思惑通りだったのかもしれない
誘拐された先で現れたローブの人物達、そして何故か一度帰って即効戻って来た誘拐の実行犯であるアリス……今、石造りの部屋は何とも言えない微妙な空気になってしまっている。
その原因は間違いなくアリスだろう。
一度は俺を誘拐した筈なのに、何故か今は助けに来たと言って現れた。
「何のつもりだ貴様!?」
先程俺に話しかけて来ていた男性とは別のローブの人物が叫ぶと、アリスは軽く指を振りながら口を開く。
「言葉の通りっすよ? カイトさんを助けに来ました。さっさと覚悟して下さい」
「……成程」
「ボス?」
俺に話しかけて来ていた男性……ボスと呼ばれた男は、混乱する空気の中で一人納得した様に頷く。
「つまり、こう言いたい訳だ。君の仕事は彼を誘拐して連れて来た時点で終了であり、その後どうしようが君の自由……見逃して欲しければ、さらに追加で金を払えと……」
「……」
冷静ではあるが所々に怒りを感じる声で忌々しげに告げた後、男性は懐から硬貨が入っているであろう袋を取り出し、アリスへ差し出す。
「……良いだろう。ここで君とやり合うのは得策ではない。ここに白金貨100枚がある。文句はないだろう?」
「……え? 大ありですよ」
「なっ!?」
しかしアリスはその白金貨を受け取る事は無く姿を消し、いつの間にか俺の目の前まで来ていた。
そして手に持っていたナイフを振るうと、俺を縛っていたロープが切られ、俺の体が解放される。
「……私は、人に値段を付ける癖がありまして、対象に付けた金額を上回る依頼料を提示された時だけ仕事に応じる訳なんですが……残念ながら、私はカイトさんに値段は付けられませんでした」
「……何が言いたい?」
鋭さを感じる静かな声で告げるアリスに対し、男性は苛立ちを強くして問いかける。
アリスはそのまま俺の前に立ち、ローブ姿の人物達を見つめながら言葉を続ける。
「いや~困った事ですけど、この人、私にとってお金より大切なんですよね」
「……アリス?」
「と言うか……そもそも、アレですよ。前提が違うんです」
「前提?」
淡々と告げ、片手でナイフをくるくると回しながら、アリスは小さな身体からは想像も出来ない程強い殺気を放つ。
それに男性が一歩後退するのを見つめた後で、アリスは更に冷たい声で言葉を続ける。
「……何で私が貴方の依頼を受けたのか……それは依頼が、殺害じゃなくて誘拐だったから」
「……」
「私怨での殺害依頼とかなら話は早かったんですよ……『その場で貴方の首を切り落とせば』終わりでしたから」
「ッ!?」
凍てつく様な声でアリスは宣言する。もし持ちかけられた依頼が、誘拐では無く殺害であったら、お前を殺していたと……
「けど、誘拐って事は、他にも共犯者がいそうじゃないですか……ならあの場で貴方を殺しても、別の方法でカイトさんに手を出したかもしれない。なんで、こっちの方が効率的だった……ただ、それだけですよ」
「……つまり、貴様は、初めから……」
「ええ、カイトさんに危害を加えようとする連中を、一掃しようって思ってましたよ。それが、なにか?」
「……アリス……ど、どうして?」
「あ~えっと、それ聞いちゃいます?」
どうやらアリスは初めから、俺を誘拐しようとしている連中全てを炙り出し始末するつもりだったみたいで、依頼を受けたのもその為だったらしい。
その言葉を聞いて嬉しく思う反面、先程ただの友人と言っていた俺に対して、どうしてそこまでしてくれるのか……そんな疑問が思わず口を突いて出た。
するとアリスは少し困った様な声を上げ、頭をかきながら俺の方を向く。
「……カイトさんは甘っちょろい人ですよ。私みたいな怪しい奴を簡単に信用しちゃうし、本気で心配して叱るし、色々世話焼いてくれますし……本当に、大したお人好しですよ」
「……」
「私は、もうちょっとドライな人間だと思ってたんすけどね~まぁ、人生何が起こるか分からないって事で」
そこまで話した後、アリスは再びローブ姿の人物達を見据え、体勢を低くしてナイフを構える。
「……惚れちゃったんですよ」
「……え?」
「だから、初めは冗談でしたけど、カイトさんの事、本気で好きになっちゃったんですよ! カイトさんと過ごす時間が楽しい、馬鹿やってカイトさんに叱られるのも、その後呆れた様に世話焼いてくれるのも……楽しいんすよ。この人の為なら、報酬無くても尽くして良いかなって思えるぐらいには……惚れちゃったんですよ」
「……アリス」
そう宣言した直後、アリスの姿が消え……ローブ姿の人物達が、血飛沫と共に崩れ落ちる。
目にもとまらぬ早業、正しく一瞬で十人を超える人物を倒し、再び姿を現したアリスはため息交じりに呟く。
「まぁ……そう言う訳で、カイトさんを傷つける相手は許しません。なので……貴方達は、運が無かったですね」
「あ、あの~カイトさん。ひょ、ひょっとして、まだ怒ってます?」
「……別に」
「いや、ほら、状況的に一回カイトさん誘拐した方が早かったんですよ。ちゃんと最初っから助けるつもりでしたから!」
「なんか、他にもやり様はあった気がする」
「うぐっ……」
拘束から解放された俺に対し、アリスは焦った様子で平謝りしてくる。
別に怒っているという訳ではない、実際なんだかんだで助けられた訳だし、アリスの思惑も理解出来た。それにアリスの言葉は嬉しくもあった。
だけど、何となく釈然としない……主に全部アリスの掌の上で踊らされた様な感じなのが、どうにも微妙な心境になってしまう。
「いや、まぁ、その~他にも方法はありましたけど……これが一番早かったんですよ。だから。ね? カイトさん、怒らないで下さいよ」
「……別に怒ってない」
「拗ねてるじゃないっすか!? だから、ごめんんさいって~」
確かに、我ながら情けない話ではあるが……俺は今少し拗ねてしまっているらしい。
そっぽを向く俺を見て、アリスは困った様な声を出して何度も頭を下げてくる。
いや、まぁ、確かにこれ以上アリスに文句を言った所で何にもならないのだが……なんか面白くない。
「むぅ、分かりました。ちゃんとお詫びしますよ」
「……お詫び?」
「……こっち向かないで下さいね」
「うん?」
アリスが告げた言葉に首を傾げると、何やらカチャっと音がした。
オペラマスクを外した音だろうか?
そんな疑問が頭に浮かんだ直後、頬に柔らかい感触がした。
「んっ」
「なっ!?」
頬に触れた微かに湿った何か……それがアリスの唇であると理解し、俺は驚愕しながらアリスの方を振り返る。
するとアリスはリンゴの様に真っ赤になった顔で、慌てながらオペラマスクをつけ直していた。
「……そ、それで、許して下さい……その、い、一応、ファーストキスですから……」
「……え? あ、あぁ……」
頬にキスをされた衝撃が抜けないまま、アリスが告げた言葉に反射的に頷く。
拝啓、母さん、父さん――アリスは結局、最初から俺を助けてくれるつもりだったみたいで、何となく釈然としない気持ちにはなったが、それも今の一瞬で全部消えてしまった。何と言うか、結局最後まで、アリスの――思惑通りだったのかもしれない。
屋敷にある広い庭で、リリアが縋る様な目で口を開く。
「……お願いします。クロノア様、カイトさんを……」
「あぁ、分かっている」
祈る様に両手を合わせて懇願するリリアの言葉を受け、クロノアは静かに頷き、左右に居る二体の神へ視線を動かす。
空中に浮かぶクッションに寝転がった紫髪の少女と、緑の長髪を前束で流した髪型の穏やかな印象を受ける女性。
「……力を貸してもらうぞ、運命神、生命神」
「はぁ、働くのは嫌だけど……これも、いずれカイちゃんに養ってもらう為の先行投資って思おうかな~」
「貴女が私達に頭を下げる程の件……目も覚めましたよ」
居並ぶは神界の頂点に最も近い場所に君臨する三体の最高神。
リリアの願いを受けたクロノアが即座に集めた、快人を早急に奪還する為の構成……
今、神界の最高神達が、一人の人間を助ける為にその強大な力を振るおうとしていた……
だが依頼の報酬は貰う。
そしてアリス終了のお知らせ。
最高神様達……カッコ良く登場したけど、もう終わってますよ?