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知っていた

 よく晴れた昼下がりの道を、のんびりと歩きながら隣に声をかける。


「ほら、ベル。馬車とかには気を付けてね」

「ガウッ!」


 現在俺はベルの散歩を行っており、ベルと一緒に王都の街を歩いていた。

 リリアさんの屋敷で飼わせてもらう事になったベルは、主にジークさんが世話をしている。

 いや、別にリリアさんが任命したとか、俺が頼んだ訳ではないのだけど……ジークさんは本当に動物が好きらしく、しょっちゅうベルの元に足を運んで色々と世話を焼いている。

 ベルもすっかりジークさんには懐いており、時折楽しそうに一緒に遊んでいるのを見るようになった。

 

 ただ、ベルを飼うと言ったのは俺な訳だし、いくらジークさんが好きで世話していると言っても、頼りっきりという訳にはいかない。

 なので日々の散歩ぐらいはと、こうして一緒に歩いている訳だ。


 ベルは俺と出かけるのが嬉しいのか、散歩の時はいつも上機嫌で頻繁にこちらに顔を擦りつけてくる。

 可愛らしいその動きに微笑みを浮かべつつ、ベルの頭を撫でながら歩き続ける。


 最初は奇異の視線も多くあったのだが、人は慣れる生き物であり、数日経つ頃にはそう言ったリアクションも見なくなった。


「う~ん。今日はちょっといつもとは違う方向に行ってみようか?」

「ガゥ!」


 ベルにそう告げて、普段とは違う通りに入っていく。

 まぁ別の道と言っても、そもそもベルのサイズが大きいので大通りだし、クロのネックレスもあるので道に迷う心配はない。

 ただ、普段と違う道を歩くと、奇異の視線に晒されやすい。


「……ベヒモスだ」

「すげぇ……初めて見た」

「……宮間さん?」


 初めて散歩に行ったばかりの頃によく聞いていた台詞だったので、特に気にする事はなく……うん?

 あれ? 今最後になんか他とは違う台詞が聞こえてきたような……


 気になって振り返ると、そこには見知った人物が立っていた。


「……あれ? 楠さん?」

「奇遇ですね。こんなところでお会いするなんて……ベルちゃんのお散歩ですか?」

「うん。いつもとは違う道に来てみたんだけど……楠さんは、魔法学校?」

「はい。丁度講義が終わって帰るところです」


 どうやらここは、リリアさんの屋敷から魔法学校に向かう通りになるみたいで、学校帰りの楠さんとばったり遭遇したようだ。

 楠さんは学校の制服なのか、茶色のローブを身に纏っており、艶のある黒髪と相まって正に魔法使いという感じだった。

 楠さんは俺とベルを少し見つめ、何か考えるように沈黙した後で口を開く。


「あの……宮間さん」

「うん?」

「もし良ければ、私もベルちゃんの散歩に付いて行って良いですか?」

「うん。構わないよ」


 特に断る理由もなかったので頷くと、楠さんは微かに笑みを浮かべて俺とベルに付いてくる。


「そう言えば、聞いたことなかったけど……楠さんって、魔法学校でどんな事勉強してるの?」

「えっと……私が講義を受けさせてもらっているのは、土魔法と魔法具生成だけです。今日は『土魔法による半自立型ゴーレム生成術式の基本構築理論』について勉強してきました」

「お、おぅ……なんか、聞くだけで、眠たくなってくるような……」

「……宮間さん、大学生ですよね?」

「……面目ない」

「ふふふ」


 楠さんは17歳とは思えない程しっかりした子で、イメージ通りではあるが頭も良い。

 少なくとも大学受験にヒィヒィ言ってた俺よりは、現時点で既に頭は良さそうだ。


「けど、どうして急に魔法学校に勉強に行き始めたの?」

「……えっと、それは……笑いません?」

「え? うん、笑わないけど?」

「……子供っぽいって思われるかもしれませんけど、私、その、小さい頃に魔法使いになりたかったんです。それで……この世界には魔法があるって聞いて、その、嬉しくなっちゃって……」


 恥ずかしそうに顔を伏せながら呟く楠さんの言葉を聞き、なんだか微笑ましい気分になった。

 普段は大人びている部分も多いけど、そういう、なんていうのか……子供の頃に憧れてた夢、みたいなのをしっかり覚えてたり、魔法にテンションが上がったりって、年相応の部分もちゃんとあるみたいだ。


「いや、気持ちは分かるよ。俺も魔法が使えるって思った時は、凄くテンションあがったって」

「……や、やっぱり、そうですか?」

「うん……まぁ、俺は楠さんや柚木さんに比べて、全然だけどね」

「……宮間さん、魔力私達より少ないですもんね」

「ぐふっ……」

「あっ、す、すみません!?」


 悪意なしの率直な事実を告げる言葉が突き刺さった。

 実は楠さんの言う通り、俺の魔力量は二人に比べて低く、感応魔法は別として、あまり大きな魔法は使えない。


「むぅ、二人が羨ましい」

「で、でも、宮間さんには感応魔法があるじゃないですか! 凄い魔法ですよ……こっちの感情を伝達できるって事は『恐怖の感情』とか相手にぶつけて、威圧したりもできますし、『精神的な負荷』をかけたりも出来ますよ。それに一瞬意識を逸らせる事が出来れば、その隙にナイフなりで……」

「……楠さんって、意外とえげつない発想するんだね」

「えぇぇ!?」

「……意外と攻撃的?」

「ちょ、ちょっと!?」


 俺が考えた事もなかった感応魔法の攻撃的な使い方を告げる楠さん、うん中々容赦の無い発想をする子だ。

 クロ曰く、俺の感応魔法は精神干渉系……物理的な部分では無く、精神的な部分への攻撃に優れているのかもしれない。

 まぁ、そんな使い方をする予定はないが……


「いや、うそうそ、参考になったよ。ありがとう」

「……宮間さん、いじわるです」

「ごめんごめん……あっ、そう言えば話は変わるけど、魔法使いに憧れてたって事は、MMOでは魔法職使ってたの?」

「……はい。って言っても、私最初に良く知らなくて土魔法にポイント振っちゃって、結構苦労しました」

「あ~成程、確かに土属性魔法ってちょっと不遇だったしね」


 俺達がやっていたMMOに置いて、土属性魔法は不遇と言って良く、スキルポイントの関係もあって取らないことを推奨されていた。

 というのも、土属性が弱点の敵は魔法防御が高いものが多く、そもそも魔法職で戦うのは不利な相手ばかりだった……とは言え、全く使えないと言う訳でもなく、上級ダンジョンの中には土属性の魔法があると凄く楽になる狩場もあった。

 ただやっぱりスキルポイントの関係上、序盤は本当にキツイのでソロプレイには向かない。


「そう言えば、俺が仲良くしてた『男の子』も、土属性主体の魔法職だったよ」

「そうなんですか? 私が言うのもなんですけど、珍しい型ですね」

「うん。初心者の子だったんだけど、頑張り屋で要領も良くてね……俺が引退する頃には、ボスモンスターのテンペストドラゴンをソロで狩っちゃったよ」

「……テンペストドラゴン?」

「うん。魔法職で挑むモンスターじゃないって言ったんだけど、上手く立ち回れば何とかなる筈って……色々工夫して、本当に倒しちゃった時は驚いたなぁ……」


 俺はMMOをやっていた時に、一人の初心者の男の子と仲良くなり、色々教えてあげた事がある。

 『ハイビス』と言うキャラクターネームの男性魔法使いで、日に一時間くらいしか繋がないライトプレイヤーだったけど、本当に頑張り屋でメキメキ強くなっていったなぁ……


 確か俺が引退する時に14歳だった筈だから、今は楠さんと同じ位の歳になってるのかな? うん、なんか思い出すと懐かしく感じて……


「み、宮間さん!?」

「うん?」

「そ、その、魔法職って……男性キャラだったんですか!? み、見た目は!?」

「え? えっと、見た目はデフォルトからいじってないみたいだったけど、俺が初めの頃にあげた黒色のとんがり帽子を、いつも被ってたね」

「ッ!?」


 何故か物凄い勢いで詰め寄って来た楠さんに驚きながらも、俺は思い出にあるハイビス君の特徴を伝える。

 すると楠さんは大きく目を見開いて硬直し、その場で立ち止まってしまった。

 そして震える瞳で俺を見つめ、まるで泣いているかのような声で呟く。


「楠さん?」

「……やっぱり……宮間さんが……『シェル』さん……」

「……え?」


 楠さんが告げた名前は、俺がかつてMMOで使用していたキャラクターネーム。

 本名をひねって付けたその名前は、少し恥ずかしい思い出であり、誰にも教えた事はなかった筈だが……なんで?


 拝啓、母さん、父さん――楠さんと偶然出会って、一緒に散歩をする事になった。昔プレイしていたMMOの話で盛り上がったんだけど、何故か楠さんは、当時の俺のキャラクターネームを――知っていた。




じつに135話越しのフラグ回収である。


ちなみに葵ちゃんのキャラクターネームは……


ハイビス⇒ハイビスカス⇒アオイ科の花、自分ではない自分と言う意味で付けました。

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