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- 2024年10月18日
境界知能とは 特徴は 検査でIQ81と判明した女性 仕事や学習で長年悩むも“支援がない”
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“境界知能”をご存じですか?
一般に知能指数は85~115が平均的、おおむね70を下回ると知的障害にあたるとされていますが、その狭間(はざま)に位置するのが境界知能の人たちです。
社会的な支援が乏しく、日常生活に困難を抱える女性を取材しました。
IQ81 困難に直面する女性
私たちがいる狭間の暗闇がどれだけ恐ろしく、その暗闇の中で手探りで生きていくことがどれだけ大変なことか、ほんの少しでもいいから知ってほしい。
(木村汐里「狭間にいる私」より)
茨城県筑西市で暮らす木村汐里さん(25)が書いた作文が、去年、NHKの作文コンクールで入賞しました。
(全文はこちら) ※NHKサイトを離れます
汐里さんは両親と3人で暮らし、料理や掃除などの家事を手伝っています。
作文のタイトルにした「狭間にいる私」。それを示すのが、18歳のときに受けた知能検査の結果です。
IQ=知能指数は81。この数値が「境界知能」と呼ばれているのです。
一般に知能指数は85~115が平均的、おおむね70を下回ると知的障害にあたるとされています。
そして、その狭間に位置するのが境界知能の人たちです。
統計学上は日本の人口の約14%(約1700万人)、7人に1人いるとされています。
このうち、日常生活に困難を抱えている人が少なくありません。
汐里さんが生活するうえで、特に苦労しているのが計算です。この日、買い物に行く前に、値段の確認作業を母親とおこないました。
消費税がいまいくらだっけ。
10%だよ
10%でしょ。6500円の10%だから6万5000円じゃないよね?
違うよ。
お金の計算は疲れる…。
準備をしてお店に行きましたが、商品の値段を計算しているうちに金額がわからなくなりました。
木村汐里さん
「わからなくなっちゃった…。一人で買い物を済ませるとなると、全部自分で計算しなきゃいけないから、気持ちの余裕もなくなっちゃう。まともに買い物をするのが難しい。この中途半端な境界知能って何だろう。こんなの、なければよかったのにな」
“一生懸命やっても叱られた”
汐里さんが文章に記していた “狭間の暗闇”。どのような人生をたどってきたのでしょうか。
小学生の頃、通常学級で日々を過ごしていた汐里さん。しかし、授業についていくことがやっとでした。
中学生になると、周囲との差を強く感じるようになります。
毎日3、4時間、勉強しても成績は伸びず、教師からは、「努力不足ではないか」ととがめられてきました。
木村汐里さん
「一生懸命やったことに対して、何でできないの、何でわからないのと言われても…。全部自分が悪いんだなと思っていました。自分のやり方も、生まれ持った性質も、全部悪いんだなって。悲しかったし、悔しかったし、情けなかった」
汐里さんの成績が伸びないことを心配していた母・恭枝さんは、「やればできるはず」と叱責することも少なくありませんでした。
母・恭枝さん
「私は厳しくしちゃったんですよね。できる、できないじゃなくて、やるか、やらないかだと思っていたんですよ。できない子はやらない子だと勝手に思っていて。私はわからない気持ちがわからなかった。『普通こうなるんだよ』と私が言うと、本当に真面目に『普通って何?』と言われたんですよ」
勉強に自信を持てなくなった汐里さん。中学校では不登校となり、通信制の高校に進学します。
この時期、さらに自信を失う出来事がありました。
コンビニや薬局などでアルバイトを始めましたが、品出しやレジ打ちが思うように出来ず、辞めざるを得ませんでした。
将来、社会人として働く展望が持てなくなったのです。
木村汐里さん
「何も覚えられなくて、周りから『さっき言ったよね』みたいな感じで言われて。もうそれが怖くてしょうがなくて。なんでこんなに一生懸命やっているのに、叱られるんだろう?馬鹿にされるんだろう?すごく空しいというか、生きていても、本当にいいことないし、生きる理由も見つからないし…」
次第に、汐里さんは精神的にも不安定になっていきました。一方の母・恭枝さんも、娘にどう接したらいいか、わからなくなっていました。
母・恭枝さん
「たぶん今まで我慢してきたり、自分で抑え込んできたりしたものが爆発した感じで、それが全部私に向かってきたんです。でも嫌な顔は見せちゃいけないと思っていたので、いつも帰宅するときは玄関の前で、『よし』って気合いを入れて、笑顔を作って、『ただいま』って帰ってきたんですよ。ごはんも本当にのどを通らない、何も感じない。どうやってあのころは生活していたんだろう」
支援がない…将来への不安
汐里さんが境界知能だとわかったのは18歳のとき。
以降、母・恭枝さんとともに生活の困難を受け入れながら、暮らしてきました。
恭枝さんはいま、買い物や移動のときの計画作りなど、娘が苦手なことをすべて手伝っています。
境界知能の人への社会的な支援がない中で、娘の将来への不安はつきません。
母・恭枝さん
「境界知能というだけだと、支援は本当に何も無いんですよね。兄弟もいないので、結局は一人になっちゃうんだなと思ったときに、何か頼るものがあったら少しは安心できるかなと思うんですけど、本当にそれは心配します」
木村さんが唯一自信を持てるのが、文章を書くこと。作文の最後は次のように締めくられていました。
狭間にいる私たちの居場所を広げるため。
私たちがいる暗闇に光を差すため。
溺れている人たちを岸辺に導くため。
自分を心から愛せる人であふれさせるため。
私はここで叫んでいる。
(木村汐里「狭間にいる私」より)
汐里さんのほかにも、境界知能で困難を抱える当事者の方々からNHKにさまざまな声が寄せられています。
子どもに勉強を教えたり、先を見据えた教育計画を立てたりできない。
人の話の真意を理解するのが苦手。誤った解釈をして相手に迷惑をかけてしまう。
地図が読めず初めての場所に行けない。親に境界知能についてカミングアウトできてない。
境界知能で困難を抱えている人の特徴について、その実情を研究している古荘純一医師に聞きました。
小児精神科医・青山学院大学教授 古荘純一さん
「人によって差はありますが、境界知能の人の特性として、数的な処理が苦手、作業スピードが遅い、物事の理解が表面的、適切なコミュニケーションが苦手などあります。一見、その困難が周囲の人からはわかりにくいため、理解につながらず、困難な状況に陥っています。
境界知能に起因する生活上の困難が原因で、ひきこもりや不登校などになっている人もいます」
自分や周囲の人が境界知能かもしれないと感じた場合は、どうすればいいのでしょうか。
古荘さんによれば、知能検査を受けたい場合は、病院の小児科や精神科、大学に設置されている心理相談室に相談をしてみてください。また、学校で、公的な機関を紹介してもらえるケースもあるといいます。
境界知能の人が社会的支援を得られないか、模索する動きもあります。ところが、思わぬ壁があることも見えてきました。後編の記事で詳しくお伝えします。