。
遺族が調査を求めても・・・事故調査の高い壁
父親を亡くし、病院から納得できる説明も得られなかった女性は、国の指定機関に調査を求めました。 国が医療事故の再発防止に取り組むため、10年前に設置した「医療事故調査・支援センター」です。すべての医療機関は、医療事故で患者が死亡した場合、センターに報告することが法律によって義務づけられています。
しかし、女性が調査を依頼したところ、「事故調査してほしい旨は病院に伝えるが、病院が事故と認めて調査をするかどうかはわからない」と告げられました。センターに強制力はなく、病院の管理者が事故であることを認めないかぎり、遺族などが訴えても調査は行われない仕組みになっているのです。
事故報告に大きなバラつき 事故調査制度10年の課題
一般的に、あるケースを医療事故として報告するかどうかは病院に委ねられています。センターが病院に対して医療事故として報告を推奨すると助言をしたケースでも、4割以上で報告が行われていないのが現状です。
医療事故調査・支援センターは現状をどう考えているのか、幹部に問いました。
「これは明らかに事故だと思うけど、この病院は出してくれないというのはあるのも事実ですし、皆が同じような判断をしているとは残念ながら言えません。しかし、何か起きた時に強制力で調査するという形で解決していく道ではなくて、みずからそれを判断して調整、外に出して改善していくというのが医療のあるべき姿だと思います。医療側は、事実を明らかにすること、『逃げない・ごまかさない』という観点で対応していく必要があるのだと思います」
では、医療事故の被害にあわないために、患者としてできることは何か。長年、医療事故の調査に関わってきた、名古屋大学の長尾能雅教授は、医師任せにせず、患者が積極的に情報をとりにいくことが大事だと指摘します。
「最近は患者さんの安全を確保するためにとても重要な方法の一つとして、『患者さんの医療への積極的な参画』というのがうたわれるようになってきています。例えば、診療記録を常に見えるようにするとか、患者側も、インフォームドコンセントで十分な情報を積極的に求めていったり、セカンドオピニオンを得る努力をするといったことです。海外などでは、患者さんが主体となって医療を受けながら、その医療自体を評価し改善していく取り組みが進んでいます。日本でも早晩そういったことが身近になってくるのではないかなと感じています」
取材を通して
医療事故を繰り返してしまう“リピーター医師”がどのくらいいるのか、その実態は分かっていません。近年、今回取材を受けていただいた方のように勇気を出して声を上げる方が出てきたことで、内実が少しずつ明るみになってきていますが、患者ができることは限られているのも事実です。事故が疑われるケースがあればきちんと立ち止まり、なぜ起きてしまったのか、調査・検証を行ってほしい。そうした患者の声に病院は真摯に向き合い、医療への信頼を確かなものにしてほしいと思います。