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あなたの「日常を取り巻く」行動経済学

「買うつもりはないのに、思わずポチってしまった」
「ダイエット中なのに、仕事帰りに甘いスイーツを買ってしまった」

 人はときに、非合理な行動をしてしまいます。

 この「合理的ではない意思決定」の要因となる「感情」や「心理」を観察し、人間の経済面での行動を研究する学問が「行動経済学」です。

 ここでは、『行動経済学が最強の学問である』(相良 奈美香/著)から、人間の非合理な行動のメカニズムの一部を紹介しましょう。

直感での判断が、思い込みや偏見を引き起こす

 人間の脳が情報を処理する際には、「直感」に基づいて判断するシステム1と、「論理」に基づいて判断するシステム2の両方があり、場面場面で使い分けています。このことを行動経済学では「システム1 vs システム2」(または「ファスト&スロー」)と言います。

 システム1を使っているときは、じっくり考えることはせず素早く情報を把握・判断します。システム2を使っているときは、遠回りになっても、脳は集中してじっくり情報を捉え、過去の経験などに照らし合わせて思考し、情報を分析した上で把握・判断します。

 人間の意思決定のデフォルトはシステム1ですが、「システム2のほうがシステム1よりも優れている」というわけでもありません。なぜなら、すべてのことを注意深く熟考していたら、何も決められなくなるからです。

 たとえば朝起きて、朝食はパンとライスのどちらが健康的か、何を着ていくか、通勤は車にするかバスにするか、といった習慣をいつも論理的にじっくりと考えていては、それだけで脳は疲れてしまい、「システム1にお任せ」のほうがいいことは多数あります。すべてをシステム2で考えていたら、脳がパンクしてしまう──。システム1は決して無用のものなどではなく、人間に必要な思考モードとして備わっているものなのです。

 ただし、システム1で瞬時に判断することにより、それが思い込みや偏見となり、結果、間違った意思決定につながってしまうことは往々にしてあります。どんなときにシステム1が使われやすいのかは、研究で明らかになっていて、以下の6つになります。

  • 疲れているとき

  • 情報量・選択肢が多いとき

  • 時間がないとき

  • モチベーションが低いとき

  • 情報が簡単で見慣れすぎているとき

  • 気力・意志の力(ウィルパワー)がないとき

 冒頭の「ダイエット中の甘いスイーツ」は、仕事帰りで1日の気力を使い果たし、システム1で「疲れているから甘いもの」と脳が直感で判断したことに起因します。

 また、ネットショッピングなどでは、選択肢を多くしたり、タイムセールなど、さまざまな仕掛けをWebサイトに組み込んで、システム1で判断させようとしています。テレビショッピングが「深夜」に放映されることが多いのも、脳が疲れていてシステム1で直感的に「欲しい!」と思わせることを狙っているのです。

 ちなみに、不動産や自家用車、保険などといった高額で慎重に考えて購入するものについては、人はシステム2で慎重に吟味するので、脳にエネルギーのある「朝」や「ランチ休憩」のあとに広告が配信されることが多くなっています。

「行動経済学」で、子どもに皿洗いをしてもらう方法

 このように人の脳は、さまざまな状況や仕掛けに操られて意思決定をしています。しかし、それでも人は「そんなはずはない」「自分で主体的に決めたんだ」と思いたい生き物です。

 この人間の「自分の意志で決めた」と思いたい性質をあえて利用する依頼方法もあります。たとえば、子どもにお手伝いをさせる際、次のうちどちらのお願いの仕方が効果的でしょうか?

  1. 「食事の後の皿洗いをお願いね」

  2. 「食事の後の皿洗いはスポンジでする? それとも水で流してから食洗機に入れる?」

 もうおわかりの通り、2番目の頼み方のほうが相手は快く引き受けてくれます。

 1の場合は、そこに自分の意志はありません。ですので、このような頼み方だと反発を受ける可能性が高まるし、受けてもらえても、そこにわだかまりが残ります。

 そうではなく、2のようにさりげなく「やってもらうことは前提」としてしまうのです。その上で、スポンジか食洗機かという選択肢を与えてあげる。そうすると、頼まれた子どもは「命令されたんじゃない。自分の意志で選んだのだ」と感じて、前向きに行動に移してくれます。

 これには正式な行動経済学的な名称はついていませんが、私は「自律性バイアス(Autonomy Bias)」と呼んでおり、人が「自分の意志で決めた」と思い込みたい性質を指します。

 同じように、部下に「忙しいからプロジェクトを手伝って」と言うよりも「手伝ってほしいんだけれど、書類の手直しとデスクリサーチ、どちらかお願いしていいかな?」と頼むほうが相手は気持ち良く手伝ってくれます。また、手伝うことが前提なので断りにくいというメリットもあります。

 これは上司を味方につけることにも使えます。アメリカで行動経済学を学び、現在日本企業の人事部で勤務されている方がこんな体験談を教えてくださいました。

 やりたいプロジェクトについて、上司に対して「これをやります」という一方的な情報共有をした結果、自分が知らないことを部下が勝手にやっているという不安や自分が頼られていないという虚しさを感じたのか、支援を渋られたそうです。そこで、彼は自律性バイアスを上手く利用して、「これをやりたいと思っているんですが、AとBどちらが良いでしょうか」という相談に切り替えました。本質的にはAでもBでも良い選択肢を揃えて、上司に選んでもらったところ、上司を巻き込み、周りからのサポートも受けられるようになったそうです。

 この「自律性バイアス」を利用した方法は、実際のビジネスシーンでも取り入れられています。

 たとえば、銀行の暗唱番号を忘れると、口座認証の手続きが必要です。個人情報の確認や、合言葉認証の確認、二段階認証もありますし、ワンタイムパスワードの発行もあったりと、作業はやや煩雑です。こんなときに、以下の2つの聞き方をされたら、どちらが好印象でしょうか。

  1. 「この手順を踏まなければ口座認証はできません」

  2. 「あなたの口座認証をするためお手伝いをさせてください」

 当然、2です。理由はこれまでの例と同じで、1だと自分の意志はない「強制」によるものですが、2はあくまで自分の意志を持って口座認証の手続きをするというものです。

 これについては実験も行われており、「お手伝いをさせてください」と言うか言わないかで、顧客の評価も大きく変わっていました。この実験の後、顧客に追跡調査をすると、後者のほうが顧客の評価は82%が高く、手間も73%が少ないと感じたという結果になりました。この行動経済学的な効果を理解していることからこそ、最近のアメリカでは必ずと言っていいほど、「お手伝いをさせてください」という言葉がマニュアルに入っていると考えられます。

現代社会を生きる私たちには必須の教養

 行動経済学は、最近ではテレビやSNSでも取り上げられることが多く、「ナッジ理論」や「プロスペクト理論」、「アンカリング効果」などの主要理論は、どこかで目にしたという人もいらっしゃるかと思います。このほかにも50以上の理論があり、多くの企業では行動経済学の考え方を取り入れ、自社の商品やサービスに組み込み、私たちの脳を操ろうとしています。

 行動経済学を学ぶと「このサービスは行動経済学が裏にあるな」とすぐにわかるようになる──それどころか、ひとたび行動経済学を学ぶと、世界が違って見えてきます。

 あらゆる企業の戦略が張り巡らされた現代社会、教養としての行動経済学を身につければ、二度とそれまでのような素朴なものの見方はできなくなるでしょう。

著者・相良 奈美香
「行動経済学」博士。行動経済学コンサルタント。日本人として数少ない「行動経済学」博士課程取得者であり、行動経済学コンサルティング会社代表。行動経済学が一般に広まる前から、「行動経済学をいかにビジネスに取り入れるか」、コンサルティングを行ってきた。アメリカ・ヨーロッパで金融、保険、ヘルスケア、製薬、テクノロジー、マーケティングなど幅広い業界の企業に行動経済学を取り入れ、行動経済学の最前線で活躍。自身の研究はProceedings of the National Academy of Sciencesなどの権威ある査読付き学術誌のほか、ガーディアン紙、CBSマネーウォッチ、サイエンス・デイリーなどの多数のメディアで発表される。また、国際的な基調講演を頻繁に行い、その他にもイェール大学やスタンフォード大学、アメリカ大手のUberなどにも招かれ講演を行うなど、行動経済学を広める活動に従事している。

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