自分がダメになる道を選ぶ。
京都在住の女性W様から「鳥羽水族館と海の博物館に行き、海で踊ったりどんぐりを食べたりしましょう」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。食糧難に陥った時、私はどんぐりを食べる。椎の実は生で食べられることを教えてくれたのは、何を隠そうW様である。縄文人はみんなどんぐり食って生きてた。令和の時代を楽しく生きる秘訣はスマホを持った縄文人になることだと思う。便利な世の中だ。荷物は少ない方がいい。
W様は言った。同じ仕事を長年続けていると、この仕事はこの程度でいいかなと言うのがなんとなくわかってくる。先日、これはこんな感じでいいかなと思って資料を提出したら、尊敬している上司から「これ、面白くないよね」とストレートに言われた。相当なショックを受けたけれど、手癖で仕事をしてしまった時に、はっきり「最近のあなたはつまらない」と言ってくれる人の存在は貴重だ。自分で自分を壊すには限界があるから、自分を壊してくれる誰かの存在は貴重である、と。
そのままでいいよと言われるよりも、最近のお前はつまらないと言ってもらえた時の方が、元気になることがある。生きろと言われるよりも、死ねと言われた時の方が、コンチキショーとなって、逆にやる気になる時がある。そのままでいいよと言われるよりも、つまらないと言ってくれる人の方に、誠意を感じる時がある。本当のことを言うには、エネルギーが要る。逆恨みをされるリスクもあるが、そのリスクを冒してまで、本当のことを言ってくれる人は、年々、少なくなっていく。
いろいろな人に会う。自分のことが嫌いだと話す人は、決して少なくない。自己嫌悪になる人は多い。だが、自己破壊をする人は少ない。自分を責めることで、自分を守っている。自己嫌悪なんて中途半端なところにあぐらをかいてないで、自己破壊。自己破壊こそ、最高の祭りだと思う。他人に否定されるよりも先に、自分を否定する。他人に飽きられるよりも先に、自分が自分に飽きる。「最近のお前はつまらないよ」と、自分が自分にダメ出しをする。ああ、本当にそうだなと思ったら、危険に賭ける。危ない橋を渡る。安全で無難な道を選ぶのではなく、自分がダメになる道を選ぶ。壊して壊して、生み出して生み出して、掴んで離して、新陳代謝を繰り返した肌は若々しい。
考え過ぎて動けなくなった時は、自分がダメになる道を選ぶ。生きようとするのではなく、死んでもいいと思って危険に飛び込む。何度でも何度でも危険に飛び込み、何度でも何度でも生まれ変わる。それが祭りだ。精神的に惨めな時代に、激しい熱情を巻き起こす。自己嫌悪なんて中途半端なところにあぐらをかいていないで、自分を壊す。どうしたらいいのかわからない時は、挑む。血を流しながら、風流に。軽妙洒脱に、明朗に挑む。続けるためではなく、これが最後になってもいいと思って、死に賭ける。これから名古屋に行く。引き続き寝る場所はない。大丈夫。俺たちにはどんぐりがある。どんぐり以外のものを食べたい。
おおまかな予定
10月20日(日)愛知県名古屋市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
バッチ来い人類!うおおおおお〜!



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