言葉の重み

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私自身、常日頃意識していることなんですが、

 

発する言葉が持つ意味について、軽んずるべきではないと思ってやみません。

 

たとえば、多くの同胞が誤用している「役不足」とか「すべからく」といった言語も、

 

本来の意味を理解した上で使用するようにしていますし、

 

敢えて誤用されている意味で使用する際はカッコ書き等で差別化する等の拘りを持っています。

 

とはいえ、私とて完璧な人間ではございませんので、

 

思わぬ勘違いをしている場合もなきにしもあらず。

 

さりとて、間違いに気づいた時点で正しますし、

 

馴染みの薄い表現は、都度辞書等で調べるよう心がけています。

 

そんな私が、最近蛇蝎のように忌み嫌っている言葉が、

 

「反ワクチン」

 

に他なりません。

 

もともとは、コロナワクチンを推進する立場の者たちが、

 

異論を唱える者を十把一絡げにして単純化した造語なんでしょうが、

 

当初、コロナ枠を打つと5G電波を発するなどという荒唐無稽な陰謀論者に対して使用されていたものが、

 

やがてどんどん拡大解釈されていって、

 

実際にワクチン後遺症に苛まれる方々や、費用対効果の観点からコロナワクチンに懐疑的な見方をする者に対してまで「反ワク」のレッテルを貼り、

 

罵詈雑言を吐き散らす輩が後を絶ちません。

 

さらに嘆かわしいことに、

 

公正中立であるべき報道機関や、コロナの過剰対策に異を唱えている同志の中にも、

 

「反ワク」という品性下劣な蔑称を当たり前に使っているのが散見されます。

 

どんな用語を使おうが個人の自由ですし、

 

私とていちいちそんなことで噛みついたりすることは差し控えますけど、

 

そういうワードを安易にチョイスする方は、内心白眼視してやみません。

 

「言霊」という神秘的な日本がありますように、

 

言葉の持つ力を侮るべきではありません。

 

大げさかもしれませんが、反ワクチンなどという低劣な言葉を発することで、

 

クソみたいな差別が定着したり、問題の本質が糊塗されたりといった悪影響が生じかねないのではないでしょうか?

 

私自身、人様に説教を垂れるような聖人君子ではありませんが、

 

本稿で述べた考えを肝に銘じ、率先垂範を示していきたいと思います。

 

願わくば、賛同者の輪が少しずつでも広がってくれたら喜ばしい限りですね。

 

 

 

(2793番目の矜持)

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