チェイサーゲームW2 5話~ヨルムの存在意義

『チェイサーゲームW2』は第5話にして、ひとつの山場を迎えた。それは視聴者にとってもっとも分かりやすい形だった。そして、そのスピード感のある“成功”で、この作品がたった三十分、全八話しかない深夜ドラマであることを痛感しなければならなかった。

 山場とは、言わずもがな、主人公・春本樹のカミングアウトである。相手は(現在のところ)樹の唯一の肉親である祖母だった。樹の祖母はこれまで、悪意のない“世間の声”のメタファーであり続けた。

「私は元気。ひ孫の顔見るまで生きるよ。あんたのお母さんと約束したんだから」


ドラマ『チェイサーゲームW パワハラ上司は私の元カノ』第1話

「あんたのお母さん、いまの樹の年にはもうあんた産んでたんだよ」
「……その話はもういいって」
「よくない。先月、ミヤケさんのところのお孫さん、結婚して。なんにもないの私だけだ」

ドラマ『チェイサーゲームW パワハラ上司は私の元カノ』第3話

 悪意のない祖母のこうした言動に、樹は対峙しなかった。電話を切り、聞こえないふりをしてケーキを頬張った。しかし、『チェイサーゲームW2』の第5話で、樹は初恋の人で、憧れの人であるヨルムにカミングアウトを促される。

「あー、樹があの子と出会う前に迎えにくればよかった」
「……ごめん」
「ううん。でもひとつだけ」
「なに?」
「おばあちゃんには、ちゃんと言お?」
「……うん」

ドラマ『チェイサーゲームW2 美しき天女たち』第5話

「普通がなにかは自分決めていい」とかつて冬雨に言ったのは樹だった。しかし、その価値観を樹に与えたのは、高校時代に日本に留学していたヨルムであった。だから樹は、自身の現在の想い以外の全権をヨルムに委託する。
 セクシュアル・マジョリティの人間が基本的に周囲に自身の性的指向を告白することがないように、セクシュアル・マイノリティが自身について周囲に打ち明けることは本来的に強要されるべきではない。しかし、ヨルムはほとんど前置きのない「ちゃんと言お?」という、吹けば飛ぶような言葉で樹を促し、その言葉を受けた樹は避け続けた祖母との対話を行うことになる。

 これは、ヨルムの成功体験と繋がっている。彼女は韓国の有名なYouTuberで、授賞式の際にレズビアンであることを告白し、称賛を得ることとなった。スピーチの中で、ヨルムは以下のように語っている。

「私はレズビアンです。
今日この場で発言するのにとても勇気がいりました。わかっていることは誰かが階段にならないといけないということ。だから私は階段の一段目になる覚悟を決めました」

ドラマ『チェイサーゲームW2 美しき天女たち』第2話

 ヨルムは樹の階段だった。だからはじめから樹のカミングアウトの成功は決まっていた。視聴者がそれぞれに思いを馳せる自分の現実はそこにはない。当然だ。視聴者にはヨルムがいないから。

「樹が何者だろうと、あなたが私の大切な孫であることに変わりはないの。それにね、私はあなたが幸せでいてくれることがなによりも嬉しいの」
「おばあちゃん……」
「いままで、『早くひ孫の顔が見たい』ってあなたを傷つけること言って、ごめんなさい。冬雨さん、樹のこと、大切にしてあげてね」

ドラマ『チェイサーゲームW2 美しき天女たち』第5話

 孫からのカミングアウトを受けた祖母は少しの迷いも躊躇も困惑もなく、すぐに彼女を受け入れる。それから、これまでの自身の言動を恥じる。
 そして、樹は隣にいるその愛する女性が既婚者であり、その母親からの理解をまだ得ていないことを祖母に伝える必要はない。重要なのは、樹がレズビアンであることを祖母に伝えるというただその一点のみだったから。もしも冬雨が既婚者であることを伝えたならば、祖母もその事実を理由にふたりの関係を認めることを躊躇っただろう。だから、言ってはいけなかったのだ。『チェイサーゲームW2』を視聴するためには、整合性を求める欲求を捨てる必要がある。本作に、「レズビアンの自立」と「物語の調和」の両立を求めることは決して許されない。

 カミングアウトを決意した樹の勇気は称賛されるべきことだ。そして、ひ孫を渇望していたはずの祖母の戸惑いが描かれないことに視聴者は「希望」を見出さなければならない。
 なぜなら、この物語はフィクションでありながら、セクシュアル・マイノリティの心を支える役割を担っているから。その尊い役割のためなら、登場人物の言動の不自然さは物語の影に隠されてよかった。整合性を求めることは即ち、現実の同性愛者の言動を否定することになる。それは果たして物語に筋を求めることよりも重要なのだろうか。否。だから、私たちはドラマ内の秩序を諦めなくてはならない。喜んで、登場人物の言動の不自然さを歓迎しなくてはならない。

 同性愛を否定するモンスターは、大きな指輪を付けた非現実的な中国人女性ひとりで充分だった。階段としての役割を終えたヨルムは去る。自身が貸し切った外資ホテルの貸切プールで手を振り払われた彼女は、自分との思い出のプールで抱き合う樹と冬雨を見て、自分の恋を諦めた。そして、数時間前までの恋敵を「親友」と呼んだ。その少しの切なさに視聴者は心を寄せるが、彼女に未練を抱くことは許されない。なぜなら、視聴者が心を寄せなければならないのは、思いが通じ合った数時間後に、その相手をベッドから追い出す女性だけなのだから。


注意点

本稿はその特性上、断定調で記されている箇所があるものの、あくまで私の所感です。本稿を正しいと思い込む必要も、影響を受ける必要もありません。反対意見を持ったらそれを届けてくださると嬉しいです。また、『チェイサーゲームW2』の本編に水を差す意図はありません。


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