前回は→資料①

 

 弥生以前の文字が無いと言っているのに、何故天皇勢力の神社がペトログラフを中途半端に用いているのか?私はそこも引っかかる部分だったんですが、この一冊の本により経緯がとても良く分かりました。パターンはいくつか有りますが、どのみちその文字が出来たのは大部分は十五世紀以降になりそうです(つまり縄文系とは全く関係ない)。

 

 類似性が見られる理由は、(これは私も自分のブログにて指摘してきました)神社それぞれが自分の先祖が伝えている言葉(文字)という事ですから、先祖に神代文字が分かる人や、受け継いだという形になります。

つまり、

●神主の祖先が代々受けついた古代文字と

●権威を保つ単にハングル文字を元に造形した文字

の二通りが大まかに混在しているという事になります。文字の渡来はシルクロードですから中国や朝鮮の古代文字を元に作成しても、元になる中東の古代文字と似ている可能性も有るという事です。

 

この事が「神社に残された古代文字と縄文の文字の共通性」につながっているという事なのでしょう。

 

15世紀に作られた古代文字風味の文字というものは何故作られたのでしょうか?その事情を以下に述べていきたいと思います。

 

【神社の神代文字の正体は神官文字】

 これらの事情って知っている人を見た事がないので、それで我々は「古代文字ってなんだか神社にもあるし?山の盤座にも掘られていたりしますし(守屋山に文字が有る岩を私は発見しましたが、その後に歴史専門家がミシャグチ様の信仰文字と査定していました)

結局神代文字って謎めいて何だったのか?結論が出ない。

という言われ方がしていたんだと思います。タカチホはこの話を分かりやすくするために神社属性神代文字と以降書き記します。

 

 15世紀以降に何故神社属性神代文字が作られたか?という疑問なのですが、それは時代背景に因ることろが大きいようです。阿比留文字、秀真(ほつま)文字・守恒(もりつね)文字など、子音を表す記号と母音を表す記号とを組み合わせて作った文字は、神社の禰宜(神主)が朝鮮のハングルに誘発されて新たに造字したものであり、そしてその造字の背景には仏教に圧迫され勢力を失った神道勢力が復活するように考えたものだった。

 

 神道では祖先が神とされており、神の系譜の口伝=祖先の口伝 という価値観が有るのです。このままでは劣勢と考えた神道勢力はカリスマ性みたないものを欲しかったのじゃないかな?という感じです。しかし、彼らは日本書紀が正史とカテゴライズされているのも分かっていたが、自分達はその記述にない独自の伝承を持っていた。そこで漢字で書かれた日本書紀に直で逆らう事を恐れて同じ漢字で書くのが憚られたので、非漢字で書こうと思い立ったそうだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが

●「阿比留草文字」である。この朝鮮で作られた諺文、ハングルが対馬の神主の阿比留中務家に伝わっていた、それが日本各地の神主たちに広がっていたので、その阿比留草文字を主体として、そこから変形した神代文字がいくつか作られた。

※つまり阿比留草文字に関しては朝鮮文字ですね。朝鮮出身の天皇の家来であれば知っている文字だという事でしょうか。

●秀真(ホツマ)文字もそういった文字の一つです。神官三輪氏は自族が伝承していた神統譜を一つの書物にまとめました。それが所謂「ホツマツタエ」となる。

※古墳時代由来:この時代にも土器が有るのですが、ヘラ書きされた文字が散見するのです。これ自体は神代文字という事になるので、三輪氏もこれを使っていたそうです。しない文字が源流になっているそうです。

~以上~

 

 この様にどちらかというと、古代文字をありのまま調べているというよりも、神主が伝わる伝説を神代文字に現したという個人というか、一家の歴史ってカテゴライズではないでしょうか?祖先が昔見た世界を口伝等で代々伝え、それを権威を表すために神代文字で書いたという事。

 

 つまり昔から有る古代の書物。記述そのもではないという事がここらか分かります。だからと言って当然全部内容がインチキなどという事は無いと思いますが。けど一定の家系だけの話を聞くと利害も無いとは言えないだろうし(そもそも神社が権威を持とうとして書いたものだろうから)、そこの地域の内容だと思いますから、日本全体像とかが見えてくるわけではないだろうなと思われます。

 

【ペトログラフは当時の当時の人が書いた記述という事になります】

 水窪石と上記の神社属性神代文字との確実な違いは、水窪石は縄文時代後晩時代当時に当時の人間が書いたたものだという事です。

 

 だからこそ、本来ならばもっと解読すれば良いんだろうけど、今言える事は文字が無い前提にされていたから文字を見ても何だか考えようとしない。考えを改善しようともしないというまさに「目の前に有るのに無視」を社会全体でやっていたという事になります。

それもこれも封印の(実際に呪い岩に封印かけているし)成果という事でしょう。

本当の事を言う事=封印を解く事

だと私は思っています。

~以上~

 

 次回【縄文土器に書かれていた事が自分にとってドキッとするような内容だった】

といお話をしていきたいと思います。

 

 

続きは→その③

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