法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

アダルトビデオにおいて実際に性交することが、他の人権侵害より優先されるべき表現の自由であるかのような主張がよくわからない

 発端は日本共産党の公約をめぐっての、「炬燵どらごん@okotatsudoragon」氏*1と「広く表現の自由を守るオタク連合@hyougenmamoru」氏のやりとりだった。


何がデマだよ。正面から法整備で表現規制するってさ。


こちとら人権侵害の解決より表現の自由を優先する立場にはないからね。大暴れして順当に規制されそうになると相手を悪者扱いするだけの楽な仕事だねぇ。

 上記を引用して、id:wideangle氏が下記のように予測していた。


このパターン、この次は「お前らの態度が悪いから共産党(やその他の団体)に見限られたんだ」って言い出す人たちが出ますよ。(以前にもいた)

 しかし引用されている画像だけを見ても、表現過程における人権侵害の規制と読める。それ自体も議論がわかれるとしても、成果物としての表現を規制することとは異なるだろう。
 まず共産党の公約から少し違う話になるが、あまり実写ポルノはたしなまない消費者としては、公的なアダルトビデオはモザイクやボカシで隠されることが基本なのに、なぜ「本番行為」という表現が定着するほど実際に性交しているかどうかを気にするのか、という疑問がある。たしかに不自然な姿勢などが気になることはあるだろう。しかし女優の喘ぎ声が実際は演技であったり潮吹きが大量の尿であっても気にされないことから、それらしく演じていれば実際はかまわないはずだ。
 いっそのこと、今どきの安価で入手できる特殊メイクのたぐいを撮影に利用すれば、明確に性交している描写でもモザイクやボカシは不要という方向に法解釈をもっていけないかとすら以前から考えていたりする。それは実際の性交をともなわず、かつモザイクに阻害されず性交を映したアダルトビデオになるだろう。もちろん現時点ではアニメや漫画でも性行為につかう性器などにはモザイクがかけられているので、簡単な話ではないだろうとは思うが。


 さて実際に日本共産党の政策集を確認すると、表現の自由については「文化」で論じられ、文化予算の少なさや助成金の恣意的な打ち切りを批判したり、虚構に対する法的規制の反対を明言している。
71、文化│総選挙政策│日本共産党の政策│日本共産党中央委員会

―――「児童ポルノ規制」を名目にしたマンガ・アニメ・ゲームなどへの法的規制の動きに反対します。青少年のゲーム・ネットの利用について、一律の使用時間制限などの法規制に反対します。

 そこで「炬燵どらごん@okotatsudoragon」氏が問題視したくだりだが、政策集の「女性をはじめ、あらゆる人に対する暴力をなくす」にある。
13、女性をはじめ、あらゆる人に対する暴力をなくす│総選挙政策│日本共産党の政策│日本共産党中央委員会

―――対価を払って実際に性交させることは個人の尊厳を傷つけるものです。AV出演被害防止・救済法の2年後の見直しに向けて、実際の性交を伴うAVを正面から規制する法整備を進めます。

 はてなブックマークは11あつまっているがコメントはひとつだけで、「炬燵どらごん@okotatsudoragon」氏と同じ部分にだけ着目している。
[B!] 13、女性をはじめ、あらゆる人に対する暴力をなくす│総選挙政策│日本共産党の政策│日本共産党中央委員会

srpglove 女優の権利を強く保障するとか、本当はAV出たくない人が出ずに済むような環境を作るとかなら全然応援するけど、なんで「実際の性交を伴うAVを正面から規制する法整備を進めます」になってしまうのか…

 たとえばid:srpglove氏は、賃金を交渉する権利を保障する法律なら応援できるが、最低賃金を法律で決めることは理解できないのだろうか。


 そもそも政策集の同じ項目の少し前を読めば、下記のようなくだりがある。全体としてAV出演被害防止・救済法の成立を意識して書かれたものなのだ。

法律はAVの定義を「性行為に係る人の姿態」を撮影した記録などとしています。被害者の支援団体などから、これが実際の性交を伴う契約を合法化するものではないかとの懸念が示され、立法過程で法文の修正が重ねられたものの、課題の解決が急がれます。

 やはり文脈にそってたとえるなら、ここで提言されているのはスプラッター映画をつくるために実際に俳優の肉体を切り刻む必要はない、という段階の話だ。切り刻む描写をしてはならないという提言ではない。
 対価がなくても殺されることすら望む人はいる。わずかな対価ほしさに暴行を受けてもかまわないという人もいるだろう。そうでなくても危険な環境で制作されながら傑作とされる作品はあまたある。

 実際の性交をおこなわせないという法的規制に反対したいなら、そのような環境で創作することが現在も横行して良いのか、どのように出演者を守るのか、という問いに答えるべきとなる。
 たとえば現在でも監督や主演や製作を兼任するような強い立場で危険撮影を自らおこなう映画もあることから、いっさい状況にしいられていなくても心身を傷つけうるアダルトビデオ撮影を望む出演者がいることは想定できるし、その方向で実際の性交をおこないつつ出演者の自由を主張する余地などはあるかもしれない*2

 共産党が規制に反対している表現でたとえるなら、アニメ制作におけるやりがい搾取の横行を法規制することになった時、それを表現規制と呼ぶべきだろうか? 仮に表現規制だとしても、それは受けいれることのできない規制なのだろうか?
 なるほど、先日に国連がアニメ業界へ勧告したという報道への反発*3を見ると、少なからず受けいれられない規制あつかいされるかもしれない。
[B! 労働] 国連、日本アニメは「労働搾取」 ネットフリックスなどから排除も
 思えば上で引用したwideangle氏も、インボイス制度に連帯して反対するアニメ関係者には冷淡な態度をとっていた。アダルトビデオもアニメも、現場が搾取されてでも成果物を安価に楽しみたい消費者の態度としては一貫しているのかもしれない。
脱税する経営者と、インボイス反対する経営者とでは、どちらがより「おかしい」だろうか - 法華狼の日記
 しかしそのような消費には持続性が欠けることは少し考えればわかるだろうし、そのようなはげしい搾取は表現者ではない労働者でも法的な規制がなければ身近な問題になるだろう。
 最低賃金公正取引委員会といった「規制」が、労働者の権利や市場の自由のため制度化されていることは誰でも知っているだろう。対等な関係の自由な競争ですら自由がうしなわれていく逆説も、合成の誤謬共有地の悲劇という言葉で広く知られているはずだ。
 そうした「規制」については、最近に注目をあつめたはてな匿名ダイアリーが追記で「氷河期非正規の悲願である正社員解雇規制の撤廃(人手不足も賃金上がらないのもだいたいこれのせい)」と主張していたが、さすがにその部分への同意は少なかった。
野党が無能のゴミ過ぎて次の選挙も自民が圧勝😣(追記あり)
 苦しんでいる氷河期非正規の親世代は少なからず正規労働者だろう。家計をささえる親が簡単に解雇されれば子供の余裕も就職以前からいっそう削られる。雇用してくれないことに苦しんでいたのに、雇用しない判断した側の権力を強化すれば救われると考えること自体も矛盾している。
 共産党が目指す「規制」も同じように、権力をもった労働者への強制をふせぐ「規制」として機能することが期待される。単体女優と呼ばれるほど単独で名前を売れる出演者は多くないし、そのような人気の出演者でも作品の削除に応じないような組織に対しては弱い個人となり、抗議のため労力をしいられている。
今回の「大島薫のAV過去作不削除問題」一連の騒動につきまして | 大島 薫|おおしまかおる(タレント) official ブログ by ダイヤモンドブログ
 もちろん共産党の政策にしても、期待されたような効果があるか、新たな問題をつくらないか、といった議論はできるし、するべきだろうとは思う。たとえば規制のかわりに、出演者の組合を製作者と同等の権力をもつよう強化できれば一定の対応できなくもない。だがそれは現実の日本社会において困難であることは他の業種から類推すればわかるだろうし、組合のなかからも切りすてられる弱い労働者が生まれる懸念はのこる。そしてこうした議論ができることは政策集の「規制」が表現規制であることを直接的には意味しない。

*1:ちなみに「愛国保守」を自認しつつ「エンターテイメント表現の自由の会」の編集委員をつとめていた。 「愛国保守(右派)としては個人的に支持したい言動も多数」と石原慎太郎氏への「お悔やみ」をツイートする山田太郎支持者を見かけた - 法華狼の日記

*2:その意味ではFC2動画やFantiaの個人撮影の広まりで、強要されない実写ポルノの可能性を感じていたが、それも業者の参入で一般的なAVとの差異が少なくなり、必ずしも期待したような状況にはならなかったようだ。

*3:日本以外には勧告をしていないという偏見による反発も散見されるが、さすがにそれは別の問題になるのでここでは深く論じない。