日課、習慣、ルーティン、ルーチンタスク(定期タスク)――個人タスク管理において「継続的にこなす営み」は避けては通れません。ここまで断片的には取り上げてきましたが、本章にて改めてまとめます。特に習慣なるものの解説にフォーカスします。
本章では「継続的にこなす営み」を 日課、習慣、ルーチンの三つに分けます。このうち日課とルーチンはすでに解説しているので、かんたんな解説と他章へのリンクに留めます。本章では残る習慣について詳しく解説していきます。
日課
概要
日課(Daily Duty) とはデイリーミッションです。MUST や SHOULD のニュアンスが似合うような事柄を任務(ミッション)と呼ぶことがありますが、これを毎日課したものが日課です。英語では Duty としていますが、正直 Mission でもいいと思います。
日課の管理方法
日課はその性質上、1日1回やるかどうかを管理して、全部やればオッケーです。
これは実は習慣トラッカーで管理できます。習慣トラッカーは、名前こそ習慣トラッカーとなっていますが、実は日課トラッカーと呼んだ方が正確です。
日課をどう選ぶか
ここで問題となるのは日課の選び方ですが、自分次第です。何を日課にするかは自分で決めます。
自分がやらなければならない(MUST)と感じたことや、やるべき(SHOULD)だと思ったことなどは何でも日課にすれば良いでしょう。もちろん何でもかんでも日課にしちゃうと、全部達成するのが難しくなるので、スモールスタートで少しずつ増やすのが無難です。
日課の実施タイミングは自由
日課はその日のうちに達成すれば良いものです。言い換えると いつ達成しても構いません。
無理に予定化して、そのとおりに行動するのが辛いと感じるくらいなら、リストアップだけしておいて好きなタイミングで消化する方が良いです。習慣トラッカーもまさにそうなっています(日課をリストアップして各々の達成可否を記入するだけ)。一方で、実施のタイミングが任意だと怠けやすくなります。実施タイミングの強化と怠け具合はトレードオフです。
理想は日課ごとに実施タイミングを設計することです。たとえば犬の散歩は、おそらく犬から催促してくれるので何も管理しなくてもいいでしょう(催促されたら実施する、とのイベントドリブン)。花の水やりと花壇の手入れは、花から催促してくれるわけではないし、忘れてもいけないので、おそらく予定化なりリマインダーなりを入れて厳しくした方が良いでしょう。また仮にあなたの職業はクリエイターで、スキルの鍛錬、特に鈍らせないことが重要で、1日1時間くらいは練習が必要だとします。一方で仕事は忙しさと暇の波が激しく、生活自体が不規則になりがちだとします。スキル練習は日課にするでしょうが、いつ行うでしょうか。その日の状況も読めませんし、実施の管理はせず空いたときにやりますか。それともカレンダーを見て「スキル練習」との予定を毎日入れますか。それとも朝6時から1時間やる、のように時間まで決めてやってしまうでしょうか――もちろん正解はなく、人それぞれですが、このように日課の実施タイミングは個別に考えた方が(一見すると面倒ですが)生活としても自然であり、うまくいきます。
解説箇所
戦略の章にてTrackerとして解説しています(平易に説明するため「習慣」という言葉を使っています)。またタスクソースの章でも維持事項の文脈で、定期的なタスクをつくることの重要性を述べています。
ルーチンタスク
概要
ルーチン(ルーチンタスク, Routine Task) とは定期的に実行するタスクを指します。定期タスク と呼んでも構いません。定期的に実行する性質があるかどうかのみが争点であるため、日課や習慣もルーチンとして扱えることがあります。ルーティンワークとかルーティンパフォーマンスといった言葉もありますが、いったん忘れてください。本章ではルーティンではなくルーチンと書きます。また ルーチンタスク と書くことにします。
ルーチンタスクとはタスクに頻度がくっついたものともいえます。「ごみ捨て」はただのタスクですが、「毎週火曜日と金曜日にごみ捨て」はルーチンタスクです。「ごみ捨て」タスクに「毎週火曜日と金曜日」という頻度をセットしているわけです。
大半がルーチンタスク
私達が抱える行動やタスクの大半はルーチンタスクです。日常生活にせよ、仕事にせよ、特定の頻度でこなしていることが数多くあるはずです。人次第ですが、一日におおよそ 20~60 のルーチンタスクを抱えていると思います――というと多く聞こえるかもしれませんが、たとえば出社前の「朝ご飯を食べる」「歯磨きをする」「身だしなみを整える」「出社準備をする」、これだけでも 4 つです。もちろん「布団から出る」「トイレに行く」レベルで細分化すればいくらでも増えますが、さすがに極端ですね。そうではなく前者の粒度で洗い出した場合に 20~60 くらいになるという意味です。
出社前の行動はわかりやすいですが、ルーチンタスクは他にもあります。冒頭のごみ捨ては火曜日と金曜日のみに発生しますし、同じごみ捨てでも可燃ごみと不燃ごみは曜日が違います。リモートと出社を使い分けるハイブリッドワークの人は、出社の日には(準備や片付けに関する)ルーチンタスクが増えるでしょう。
ルーチンタスクを管理するメリット
さて、そんなルーチンタスクですが、別の言い方をすると私達は それなりにたくさん存在するルーチンタスクを、何も管理せず頭だけで判断して日々消化している とも言えます。では、そんなやり方で最適な消化ができているでしょうか。「あー、あれやるの忘れてた」「あれもこれもしなきゃいけないんだけど、あー混乱するどうしよう」などと忘迷怠が発生したりはしないでしょうか。十中八九発生します。あるいは発生していることにさえ気付いていません。
ルーチンタスクをタスク管理すると忘迷怠を減らせます。どのルーチンタスクを、いつ、どの順番で実行するかを全部制御できるので、無駄なくこなせますし、やり忘れもなくせるわけです。もちろんそんな単純ではなく、サボったり先送りしたりもよく発生しますし、そもそも自分が抱えるルーチンタスク全部を言語化してツールに投入できるとも限りません(し通常そこまで厳密な管理はできません)。それでも、何も管理せず頭だけで抱えるよりははるかに楽できますし、忘迷怠も減らせます。
ルーチンタスクを管理するには
専用のタスク管理ツールを使います。
特に頻度を扱う能力を持つツールが必要です。ただの TODO リストやアナログなやり方では不可能ですし、カレンダーアプリであっても(何十というルーチンタスクを扱うには手間が大きく)厳しいでしょう。そもそも頻度からして「毎日実行したい」「2日に1回くらい」「毎週火曜日と金曜日」「週に一度くらい」「月末」「月初」など色々存在するわけで、これらを扱えなくてはなりません。やはり専用のツールが必要です。
さて、そのツールですが、Todoist や タスクシュート が挙げられます。ルータム や Routinery などルーチンタスク管理に特化したアプリも出てきています。これらに限らず頻度を扱えるツールは数多いですが、たいていは力不足です。ルーチンタスク管理では とにかく大量のタスクを何度も操作する必要があるので、軽快に操作できる軽いツールが必要不可欠です。回数で言うと、一日に何十何百回と操作するのはざらです。
既存ツールでは気に入らない場合は自分でつくることも視野に入れます。それくらいにデリケートなツールです。筆者も自分でつくっていたり、デジタルではなくアナログでも実現するための理論を整理した結果、電子書籍を書くに至ったりなど色々試行錯誤しています。ちなみにアナログだと相当面倒くさいですし、書籍の反応もまさにそのとおりで芳しくありません。やはり専用のデジタルツールを使うのが良いでしょう。
解説箇所
本書では戦略の章、Robot にて解説しています。
またロボットというほど厳しい管理でなくとも、ある程度雑に管理することもできます。たとえば習慣トラッカーでルーチンタスクを並べるだけで(何も使わず頭の中だけで頑張るよりは)違います。同様に戦略の章にて取り上げているので、ルーチンタスクと向き合いたい方は参考にしつつ、自分なりに模索してみてください。
習慣
概要
習慣(Habit) とは、定期的に例外なく行う事柄です。まず定期性があり、1日1回だったり1日2回だったり3日に1回だったり頻度は様々ですし、厳密に特定の間隔を刻むとも限りませんが、定期的に行ないます。次にこれを一度の例外も許さず、一度も漏らすことなく確実に行ないます。逆を言うと、例外なく確実に行えるほど染み付いているとも言えます。習慣とは 定期的に行う、定着した事柄 ということもできます。
習慣はスキルのようなものです。スキルとはただの知識や経験ではなく、難なく安定してこなせるほど訓練して定着させたものだと思います。習慣も同様で、訓練という言葉が似合う世界です。定着させるためにはそれなりに積まねばなりません。一瞬で身につくものではないし、楽して身につけようと考えることがそもそも間違いです。つまり習慣には努力を要します。
習慣というと新しく手に入れるイメージがあるかもしれませんが、逆に「悪い習慣を断ち切りたい」ケースもあります。習慣には良いものと悪いものがあり、良いものは手に入れるし、悪いものは手放さねばなりません。それぞれ異なる戦略が求められますが、いずれにせよスキルのようなもので、努力は必要です。
習慣でないもの
日課は習慣ではありません。すでに述べたとおり、日課はただのデイリーミッションであり、取り組むタイミングは自由だからです。習慣は日課として管理するまでもなく、自動的に行うものです。逆を言えば、管理するまでもなく毎日必ず問題なく消化できるほどに至った日課は習慣と呼んでもいいでしょう。
ルーチンタスクも習慣ではありません。ルーチンタスクは「頻度を持ったタスク」であり、タスク管理ツール上で上手く扱うための概念です。たとえば毎日 30 分の散歩を行ない場合は、「散歩する」タスクを「頻度 = 毎日」で設定して、かつ朝に目に入るようタスクリストの上の方に配置する、といったことをします。そうすれば毎日タスクリストを運用しているだけで、おそらく朝に「散歩する」が目に入るから(ちゃんと行動すれば)散歩をこなせるというわけです。が、これは結局自分で指示をつくって自分で従っているにすぎません。定着とは言い難いです。一方、習慣とは、管理するまでもなく毎日(よほどのことがない限りは)必ず散歩をしますし、できます。逆をいうと、ルーチンタスク管理をしていて、もう管理せずとも勝手にこなせるくらいになったとするなら、それは習慣になったと言えるでしょう。
そしてもう一つ、思考習慣も習慣ではありません。習慣と聞くと、考え方や取り組み方といった形の習慣を思い浮かべる人もいるかもしれませんが、本書ではこれら思考習慣とはみなしません。かわりにモットーという形で扱っています。モットーは状況に応じて適切な行動を行う(応用と呼ぶのでした)必要があり、これはスキル(技能)というよりアビリティ(能力)です。才能や特性に依存します。
習慣は 3 種類
習慣は三種類あります。
- 良い習慣(Good Habit)
- 取り入れたい・続けたい習慣
- 新しく採用したり、すでに定着していても微修正してもっと良くしたりする
- 悪い習慣(Bad Habit)
- やめたい・薄めたい習慣
- 思い切ってやめたり、少しずつ頻度や機会を減らしたりする
- 微妙な習慣(Odd Habit)
- 良い習慣か悪い習慣か判別がつかない習慣
- そのまま放置したり、良い or 悪いと判断して対処(良いならちゃんと採用するし悪いならちゃんと捨てる)したりする
習慣というと良い習慣を増やしたいとか、逆に悪い習慣をやめたいなどと考えがちですが、両方存在するため両方を相手にするのが良いです。また、どちらとも取れない微妙な習慣もあり、これらも良いか悪いかに倒す(あるいは倒せないからと戦略的に放置する)必要があります。
習慣は無限に抱えられるものではないですし、同時に多数を扱えるほど人間は器用でもないため、取捨選択が必要です。そのとっかかりとして良い、悪い、微妙の 3 つの軸で考えるととっつきやすいのです。
習慣の意義は行動の最大化
習慣のメリットとは何でしょう。なぜ習慣が欲しいのでしょうか。
それは強くなりたいからです(※1)。
強くなるためには行動が必要です。行動すれば知識や経験、生理的なレベルでは刺激や負荷が得られて、脳が学習・対処を行うからです。一方で、誤った知識や過剰な負荷はダメージにもなり、下手すれば私達を心身的に壊します。要は行動を重ねれば重ねるほど強くなります(ダメージを負う行動はなくせばなくすほどダメージも減ります)。
となると、あとはいかにして行動を増やすかですが、ここで習慣が登場します。習慣とは定期的に例外なく行うものであり、 行動の最大化 とも言えます。たとえばある能力を得るために、1日1時間の行動が300回必要だとすると、理想は300日間1日も欠かさず行うことです。意志の力で完結するのは難しいでしょうが、習慣であればかんたんです。習慣ゆえに勝手にやりますし、やれない方が落ち着かないくらいで、やれない日があっても捻出しようとさえするからです。
好きこそものの上手なれと言います。好きでやっている人は自分の行動を努力と思ってないので、好きじゃなくて努力している人では勝てないわけです。これと同じことが習慣についても言えます。習慣で行動している人も、自分の行動を努力と思っていません。
- ※
- 1 強くなる以外の目的もあるでしょう。たとえば快適に過ごすために日頃からこまめに掃除する習慣をつくりたい、などです。これはそのとおりで納得できる理由です。筆者としては表現の違いだと考えます。こまめに掃除する習慣は、言わば掃除をこまめに行う力を得るという意味で「強くなる」とも言えます。表現の違いでしかないので、強くなりたいでも快適でありたいでも、お好みの表現を使えば良いと思います。
習慣の限界
二つあります。
一つは、無限に抱えられるものではないということです。どれだけ抱えられるかは人次第であり、抱える習慣次第でもあります。体力と時間は有限なのでわかりやすいですが、集中力や注意力は見過ごされがちです。
たとえば一日一冊、新しい本を読む習慣が定着しているとしても、読書には集中や注意を要しますから、これらが枯渇していない時間帯かつ頭のエンジンがかかり始める時間帯(通常は起床直後~数時間以内)に行うのが良いでしょう。頭の性能が高い人や、日中さして疲れることをしない人は就寝に近い側の時間でもこなせると思いますが、おそらく仕事などで忙しくなるとこなしづらくなるはずです。自身のキャパシティの限界を超えて、読書習慣が入らなくなったわけです。あるいは無理やり入れることもできるでしょうが、身にならないでしょう。目が滑って思うように読めないし、休んで再開してもやっぱり滑る、との経験をした人は少なくないと思います。特に昨今はスマホなど認知資源を奪う手段にありふれていますから、就寝まで半日以上あるのにもう頭が働かない、なんてこともざらにあります。
もう一つは、習慣はただ行動を繰り返すだけだという点です。行動自体の効果や、行動を重ねることの価値には一切触れません。別の言い方をすると、努力は正しく行わないと意味がないですが、習慣も同様で、ちゃんと強くなるためには正しい(行動を行える)習慣を組む必要があります。正しい行動を重ねないと一定以上強くなることはできませんし、下手な癖などがあると逆に弱化につながります。特に一度ついた癖を取り除くのが大変なように、悪い習慣をやめるのもかんたんではないため苦労します。
ハビットエンジニアリング
良い習慣を新しく増やしたり、悪い習慣を減らしたり、あるいは微妙な習慣の対処を決めたりすることを ハビットエンジニアリング(Habit Engineering) と呼ばせてください。本節ではハビットエンジニアリングと題して、実際に習慣を扱っていくための考え方やテクニックを取り上げていきます。
GSAAD ループ
習慣はいきなり採用したり取り除いたりできるほど甘いものではありません。対象を設定して、日々少しずつ行動して、その結果もチェックして微修正して――といった地道な営みを続けてようやく勝ち取れるものです。
この典型的な流れを GSAAD ループ と呼びます。
- 1: Get
- ターゲットを手に入れる(標的となる習慣を定める)
- 2: Set
- ターゲットに干渉するための仕掛けを施す
- 3: Act
- 仕掛けをトリガーに、行動する
- 4: ADjust(Adjust)
- 行動の結果を踏まえて微調整する
- 結果とは行動した、しなかった、途中でやめた、想定外のタイミングで行動した等
- 微調整とはターゲットや仕掛けや行動への働きかけ
- 行動の結果を踏まえて微調整する
一般的なサイクルとは違い、最後の Adjust の行き先が複数あることに注意してください。
1: Get、ターゲットを定める
まずは扱いたい習慣を定めます。良い習慣を増やしたい場合、散歩したいとか読書したいとかボイトレしたいとかいった形で何かしら言語化できるはずです。悪い習慣を減らしたい場合も、寝る前の飲酒をやめたいとか通勤中にネットサーフィンしてるのをやめたいなど何らかの対象があるはずです。良いか悪いかわからない微妙な習慣についても、同様に対象があると思います(微妙な習慣は「悪い習慣候補」と呼ぶこともできます)。重要なのは 「具体的な行動」のレベルで定める ことです。痩せたいとか賢くなりたいとか本を読めるようになりたいといった願望ではなく、行動にフォーカスしてください。
行動の目線で決めると味気がなく、やる気も湧かなかったりしますが構いません。というより、そんな状態でも「習慣にしたい」と思える行動を選ばなければなりません。もしそういう行動がないのなら、どうせハビットエンジニアリングは続かないので現時点では諦めてください。習慣を扱うためには、具体的な行動をターゲットとして据えることが前提です。これさえできないようでは話になりません。ハビットエンジニアリング以前に、具体的な行動を知るところから始めましょう、となります。願望をブレイクダウンしてどんな習慣(行動)を身につければいいかを理解するとか、単純にアイデア出しや内省のつもりで粘り強く振り返ってみて洗い出してみるくらいの気持ちで向き合ってみることをおすすめします。
2: Set、仕掛けを施す
良い習慣にせよ、悪い習慣にせよ、何らかの行動が伴うわけですが、意志の力だけで毎回必ず行動できるはずもありません。ではどうするかというと、特定の条件が揃ったら自動的に行動してしまうような仕掛けをつくります――というと小難しく聞こえるかもしれませんが、いくつか例を挙げます。
-
動線とリマインダー
- 前章で取り上げました
- リマインダーを設定すれば、たとえ忘れていても気付かせてくれます
- 普段何度も通る動線にタスクを置いておけば、何度も通るのでそのうちに目に入ります
- ハビットスタッキング
- 新しい行動を「既存の習慣」にくっつけて運用することです
- 既存の習慣は欠かさず行うはずなので、そこにくっつけておけばついでに新しい行動もやりやすくなります
- たとえば毎朝歯磨きをしているが、鼻毛の処理は定着してなくて習慣にしたい場合、歯ブラシのそばに鼻毛カッターを置いておきます
- より確実にやりたいなら、歯磨き粉を小さな袋や箱に入れて封じて、その上に鼻毛カッターを置いておきます
- ただ、これは「歯磨き粉を封じる」行動が必要で、この行動を忘れて破綻するかもしれません(習慣のための習慣が要求されている状態)
- IF-THEN プランニング
- もし XXX が起きたら YYY をする、という風に条件と行動のルールを決めます
- これは前の章で取り上げたモットーに等しく、向き不向きが分かれます
- XXX の部分を動線やリマインダーなどで補強できるといいでしょう
- タスクリストやインボックスへの追記
- 普段使っているタスクリストやインボックスに「新しく行ないたい行動」や「今後やめたい行動(をやめるための何らかの新しい行動)」を追記します
- 普段使っているだけに、目にするはずです
- もちろん目にしたから実際に行動に移せるとは限りませんが、目にすら入らず完全に忘れるよりはマシです
他にも色々な工夫があると思いますが、本質的には二つだけです。忘れないように気付かせることと、気付いた後に実際に行動するよう強度を高めることの二つですね。後者、強度の高めた手段の最たる例がヒューマンリマインドや雰囲気リマインドといった「外部から働きかけてもらう」です。逆にリストに書かれたことを忠実に守れるアスリートタイプの人は、タスクリストに一行書いておくだけで行動できたりします。
詳細は前章を参照してもらうとして、肝心なのは自分が実際に行動に起こせる程度の強度を設定することです。そのような仕掛けを考えて仕込むことです。筆者はアスリートタイプなので普段使ってるタスクリストに書くだけでたいてい事足りますが、たいていの人はそうじゃないと思います。また自力ではどうにもできなくて、全面的に環境や他人に頼らざるを得ない人も少なくありません。ここは本当に人それぞれですし、同じ人であってもターゲットにした習慣次第で変わります。
3: Act、仕掛けをトリガーにして行動する
Set にて仕掛けを施すと、ひとまず行動を行えるようになります。
このとき問題となるのが行動の中身です。何を使ってどれだけ行えばいいのでしょうか。たとえば散歩したい場合、以下が考えられますよね。
- 何分歩く?
- どんな服装や靴で歩く?
- 持ち物は?
- どこを歩く?
- 雨が降っていたらどうする? etc
これら行動の中身、もっと言えば設定値のことを 行動パラメーター(Action Parameter) と言います。この場合は散歩時間、服装や靴、持ち物、散歩場所や範囲、雨の有無などがパラメーターです。
実を言うと、この行動パラメーターは非常に重要で、仕掛けた行動が習慣として定着するかどうかはパラメーターが適切かどうかで決まります。散歩を例にするとわかりやすいですが、いきなり 3 時間散歩しようとしても続きませんし、雨の多い梅雨の時期に始めたとしてもおそらく雨が鬱陶しくて挫折すると思います。まずは 10 分だけやってみるとか、雨が降っているときはやらないとか、ショッピングモールなど広い屋内に行く機会が多いなら散歩行動をそこにくっつける(雨というパラメーター自体をなくす)といった工夫をすると良いでしょう。
唐突ですが着手ベースという言葉があります。着手さえできたら進捗があった、とみなす考え方です。作業興奮という言葉もあるように、始めた後はしばらく続くものですが、逆に最初腰を上げて始めるところが重たいわけです。そのハードルを超えるために「着手しただけでもえらいんだよ」と自分を甘えさせるのです。この考え方は Act においても有効なのです。
習慣とは行動の定着であり、行動という経験を積み重ねることで固まっていくものですが、重要なのは行動の質ではなく行動の回数です。100点よりも60点を取れ、といった類の格言は数多くありますが、それと同じで、習慣化についてもまずは雑でかっこ悪くてもいいので行動回数を増やせばいいのです。そして増やすために、どんなパラメーターなら腰を上げやすいかを模索するのです。
パラメーターの模索ですが、自分なりにやりやすい塩梅を探すことと、一般的なセオリーに従うことの両方を意識してください。自分が行動するかどうかが最重要なので、自分なりに探す方がモチベーションは維持しやすいです。一方、自分ではわからない場合は、セオリーに従ってみてそこから微調整していくと良いでしょう。セオリーについては、現在なら ChatGPT など生成 AI に聞くのが早いかもしれません。
ちなみに「パラメーターを軽くすればいいか」というと、そう単純でもありません。たとえば散歩を習慣化したい場合、「これから散歩します、と音読すれば OK」とみなすことはかなり軽いと思いますが、おそらく効果がありません。音読はできるようになるかもしれませんが、「で?」となって先が続きません。それよりも「とりあえず玄関で靴を履いてみる」の方が続きやすいと思います。靴を履く行為でも厳しいようなら、それよりも軽い行為から始めましょう。
4: Adjust、微調整する
Act にて行動したか、あるいは行動したかったか、いずれにせよ何らかの結果が出ているはずですので、これを参考に微調整を加えます。
かんたんに場合分けを書きます。
- 行動できた場合
- より快適な行動を続けられるよう行動パラメーターを調整しましょう(Act)
- 行動できなかった場合
- 仕掛けを疑いましょう(Set)
- 行動パラメーターを疑いましょう(Act)
- 行動しなかった場合
- ターゲットを疑いましょう(Get)
- 行動パラメーターを疑いましょう(Act)
できなかった場合としなかった場合を区別していますが、意図的です。
できなかったとは、単に忘れていたとか疲れていて無理だったなど、何らかの事情があったというニュアンスです。行動できるような調整をすれば良いです。
しなかったとは、できないわけではないけどなぜか腰が上がらなかった、といったニュアンスです。主因は二つあって、行動パラメーターがきつすぎてハードルが高いか、そもそもターゲットが不適切か、です。Get のステップでは具体的な行動を定めなさい、としましたが、定めるためにはそれなりのモチベーションが必要不可欠です。私たちの心身は正直なもので、その気がないのにテキトーに定めたり、みんなやってるからとい軽率に始めようとしたり、といった程度では行動に移せません。それが「しなかった」として現れます。習慣は今後ずっと、極端に言えば未来永劫続けるものですから、その程度のモチベーションでは話にならないわけです。解としては「モチベーションが湧くまで諦めなさい」あるいは「別の、モチベーションが湧く行動をターゲットにしなさい」になります。
習慣の定着
定着(ハビチュエーション, Habituation) とは、良い習慣を一つ獲得すること、または悪い習慣を一つ断ち切ることを指します。どこまで行けば定着とみなすかについては、主観で構いません。目安は一ヶ月とか二ヶ月とか、一年でも構いませんが、一日も欠かすことなく何らかの管理に頼ることなくこなせることですが、体感的に「そろそろ定着してきたな」というのがわかります。特に GSAAD ループで仕掛けた仕組みを無視し始めたり、一応従ってはいるが「別にもう仕組みに頼らなくてもできるよなー」と感じたりするのが兆候です。
定着を確認できたら、GSAAD の仕組みや微調整は一切なくしてしまって構いません。これを 撤収 と呼びます。撤収した後でも定着した習慣(として行っている行動)のクオリティの維持や向上が必要なことがありますが、これはその行動内で行えば良いです。たとえば哲学者がいるとして、普段思索を広げるために散歩の習慣を確立しているとします。散歩の質が思考の質に直結するため、散歩の改良は絶えず行った方が良いですが、これは GSAAD の Act や Adjust のステップで行動パラメーターを調整するという意味ではなく、散歩という習慣の中で適当に行えば良いのです。
撤収時に習慣(として行っている行動)を忘れてしまうことがあります。このときどうするかもその人次第です。人間ですのでエラーは起きます。定着した習慣も稀に崩れることがあります。が、一時的なものなので気にしなくても構いません。何回か続くようなら、そのときに初めて点検すればいいのです。崩れる原因ですが、せっかちでなければ「実はまだ定着してなかった」とのオチは少なくて、最も多いのは生活の変化です。習慣の限界でも挙げましたが、生活が変わると「今行っている習慣が自分のキャパシティに入らなくなった」が起きがちなのです。別の言い方をすると、生活の過ごし方が慌ただしく変化する人は定着しづらい とも言えます、習慣化には不利です。そういう意味で、習慣を確立したければ、生活をできるだけ固定するのが実は近道だったりします。いわゆる生活リズムですね。
悪い習慣を減らす
GSAAD ループは良い習慣を増やす際は理解しやすいと思いますが、悪い習慣を減らすとなると理解しづらいです。すでに「今後やめたい行動(をやめるための何らかの新しい行動)」とまどろっこしい表現も使っています。
そのとおりで、悪い習慣を減らすことは、良い習慣を増やすことよりも理解しづらくなっています。良い習慣を増やすのは何かを「する」と表現できますが、悪い習慣を減らすのは何かをやめる、もっと言えば「しない」と表現することになるからです。否定形の指示は理解しにくいとか、悪魔の証明(無いことの証明)は難しいとか言いますが、「しない」を行動に落とすのは難しいのです。
さて、悪い習慣ですが、減らすアプローチは 3 つあります。
- 1: 妨害する
- 2: 根本を排除する(盤外戦)
- 3: 撹乱する
1: の妨害するとは、悪い習慣(として行っている行動)を妨害するための何らかの行動や仕組みを追加することです。たとえば依存症というほどではないが寝る前の飲酒をやめたい場合、冷蔵庫内のお酒がゼロ本であれば止まるかもしれません。寝る前に冷蔵庫内のお酒を空にする、との行動をどこかに追加しておけば良いのです。あるいは風味を損なわせるためにガムを噛んだり、歯磨きのタイミングを寝る直前に変えたりなどもできるかもしれません。
これは単純な例ですし、これで成功するとは限りませんが、妨害の発想はこれと変わりません。とにかく悪い習慣を妨害する別の行動や仕組みを差し込むのです。特に直接直前に差し込めない場合は「妨害を行う仕組みを設置するための行動」を仕込みましょう。この妨害行動は習慣化する必要はなく、ルーチンタスクや日課で構いません。
次に 2: の排除ですが、妨害だけではどうにもならない、あるいは追いつかないことがあります。個人の工夫では限度があるということです。そういう場合は、悪い習慣のもとに直接干渉するしかありません。寝る前の飲酒をやめたいが、病気や依存になっている場合、通院するのがベストでしょう。あるいは入眠を妨げるストレス源を特定して、その排除や回避が必要かもしれません。ストレスフルな人付き合いをやめるとか、遠回しに言っても効かない人にはっきりと言うとか、そもそもスマホしすぎで慢性的な睡眠不足なので睡眠時間を増やすよう生活を変えよう(変えるための「良い習慣」を増やしていこう)など原因は様々です。
干渉というと、こちらから働きかけるイメージが強いかもしれませんが、距離を置くといったやり方も可能です。むしろこちらから働きかけるとトラブルになることが多いので、通常は後者のスルーを試した後、それでも離れられないなら腹をくくってこちらから、の二段階を踏むのが無難でしょう。いずれにせよエネルギーも気力も使うことですが、個人の工夫でどうにもならないのなら、あとは腹をくくるしかないのです。くくれないと偶然収まるか、こちらが壊れるまでずっと続きます。ちなみに、このような根本への干渉は盤外戦と呼び、本書でも何度か言及しています。GSAAD ループに限らず、タスク管理全般において重要な視点です。
最後に 3: の撹乱(かくらん)ですが、これは自身の生活環境を劇的に変えてしまうことです。たとえば引っ越しや転職はわかりやすいと思います。結局、私達の習慣は生活環境に左右されていますし、「人間が変わる方法は3つしかない」との格言もあります。曰く、時間配分と住む場所と付き合い人です。いずれも環境を変えるレベルのインパクトがないと変わらないことですよね。だったらいっそのこと環境を変えてみましょう、というのが撹乱です。撹乱の名前のとおり、かき乱すニュアンスです。
微妙な習慣を倒す
習慣には 3 種類あり、良いものと悪いものの他に微妙なものもありました。
微妙な習慣とは、良い習慣なのか悪い習慣なのか判別がつかないことです。というより習慣には良い側面と悪い側面の両方があっても珍しくありません。たとえば筋トレという習慣は、筋力向上や心身への刺激の面では良いですが、免疫力低下や体温変化により体調を崩しやすいという意味では悪いです。
微妙な習慣の扱い方は単純で、良い習慣なのか悪い習慣なのか、どちらかであると決めることです。筋トレの例で言えば、「筋力が欲しいからこれでいいか」と続けるなり、「体調崩すのが不便な割に、別に筋肉あってもあまり嬉しさはないんだよなー正直」と気付いてやめるなり決めてしまうのです。決めてしまわないと、続けるかやめるか迷ってしまって認知資源を食います。このノイズは馬鹿になりません。良い習慣だと決めた場合は、そのまま続けます。悪い習慣だと決めた場合は、前述のとおり、悪い習慣を減らす取り組みをしてなくします。そういう意味で、微妙な習慣とは「悪い習慣候補」と呼ぶこともできます。
決めるのに悩むかもしれませんが、どうせ答えは無いため意味はありません。さっさと決めた方が良いです。決めた後、しばらく生活すると影響が出てくるので、そのときまた調整すればいいのです。良い習慣だと決めたけどやっぱり悪い影響が強いなとわかったら悪い習慣とみなしてなくせばいいですし、逆に悪い習慣だと決めてなくしたのはいいが恩恵の一部がなくなって不便になった等があるなら良い習慣とみなして再度組み込めばいいのです。ちなみに筆者は、筋トレについては良い習慣になったり悪い習慣になったりします。花粉がひどくなる春は悪い習慣に倒してます。
習慣にはただでさえキャパシティの限界があり、たくさん抱えきれるわけではありませんから、微妙な習慣はてきぱきとどちらかに倒して処理してしまいたいところです。この微妙な習慣をさっさと扱うフットワークは、ハビットエンジニアリングの成否を分ける鍵だとさえ筆者は考えます。ここができないと、物を溜め込んでしまうように良い習慣も溜め込んでしまって苦しくなったり、逆に悪い習慣を溜め込んでしまって慢性的な弱化に陥ってしまったりします。
習慣を無理やり手に入れる「捨て身」
ハビットエンジニアリングでは GSAAD ループなど、自力で仕込んで自力で行動することを念頭に置いています。一方で、特性上そのような自律的な行動が苦手な人もいます。そういう人でも習慣をつくったり消したりするにはどうすればいいでしょうか。
解はありません。強いて言えば、Set の項で述べたように環境や人など外部の力に頼った仕掛けを工夫するか、悪い習慣を減らすアプローチの一つである撹乱――引っ越しのような環境の変更を行って無理やりかき乱すか、くらいです(※1)。
ちなみにプロが存在する世界では、このやり方が使われがちです。職人における弟子入りやスポーツのクラブ活動、寮生活や合宿などでは生活を厳しくコントロールされ、かつこれが年単位など長期に渡って続くので嫌でも(その世界に関する)習慣が身につきます。別の言い方をすれば、習慣とは本来それくらいの荒療治が必要なものです。とはいえ現実的に常に荒療治するわけにはいきませんから、ハビットエンジニアリングの形で地道に行うのです。この地道なやり方ができないのなら、荒療治しかありません。それを捨て身と表現しています。
- ※
- 1 筆者としては前者の、外部の力に頼ったやり方をもっと開拓できればいいんだろうなと思っています。現状は仕事やパートナーなど強い信頼や利害関係に基づいた組織に入って一緒に過ごすか、カフェで勉強するなど自主活動を行う場所を変えるくらいしか方法が無いのですが、テクノロジーの力でもうちょっと工夫できたらなぁと思うのです。擬似的な仕事仲間やパートナーをマッチングさせてお互いに監視・干渉しながら過ごせる SNS であるとか、学校生活のような拘束の強い過ごし方を誰でも柔軟に使えるようにするサービスなど、やり様はある気がします――が、まだとっかかりが得られません。難しいのは、単に居場所をつくればいいのではなく、自律的にハビットエンジニアリングできない人の背中を推してくれるような居場所や仕掛けをつくるには、また彼らをやる気にさせて誘うにはどうしたら、ということです。
まとめ
- 継続的にこなす営みは日課、ルーチンタスク、習慣に分けることができる
- 日課はデイリーミッション、習慣トラッカーにて
- ルーチンタスクは専用のタスク管理ツールについて
- 習慣とは
- 定期的に例外なく行う事柄
- スキルのようなもので、訓練の言葉が似合う
- 意義は行動を最大化できること
- ハビットエンジニアリング
- 習慣は良い習慣、悪い習慣、微妙な習慣がある
- GSAAD ループ
- ターゲットとなる習慣(行動)を定めて、行動を行うための仕掛けをつくって、行動して、微調整する
- 仕掛けにせよ微調整にせよ「チューニング」にかかっている。意志でできたら苦労などしない
- 定着させるには質よりも量。行動の回数を増やすことを心がける。例: 着手は進捗
- 自力でループを回せない人は環境や人の力に頼るか、撹乱(環境丸ごと変える)くらいしか手段がない
- スポーツや職人など、厳しい鍛錬を要する世界では使われがち