ドラゴンが好きらしい
「……な、成程。つ、つまりこう言う事ですね? ミヤマさんにその子竜を譲る代わり、りゅ、りゅ、竜王様が……うちと契約を結んで、配下を派遣して下さると」
「はい」
「……すみません。ちょっと、頭が理解を拒否してます」
魔界から戻って事情を説明すると、御者さんは明らかに困惑した様子で呟く。
「……み、ミヤマさんは、竜王様とお知り合いなのですか?」
「え、ええ、まぁ」
……マグナウェルさんだけじゃないけど、それを言ったら御者さんがどうなってしまうかは、過去のリリアさんの反応で分かり切っている。
俺が頷くのを見て、御者さんはしばらく茫然とした後、ゆっくりと口を開く。
「……それは、勿論、ありがたいです。というより、ありがた過ぎます……配下を派遣して下さる事も勿論ですが、竜王様と直接の繋がりを持てるのは、もはや金銭に換算できるような価値ではありません」
「そうなんですか?」
「ええ、竜王様は行商や飛竜便に属する者達にとっては、神に等しい存在です。私も持っていますが、商売人の多くは竜を象った飾りを、お守りとして持ち歩いています」
どうやらマグナウェルさんは、多くの魔物を下賜していたり、飛竜便の基盤を作ったりしたらしく、商いの神として絶大な信仰を得ているらしい。
そんなマグナウェルさんと直接の繋がりを持てる事は、商売人にとっては成功を約束されたに等しく、喉から手が出るほど欲しいパイプらしい。
「もし、そちらが宜しければ……近い内に使者を送ると言っていました」
「ええ、分かりました。では、その契約が結ばれましたら、子竜をミヤマさんにお譲りする事を約束します」
「ありがとうございます」
「キュイ!」
ちなみに御者さんは、御者兼この飛竜便の責任者でもあるらしく、決定権についても彼女が握っている。
故に御者さんが了承してくれたのであれば、マグナウェルさんとの契約が完了したら、子竜を譲り受ける事が決定したと言っていい。
そしてそれは子竜も理解したのか、俺の方で嬉しそうに顔を上げる。
「うん。これで、次に来たときは一緒に連れて行ってあげれるよ」
「キュイ! キュキュ~」
「あはは、くすぐったいって」
子竜は本当に嬉しそうな様子で、俺の頬に顔を擦りつけて甘えてくる。
大変可愛らいしいその姿に和みつつ、一度転移魔法具を使用してマグナウェルさんに話の結果を伝え、残る時間は子竜と遊ぶ事にした。
「……と、言う訳なんですが……」
「……はぁ、六王様に最高神様と全て遭遇したと思ったら……今度は魔物の方に手を伸ばし始めましたか……」
事の顛末を説明した俺の前で、リリアさんは呆れた様子で溜息を吐く。
怒られる事は覚悟していたし、誠心誠意頼み込もうと思っていたんだけど……思ったほど、怒ってる感じでは無い。
「ベル程大きいならともかく、子竜程度でしたら新しい小屋が必要という訳でもありません。それに、カイトさんはベルの世話もしっかり行っているみたいですし、問題無いでしょう。飼っていいですよ」
「え? いや、でも、どっちかって言うとベルの世話はジークさんが……」
「いえ、私はベルちゃんと遊ばせてもらってるぐらいですよ? 餌をあげたり、ブラッシングしたりは殆どカイトさんが……」
あっさりと子竜を飼う事を了承してくれたリリアさんに、ありがたく思いつつも、ベルの世話に関してはジークさんが行ってる部分が大きいので、やや申し訳なく思いつつ言葉を返したが、ジークさんがそこへ口を挟んできた。
「いや、ジークさんに色々教えてもらって、手伝ってるぐらいで、主導はジークさんですよ」
「いえ、私は助言して手伝ってるだけです。散歩をしているのもカイトさんですし……」
「……貴方達が似た者同士というのは、よく分かりました」
ジークさんと平行線とも言える会話をしていると、リリアさんが再び呆れた表情で呟く。
その言葉で一度会話は途切れたが、すぐにジークさんはキラキラした目で俺の方を向いてくる。
「でも、ベルちゃんに続いて子竜もなんて……幸せです。白竜の鱗は真珠みたいに綺麗ですし、つぶらな瞳も凄く可愛らしいと思います! あっ、そう言えば、子竜の名前は何と言うんですか?」
「リンドブルムという名前らしいので、リンって呼ぶ事にしました」
「リンちゃんですか……可愛らしい名前ですね。そんな子を飼えるなんて……カイトさん、素敵です!」
動物大好きジークさんのテンションは、既に非常に高くなっているみたいで、やや興奮気味に子竜……リンが来るのを楽しみにしている。
以前宝樹祭に行った際も見ている筈だが、あの時は飛竜に乗るのが初めてである俺達を気遣い、必死に我慢していたらしい。
「……ジーク、部屋に連れ込まないように」
「……え? ベルちゃんは我慢したのに……」
「駄目です!? というか、今もちょくちょく枕持ってベルの小屋で寝てるでしょう……」
「……ベルちゃん、ふさふさで可愛いですよ?」
「……そういう問題では無いですからね」
どうもジークさんの動物好きは筋金入りらしく、俺は知らなかったがベルの小屋で何度か寝ていたらしい。
確かにベルの毛はふさふさで、ブラッシングもかかしてないので触り心地は最高だと思うけど……ジークさん……部屋に連れ込もうとしてたの!? ベル5メートル近いサイズなんだけど……
「……お嬢様も、人の事は言えないのでは?」
「ッ!? な、なにを言ってるんですか? ルナ……」
「今回は、やけにアッサリと飼う事を認めましたよね?」
「そ、そそ、それは……子竜はベルと違って小さいので……」
あれ? なんだか返答の歯切れが悪い……分かりやすいほど顔逸らしてるし、アレで誤魔化してるつもりなんだろうか? リリアさんって、嘘の付けない人なんだなぁ……
まぁ、しかし、確かに言われてみれば今回はやけにアッサリ認めてくれたし、それについては少し違和感がある。
実際俺も話を切り出すまでは、苦言やお叱りの一つ二つは覚悟していたんだけど……
「あぁ、そう言えばリリは……」
「ジーク!?」
「え? どういう事なんですか?」
何故かジークさんも納得した様子で手を合わせ、一人理由の分からない俺は首を傾げる。
するとルナマリアさんが俺の方を向き、その疑問に対しての答えを返してくれた。
「……お嬢様は、ドラゴンが好きなんですよ」
「る、ルナ!?」
「え? そうなんですか?」
「ええ、アルベルト公爵家の家紋も竜を象ったものですし……今さらだから言いますが、宝樹祭に行く際だって……お嬢様なら、宮廷魔導師に頼んで転移魔法も手配できました。本人が飛竜に乗りたかっただけです」
「……」
ルナマリアさんの言葉はそのものズバリだったのか、リリアさんは明後日の方向に視線を逸らす。
宝樹祭に行った際は、まだ俺も転移魔法についてはよく知らなかったが、確かに転移魔法が使えるなら使った方が早いのは確実だろう。
そして今回やけにアッサリ飼うのを認めてくれたのは、リンがドラゴンだからか……というか、ジークさんに部屋に連れ込まないように注意したのって……もしかして自分が部屋に連れ込みたいからなんじゃ……
「……だって……ドラゴン……カッコいいじゃないですか……」
そっぽを向いたまま、頬を微かに染めてリリアさんが呟く……物凄く可愛い。普段落ち着いてる所が多いからか、こういうギャップが……落ち着いてる? いや、別にそんな事もないか……
「カイトさん?」
「い、いえ、なんでもないです!?」
心を見透かされたようにチラリと視線を向けられ、俺は慌てて背筋を伸ばす。
そしてルナマリアさんがそんな事を全く気にした様子もなく、リリアさんの方に向き口を開く。
「お嬢様は六王一容姿が優れているのは、竜王様だと言って譲らないんですよ。そこだけは、相容れませんね」
「竜王様の威厳溢れるお姿が一番に決まってるじゃないですか!!」
「いいえ、冥王様の麗しさに、敵う訳がありません!」
「……なんで、喧嘩始めてるんですか……」
なぜかリリアさんとルナマリアさんの間で、六王で一番容姿が優れているのは誰かという討論が勃発し、二人はそれぞれが推す六王を熱く語り始める。
リリアさんは本当にドラゴンが好きらしく、いかにマグナウェルさんがいかに威厳溢れる存在なのかを語っている。
俺から見たマグナウェルさんは……今回も帰り際に、お小遣いだって鱗くれたし、話好きだし、孫に接するおじいちゃんみたいなイメージだ。
後、どっちかって言うと俺は、意見としてはルナマリアさん側……クロが一番だと思うんだけど……それは火に油を注ぐだけなので黙っておこう。
「……カイトさん」
「うん? なんですか、ジークさん?」
「私がちゃんと世話するので、もっといっぱい魔物連れて来てください。私、ファニーラビットとかも飼いたいです」
「……」
そして、ジークさんはジークさんで、相変わらずな様子だった。キラキラした目が可愛らしく、反射的にうんと言ってしまいそうになったが、何とかそれは飲み込んだ。
拝啓、母さん、父さん――話は順調に進み、子竜ことリンドブルムを譲ってもらえる事になり、リリアさんも飼う事は了承してくれた。そして今まで知らなかったけど、リリアさんは――ドラゴンが好きらしい。
子竜……リンを飼う事も決定し、今後はベルとコンビでマスコット的活躍をしてくれる……筈?
ジーク……動物全般が大好き。
リリア……ドラゴンが好き。
ルナマリア……冥王の狂信者。
ジークが一人平和である。
リリア、今回は気絶しなかった!
六王に最高神も出揃ったし、もうこれで、気絶する事は……【初代勇者】……あっ