タスク管理が上手くいかない要因の一つとして、タスクをスムーズに遂行できてないことが挙げられます。なぜスムーズにできないかにも色々ありますが、ワープ(割り込みと脱線)が絡んでいることがよくあります。本章ではこのワープと向き合っていきます。
ワープの概要
割り込み
外部から干渉されて逸れることを 割り込み と呼びます。
外部と書きましたが、割り込みは「人」からもたらされます。たとえば声を掛けられたり、接近されて視線や空気などで圧を出されたりします。割り込まれると、人として無視できない(少なくともしづらい)状況になり、向き合わざるを得なくなります。
脱線
自分から寄り道に逸れることを 脱線 と呼びます。
脱線は「情報」という誘惑に負けることで発生します。情報とは場の雰囲気だったり、周囲にある道具や設備だったり、スマホやPCで見ているコンテンツだったり、あるいは単に頭に浮かんだ何かだったりと様々ですが、それらに負けてそっちに行ってしまうと脱線となります。
割り込みと脱線の境界は曖昧です。たとえばチャットで DM が飛んできたと通知された場合、これが割り込みなのか脱線なのかは人によって違います。対面で直接声を掛けられた、くらいに捉える人にとっては割り込みでしょうし、逆に「あとで処理すればいい」と捉える人にとっては情報にすぎません(この情報に負けて返事したりすると「脱線した」となります)。もう一つ、極端なことを言えば、人から話しかけられても、それを無視できる精神性を持つ人であれば、割り込みの概念はほとんどないことになります。それでも大きな声や肩揺すりなど身体的に干渉されればさすがに気づくでしょう。一つの目安としては、ひとまずの判断や返事でさえも無視できるなら脱線、無視できないなら割り込み です。
ワープ
割り込みと脱線を総称して ワープ(Warp) と呼びます。あるタスクに集中しているのに、別の何かに飛ばされてしまうというニュアンスです。外から干渉されて飛ばされるのが割り込みで、自分から飛んでしまうのが脱線です。
ワープは良い時と悪い時がある
ワープは必ずしも悪いとは限りません。たとえば何らかの緊急対応だったり、熟練者からの助言や指摘だったりは割り込まれた方が上手くいくでしょうし、そうでなくとも漠然とやる気が出てないときに同僚が割り込んでくれて、そこで話をしたり別の仕事をしたりするうちに気分が晴れて助かった、のようなこともあります。脱線についても、漠然と暇を潰したい場合は自然に任せてあちこち脱線した方が退屈しないですし、アイデア出しや議論の発散段階の文脈ではむしろ歓迎するものでしょう。
とはいえ、通常は何らかのタスクをこなしていて、邪魔が入った分だけ損をする場面が多いと思います。このような場面を 攻略 と呼びます。攻略中にワープをされると困るのです。
一つ注意したいのは、何が攻略になるかは人それぞれだという点です。特に攻略に頼るかどうかがタイプ(行動特性――メンタルモデルと呼べるレベルかもしれません)として分かれており、たとえ同じタスクをこなす場合でも A さんは攻略としてこなすが、B さんは攻略のつもりではいない、といったことがありえます。A さんタイプを攻略派、B さんタイプを防衛派と呼ぶことにしましょう。B さんのように防衛派が多数派な職場だと、おそらく割り込みはよく起きます。攻略派の A さんとしてはやりづらいでしょう。逆に A さんのように攻略派が多数派な職場だと、割り込みはあまりないと思いますが、防衛派の B さんは寂しさを感じるでしょう、また割り込まれることで色々活性化してバリバリ働くことを前提としていますから(防衛派が多いとその機会が少なくて)普段の生産性も出ないかもしれません。リモートワークが始まってそうなってしまった人も多いのではないでしょうか。
なぜワープは良くないか
攻略中は邪魔が入った分だけ損をすると書きましたが、具体的にどんな弊害があるでしょうか。二つあります。
一つ目はパフォーマンスが阻害されます。1 時間フルで費やせるのと、割り込みが何回かあって 35 分しか費やせなかったのとでは、前者の方が単純計算でパフォーマンスが良いですよね。というより前者が標準のパフォーマンスであり、後者の方が標準からマイナスのパフォーマンスだと言えるわけです。
二つ目は、コンテキストスイッチングが発生するからです。前章にてロードコンテキストについて取り上げましたが、タスクを行う際は「そのタスクをどこまでどのように行ってきたか」という類の文脈(ロードコンテキスト)を頭に入れる必要があります。ワープが起きると、ここがぐちゃぐちゃになってしまうのです。頭の性能が高い人であれば上手く保持しながら対処できる、いわゆるマルチタスクも可能ですが、乱されていることに変わりはありません。ここは思っている以上に負荷がかかってまして、今行っているタスク → ワープ先のタスク → 今行っているタスク、と複数回の切り替えが必要になります。これは思いの外、疲れます。ひどいと切り替えが終わる前に別のワープが発生してしまうことさえあります。まさにてんてこまいです。
マイナスパフォーマンスとコンテキストスイッチングの阻害――どちらが深刻かは状況次第ですが、私たちは人間であり、人間である以上認知資源や認知能力にも限界がありますので、通常は後者の方が深刻です。ワープが頻発してコンテキストスイッチングがたくさん発生していると、あっという間に疲れてしまいます。各タスクの効率や質も落ちますし、余裕もないので改善したり新しいことを考えたりといったこともできず、忙殺されるだけの日々になります。長時間働いてる割には生産性が低かったり、令和の時代なのにやり方や考え方がアップデートされていなかったりするのも、筆者はこの点にあると思っています。ワープを舐めすぎなのです。人間は認知的な体力をさほど持たない脆弱な生き物にすぎません。だからこそ、消耗を抑えるためにワープと向き合う必要があるのです。
もちろん、これは生産性やアップデートが絶対だと言っているわけではありません。その必要がないなら別にワープを放置してても構いません。しかし、ビジネスではそうもいかないでしょうし、私生活であっても同じことを繰り返すと飽きてしまいます。時代もただでさえ VUCA――先が読めない上にすぐ変化しますので、前進や変化に充てる、もっと言えば充てるための余裕の捻出は出来た方が良いと思います。その捻出の筆頭が、ワープの対処と防止です。
SWAP マトリックス
ワープをどう処理するかはマトリックスで整理できます。
| Strong 強い後回し | Weak 弱い後回し | |
| Active 割り込み | 1 | 2 |
| Passive 脱線 | 3 | 4 |
これを SWAP マトリックス と呼びます。
後回しという言葉が出ていますが、後回しとは、タスクAの最中にタスクBにワープする状況のときに、どちらか片方を後回しにしなければならないということです。A を後回しにする場合を 弱い後回し と呼びます。自分が元々やっていた A を後回しにしているわけで、いわば負けているため弱いと表現しています。逆に B を後回しにする場合を 強い後回し と呼びます。割り込みにせよ、脱線にせよ、後からやってきた B に負けずに A を死守する(やってきた B を後回しにしている)ため強いと表現しています。
つまり SWAP マトリックスは、ワープを構成する「割り込み」と「脱線」それぞれについて、強い場合と弱い場合の二通りに分岐しています。計 4 通りのパターンがあると言っています。
対処と防止
各パターンの解説に入る前に、ワープの対処と防止の違いについて軽く触れておきます。
対処とは、ワープが起きたときに対処を行うことを意味します。具体的には今やっている A を続けるか、ワープ先の B を始めるか、の二択です。前者が強い後回しで、後者が弱い後回しでしたね。つまり対処とは後回しに他なりません。A か B か、必ずどちらか片方は後回しになります。「両方並行してマルチタスクできるよ」も厳密には不可能ではありませんが、SWAP マトリックスでは扱いません。必ずどちらかを選び、どちらかを(少なくとも一時的には)捨てます。
防止とは、そもそもワープが起きないように、あるいは起きたときに自動的に即座に反応できるように盤外戦をする――つまりは備えておくことです。たとえば割り込みに対して強い後回しを行いたい(割り込んできたタスク B を後回しにしたい=割り込まれたくない)場合、そもそも割り込まれないような何らかの働きかけや仕掛けをします。割り込んでくる人と距離を置く必要もあるかもしれません。逆に割り込みに対して弱い後回しを行いたい(割り込んできたタスク B こそ優先したい)場合、遠慮せずいいから何かあったらすぐに報告してくれ、といった働きかけをして頻度を上げると思います。あるいはアラームが鳴るよう仕込んだり、しきい値を下げて鳴りやすくしたりなどもありえます。
以降からは各パターンの解説に入ります。対処と防止の両方を取り上げます。
1 Active Strong
割り込みに対して強い後回しを行うのが Active Strong です。タスク A の最中にタスク B が割り込んできても、「いや A を続けますんで」と B を後回しにするわけですね。
対処と防止についてですが、Active Strong における対処とは強い後回しをできるだけ行えるようにすることです。また防止とはそもそも割り込みが起きないようにすることです。
Active Strong は、対処よりも防止を重視するべきものです。というのも、対処として行えることは限られているからです。かんたんなのは相手を不機嫌にしてでも断ったり待たせたりすることですが、言うまでもなく対人関係に差し支えます。そもそも割り込みはたいてい相手の方がパワーが強いか、少なくとも対等なので断りづらいです。心理的精神的にもそうですし、仮に行動に移したとしても相手が許してくれません。そういうわけで、対処したいのであれば、相手が納得する言い分を即席で提示することになります。言い分をあらかじめ準備しておけば済むというほど単純ではなく、周囲の空気や相手の非言語情報、その他文脈も踏まえながら、相手が納得する演出をしないといけません。コミュニケーション術とか交渉術とか人誑しのテクニックといった話になります。本書では扱いませんし、筆者もてんで苦手です。
防止については、主に以下が存在します。
- アタック(Attack)
- 割り込み元に直接働きかける
- ⭕ 成功すれば割り込みを激減できる
- ❌ 対人的な議論や主張が必要なことが多く、荒れやすい
- エスケープ(Escape)
- 割り込まれないよう環境(場所や所属など)を変える
- ⭕ やらないよりはマシ
- ❌ 一時しのぎにしかならない
- 一時的な対処だけではもたない場合は、永続的な対処(異動・転職・引っ越し・逃亡など)が必要
- ガード(Guard)
- 割り込んでくる人の相手をする専任者・窓口を設ける
- ⭕ 割り込みに煩わされなくなる
- ⭕ アタックやエスケープといった極端な対処ではなく、比較的無難に導入しやすい
- ❌ 番人の調達や設定が難しく、番人の負担も大きい
- ❌ 重要な情報が番人によって加工されてしまうことがある(又聞きになる)
典型的にはまずエスケープにて距離を置き、それでもダメならアタックにて直接働きかける、になるでしょう。アタックはたいてい荒れますが、普段の会話や会議の中で少しずつ提案するなど温和に進めることもできます(控えめなアタック)。ただ、筆者の感覚ですと、割り込んでくる人の割り込みが自然となくなることはほぼなくて、たいてい何らかの性格や事情が絡んでいます(攻略派・防衛派はメンタルモデルのレベルかも、とはすでに述べました)ので、控えめなアタックでは一向に改善されない気がします。アタックするなら玉砕覚悟で強めに、が原則です。アタックで最も多い成功パターンは、難しい人認定されることです。こいつ面倒くさいから相手にするのやめよ、とみなされたら勝ちで、以後割り込みは激減します。もちろん立場や待遇など失うものも多いです。それが嫌なら、味方を増やした上でアタックを仕掛けることで大義的に勝ち取る手もありますが、そもそも味方を集められるなら苦労はしません。このあたりも対処と同様、本書の範囲を越えますので割愛します。
エスケープもアタックも難しい場合は、ガードが使えるかもしれません。特にビジネスだと役割や窓口を使い分けることはよくあるので意外と通じやすい(通じる言い分や体裁を整えやすい)です。問題はガードを担ってくれる人材を募ったり体制をつくったりするだけのリソース、たとえば時間とお金があるかです。割り込んでくる側がひどい場合は、チームの誰かが壁役になることも検討したいところです。特に壁役は専任させるのが望ましいでしょう。壁役というと、通常の仕事や用事はそのままで、さらに壁役も背負わせるとのパターンが多いですが、それでは当人は大変です。なんでせめて今の仕事は免除、あるいは少なくとも軽減して、その代わり壁役に専念してください、とするのです。その方が壁役当人も取り組みやすく、中途半端に対応してぐだぐだになる展開も回避しやすいと思います。ですがこれも結局、割り込みへの防止にそこまで投資できるかという時間とお金の話に帰着されます。そういう意味で、ガードとは投資 です。ガードするためにそこまで費やせるかが問われます。個人にせよ、チームにせよ、判断する者の手腕がもろに問われるものです。
2 Active Weak
割り込みに対して弱い後回しを行うのが Active Weak です。タスク A の最中にタスク B が割り込んできたら「わかりました」と B を優先します――つまり元々やっていた A をいったん後回しにします。
対処と防止ですが、Active Weak における対処とは弱い後回しをできるだけ行えるようにすることです。また防止とは割り込みをできるだけ増やしたり、素早くしたり、来た時に判断無しに即座に対応できるようにしたりすることです。少しわかりづらいですが、Active Weak は割り込んできたタスク B を重視したい場合に重宝します。B を確実かつ素早くこなすのが肝心ですので、B が高頻度に(できれば即座に)届くことと、届いたときにすぐ行動に起こせることができれば良いのです。防止というと割り込みを防ぐものと考えがちですが、Active Weak では割り込んでくる方こそが重要なので、むしろ割り込みを起こしやすくする行動こそが(把握や判断が遅れることに対する)防止になるのです。
Active Weak の対処
対処については、集中の解除とコンテキストスイッチングコストの最小化の二点が必要です。
まず集中の解除とは、タスク B が割り込んできたときにその事に気付きたいという話です。タスク A に集中していると、多少割り込まれたとしても気付きませんよね。それでは困るので、A への集中を解かないといけません。やり方は原始的で、割り込んでくる人に「もし私が気付かなかったらこのやり方で気付かせてくれ」と周知させる――これだけです。たとえば「気付かなかったら肩を揺らしてくれ」とか「デスクに呼び鈴ボタンを置いてるからこれを押してくれ」など。また、そもそも割り込んでくる人が割り込みづらいシチュエーションも多い(部下が "忙しい上司" に割り込む場合等)ので、そういうときでも割り込める手段を用意しておくとなお良いです。チャットで DM を送ってくれとか、緊急なら会議中でも何でもいいから入ってきてくれて構わないと言っておくなどですね。
次にコンテキストスイッチングコスト(長いので以下スイッチングコスト)の最小化ですが、これは前章で取り上げたコンテキストスイッチングの話です。Active Weak を行うと、以下の流れになるわけですが、
- 1: タスク A をやっている
- 2: タスク B が割り込んできた → タスク B をやる
- 3: タスク B が終わったので、タスク A に戻る
このとき 2 の部分と 3 の部分で二回ほどコンテキストスイッチングが起きています。前者では A から B に頭を切り替え、B が終わった後、後者では B から A に切り替えてますよね。前章でも述べましたが、この頭の切り替え、コンテキストスイッチングなる行為は非常に疲れます。疲れると切り替えに時間がかかるのでタスク B の遂行(あるいは B が終わった後の A の再開)のスピードや品質も落ちますし、ひどいと切り替えすら諦めて文脈を頭に入れないままテキトーにこなしたりします。このとおり、ろくなことにならないので拒絶反応も起きがちで、割り込まれたときの判断力も落ちがちです。弱い後回しを積極的にやりたいとしても、いちいち支障が生じるのです。
このような負の影響を抑えるには、スイッチングコストを減らすか、切り替えるための余裕を設けるしかありません。わかりやすく効果が高いのは後者の余裕です。仕事 A の最中に急きょ会議 B が割り込んできたとき、B をいきなり開始するのと、15 分くらい置いてから開始するのとでは後者の方が良いのです。割り込むほど重要なのだから今すぐ始めたい、としがちですが、ここで意識的にバッファを差し込めるかどうかで B の遂行、その質が大きく分かれます。木こりのジレンマという言葉があります。劣悪な斧を使っている木こりは、斧を研げばいいのに「作業で忙しくて研ぐ時間なんてない」と言って研がないのです。これと同じで、文脈を理解した方が捗るのに、暇が無いといって理解しない(スイッチングしない)のです。直感に反するかもしれませんが、よほど緊急でいちかばちかでも早くやらねばならないケースを除き、バッファは意識的に取ることをおすすめします。
もう一つ、スイッチングコストを減らす方法ですが、これはタスク A 側のコンテキストを上手く保存しておくのが良いでしょう。仕事 A の最中に会議 B が割り込んできた場合、A として何をしていたかとかどこまで考えていたのかといった情報を外に出しておくのです。メモ書きでもいいですし、画面のスクリーンショットでもいいでしょう。とにかく何かしら思い出せるようなヒントを残しておきます。こうしておけば、B が終わって A に戻ってきたときもすぐに思い出せて再開できます。スイッチングコストも(何も残さず自分の頭だけで頑張って思い出すのと比べると)ずいぶんと抑えられます。
Active Weak の防止
次に防止についてですが、わかりづらいのでもう一度書いておくと、防止とは割り込んでくるタスク B を確実かつ素早く対処できるようにするという話です。B の確実かつ迅速な遂行が妨害されるのを防止する、というわけですね。
防止として行えることは大まかに二つあります。
一つ目が割り込みを発生しやすくすることです。発生しやすくと一口に言ってもやり方は様々で、すでに見たように「何かあればいいからすぐ声を掛けろ」と周知させることはもちろん、通知の仕組みがあるのなら通知の強度を上げることもできます。割り込んでくる側を信用できないなら、自分から監視しに行ったり、監視する人材や仕組みに頼るのもアリでしょう。一方で、何でもかんでも割り込まれてもすべてには対応できないため、どこかで優先順位付けが必要になります。最適なバランスは少しずつ微調整しながら探るしかありません。ここを端折ると形骸化します。わかりやすい例が階層組織における緊急時の報告で、たいてい現場の下っ端かどこかが確信犯的に報告をサボったり、報告ルートの中間層が多すぎて届くのに時間がかかったりしますよね。これはどちらも微調整をしていないからです。理想論になりますが、どんなタスクをどのように割り込ませるか、にはその人その組織その状況で最適なバランスがあり、この模索に終わりはありません。逆説的に、常時バランスを調整するつもりで望むのが良いのです。
もう一つは、割り込まれたときにすぐ動けるように普段から身軽にしておくことです。唐突ですが、ヤクザのトップが普段暇しているのは、いざというときにすぐ動けるようにするためだそうです。左ききのエレンというマンガでも『おっさんつーもんはさ、若者がドタバタしてる時のタメにヒマしてんのよ』との台詞が出てきます。そうでなくとも、会社員の人なら普段割と暇そうにしている上層部の人たちが、緊急時になるとすぐに真剣に動き出すとの光景を見たことがあるのではないでしょうか。身軽な人が優秀で役に立つとは限りませんが、身軽な方が動きやすいのは事実です。Active Weak が望ましい場面であるなら、できるだけ身軽になれるよう整えにいくことは重要です。これが意外と難しかったりします。私たちは退屈に耐えられるようにはなっていませんし、全うであれば罪悪感もありますし、実際色んな仕事で役に立てる力もあるでしょうし、ということで仕事を抱えがちだからです。もちろん完全に暇して遊んでばかりいても、割り込まれたところでコンテキストスイッチングできないので役に立ちません。すぐに切り替えできるよう、ある程度状況のキャッチアップは必要です。かといって、キャッチアップさせるために会議を開催させたり思いつきで呼び止めて喋らせたりするのも(やられる側からしてみると)鬱陶しいですよね――と、中々に難しいのです。
3 Passive Strong
脱線に対して強い後回しを行うのが Passive Strong です。タスク A の最中に誘惑 B が目に入っても「いや B には逸れないぞ」と踏ん張って B を後回しにします。B の誘惑に勝つことを意味します。
Passive Strong にも対処と防止があります。対処とは誘惑 B に負けずに、元やっていたタスク A を続けることです。防止とは、そもそも誘惑が発生しないようにすることです。Active Strong と同様、重要なのは防止の方です。対処としてできることは限られており、対処に頼るのは分が悪いからです。
対処についてですが、要は誘惑に勝つということですので、できることはあまりありません。意志を強く持ってください、くらいしか言えません。それができればそもそも苦労はしません(アスリートタイプの人なら比較的やりやすいでしょうが)し、特性次第では意志が全く役に立たないこともあります。
となると事実上 防止をどれだけ行えるかにかかっています。防止の戦略としては、意志を強くするか、誘惑が起きないようにするかの二つがあります。
意志を強くするとは、動機や感情といったものを日頃から高めておくことです。やる気が起きやすい仕事だけを普段から行う、自分を支えてくれる人のことを高頻度で思い浮かべたり見返したりして何度も心を奮い立たせる、またそもそもネガティブに陥らないよう体調を日頃から整える(調動脈でいう調、調子ですね)などがあります。当たり前のことを泥臭く行わないといけません。ポイントは二つあって、なんだかんだ人間であり感情や非言語情報が強いのでなるべくこれらが多い状況に身を置くことと、やる気が起きる仕事というよりも「起きない仕事を避ける」という発想をすることです。プラスを得るよりもマイナスを避けます。スタンスの章にて取り上げた Minimize Negatives です。同ページでは時間や精神をセーブするために、との書き方をしていますが、実は普段から活動的に生きる場合も重要なのです。自分にとってネガティブなものにはどうしても意志が強く働かない(※1)ので、なるべく遠ざけた方が良いのです。そういう取捨選択を繰り返していくことで判断の目も養われていき、誘惑にも勝ちやすくなります。逆を言えば、ここをサボっていると、一向に鍛えられないため、(意志に頼って抗うという前提では)誘惑に振り回される日々となります。意志なんかあてにならないという人は、たいていは単にこの営みをサボっているだけです。もちろん、それ以前に特性上意志に頼ることの分が悪い人たちもいます。アスリートに対するアプライアはすでに述べましたし、ADHD などの発達障害も知られていますし、精神疾患など病気が絡んでいることもあれば、単に慢性的に多忙で意志を発揮する余裕がないケースもあります。
次に誘惑が起きないようにするとは、環境を変えることです。自宅だと誘惑が多いのでカフェで勉強するとか、学校や会社だと場の雰囲気や周囲の目があるから打ち込みやすいなど、言葉にするまでもなく知られていることですが、これを意識的に取り入れます。この点はリマインダーの章でも少し取り上げました(雰囲気リマインド)。ポイントは誘惑に手を伸ばすまでの物理的コストと精神的コストの両方を減らすことです。たとえばお酒が大好きで、思考力が低下するし規則的にダメだとわかっていても日中リモートワーク中に飲酒の誘惑に勝てない不真面目な社員がいるとして、おそらく出社してしまえば完璧に防げると思います。オフィスなら物理的にお酒を入手する手間も大きいですし、入手したところで同僚の目があるから飲めるはずもないという精神的な障壁もあります。一方、自由度が非常に高いベンチャーや自営業の飲食店などでは、あまり効果がないどころか、むしろ仲間や常連と一緒に盛り上がってしまって逆効果かもしれません。さて、「誘惑が起きづらい環境」ですが、人それぞれですので、自分で探さないといけません。最初のうちは、いきなり狙ってありつくのが難しいので、テキトーに色んな環境に飛び込んでみて感触を掴むのが良いでしょう。そのためには色んな環境に飛び込むバイタリティが必要で、日頃から健康的な心身をつくる努力をしておいた方が良い――と、いつもの泥臭い結論がなんだかんだ王道だったりします。ちなみに、同じ人であっても、加齢やライフステージの変化によりここは変わります。環境を見つけて一生涯キープするというよりは、必要に応じて探せるようなフットワークを身に着けておく方が融通が利きます。
環境の変え方はまだあります。物理的な場所を変えるだけではなく、普段使っている環境を工夫することもできます。たとえば普段使っているスマホやアプリの通知を切る――これも環境を変えていると言えます。通知を切れば、通知という誘惑はなくなりますよね。とてもかんたんなことですが、実際難しいのは 依存しているから です。現代人の情報への依存は改めて言うまでもなく当たり前の事象ですが、だからこそ向き合う他はありません。依存を断ち切るために使えるのが、環境を丸ごと変えてしまうことです。デジタルデトックスなる営みがまさにそれで、数日間物理的にスマホに触れないような生活をしたりします。そこまでやると、スマホに依存していた脳が少し緩和されて「比較的抗いやすい状態」になります(なることがあります)。この状態で現実に戻れば、通知を切る行為もあっさり行えるかもしれません。依存している限りは切るという行動が取れないので、取れるようになるまで荒療治が必要というわけですね。そのために、依存先に頼らない環境に身を置くのです。デジタルデトックスは極端な例ですし、もっとひどいと依存症となり専門家による治療が必要ですが、そこまでひどくないなら、軽い工夫も含めてやり用は色々あります。動線や習慣の考え方は役に立つでしょうし、役に立つと言えばタスク管理自体がそうですが、要は 色んなやり方や考え方があることを知り、自分の特性も知った上で、上手く自分の行動を誘導できるような仕掛けをつくる のです。個人タスク管理とは、タスクを上手くこなすよう自分なりに仕掛けをつくる営みだとも言えます。当然ながら環境を変えるための仕掛けもつくれます。そのヒントは本書の随所にあると思いますので、自分なりに模索していただければと思います。
- ※
- 1 ネガティブなものには意志が働かないと書きましたが、ここでいうネガティブとは起伏に乏しい、勢いが小さい、反応しないといったニュアンスです。殺意や憎悪など、いわゆる「負の強い感情」は、もちろん意志を支えてくれます。筆者としては、これらもプラスだと思っています。ただ方向性に違いがあり、一部の方向性によっては倫理的に推奨されない(あと消耗や疲弊が大きい)というだけの話です。
4 Passive Weak
脱線に対して弱い後回しを行うのが Passive Weak です。タスク A の最中に誘惑 B が目に入ったら、A は置いといて B にホイホイついていきます。自ら誘惑にかかりに行くわけですね。
Passive Weak における対処とは、誘惑 B にすぐに移ることです。防止とは誘惑がなるべく発生するようにすることです――というとわかりづらいですが、「これだ!」という視点が得られるまで粘り続けるアイデア出しや暇つぶしの文脈が該当します。
まず対処ですが、対処として行えることはほとんどありません。というのも、単に何もしなければ誘惑には負けるからです。そういうわけで、Passive Weak についても防止の方が重要になります。
防止の戦略はおおまかに二つあります。誘惑に勝ててしまう状況を薄めることと、誘惑が生じる機会を増やすことの二つです。
誘惑に勝てる状況とは、タスク A に集中しすぎているとか、タスク A の重要性が高すぎるせいで A 以外には見向きもしなくなるといった状態を指します。こういう状態ですと、多少誘惑が来ても見向きもしないので Passive Weak はできません。集中しすぎないようにしましょうとか、重要すぎるタスクは抱えないようにしましょう、と助言することになります。前者、集中しすぎについては意志でコントロールできるものではないので、集中を妨害する仕組みをつくるなり、集中しづらい場所に足を運んだりします。単純なやり方ですと、機械的に1時間ごとにリマインダーを仕掛けるだけでも違いますし、あえて PC を使わずスマホで仕事をするとかデスクや椅子や自室を捨てるといった縛りを加えるなど不便を増やすことでも対応できます。自分に負荷をかけるイメージですね。続いて後者、重要すぎるタスクを抱えないようにする方ですが、これは人生哲学レベルの話になり、難しいです。たとえばペットや子供といった養育に手を出さなければ、生物の養育という「重要になりがちなタスク」も起きなくなりますが、だからといって養育しない生き方を選ぶのは難しいでしょう。仕事も同様で、期待や責任の重たい仕事を抱えないようにするために、たとえば無能や変人を器用に演じられるかというと、やはり難しいのではないでしょうか。
二つ目、誘惑が生じる機会を増やすという点については、受動と能動があります。単に誘惑が多い場所に行ったり、ネットサーフィンやゲームがまさにそうですが誘惑――というより刺激ですね、刺激の多い手段に溺れるのが受動です。手間無く暇を潰すために使えますが、ご存知のとおり行き過ぎると依存度が高まって中毒になります。手軽ですがハマりやすいわけですね。能動については、探索と言い換えても良いもので、「これだ!」と思える何かと出会うために自分から情報や刺激を取りに行くことを指します。芸術的な文脈だと体験に身を投じてインスピレーションを待ったり、創造的な文脈だとリラックスしてのんびりすることでひらめきに賭けたりしますが、通常は大量のインプットに身を委ねるか、文章や発言など思考をアウトプットしながらその続きや連想を手繰り寄せていく必要があります。受動よりも高度な営みであり、仕事にせよ趣味にせよ、明確な目的や強い動機が無いと始められませんし、続きません。それなりの集中力とスキルも必要としますし、何より正解が無い中で粘り続ける胆力(場合によっては自分で正解を決める意思決定も)も要求されますし、当然ながら疲れます。このとおりハードルもクセも強いですが、使いこなせると強いです。
SWAP マトリックスのまとめ
ワープをどう処理するかは SWAP マトリックスで分類できるのでした。
そもそも処理として対処と防止がありました。対処とは、起きたときに対応することです。防止とは、そもそも起きないように(あるいは恒常的に起きるように)備えることです。
SWAP マトリックスの 4 パターンは以下のとおりです。
- 1: Active Strong、割り込みに対して強い後回しを行う
- 2: Active Weak、割り込みに対して弱い後回しを行う
- 3: Passive Strong、脱線に対して強い後回しを行う
- 4: Passive Weak、脱線に対して弱い後回しを行う
ここまでを踏まえると、4 パターンそれぞれに対して対処と防止があるとわかります。内容も含めて、改めてまとめると以下のようになります。
- 1: Active Strong、割り込みに対して強い後回しを行う
- 対処: 強引に断るか、相手が納得するように器用に断る。タスク管理というより対人コミュニケーションの話になる
- 防止: 相手に働きかけるアタック、相手から距離を置くエスケープ、相手と対応する役を置くガード
- 2: Active Weak、割り込みに対して弱い後回しを行う
- 対処: 集中を解除させる行動をしてもらう(してもらうには防止策が必要)、コンテキストスイッチングコストを最小化する
- 防止: 割り込んでもらいやすくするための仕組みや仕込みをする、割り込まれたときにすぐ動けるよう身軽になっておく
- 3: Passive Strong、脱線に対して強い後回しを行う
- 対処: できることはない。強いて言えば「意思を強く持って誘惑に勝て」くらいしか言えない
- 防止: 意志を強くするか、誘惑が起きにくい環境に行く or 変えていくか
- 4: Passive Weak、脱線に対して弱い後回しを行う
- 対処: 何もしなくていい。何もしなければ自然と誘惑に負ける
- 防止: 誘惑に勝ててしまう状況を薄める(自分に妨害の負荷を課すかのと重要なタスクを抱えない生き方をするのと)か、誘惑が生じる機会を増やす(受動と能動がある)
各パターンを上手く使い分けてください。割り込まれたくないなら Active Strong を使います。逆に割り込んで欲しいなら Active Weak を使います。割り込みはないが脱線がある場合で、脱線せず今のタスクに集中したいなら Passive Strong を使います。色んな刺激やヒントが欲しいなど反応的・探索的なシチュエーションであるなら Passive Weak を使います。
Passive Strong の対処
SWAP マトリックスの 3 つ目は Passive Strong――誘惑があっても負けない、つまり脱線しないためには、について書きましたが、対処法はありませんでした。強いて言えば「意志を強く持て」ですが、意志でどうにかなるなら苦労はしません。一応他にも方法はあります。ただ実践が難しく、人を選びますので、高度なトピックスとして本項で解説します。
方法としては以下の 2 つです。
- Explicit Attention(注意の明示)
- 生活リズムの固定
Explicit Attention
Explicit Attention(注意の明示) とは、書きながら行動する過ごし方を指します。何らかの行動を行う際に、常にタスクや思考を書いて、書いたそれを見ながら進めていきます。また進めた内容は書き込みに反映していきます。
書くことで注意の対象を明示的につくる
通常、私たちは頭の中で考えながら行動したり、慣れているなら考えすらしないで反射的に動けたりします。しかし Explicit Attention では少し手間を追加して、「今現在の文脈を書きながら」「それを見ながら」「書いてるそれらも更新しながら」という制約を加えます。わかりやすいのは買い物リストです。頭の中で覚えたり、その場で思い出しながら買うのではなく、手元のメモを見ながら買っていくわけです。また単に見るだけではなく、カゴに入れた項目は消します(更新)――と、このような営みを脱線対処の観点で一般化したのが Explicit Attention です。
その名のとおり、書くことで注意の対象を明示的につくる のが肝です。まず、書くことで言語化や取捨選択が行われるので、そのことに集中しやすくなります。かつ、書いたそれを読むことで、脱線しそうになっても思い出して踏ん張ることができます。買い物リストもそうですよね。リストをちらちら見たり、買ったものを一つずつ潰したりすることで「次はこれを買おう」とか「余計なものは買わなくていい」とか「考え事浮かんだけど今はこれらの買い物を済ませよう」とかいった軌道修正――脱線から逸れないようにキープすることができるわけです。
何を当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、Explicit Attention の力はとてつもないものです。買い物リストの例だけを見ても、何にも頼らないよりは確実かつ安心して忘迷怠無くこなせることがわかるかと思います。もちろん 100% ではなありませんが、たとえば絶対失敗が許されない場面ですと誰でも頼ろうとするのではないでしょうか。Explicit Attention は、この力を汎用的に使えるようにするものです。こんな小難しい名前をつけるまでもありません。特に買い物リストなどチェックリストを持って一つずつチェックしていく、くらいであればやったことがある人も多いでしょう。原理的にはそれだけです。常にチェック項目をつくって、それを見ながらチェックつけていって、項目増えたらまた書き足して、などとチェックリストを相棒に行動するだけです。相棒が注意を引き付けてくれるから脱線しづらくなるという、ただそれだけのことです。
軌道修正
Explicit Attention は脱線に対抗できる手段です。書くことで注意の対象を可視化し、それを読むことで注意がそれから逸れないようにします。あるいは 逸れかけていても 軌道修正できます。逸れた後はダメです、逸れた後は自分が疲弊するか外部から刺激が来ない限りは戻れません。あくまでも逸れる前までが勝負です。
別の言い方をすると、逸れない程度には高頻度に書いたり読んだりする必要があります。たとえば買い物リストは、1分以内にチラチラ見てないと逸れてしまうかもしれません。人によっては数分以上見なくても逸れずに済むかもしれませんが、おそらく通常は数分も空けてしまうともう逸れてしまうと思います――リストに無かった品物を買うかどうか悩んだり、リストがあるのにそれ以上読むのを放棄して勘で買い物を続けたり、常連や店員との会話に夢中になってしまってリストの存在を失念しまったりするのです。もしあなたが「1分以上目を離すと脱線しやすい」のであれば、1分未満の間隔で買い物リストを確認、メンテナンスしないといけません。このあたりの話は前章で言及したネグレクテッドとロストと似ていますが、Explicit Attention では、より細かい頻度が要求されます。
必要なのはスキル
さて、どういう行動のときに、どんなことを、どこに書くか――についてですが、人次第、状況次第としか言えません。デスクなど落ち着いて読み書きができる状況が好ましいことを除けば、各自で探るしかありません。
少なくともスキルは必要です。言語化する分、言語化したそれを実際に書く分、書いたそれをすぐに読み返して理解する分、終わったものや古いものを消したり退避したりといった更新の分、など必要な操作はいくつかあり、これらをすべて息するように行えなくてはなりません。このあたりのスキルが鈍いと、読み書きの手間が大きすぎて形骸化します。
一つの目安は 正解の無い検討を一時間以上、脱線なく継続できるかどうか でしょう。引っ越すとしたらどこがいいかとか、一億円もらったとしたら何をするかとか、ちょうど 30 日後に心臓麻痺で死ぬとしたら今からどうするかなど、検討内容は何でもいいですが、こういったことを一時間の間、脱線を起こさず続けられるでしょうか。さすがに 1 秒も脱線しないのは無理ですが、「一時間極力使ってちゃんと検討しました」と胸張って誓って言えるくらいです。なお体調、疲労、忙しさは問題無いと仮定してください。
通常は(他者や環境による強い干渉がなければ)まず不可能でしょう。難なくできるならそれは才能と呼べるものだと思います。これを可能にするために、Explicit Attention を使うのです。手段は何でも構いません。スマホでも、PCでも、ノートでも手帳でもいいです。頭の中にノートをつくれるならそれでも良いですが、脳内は脱線しやすいのでおそらく難しいと思います。だからこそ Explicit Attention では「書くこと」と書いています。前述したとおり、落ち着いて読み書きできる環境がベストですが、慣れれば電車内や散歩中などでもできます。
この目安を達成するために、何を使ってどんなことを読み書きしながら進めていけばいいか――この答えは人それぞれなので、あなた自身が探るしかありません。それが Explicit Attention です。特性もありますし、人によっては一生できないかもしれません。しかしながら、Explicit Attention が上手くいかない主因はスキルです。単に素早く読み書きできる要領がないだけです。
本当は Explicit Attention の具体的なやり方も体系的にまとめて説明できたら良かったのですが、本書ではそこまでは踏み込みません。一応、第 5 部では「書く営み」を重視したタスク管理を提案しており、参考にできるかもしれません。
自分を動かしてくれるバランスが難しい
実は一番むずかしいのは 自分を軌道修正してくれるような言い回しや雰囲気 だったりします。
たとえ読んだとしても、脱線しかけていた意識を戻せなければ意味がありません。書き込みが複雑すぎると読んでも頭に入らずスルーしますし、逆にかんたんすぎるとすぐ理解した(した気になった)はいいものの腑には落ちなくて……、とどちらに転んでも形骸化します。このバランスを自分で探り当てるのが難しいのです。
たとえば買い物リストで言うと、単に買うものを並べているだけで問題なく軌道修正できる人もいれば、それだけだとスルーしちゃうので自分を叱る言葉を別途書かないといけない人もいますし、箇条書きだけだと味気なさすぎてスルーしちゃうけど可愛いメモ帳のデザインに書いたメモならちゃんと読めるなんて人もいます。特に最後の例が顕著ですが、書き込んでいる内容のみならず書き込み先のデザインや雰囲気が絡むこともよくあるのです。
人は思っている以上に言語情報の扱いが下手で、かつルーズです。通常は言語以外の要素を総動員して、Explicit Attention として使っている道具そのものから離れてしまわないような工夫に苦労することになります。雰囲気の他には、「みんな使っているから」とか「あの人から勧められたから」といった対人要素もよく使われます。使うからみっともない、なんてことはなくて、むしろ使えるものなら何でも使いたいです。買い物リストを使い続けられるかどうか、また使っていて実際に脱線を防げるかどうかがすべてですので、手段は選ばないくらいのつもりで追い求めましょう。直感もあてにしていいですし、機能性よりもおしゃれだから選んだ等もアリです。
もう一つ、もし可能であれば、言語情報自体をすらすら扱えるように底を上げておきたいところではあります。語彙力と言えばいいのか、国語力と言えばいいのか、筆者もまだ答えを出せていませんが、自分が書いた 言語情報と触れ合う基礎体力なるものがあって、ここをいかに高めておくかが存外重要と感じます。空いている階段と混雑しているエスカレーターがあって後者を選ぶ人は多いですが、これは身体能力というよりも、自分のためだけに体を動かす基礎体力なるものが少ないからです。なので身体能力が高いスポーツ部の学生でも基礎体力がないと階段を登ろうとしません。逆に基礎体力がある場合は、階段で疲れて息が切れるとわかっていても難なく階段を登ろうとします。この「基礎体力なるもの」が、読み書きについてもあると筆者は感じています。実際、文章が上手い人やタイピングが早い人が Explicit Attention が上手いとは限りません。一つ問題を挙げるとすれば、この基礎体力の鍛錬も精神的に難しいことでしょうか。他人に向けた文章でも作品でもない、単に自分が自分に宛てた醜い文章と何度も向き合うことになるわけですから。文章の拙さはもちろん、これだけしか言語化できないのかといった現状も残酷なまでに可視化されます。脱線を防ぐということは、逃げずに向き合い続けることでもあるのです。
生活リズムの固定
脱線に対処するもう一つの方法は、生活リズムをできるだけ固定してしまう ことです。
リズムリマインド
これは単純な話で、染み付いた生活リズムがあると、いつ何をするかが大体固定されるので、脱線しそうになったときに気持ち悪さや居心地の悪さを感じて抵抗しやすくなります。「16 時からご飯を作り始めなきゃいけないから」と脱線先のネットサーフィンをやめたり、就寝前の自由時間でつい漫画に熱中してしまい 22 時の就寝をオーバーしそうなときでも「そろそろ寝る時間か」と気づけたりします。身体がリズムを覚えていて、思い出させてくれるイメージです。
これを私は リズムリマインド と呼んでいます。音楽やゲームのリズムというより、生活リズムや体内時計といった生理的なリズムです。そんなバカな、と思われるかもしれませんが、実際に人にはサーカディアンリズムやウルトラディアンリズムといったものが備わっていることが知られています。特にスポーツや養育などで厳しい生活をおくった経験のある人は、体がリズムをおぼえている、との感覚を知っているのではないでしょうか。
シークレット・シチュエーション下で誘惑に勝つ
だからといって、実際にリズムリマインドがすぐ手に入るかというとそうでもないですし、リマインドというからには確実性が高いかというとこれもそうでもなくて、要は個人差によりけりなのですが、それでも無いよりははるかにマシです。
筆者の肌感覚として、リズムリマインドの強度は「外部からの圧力」未満、「自分の意志」以上、といったところでしょうか。単に意志に頼るだけと比べるとかなり頼もしいですが、それでも子供やペットやチームやその他環境といった外部からの働きかけほどは強くはありません。
それでも、多少苦労してでも身につける価値があると筆者は思います。なぜならば 誰にも見せず知らせずに働きかけてもらえる 数少ない手段だからです。ひとりで集中したいときや、誰にも見せたくないことをしている場合など、誰にもどこにも見せたくない場面(シークレット・シチュエーション)はあると思いますが、それはすなわち外部の干渉に頼れないことを意味します。脱線に勝てるかどうかも意志次第となってしまいます。が、意志などここまで見てきたように現実的ではありません。だからこそ通常は対処ではなく防止を重視します。Passive Strong の項でも防止にかかっていると書きました。具体的には Minimize Negatives――マイナスを避けたり、あるいは純粋に環境を変えたりするのだと書きました。そしてこれらは、わざわざ小難しく解説するまでもなく、ストレスフルな人からは距離を置く、カフェや図書室で作業する、など誰もが体感的に知っていることです。しかし、それではシークレット・シチュエーションを担保できません。このジレンマを打ち破れるのがリズムリマインドなのです。
リズムリマインドを育てる
ではリズムリマインドはどのように獲得、強化していけばいいのでしょうか。
まずリズムリマインドは、体内からツッコミが来るイメージです。こればっかりは経験しないとさっぱりわからないと思いますが、リズムが染み付いてると「次の行動が控えてるけどいいの?」とのツッコミが体内から来る――そんなイメージです。そこでちゃんと向き合って、踏みとどまれば脱線はしません。逆に「知るかよ」と一蹴してしまうと、そのうち麻痺してしまって全く効果がなくなります。ツッコミをどう扱うか次第で、効果もそちら側(扱っている側)に寄っていきます。
つまり、リズムリマインドの精度を上げたければ、ツッコミと受けて実際に脱線に抗う(リズムを死守する)、との実績を積めば良いと言えます。
これは結局生活リズムを守るモチベーションをどれだけ高められるかにかかっています。たとえば朝6時に起きて夜22時に寝る、というリズムを毎日欠かさず繰り返すとして、ここにどれだけモチベーションを絡められるでしょうか。もちろん 6 と 22 が正しいとも限らず、人によっては別の数字を模索せねばなりません。模索のためのモチベーションが湧くでしょうか。こればっかりは人次第なので何とも言えませんし、もちろん日中リズムリマインドに頼りたいなら日中の範囲でリズム化が必要です。起床と就寝を固定する程度で根を上げているようでは正直話になりません。
仮にアドバイスをするとしたら、すでに自分に刻まれたリズムを尊重して改良していく(ハビットエンジニアリングと同様、微調整していく営みになる)くらいでしょうか。刻まれたリズムがないなら、何とかして刻むところから始めます――といっても、何らかの環境に飛び込むなりして生活を丸ごと変えるくらいしかありません。少なくとも刻まれたリズムがない状態から育てていくことは難しいと思います。
整理します。
- 1: まずは「リズム」を刻むところから始めます
- ここでリズムとは「内からツッコミが来る(リズムリマインドが起こる)」程度のものです
- 来たら刻まれていると言えますし、来ないならまだ刻まれていません
- 問題は、このリズムの刻み方がほぼ無いということです
- 何らかの環境に飛び込んで浸かって過ごしてたらそのうち刻まれた、くらいしかありません
- 今現在リズムが刻まれているか、あるいは最低でも 過去に刻まれたリズムがある との実績は必要です
- 2: リズムがある or 実績があるなら、それをベースに微修正していきます
- ハビットエンジニアリングと同様、日々少しずつ加えたり削ったり変えたりなど微調整していくことで自分に最適なリズムにしていきます
- たとえば筆者の場合、今は右記のようなリズムです――朝5時に起きて、6時に仕事を開始して、9:30時に昼食、12時までに2杯目のカフェイン、13時におやつ、16時に夕食、18時までにすべての仕事と作業を済ませて、20時に歯磨きや食器洗いなど寝る準備、21時に就寝
- 細かい数字は必要に応じて変えていくことができます
副次効果としてノイズも減る
リズムリマインドが起きるほど生活リズムが染みつくと、実は生活上のノイズも減ります。要は余計なことを考えたり、必要以上に情報を貪ったりしなくなります。その分、誘惑の原因も少なくなりますから誘惑される機会も減ります――つまり脱線しづらくなります。
書籍『道は開ける』では悩むのは暇だからだとでも言うべき金言が強調されています。これは忙しくしていれば悩む暇なんてない、だから悩みたくなければ忙しくなれというものです。忙しさというと通常は仕事か養育を浮かべると思いますが、筆者はもう一つあると考えます。それが生活リズムです。生活リズムを守ることに忙しくなることでも暇はなくせます。暇がなくなれば悩まなくなります。あれこれ考えるのはもちろん、余計な情報を読み漁ったりもしなく(しづらく)なります。
生活リズムについて、よく「そこまで厳しくする意味なんてあるの?」との疑問をいただくのですが、「自分を忙しくできる手段の一つ」という意味では意味があるのです。
忙しくできるなら別に生活リズムじゃなくてもいい
となると結局、忙しくできれば誘惑にも勝てる(というより負ける暇がない)わけでして、だったら別に生活リズムを刻む必然性はないわけです。仕事か養育でカバーできるならそれでも構いません。
ただしすでに述べたとおり、生活リズムは唯一他者からプライバシーを守れる手段であり、シークレット・シチュエーション下で誘惑に勝つのに重宝します。
別に誘惑に勝てる手段を一つだけ使う道理もないのですから、使えるだけ使えた方がお得です。仕事や養育と同様、かんたんに手に入るものではないですし、日々のメンテナンスや微修正も必要ですが、誘惑に悩まれてる方はぜひ挑戦してみると良いでしょう。
まとめ
- ワープとは
- 割り込みと脱線がある
- 弊害は「パフォーマンスが阻害されるから」と「コンテキストスイッチングが発生するから」の二点
- 構図は「今行っているタスクAに別のタスクBがやってくる(そしてBを始めてしまう)」と捉えることができる
- ワープと向き合う
- 後回しという概念がある
- Aを捨てるか(弱い後回し)、Bを捨てるか(強い後回し)、どちらかを必ず行うという前提を取る
- 割り込みと脱線/後回しの強弱、の二軸でマトリックスにできる
- これを SWAP マトリックスといい、ワープとどう向き合うかを 4 パターンで捉える
- 後回しという概念がある
- Passive Strong(脱線に対して強い後回しを行う=誘惑に負けない)における対処は難しい
- 1: Explicit Attention(注意の明示)。書き続けることで注意を引きつけ続ける
- 2: 生活リズムの固定(リズムリマインド)。染み付いた生活リズムからの逸脱に敏感になる≒誘惑にも踏みとどまりやすい