国会議事録より
椎熊三郎君
「實は私の出生地はこの利尻島でございます。」
「漁村としてごく寒村ではございましたが、和人も住居しておつた村でございます。明治以後 」
町村国務大臣
「私どもいわゆる和人と申しましょうか、内地人は、」
三浦(隆)分科員
「という人のみずからの子供のころを回想した官業の中に「アイス——生れたその町から背負わされた宿命。小学校に入学した時から差別は始った。……明治三十二年「旧土人学校教育規程」によって教育されたのが私たちだった。……日本人がいかに優れた民族であるかをシサムの先生によってくり返しくり返し、たたき込まれた」とあります。ここでのシサムは隣人の意味ですが、恐らく和人、日本人を指している言葉だと思います。」