土蜘蛛塚~その⑫

テーマ:

前回は→その⑪

 

 前回までの、お話で、形式から考えても柱の儀式はアマテラスへの刑罰では?というお話をしてきました。鎌倉時代までの書物に真実が有り、柱の形式とは中国の形式と専門である僧籍の偉い先生方や専門家が仰られているのです。それらを考慮し中国形式で分析すると今までお話しした内容にどうしてもなります。

彼らが他にもそういう事をやってきた可能性が高いという事実を以下に示します。前回の記事でも出てきましたが、神武天皇に槌で打ち据えられて暴力を振るわれた長宿祢の尊がその後どうなったかを示す資料です。

 

土蜘蛛塚

 

写真文章とも日本伝承図鑑様→こちら

葛城一言主神社の本殿横には、申し訳なさそうに【土蜘蛛塚】がある。木々で覆われ、さらに寄進者名を記した看板で正面からは臨めないようにされている(どう見ても意図的に隠されているとしか言いようがない)。

この地域の“葛城”という名前は、神武天皇がこの地域にいた先住民を“葛”でひっくくって退治したという伝承から付いたとされている。この先住民が、手足が長いために“土蜘蛛”と言われているのである(このエリアより北ではあるが、神武天皇に逆らった神として長髄彦(ながすねひこ)がいる。ネーミング的には同じ発想のようである)。この名は、天皇家にとっては目障りな存在としての“まつろわぬ民”の総称でもある。

この神社にある土蜘蛛塚であるが、神武天皇が捕らえた土蜘蛛を頭・胴・足の3つに切って埋めた場所であるとされる。

◆長髄彦
神武東征の時に最後まで抵抗した、畿内の豪族の長。先に降臨した饒速日命に妹を嫁がせており、それ故に神武の要求に従えなかった部分もある。最後は、饒速日命によって殺害される。ただし長髄彦自身が“土蜘蛛”と称されたことはない。

~以上~

 

 日本に元々住んでいる原住民の方にこの様な行動をあそばされるとても上品な家系で有ったのです。日本の皆様はそう言うのでそうなんでしょうね。他にはねぶた祭りの元になった埋めて踏みつけたアシテイルさんも彼が悪者なので生き埋めたそうです。本当お上品ですね♡

秦氏に取り囲まれているであろうから、中国風味で考えると三つ切りや土に生きたまま埋めるの意味が分かります。魏志倭人伝は卑弥呼にもやられたと書かれています。私は自分の霊視で墓を掘り起こされて三つ切りにした挙句もっと粉々にされた映像が見えましたが 余りにも失礼な霊視になりそうなので、念には念を入れて調べてきたわけですが、残念なことに三つ切りが好きな事が事実だったようです。

 

上品な方々なので本当にそんな事をする可能性が有るかどうかについて検討してみましたが、やはり家来の秦氏が埋めるのが好きなのは間違いないかもしれません

【死んでいるの更に墓を暴いて体を分解するのも好きみたいです】

中国のドラマを見てびっくりするのは、地位のある立派な人が、人の墓を暴いて遺体を痛めつけ復讐することです。 蒋介石は政敵である汪兆銘の墓を暴いたこともあるようです。墓を暴いて市に晒すことは古代中国で「戮」という刑罰です。紀元前からある刑罰です。中国は儒教によって、古代の周王朝の政治を尊んでましたし、近代まで夜郎自大の中華思想を維持していたので風習が残ったのでしょう。 フランス革命で王族の墓は暴かれましたね。イギリスは王政復古の時 クロムウェルの遺体を掘り返し、首を切断したりしてますね 因みにその首はミイラ化して見世物になったりしていたりする例が世界に有ります。

~以上~

 

 そしてこれらの事を踏まえてから以下の記述をご覧下さいませ。

 

天照大御神はスサノオ命に「あなたの心が清いかどうかをどのように確かめようか。」と仰せになり、これに対してスサノオ命は「お互いに誓約をして子を生みましょう。」と提案された。天照大御神まずスサノオ命の剣を用いてタキリビメ命、イチキシマヒメ命、タキツヒメ命の三女神をお生みになった。スサノオ命は天照大御神の首飾りを用いてアメノオシホミミ命、アメノホヒ命など五男神をお生みになった。

誓約が終わって天照大御神はスサノオ命に「五男神は私の首飾りから生まれたから私の子である。三女神はあなたの剣から生まれたからあなたの子である。」と子の区別を決めて仰せになった。

~以上~

 

要約するとこんな感じですが、日本書記と古事記もどちらを読んでも「親となる神は行為ではなく、物の所有権で判断する」ということが書かれています。この事からも別に夫婦でも何でもないって事です。でも子供って何だろうって考えてみます。そしてその上で、天皇ゆかりの書物だって事を忘れないでください。そしてこの部分をもう一度見てください。

天照大御神まずスサノオ命の剣を用いてタキリビメ命、イチキシマヒメ命、タキツヒメ命の三女神をお生みになった。剣を口で咬んだ何て解説でもありますね?件で傷口と読めませんか?

あっ?って気が付きましたでしょうか?

 

そうです三つ切りにされたから三女神なのではないかって事に?だってどうみても、長宿祢の事を考えれば卑弥呼が政敵ならやると思いますよ。そしてこの三つ切りには封印の意味が有ると思います。なぜなら『なんで長宿祢の事を日本人はしっかり記憶していないんですか?』という事実を突きつけられるとそれが彼らの封印が成功している証拠です。

八咫烏達は熊野権現を三権現にしたり、ともかく三つに分けるの好きですよ。御祀神を変更する時によく使う手です。つまりそれらに今まで文句を言うものが居ないという事は立派に封印の役割を果たし効果が絶大だったという事です。うまくやりましたね。

 

そして、この古事記と日本書記にも異議を唱える人達が居るけど個人のブログで何が突っ込みポイントか?まで突っ込めている物が有りませんでしたので、私は突っ込みます。まず言える事は、良く色々な記述を調べると以下の情報が分かってきます。

 

古事記では女神を生んだら勝ち、日本書紀では男神を生んだら勝ちとしていますが、これは中国の儒教思想を受けていることが考えられます。

 

日本書記は実は中国語で書かれいると知っている人どれ位いらっしゃいますか?

日本書記は六国史の第一にあたる。神代から持統天皇の時代までを扱い、漢文・編年体で記述されている。全30巻。系図1巻が付属したが失われた。同じく奈良時代に編纂されたとされる『古事記』と共に、日本のみならず東アジアの古代史、文学史、言語学における重要史料の一つであり、両者合わせて「記紀」と呼ばれる。

~以上~

 

この事を世界に通用するようにしたかったからと、教授の意見として述べる向きもあるようですが、w他紙は個人的に天皇自体が秦氏に囲まれているんだから漢語は余裕だったから使用したという事を推測します。それに書いた人が中国思想を入れてきてるという事実があるようで、そう考えると日本の純粋な歴史なのかな?って余計に思います。次回はその中国風味の事実について書いて行きたいと思います。

 

 

続きは→その⑬


 

たかちほのプロフィール
今一番気になるグッズ
たかちほ
AD