スラムツーリズムという悪趣味感
スラムツーリズム (Slum tourism) は、貧困地区の訪問を伴う観光の一種で1990年代以降、インド、ブラジル、ケニア、インドネシアのような幾つかの発展途上国などに置き、世界各地的に増えているもだそうだ。
自分は今まで知らなかった。
たまたま立命館の八木教授の本を読んで知って、え、こんなもんがあるんやと驚きを隠せなかった。
では内容はというと、単刀直入に言えば、現地を知るガイドの案内のもとで、「貧困街」を巡回するツアー。スラム地域内の各所――場合によっては完全に個人の民家や学校、土産物屋や酒場、NGO 団体の活動場所などへの訪問を通じて、スラムの社会や文化を体験的に理解することを目的とした観光、ということだそう。
拡大の背景には、観光の活用によって貧困削減や経済の活性化を目指す実践の広がりがあるとされている一方で、物見遊山的な観光客がスラムの人々の心情を害することやスラム住民の「貧困生活」というプライベートなものを見世物にして「商品化」することが道徳的な問題だとされ、倫理的な観点から、メディアを中心に倫理的観点からしばしば批判がなされてきた。
1995年、観光社会学者のジョン・アーリーは、「まなざし」という概念を用いて、自分の文化とは異なるものを空想で追い求めるロマン主義的な観光客によって、観光地域の人々は一方的に見られているという観光客と地域住民との不均衡な関係性を指摘。
観光(客)の持つ権力性を提示した。
一方的な、強制的、暴力ではなかろうか。
なんか、腑に落ちない。
そもそも、このような種類の「外部者がスラムを訪問する」という行為は、実はスラムツアーが誕生する以前、1840年代頃、ビクトリア朝時代に始まったと言われている。
「初期のスラミング」といわれるものがそれだ。
「West Side Lingo」という慈善の意図を持った淑女・紳士達が、イーストエンドなどのロンドンの貧しい人々が住む地区を訪れて、その生活を観察したというが、これは。なんと余暇の一環だったという。
要するにボランティアなんかと並列に位置する活動ということなのか。
よく理解できない。
そういう立派な意志を持ったまっとうな人もいれば、実は現地で売春婦を誘うために行く人もいたという。
はたまた、自分より下の人を見下しての留飲を下げたいがための人もいたことであろう。
この初期のスラミングについては現代においては、福祉と慈善に対する関心という仮面によって包み隠されていた悪趣味だったと痛烈に批判されている。
ロンドンのみならず、1884年にはマンハッタンでも「"slumming」 が行われたという。
歴史の闇は深く、古い。
しかしながら、まあ、何というかよ~く考えてみると、最近ニュースになっている、件の「都が運営しているトー横キッズの駆け込み施設」が、実質的には性的被害の温床となったり、風俗のスカウト舘と化していることと根っこは同じ気がする。
YouTubeでよく見かける、貧困地区や、未解放部落、ゴミ屋敷、犯罪があった場所のその後を探索、撮影に行きネットに曝す、なども同じか。
ところで、スラムツアーに関する最初のアカデミックな会議は、2010年12月にイギリスのブリストルで開催された「スラムの行き先」と題された会合であるとされる。