正社員も減っていない

 ちなみに、OECDは過去にもこうした「皮相的でわかりやすい」レポートを多々打っている。関連したものとしては2007年レポートなどがその最たるものだろう。当時も日本の年収が伸び悩む理由は、「非正規の増加」であり、それは「正社員を非正規に変えて人件費縮減をしたためだ」と断じた。

 確かに、バブル前の日本はある意味、労働天国だった。働くのは男性で、彼らの多くは管理職になれ、年齢とともに給与は上がり、逆に労働時間は減っていった。バブル崩壊、金融不況、ITバブル崩壊などを経て、経営者がこうした「ぬるま湯」にメスを入れ、減量経営を期したのは間違いではない。

 ただ、それでも大幅に正社員を減らしたわけではない。1996年のピーク時に3800万人だった正社員は、2020年では3490万人だ。前述した通り、この間に生産年齢人口は1256万人も減っている。だから、生産年齢人口当たりの正社員率は、43.5%から46.7%へと増加しているのだ。正社員総数自体もリーマンショックや東日本大震災などの余波が残る2014年に3288万人で底打ちし、そこからずっと微増し続けている。

 雇用構造全体の変化を振り返るならば、生産年齢人口の減少ほど正社員は減らずに持ちこたえ、加えて大幅に主婦・高齢者・学生が非正規社員として労働参加したというのが正解で、OECDの言うような「正社員から非正規への転換」というのは、 事の本質ではないだろう。

氷河期世代の3人に1人は非正規雇用者?

 昨今では非正規雇用が2000万人を超え、働く人の3人に一人に迫ると言われる。結果、正社員になれない若者、そして年季の経った長期フリーターが貧困にあえぐ、という構図がマスメディアでは多々語られる。その主因として、就職氷河期世代の問題に焦点が当てられ、そこに多大な政策予算が付けられてもいる。

 彼らが厳しい生活を強いられているのは事実だ。ただ、事の本質を見誤っているために、彼らの本当の厳しさが理解されない。彼らは「非正規の中のマイナーな存在」であり、だからこそ、いくら声を上げても救われないのだ。

 その状況をもう一度振り返っておこう。以下は2018年度の非正規雇用者の内訳となる。

出所:厚生労働省「労働力調査 2015年」より作成
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出所:厚生労働省「労働力調査 2015年」より作成

 全体2120万人のうち、一番多いのが主婦の943万人、続いて60歳以上の男性が300万人。ここで65歳以上ではなくあえて60歳以上としたのは、定年再雇用時に非正規となるケースが多々あるからだ。続いて、60歳以上の結婚していない女性が107万人、さらに学生が183万人(社会人学生も含む)。ここまでで1533万人、全体の74.5%を占める。

 これ以外の、学生ではない壮年期の非正規雇用者は590万人と全体の4分の1となってしまう。主婦など多くの女性を除いたこの590万人の壮年非正規においてもまだ女性が過半数(310万人)であり、壮年・非学生の男性は273万人にとどまる。

 どうだろうか?

 圧倒的多数が非正規の「主婦・高齢者・学生」であり、それは正社員代替というより、従来の非労働者の社会参加が主になっているとわかるだろう。

 加えて以下のデータも見てほしいところだ。これは労働力調査から2018年の時点で40~44歳の非正規雇用の状況を示したものだ。

出所:総務省統計局「労働力調査」を基に著者作成
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出所:総務省統計局「労働力調査」を基に著者作成

 この年代は、大学卒業時期が1997年~2001年に重なり、俗に「ロスジェネ」と呼ばれる就職氷河期世代をカバーする。同年代の雇用者数は703万人で非正規は210万人。

 働き盛りで非正規が3割!と早合点しないでほしい。この210万人のうち、189万人が女性で圧倒的多数を占めている。しかもそのうちの140万人が既婚者(主婦)だ。男性は31万人であり、同年代の正社員が346万人なので、非正規率は8%にとどまる。加えて言えば、この男性非正規のうち3分の2が高卒・中卒などの非大卒だ。

 どうだろう。就職氷河期対策として毎年多大な政策予算が計上されているが、精査すれば、それは主婦が圧倒的多数となる。思い出してほしい。3年ほど前、宝塚市役所で氷河期世代に限定して正規職員の中途採用を行った時、1600人も応募者が現れた。そのうち4人が採用されたが、うち3人は女性だったことを。残りの1名の男性は、社会労務士資格を有する正社員歴ありの人物だった。いわゆる「絵にかいた長期フリーター」とは全く趣が異なる。

 世で語られる「就職時期による不平等」は確かにあるだろうが、それよりも、性差や学歴さの方が圧倒的に大きいのだ。

 もちろん、私は弱者救済のために政策予算をあてるのには賛成だ。ただ、彼らはどの世代にもいる。夢想的なイメージで氷河期世代にのみスポットを当てる現状は大いに問題ありと声を大にして言っておこう。