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「忘れ物ゼロ」と同じくらい「忘れた時にどう行動するか」が大切だという話。


「忘れ物をしないように心がけることは大切ですけれど、忘れた時にどうするかも忘れ物をしないのと同じくらい大切ですよね。」

こんなふうにはじまった会話が、子どもを取り巻く日本の教育を考えることにまで発展したのでした。


少し前に、某SNSで教室内の「忘れ物ゼロ」の掲示について話題になっていたようで、私はその件の投稿を見ていないのですが、自分のInstagramのフォロワーさんと
「私たちADHD傾向あるから、忘れ物ゼロはキツいわよね〜」と話していました。

「忘れ物ゼロ」を目指すこと自体は、まったく当然と思うんです。
先生からしたら、そうですよね。
子どもの方もね、なるべく忘れ物しないほうがいいに決まっていますよね。

ただ、「忘れ物をしないように心がけることは大切だけれど、忘れた時にどうするかということが、忘れ物をしないのと同じくらい大切」ということを子どもたちには伝えていきたいです。

学校内の不可思議なルール


たまに教科書などを他のクラスに借りにいくのがNGな学校があるのですが、アレは何故なのでしょうね?
(ちょうど、息子の中学校もそういうルールがあるそうです。)

友だちに借りることも「課題解決能力」のひとつ。大事な能力ですよね。

それに、先生としても子どもが教科書を持っていた方が助かりますよね?
授業の1時間教科書なく、ただボーッとしていられるよりは、他の誰かしらから教科書を借りてきて、しっかり学んで学力アップしてもらったほうが得策なはずですよね?

隣の席の子に見せてもらうっていう手もありますが、お互い気になって集中できないかもしれないし、ページをめくるのにも自分のペースがあるので…
(好きな子だったらラッキーだけど笑)
やはり、誰か他のクラスに借りてくるのがいいですよね。
授業終わったらすぐ返せば問題ないですし。そして、明日から忘れないように気をつけよう🫡
それでいいじゃないですか。

それを教科書借りるのNGって誰得?
どういうことやねん!?

現役高校生の衝撃の一言


現役中高生に意見を仰ごうと、
息子たちにこの忘れ物の件について話したら、忖度しない系男子の長男が面白いことを言っていました。

私「どうして教科書借りるのがダメなんだろう?教科書があったほうが、子どもも先生も困らないのにね」

長男「先生たちは、子どもに辱めを与えたいからだよ」

😱キャー恐怖‼︎


先生側は、子どもに「忘れると困るんだよ」ってことを伝えたいのかもしれなのですが、
そのために、本当は借りられるのに借りずに「1時間教科書見ず授業受けろ」みたいなのは、やはり建設的じゃないですよね?

極端に言うと、子どもの教育を受ける権利の剥奪にもなりかねないのではないかとも思います。


ちなみに、アメリカやイギリスの学校では忘れ物に対してもう少し寛容なようです。

話は忘れ物から、学びのあり方、学力の話へ



Instagramで仲良くしてもらっているイギリス人の旦那様をもつNahokoさんのお話👩

「うちの夫はイギリス人ですが🇬🇧イギリスは学校が日本と違っていて、小学校低学年のうちは座学というより、みんなで何かを作り上げるとかいう授業だそうです。

2年生だと分数もやってて、日本と比べて早いなって思ってたんですが、日本のように計算とかではなく、分数がどんなものか分かるっていうことだったので、きっとモンテッソーリ教育のような教具を使った授業なのかな〜と思います😳
子どもが楽しめて身につくような学習をしたらいいのになって思います😊」

また忘れ物については「怒られた記憶がない」そう。

「小学生のうちは全部置いて行ってよかったし、もしも忘れても借りるのもOK、コピーもOKだったそうで、忘れ物で怒られるという概念がなかったようです😳日本の子どもは過酷ですね…。」

とは、同じくNahokoさんのイギリス人の旦那様のお話。

「日本の常識は、世界の非常識かもしれない」


忘れ物の件もそうですが、外国の方からしたら不可解で理不尽なことが、日本の学校ではまだまだ行われているのかもしれません。

だから、豊かな国なのに、学力は伸び悩んでいるし、不登校率も高いのではないかと思わずにはいられません。


発達障がいの特性をもつ子どもたちや不登校・不登園の子どもたちに関わるなかで、
日本の学校を変えたいと思い立ち、理想に近い形を探して、フィンランドの教育のあり方を勉強しているのですが、イギリスもきっと似たような教育環境なのでしょうね。


子どもたちが学ぶことを第一に考えたら、教科書等忘れたときには、対応策を子ども自身が考える。別のクラスで借りてくることも立派な課題解決策。禁止にするのはおかしい。
卒業生のおさがりを利用して、貸し出し用の教科書がクラスにあったっていい。

そして、授業のあり方。
「座学というより、みんなで何かを作り上げる」まさにモンテッソーリ教育のような「動きながら学ぶ」環境が、子どもの特徴にあった学びのスタイルと言えると思います。


「日本の常識は、世界の非常識かもしれない」

忘れ物の話から、子どもをとりまく教育の話題へとテーマは広がっていきました。


みなさんはどうお考えですか?


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「忘れ物ゼロ」と同じくらい「忘れた時にどう行動するか」が大切だという話。|そらいあんぐる☀︎soraiangle
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