チェーンで連結された機械部品で、電気のしくみを学ぶ! 電流・電圧を見て、聞いて、触ってイメージできる、革新的な科学玩具「スピントロニクス」。実際に子供たちと遊んだレビューです。
★「機械」を使って「電気」を学ぶ?
すごい理系玩具が登場しました。「スピントロニクス(Spintronics)」という商品です。キックスターターで約157USドル(予備パーツ込)+送料47USドル≒200USドルをバック(支援)し、対価として受け取ったものです。Act1とAct2の2点セット。日本円で約26000円(当時レート)でした。海外では一般販売が開始されたようです。通販で入手できます(詳細は末尾)。
[1]Kickstarter: Spintronics; Build mechanical circuits by Paul Boswell
箱を開けると、メカニカルな部品が、整然と並んでいます。機械装置の組立キットに見えますが、そうではありません。これは、「電気回路」を機械で表現することで、「目で見て、耳で聞いて、手で触って」電気を学べる、画期的な玩具なのです。
例えば下の写真は、もっとも単純な回路です。左側の黄色の大きいパーツが「電池」、右の円柱状のパーツが「抵抗」です。両パーツをつなぐチェーンは、「電線」を表します。この機械ユニットには、実際に電気が流れるわけではありませんが、電気回路と同じ特性を持っているのです。
実際の動作の様子を、以下の動画にまとめました。さまざまなパーツを組み合わせることで、いろいろな電気回路(と等価なメカニズム)を作ることができます。
★メカパーツだけど電気部品だ!
「電池(バッテリー)」の端には、ヒモが付いています。これを引くと、内部のバネが巻かれます。この弾性エネルギーを使って、右にある円筒部分に駆動力が与えられます。「電池」といっても電源は使わず、物理的なエネルギーのみで動作します。
電池の駆動力は、チェーンを経て、ほかのパーツ(ここでは「抵抗」)に伝達されます。「抵抗」の内部にはオイルが入っており、摩擦力(粘性せん断抵抗)によって、チェーンの動作を妨げるようになっています。結果的に、チェーンは一定の速度で駆動されることになります。
チェーンは「電線」を表現しています。小さいピースをつなげることで、自由な長さに調整できます。青いピースを途中に挟むと、チェーンの移動を観察しやすくできます。
ほかにも、電流のオンオフを制御する「スイッチ」、電流の強さを耳で聞ける「電流計」など、さまざまなパーツが付属します。上級編の「Act2」では、電流を増幅する「トランジスタ」まで登場します!
★ストーリーブックで問題に挑戦しよう
「スピントロニクス」では、ストーリーブック(英語)が付属します。この中に、指示された回路を作る問題(パズル)が入っています。
各問題では、図に示された状態の回路からスタートします。ここに、指示された部品を加えて、目的を満たす回路を完成させます。例えば下の写真では、元の回路に抵抗とチェーンを1個ずつ加えて、2つの抵抗が「直列つなぎ」された回路を作ります。
これが正解。2つの抵抗(500オームと1000オーム)が直列につながって、より大きな抵抗を形成します。
最初は簡単な問題で、使用する部品の種類も数も少ないです。回が進むごとに、新たなパーツが登場します。初回登場時には、パーツの構造が描かれていて、テンションが上がります。
こうして、少しずつ、複雑で大規模な回路に挑戦していきます。ステップバイステップで、無理なく楽しめると思います。
★聞いて、触って、電気を感じよう!
下の写真の蓄音機のような形状のパーツが「電流計」です。この電流計は、チェーンの速度が増すほど、大きな、音程の高い音を出します。チェーンの動きの早さを「目」で見るのに加えて、「耳」でも、電流の強弱を感じることができるのです!
「電圧計」もあります。こちらは、針が振れることによって、その場所にかかる電圧を知ることができます。電圧計の代わりに、直接「指」で回転を止めることでも、電圧を感じることができます。つまり、電圧が大きいほど、回転を抑えるのに必要な力が大きくなるのです。
「電脳サーキット(スナップサーキット/Snap Circuits)」など、電気回路をつくる科学玩具は、数多く存在します。しかし、電流や電圧は、目に見えず、イメージしにくいのが難点です。この「スピントロニクス」は、それらを実際に「感じる」ことが可能な点で、たいへん優れた科学玩具だと思います。
★さらに複雑な回路に挑戦しよう!
チェーンでの接続は、基本的にどうつなげても「直列つなぎ」になります。下の写真は、電池に対して対称に2つのチェーンが出ていて、いっけん「並列つなぎ」です。しかし、2つのチェーンの移動速度は必ず同じになるため、これは電気回路的には「直列つなぎ」なのです。
では、どうやって「並列つなぎ」を実現するのか。その場合、「ジャンクション(分岐器)」という特別なパーツを使います。遊星歯車を備えた、メカメカしいパーツです。
これが並列つなぎです。遊星ギアの作用で、つながれた2つの抵抗のチェーンが、独立した速度で回転できます。試しに一方の抵抗を指で止めても、他方は影響を受けず、そのまま回転します。
たくさんのパーツを組み合わせれば、さらに複雑な回路をつくれます。台座(ベース)は自由につなげることができ、パーツはマグネットで台座に固定されます。自由に配置を変更して、思いついた回路を、すぐに試せます。
さあ、自分だけの、オリジナルの回路を作りましょう!
★まとめ:さらに複雑な回路に挑戦しよう!
機械で電気を学ぶ科学玩具「スピントロニクス」。実際に子供たち(娘12歳、長男8歳、次男6歳)と遊んで、良かった点・悪かった点を書きます。
◎素晴らしい点
- 電気の可視化。これまでの電気回路おもちゃでなし得なかった、「電気を体感で学ぶ」試みに成功している。目で見るだけでなく、耳で聞いて、手で触れて、電流や電圧を体感できる。画期的な、素晴らしい商品だ。
- 創造力を呼び起こす。ひとめ見て「これは何だ?」と思い、説明を受けて「なるほど」と思う。しかし実際に触ってみると「どうなってるんだ?」と考えて、いろいろ試した後に、また「なるほど」と思う。実際に目で見て、手を動かして、結果をフィードバックして、もう一度試してみる。それはまさに「科学的手法」そのものだ。私たちの持つ創造力をかきたてて、形にして表し、新たな挑戦を提示してくれる。まさにこれこそ、求めていた科学玩具だ。
- 扱いやすさ。電池不要。各パーツは、マグネットでベースに自由に固定できる。簡単に長さを調整できるチェーン。組み替えが用意で、思いついた回路を、すぐに試せる。かきたてられた創作意欲を削ぐことなく、きわめて自然に形にすることができる。繊細そうに見えるが、わりと丈夫。小さい子供(長男8歳、次男6歳)が扱っても、今のところ問題ない。
- パーツのデザイン。ひとつひとつのパーツのデザインが凝っている。機能的でありながら芸術的でもある。特に複数の歯車がかみ合う「ジャンクション」は、外観もよく、手で回すだけでも楽しい。冊子に記載された各パーツの構成図も、製品の魅力を高めている。
- 電気と機械のアナロジー。電気回路の方程式と機械系の運動方程式の対応は、振動工学ですでに学んでいた(追記参照)。しかしそれは、あくまで「数式」の話。実際に電気系と機械系を、こうもスマートに融合させた「スピントロニクス」に出会い、激しい衝撃を受けた。これは本当に、画期的な商品だと思う。
◎気になる点
- パズル問題。ストーリーブックの問題には、やや難しいものがある。特に、後半になると、電気回路とは関係のない、メカニカルな特性を主題にした問題がある(歯車による増速・減速回路など)。「機械で電気を学ぶ」主題から外れて、子供たちは混乱してしまうのではないか。
- 付属物品。もっとも基本的なパーツである「抵抗」が、値の違う3種類が1個づつしか付属しない。電気回路的な実験を楽しむには、同じ値の抵抗が2つ必要なことが多い。パーツ構成に配慮してほしかった。
- ストーリー。時計職人の子供がスピントロニクスを発明する話なのだが、問題と一切関係がない。パズルとストーリーをうまく絡められれば、いっそう魅力が増したのでは。
- テキストが英語。図解があるものの、子供たちが独力で遊ぶには、難しいと感じた。
◎総評:期待以上。
※期待以上/期待通り/失敗した、の3段階評価。
創造力をかきたて、新たな発見をもたらすとともに、次の疑問を提示する。それはまさに、科学の取り組みそのものです。単なる「電気回路の学習」で終わらない。素晴らしい商品に出会いました!
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(追記)2023/6/8
2023/6時点で、英語その他の海外版のみが入手可能です。公式サイトのショップ[A1]で、日本国内への発送も可能なようです。アクト1のみで約1万円、1&2セットで約2万円です。送料別。補修用パーツも揃っています。
[A1]Upper Story: Store - Spintronics
(補足)
実際の電気回路とスピントロニクスには、以下のような対応が成り立ちます。
・電圧v[V]→力(トルク)τ[N・m]
・電流i[A]→チェーンの移動速度(回転数)ω[rad/s]
・抵抗R[Ω]→粘性抵抗C[N・m/(rad/s)]
・コンデンサC[F]→ばねK[N・m/rad]
・コイルL[H]→質量(慣性モーメント)J[kg・m^2]
系を支配する方程式は、以下のように対応しています。
・電気回路(LCR回路の関係式)
v=L(di/dt)+Ri+(1/C)∫idt
・スピントロニクス(回転系の運動方程式)
τ=J(dω/dt)+Cω+K∫ωdt
以上の対応から、スピントロニクスは、電気回路をメカで等価に表現できるのです。この対応は、振動系の工学的な扱いでは、よく知られている知見です。しかし、この対応はもっぱら数式上だけで行われるのが普通です。それを実際の物品として表現したのが、スピントロニクスの画期的なところです。
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