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こんな感じかなって思う


「……はぁ……はぁ……ゆ、柚木さん」

「……先輩? 大丈夫……ですか?」


 荒い息で声をかけると、柚木さんが優しい声色で俺を心配してくれる。

 汗が雫となって微かに焼けた肌を伝い、柚木さんの大きな胸が弾む。

 健康的に引き締まった体が、人よりも大きなその胸と引き締まった臀部を強調し、微かに荒い柚木さんの息と相まって扇情的に映る。


「……ごめん……もぅ……限界……」

「は、早いですよ……もう少し……もう少しだけ……頑張ってください」


 体温が何度も上がったかのような熱が体を包み、大きな脱力感となって襲いかかっている。

 限界を迎えそうな体を震わせながら、強く唇を噛んで動かす。

 俺を励ます柚木さんの言葉を受け、我慢に我慢を重ねて必死に耐える。


 しかしそれでも、もう、限界はそこまで迫っていた……俺の息はもう荒く、気を抜けば全ての力が抜けてしまいそうだが、むしろ体はそれを望んでいるかのように感じる。


「……先輩……もう少し……ね?」

「……う、うん……頑張……る」


 しなやかな指が俺の体に触れ、熱と共に励ましの言葉が投げかけられる。

 崩れ落ちそうな精神力を繋ぎ合わせ、最後の力を振り絞った……













「……も、もう駄目……し、死ぬ……」

「まだ5kmくらいしか走ってないんですけどね? 私としてはこの数倍は行きたいところですけど……」

「いや、それを俺に求めるのは間違ってる……あぁ、脇腹痛い……」

「ふふふ」


 ぐったりと座りこみ、肩で大きく息をする俺とは対照的に、柚木さんはまだまだ元気そうに見える。

 やっぱりこの辺は普段からの経験値が違うんだろうな……いや、本当にキツイ。


「し、しっかし、衰えたなぁ俺……昔はもっと行けた気がするのに……」

「何か台詞がジジ臭いですよ? それにまだ帰りもあるんですからね」

「……転移していい?」

「駄目です!」


 なぜ俺がここまで疲労しているのかというと、こっちの世界に来てからロクに運動していない事を思い出して、健康的にも良くないだろうし、体を動かそうと思ったのが発端だ。

 そして丁度毎日走ってる柚木さんが居たので、一緒に走らせてもらおうと参加した結果が……この様である。

 いや、俺だってただのジョギングなら10kmぐらい行ける……んじゃないかと思うんだけど、柚木さんのスピードについて行くともうマラソンだった。


 いや、本当に陸上部凄いよ。基礎持久力が全然違う、柚木さん全くペース落ちないどころか、俺に合わせてくれてたみたいだし……5歳も年下の女の子に、ここまでぶっちぎられると情けなくなってくる。

 ちなみに柚木さんは最初にスピードを落として走ろうかと提案してくれたんだが、俺にも男としてのプライドがあり、大丈夫だと返答した結果……現在のこの有様である。


 柚木さんは身体強化魔法は使っていない。本人曰く「それじゃ意味が無い」らしい、この辺は陸上選手としてのこだわりだろう……俺は使ってたけど……

 こ、今後はもうちょっと体も鍛えよう……せめてランニング位まともにできるように……


「はい、先輩。どうぞ」

「うん? あれ? コレってはちみつレモン?」

「こっちの素材で作ったので名称は違うかもしれないですけど、味とかは同じ感じでした」

「ありがとう」


 柚木さんが差し出してくれたはちみつレモンもどきをありがたく頂く事にする。

 甘さと酸味が疲れた体にじんわりと染み込み、まだまだいくらでも頑張れる気分になってくる……実行は無理だとしても……


「あれ? そう言えば、コレ……どこから出したの?」

「ふふふ、気付きましたか? じゃ~ん!」

「おぉ、それってマジックボックス? 柚木さんも手に入れたんだ!」

「えへへ、リリアさんに貰いました……なんでも『快人先輩のせいで山ほどお金が入ってきたので』という事らしいです」


 自慢げにマジックボックスを取り出す柚木さん。

 どうやらリリアさんに貰った物らしく、リリアさんは大金が入ってきたのでプレゼントしたらしい……俺のせいってどういう事だろう? あぁ、そっか、アイシスさんから貰った宝石か……


 ニコニコと笑顔で話す柚木さんを見てると、なんだか俺まで元気になれるなってくるから不思議だ。


「成程、良かったね。だから、ずっと嬉しそうだったんだ」

「へ? あ、いや、嬉しかったのは……先輩が一緒に来てくれたから、ですけど……ほら、やっぱり一人で走るより、二人で走る方が楽しいじゃないですか」

「成程……あれ? 葵ちゃんは一緒に走ったりしないの?」

「葵先輩は……走り高跳びの選手ですからね。長距離走にはあまり付き合ってくれません」


 柚木さんと葵ちゃんは同じ陸上部だけど、それぞれ種目は違うみたいだ。


「っていうか、先輩!」

「うん?」

「私の事はいつまで柚木さん、なんですか?」

「……え?」

「葵先輩の事、いつの間にか葵ちゃんって呼んでますし……それなら私の事も陽菜って名前で呼んで下さいよ」


 急にグィっと顔を近づけながら、名前で呼んで欲しいと言ってくる柚木さん。

 確かに片方だけ名前で呼んでいたら、違和感を覚えるのかもしれない。


「えっと、じゃあ、陽菜ちゃんで」

「はい!」


 名前で呼ぶと、陽菜ちゃんは満面の笑顔を浮かべて頷く。子犬みたいなその様子に、思わず頬が緩むのを実感した。

 

 そのまましばらく陽菜ちゃんと雑談を交わしつつ休憩をして、俺の体力が戻った辺りで陽菜ちゃんが立ちあがる。

 本当に走るのが楽しいのか「はやく行きましょう」なんて言いながら、こちらを向きつつ走りだし……


「って、陽菜ちゃん!? 足元!」

「え? きゃあぁぁ!?」

「陽菜ちゃん!」


 この世界にコンクリートなどという物はなく、日本に比べれば地面もそこまできれいに整備されていない。

 陽菜ちゃんが走りだそうとした足元が少しせり上がっており、慌てて声をかけたが時すでに遅し、陽菜ちゃんは躓いて転んでしまう。


「大丈夫か?」

「は、はい……なんとか――つぅっ!?」

「陽菜ちゃん!?」

「あ、すみません。ちょっと足ひねったみたいです」


 結構変な体勢で転んだせいか、陽菜ちゃんは足をひねってしまったらしい。


「だ、大丈夫です。これぐらいなら、歩けますから」

「いやいや、無理しちゃ駄目だ」


 苦痛で表情を歪めながらも、立ち上がって健気に笑う陽菜ちゃんを慌てて制止する。

 し、しかしどうしたものか……俺は回復魔法みたいなのは使えない。でも、だからって、ひねった足のままで歩かせる訳にもいかない。


 しばらく考えてこれといった案も思い浮かばず、俺は陽菜ちゃんの前にしゃがんだ。


「……先輩?」

「とにかく、運ぶから、乗って」

「え? で、でも……」

「その状態で歩いちゃ駄目だ」

「わ、分かりました……えと、失礼します」

「っ!?」


 おぶって運ぶと告げる俺の言葉に、陽菜ちゃんは戸惑っていたみたいだが、少ししてしゃがんだ俺の背中におぶさってきた。

 し、しかし、これは……想像以上に強烈だ。

 背中に押し当てられる、大きめの膨らみ微かに顔が赤くなるのを感じつつ、全力で無心になるように努めながら起き上がり、ゆっくり歩き始める。


「……先輩……」

「少し我慢して、屋敷に戻ったら治療してもらえるから……」

「いえ、そうじゃなくて……」

「うん?」

「……転移魔法使えば良かったんじゃ……」

「……あっ」


 最近時々思う……俺馬鹿なんじゃないか? どうも動揺すると視野が狭くなる感じだろうか、発想が固くなってる気がする。

 

「ごめん、うっかりしてた……じゃあ、転移を――「待ってください!」――え?」


 陽菜ちゃんに言われて、改めて転移の魔法具を使用しかけたが……何故か陽菜ちゃんに止められた。


「えっと、その……快人先輩さえ、良いなら……もう少しだけ、このままで運んでもらって良いですか?」

「え? う、うん。それは構わないけど……」

「……ありがとうございます」


 早く戻って治療してもらった方がいいような気もするが、本人がこのままの方が良いと言うなら……無理に転移する事もないか。

 そう考えて俺が歩きだすと、陽菜ちゃんは先程より強くしがみ付いてくる。


「……先輩、重くないですか?」

「いや、びっくりするぐらい軽いよ」


 囁くような声と共に漂ってくる香り、不思議なもので女の子というのは男みたいに汗臭くならないと言うか、汗までどこかいい匂いに思える。

 本当に陽菜ちゃんの体は想像以上に軽く、女の子なんだって事を改めて実感した。


「先輩の背中……おっきいですね」

「そう?」

「はい……私、快人先輩みたいな優しいお兄ちゃんが欲しかったです」

「うん? 委員長は優しくないの?」


 どことなく安心したような声色で話しかけてくる陽菜ちゃんに、俺は足を進めながら聞き返す。


「全然ですよ。うち家族皆厳しくって、ロクに遊んでもらった事もないです」

「う~ん。確かに委員長は自分にも他人にも厳しいタイプな気がするね」

「バランス悪いですよね? 両親とも厳しいんですし、そこはバランスとって兄さんぐらい優しくても良い気がするんですけど……」

「あはは、確かに」


 家族に対する愚痴を溢す陽菜ちゃんは、どこか楽しげで、家族の事も別に嫌っているという感じでは無い。

 そこで再び、俺の背中にしがみ付く力が強くなり、陽菜ちゃんはどこか甘えるような声で続ける。


「先輩……迷惑かけちゃって、ごめんなさい」

「いや、別にコレぐらい何ともないよ」

「……一緒に走ってくれて、本当に嬉しかったです……また、一緒に走ってくれますか?」

「勿論、俺ももう少し体力付けないとって思ったしね」

「確かに、先輩体力ないですね」

「うぐっ……」

「ふふふ」


 俺の肩に顔を乗せ、嬉しそうに笑う陽菜ちゃんは、なんだか可愛い妹って感じで、守ってあげたくなる。

 しっかりと陽菜ちゃんを背負い直し、俺は先程までより少し力強く足を進める。


「先輩、辛くないですか?」

「大丈夫、このぐらい平気だよ」

「……でも、5kmぐらいありますよ?」

「うぐっ」


 なんか、具体的な数字で言われると滅茶苦茶遠く感じる。

 い、いや、大丈夫だ。5kmくらい……1時間ちょっと歩けば付く距離じゃないか、頑張れ俺。


「……俺だって男だからね。偶にはカッコいいところも見せないとね」

「……なに、言ってるんですか……先輩は……いつも……カッコいいですよ」


 安心しきった様子でもたれかかってくる陽菜ちゃんの温もりを背中に感じ、その温もりに後押しされるような形で足を進めていく。


 拝啓、母さん、父さん――陽菜ちゃんは、いつも明るく元気な子だけど、人一倍繊細な部分もあって年下の女の子って感じがする。ストレートな信頼を向けてくれる彼女と過ごす時間は楽しく、何となくだけど、俺にもし妹がいたら――こんな感じかなって思う。





後輩系キャラ鉄板のイベント、おんぶでした。


シリアス先輩「……実家に帰ります」


次回「子竜再び」

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