この時、音喜多とColabo攻撃に加担し、面白がっている「ひろゆき」や、自民党から出馬した #大空幸星 が辺野古米軍基地新建設反対運動を嘲笑い、人々の痛みを冷笑していたことが許せず、辺野古に駆けつけた。
そして、このように彼らを批判した。
この後、「ひろゆき」はColabo攻撃に加担し始めた。
2022年10月の投稿↓
座り込みをする背景や抗議の声を、沖縄の民意を小さく見せ、問題を矮小化すること、「座り込みの定義は」などと問題の本質から目を背けるようなことをあえて言ったり、挑発して抗議者たちを過激な人たちであるかのように印象付けること、それこそが目的なのではないでしょうか。
こうした攻撃は、自身の加害者性に向き合わず、構造的な暴力から目を背けるために、踏みつけられている人たちの声を小さなものとしようとするための手法となっていて、権力者たちによって繰り返されてきました。今回のことも、そういう効果を見据えた行動なのではないかと思います。
Colaboに対してもそうした攻撃が繰り返されています。
しかし、こういうことが起きると、弱い立場に置かれている人の側に「対話」を求める人が多くいます。そうした人たちは、中立なつもりでいるのでしょうが、そうした行為は加害者側に立つ行為であることを多くの人が理解しなければなりません。
Colaboに対してもそうした攻撃が繰り返されています。
しかし、こういうことが起きると、弱い立場に置かれている人の側に「対話」を求める人が多くいます。そうした人たちは、中立なつもりでいるのでしょうが、そうした行為は加害者側に立つ行為であることを多くの人が理解しなければなりません。
今回ひろゆき氏と辺野古に同行したAbemaTVは、よくそうした番組を作っていますよね。そのため私は何度依頼があっても出演したことはありません。
フェミニストを叩くために、フェミニストに「対話」を求めて呼び出すようなこともやっていますが、これに応じる必要はありません。
こうした攻撃によって辺野古でも、抗議を続ける地元の方々が、なぜ活動するのか、何が起きているのかを無理解な人たちに対してもこれまで以上に説明させられることになっています。理解を広めることが必要だから地元の方々は誠意ある対応をされ続けていますが、それはすでに語られ続けて来たことです。
それを知ろうとしてこなかった、不勉強で無責任な私たちが悪いのに、いつまで声を上げて来た人たちに押し付けるのか、身を削らせるのかと思います。
沖縄になぜ米軍基地のほとんどがあるのか。なぜ辺野古に新基地を作ろうとしているのか。
基地があることで沖縄の方々の暮らしや命、尊厳や人権がどのように奪われて来たか。女・子どもがどれだけレイプされ殺害され続けているか。沖縄の民意はこれまでどれだけ踏み躙られて来たか。それが続いているのはなぜか。そこに、私たち一人ひとりに責任がないのか。
そうした現実の問題から目を背けるために行われる「座り込みの定義は?」などという「議論」に乗る必要はないし、そんなものは議論ではありません。
自身の加害者性や当事者性から目を背けたい人々が、現実から目を背けるために行うこととしてよくある手口であることを認識する必要があります。
私たちはこうした詭弁に惑わされず、構造的な暴力や差別を認識し、この構造を変えるためにどうしたら良いのかを議論し、この問題の当事者として、自分の責任として行動すべきです。
そうした姿勢なく、「リベラルは排他的だ」「運動のアップデートが必要だ」などと上から目線で批評する人は、この構造を温存することに加担しています。
しかし、自身の加害者性に向き合えないために、「もっとうまくやれ」「そんなんじゃ共感されない」「本気じゃないだろう」
「カジュアルだ」などとそれらしい顔で語り、命と暮らしを守るために声を上げる人たちの側に問題があるかのように印象づけているのです。
私たちはそうした構造と、踏みつける側のやり口を知り、考えていかなければなりません。
過去にした「対話」についての投稿
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