タスク管理のスタンスとは、タスクをどう処理するかという対応パターンを指します。メンタルモデルと言っても良いかもしれません。前章の戦略は「どう扱うか」という管理の話でしたが、本章、スタンスは「どうこなすか」という処理の話です。
抱える量を減らす
自身が抱えるタスクの分量を減らそうとするスタンスです。
- デリゲーター
- Deligator、自分で処理せず人に任せます
- スプリンター
- Sprinter、タスク管理をはさまずにその場ですぐに処理します
- スキッパー
- Skipper、今日やると決めたこと以外はとりあえず先送りにします
減らし方に違いが見られます。デリゲーター人に任せることで減らし、スキッパーはとりあえず先送りすることで今日の分を減らし、スプリンターはタスク管理対象として抱える前に処理してしまうことで管理対象を減らします。
デリゲーター
Deligator、委譲者。
概要
タスクをなるべく委譲しようとします。
委譲とは人に任せることです。委譲先として有名なものはいくつかあります。重役は右腕として秘書を抱えていますし、エンタメ界隈やスポーツ界隈のプレイヤーにはマネージャーがつきますし、共同生活している人がパートナーや両親に仕事や家事を任せていることもよくあれば、寮生活という形で管理人にまかせているケースもあります――と、極めて身近な概念です。
委譲のようで委譲ではないもの
指導、マイクロマネジメント、雇用は委譲ではありません。
まず委譲とは「任せること」なので、デリゲーター自身は基本的に任せた先からの結果を待つだけです。細かく状況を確認したり、指摘や指導を入れたりするのは委譲ではなく、ただの管理(それもマイクロマネジメントと呼べるような細かいもの)や指導です。委譲とは管理も含めて任せることです。
また家事代行や執事など、経済的に雇うものも委譲ではありません。これは単にお金の力で解決しているだけであり、いうなれば雇用です(※1)。委譲とは経済力に頼らず、工夫や立場によって誰かに任せることです。とはいえ工夫は難しくて、共感、人心掌握、交渉や説得、場合によって洗脳など高度な諸々が要りますので、通常は立場次第です。委譲できるかどうかは、委譲する・される立場(あるいは役割)があるかどうか で決まります。なければつくることもできますが、つくった立場に従わせるのにも結局工夫か立場が必要です。
- ※
- 1 委譲先として機能する人材を雇用することはできますが、話がややこしくなるので割愛します。たとえ雇用関係があったとしても、委譲であるなら管理も含めて任せるほどの信頼または器量が発揮されるはずです。そういう意味では、委譲には相手への信頼または自身の器量を必要とします。
スプリンター
Sprinter、短距離走者。
概要
発生したタスクをその場ですぐに処理しようとします。
認知資源の節約
スプリンターの主目的は認知資源をセーブすることです。
GTDでは 2 分ルールなる原則があります。2 分で終わることはタスク管理せずその場ですぐに終わらせろ、というものです。「ボールはすぐに返せ」「持ったままにするな」もよく聞く金言です。また、少しずれますが、フロントローディングという「最初しばらくは全力で取り組め」とするテクニックもあります。
これらに共通するのは、自分で抱えることの負担を減らすことです。抱えているものがあると(どれを選ぶか・いつ構うかといった事を考えてしまうため)判断が生じますが、判断には認知資源を消費します。認知資源は有限ですし、一度消耗したら睡眠するまで回復しません。休憩、昼寝、瞑想などで粘ることはできますが、たかが知れています。判断が鈍ったりできなくなってしまっては元も子もないので、認知資源は時としてお金や時間よりも貴重であり、消費を抑えることは非常に重要です。毎日同じ服を着る経営者の話も、この認知資源を節約したいからです。一般的に言えば、判断の量を減らせば節約できます。抱えているものを減らすことは、まさにその一つです。スプリンターは、タスクを抱えずにすぐ処理してしまうことで認知資源をセーブします。
完璧じゃなくても前進する
スプリンターのもう一つの目的は、とにかく前進することです。
現実はままならないもので、事前に想定した計画はよく裏切られますし、自分が思っている以上にいいかげんに進んだり振り回されたりもします。特に現代は VUCA とも呼ばれ、ただでさえ先が読めない時代です。
そんな状況下における経験則として、よく挙がるのは「雑でもいいからとにかく進める」ことです。手元で考えたり調べたりして納得するだけじゃなくて、実際に行動に移します。行動に移すことの大切さは昔から耳にタコができるほど金言化されていますが、スプリンターはそれをまさに地で行きます。発生したタスクをなるべくすぐに処理する、という形で行うのです。すぐ処理することで状況がわずかでも進行し、進行すれば状況が変化して新しい何かが生まれます。
副次的なメリットとして、状況が変わったらそれに反応すればいいだけで済むようになる率が高くなることも挙げられます。自分で管理せずとも、見えたことに反応していればいいのでラクチンなのです。すでに述べたとおり、人間は怠け者ですが、怠け者でも比較的取り組みやすいあり方がイベントドリブン――何かイベントが起きたときに受動的にそれに対応することです。スプリンターとしてすぐに処理してしまうことは、いわばイベントを発生させることにも等しい営みです。
スキッパー
Skipper、先送り魔。
概要
今日やると決めたタスク以外は基本的に先送りしようとします。
先送りしても別に死なない
スキッパーの根幹は「本当に急いでやらなきゃいけないことなんてほとんどない」です。実際そうであるかは状況次第ですし、特にリアルタイム性の高い仕事ではそうも言ってられませんが、たいていは単に自分のこだわりの問題にすぎません。たとえば単に自分が気になるからとか、嫌われたくないからとかいったものです。そういったこだわりを捨てて、「とりあえず明日やりますわ」と先送りにするのです。
ただし、前提として今日何をするか(デイリータスク)を決めておく必要があります。毎日デイリータスクを設計するからこそ日々進展が生まれるのですし、デイリータスクに集中するためにデイリータスク以外を先送りすると発想できます。デイリータスク無しの先送りはただの放棄にすぎません。デイリータスクという基準があるからこそ、それとそれ以外に区別することができます。
スキッパーの思想はマニャーナの法則が詳しいと思います。
裁量の獲得が肝
先送りしたところでタスク自体が消えてなくなるわけではありません。曖昧なタスクや状況が慌ただしい場合に消えたりすることはありますが、それに期待するのは無鉄砲です。それでもなぜ先送りするかというと、デイリータスクという自分のペースを死守したいからです。別の言い方をすると、先送りとは自分なりのペースを尊重するために(明日以降どこかでたぶんやらないとけないけど)今日はしない、と決めること です。
そのためには「今日はしない」と決められるだけの裁量が求められます。自分ひとりで進められる作業や資料作成などは比較的裁量が高いですよね。本当の期限までに間に合わせればいいだけです(もちろん先送りしすぎると締切前の追い込みなどという学生症候群に陥ります)し、これをうまく管理するのがまさに個人タスク管理の領分です。逆に、ひとりではコントロールできない場合、たとえば仕事をする≒打ち合わせに参加する、のような拘束の多い仕事だと厳しいでしょう。皆が参加する打ち合わせがあるのに「私はその仕事は今日はしないと決めました」と主張して不参加に倒すのは許されないか、勝ち取れても関係に亀裂が入るでしょう。
学生症候群の回避
学生症候群とは締切直前になってから本腰を入れる現象を指します。名前は比喩的なものであり、ビジネスにおけるプロジェクトでもしばしば見られる現象とされています。
スキッパーはこの学生症候群に打ち勝たねばなりません。そのためにはタスクの本当の締切を見据えた上で、毎日計画的に少しずつ消化していくことになります。あるいは不確定要素が多くて先を読みづらい場合は(スプリンターの項でも少し述べましたが)フロントローディングにてまずは視界を広げることもあります。大げさに言えば、先手を打つことに命を賭けるタイプです。
スキッパーは一見すると楽そうに見えますが、決してそんなことはなく、むしろ「それができれば苦労はしねえよ」と言いたくなるような計画的で行動的、そして野心的なスタンスなのです。
省力化する
タスクの処理にかかる時間や手間を減らそうとするスタンスです。
- オートマトン
- Automaton、仕組み化(統一化とできれば自動化)します
- リジェクター
- Rejecter、断る対象やパターンを決めておいて、それらに当てはまるものは断ります
- フォーカシスト
- Focusist、直近取り組む対象を決めて、それら以外は無視します
オートマトンは処理そのものを減らし、リジェクターとフォーカシストは「やらないタスクを決める」判断の手間を減らします。
オートマトン
Automaton、仕組み魔。
概要
タスクの処理を可能な限り統一化し、できれば自動化もします。
頭を使いたくない
前章の戦略でいう Inboxer、本章でいうスプリンターがまさにそうですが、自身の頭の性能、スキルや経験などで瞬発的にバリバリこなしていきたいとする人達がそれなりにいます。この人達は瞬発から外れるテンポの悪さで頭を使うことを嫌います。たとえば紙やテキストに言語化して書き出して、それを見ながらひねり出す、といった営みです。
なぜかというと、このような営みは認知資源を酷使するからです。また、酷使というほどではありませんが、やり方やタイミングが決まっていない場合も同様に疲弊しがちです。要は頭を使いたくないのです――というと語弊を招きますが、慣れてない使い方で使いたくないのです。たとえるなら短距離選手が持久的な運動を嫌うようなものです。
さて、頭を使わないためにはどうすればいいでしょうか。自分が想定するやり方で周囲をコントロールする(というより想定外の他のやり方を許さない)ことがまず挙げられますが、これは立場や権力を持つ人にしかできません。そこでオートマトンです。
オートマトンとは自分の側で工夫を重ねることによって、タスクを統一的なやり方で扱えるようにします。また、可能なら自動化もしてしまって、そもそも自分で手を動かさなくても済むようにします。
統一化と自動化
統一化とはプロセスやフォーマットを絞ることです。自動化とは手作業を廃することです。
わかりやすいのは、戦略でいう Calendarer でしょう。Calendarer は予定もタスクも全部カレンダーにつっこんで、私はカレンダーにひたすら従うマシーンになりますとする戦略ですが、これはカレンダーという形で統一しています。その気になれば自動化もある程度できます。たとえば「Slack でブックマークしたメッセージを、カレンダーの 0:00 に追加する」との連携をつくった場合、Slack 上でタスクと判断したメッセージをブクマしたら、あとはカレンダーを開いて 0:00 に追加されてるものを適当に修正するだけです。カレンダーへの追加作業を手作業で行う必要はありません。
プロセスやフォーマットというと仰々しく聞こえますが、単に関係者にこのやり方でやりたいと合意を取ることも含みます。打ち合わせでいえば、定例会議はまさにこれです。毎回会議の開催を調整するのは大変ですから、だったら最初から定期的に確保してしまおう、たまたま参加できなかった場合は仕方ないですね追加のフォローはしません議事録を見てください、などと決めてしまうわけです。
ここまで他者との協調の前提で書きましたが、もちろん自分個人に閉じた話でも通用します。特に日頃から情報収集や振り返りといったナレッジワーク的な営みをしている人は、それらのために使う情報源を固定化したり、情報を集める下準備を自動化したりできるわけです。その結果、手作業だとあれこれ迷いながら 20 分かかっていたものが、統一的なやり方で 2 分で終わるようになったなどもよくあります。他にも安易に SNS やニュースサイトを浴びるのではなく、信頼できる人が集めた情報(キュレーターが集めた情報)だけを見るといったことも統一化の一例です。Menthas などキュレーターによる情報を集める部分を自動化したものもありますし、この分野はキュレーションサイトと呼ばれます。
統一化と自動化は、要は 仕組み化する と言えるでしょう。
仕組み化には頭を使うという皮肉
才能がある方は瞬発的な頭の使い方で仕組み化ができてしまいますが、珍しいと思います(だからこそ立場や権力や財力を得てパワーで無理やり統一させがちです)。
皮肉なことに、仕組み化を考えたり試したりするのに、まさに瞬発的ではない頭の使い方が求められがちです。頭を使いたくないからオートマトンでありたいのに、オートマトンであるためには頭を使わないといけないのですね。これを オートマトンのパラドックス とでも呼びましょう。
このパラドックスを打ち破るには何が必要でしょうか。有名な格言としてプログラマーの三大美徳があります。これは「怠慢」「短気」「傲慢」の三つから成ります。プログラマーはまさに仕組み化を生業とした生き物ですが、そうあるためには短気で傲慢な怠け者とのマインドセットが必要と説いています(いると思います)。そんな心持ちがあるからこそ、強い信念のもとに「怠けるための仕組み」を全力でつくりますし、つくるための鍛錬にも余念がありません。
オートマトンのパラドックスに打ち勝つためには、それくらいの強さが必要なのです。ちなみに、アナログな手段だと自動化できる余地も少ないためデジタルに頼らざるを得ないのですが、そのデジタルがまさに IT、プログラム、ソフトウェアであり、結局 IT スキルやプログラミングスキルと呼ばれるものと対峙することになります。
リジェクター
Rejecter、拒否家。
概要
拒否したいタスクをあらかじめ決めておき、そのようなタスクが来たら問答無用で拒絶します。
Minimize Negatives を地で行く
TODO リストの逆の概念として「やらないこと(Not TODO)リスト」なるものがあります。また、仕事術にせよタスク管理にせよ、優先順位付けの話や取捨選択、特に捨てることの重要性もよく説かれます。
一般的に言えば、ポジティブなことを増やす(Maximize Positives)アプローチと、ネガティブなことを減らす(Minimize Negatives)アプローチがあって、前者を求めがちですが、実は後者もあります。ネガティブを減らすことによって時間や精神を節約するのです。もっとも、何もかもを拒否していてはただの自堕落になってしまいますが、現代人は通常ネガティブを抱えすぎ、もっと言えば捨てるのが下手なので、通常は Minimize Negatives はやりすぎるくらいがちょうど良かったりします。
さて、リジェクターですが、このスタンスでは具体的に条件と行動を定義します。A が起きたら B をする、という形で定義するのです。これを 拒否ルール と呼ばせてください。単にやらないことリストにテキトーに書くだけでは定着しないので、じぶんルールとしてちゃんと拒否ルールを書くのです。
拒否ルールの例
拒否ルールの例は無数にありますが、いくつか取り上げます。
『見覚えのない人からのインターホンが来たら、居留守する』 性善説の方や優しい方は相手をしたくなるかもしれませんが、見覚えのない人は高確率でセールスや宗教勧誘ですし、稀に(一人暮らしの女性を狙う不審者など)悪意を持っていることもありますので、時間や安全を守るためにも問答無用で拒絶する、と決めます。それでもやりづらいなら「重要な要件なら後日尋ねてくるだろう」「電話など別の連絡手段を入れてくるだろうし、正当な相手なら私の電話番号を知っているはずだろう」など根拠を集めます。あるいは、最初に一言「営業ですか?」を聞くようにして、肯定するか渋る場合は問答無用で拒否する、とのルールを追加してもいいでしょう。ちなみに、ドアにセールスお断り、勧誘お断りの張り紙を設置することもできますが、こちらは仕組み化でありオートマトンの範疇になります。
『SNS で不快な物言いをする人がいたら、ミュートやブロックをする』 例として X を挙げますが、X には指定アカウントやキーワードを非表示にするミュートや、自分との関与自体を断ち切るブロック機能があります。対面の人間関係ですと、多少嫌なことがあってもある程度耐えねばならない(相手に気づかれないように拒絶したり離れたりするのが難しい)場面も多いですが、SNS は違います。リアルタイムで背中を見せるわけではないので、対面ほどやりづらくはないです。それでも(ブロックの場合は)相手からアクセスしてきた場合に気付かれる、など全く気付かれないとは限らないため慢心は禁物ですが、少なくとも対面よりはやりやすいため、積極的に使っても良いのです。特にミュートについてはキーワードやハッシュタグに対しても行えるため、人ではなく話題を対象にするという意味でやりやすいと思います。
『17時以降に通知が来ても、無視する』 夕方以降を穏やかに過ごすために、たとえば 17 時以降は通知を一切見ないようにするのもアリでしょう。といっても、単に心がけるだけでできたら苦労はしないので、何らかの仕掛けが必要です。毎日 16:50 に「すべての通知をオフにする」予定を、7:30 に「すべての通知をオンにする」予定を入れれば忘れずオンオフができます。一部のコミュニケーションツールには夜間の通知のみオフにする設定もあったりしますので、それを使ってもいいでしょう。また、スマホについて言えばタイムロッキングコンテナ なる商品もあったりします――と、工夫は色々ありますが、このような拒否ルールは「対象が来たら行動する」ができないので (そもそも対象が一時的にやってこないようにするための)仕組み化が事実上必要になります。つまりはオートマトンですね。
拒否ルールのマトリックス
例を3つほど取り上げましたが、一般的に言えば、以下のようにマトリックスで四分類できます。
| 反応的 | 予防的 | |
|---|---|---|
| スルーする | 1 反応的スルー | 2 予防的スルー |
| ブロックする | 3 反応的ブロック | 4 予防的ブロック |
まず対処としてスルーする(行動を起こさず無視する)か、ブロックする(行動を起こして相手に働きかける)かがあります。上記の例はいずれもスルーです。張り紙やミュートなどは働きかけに聞こえますが、直接相手に、というより仕組みを整えて間接的に備えているだけですのでスルーの範疇です。ブロックというのは、たとえばインターホンに出て「営業はお断りなのでお帰りください」と返したり、X で当人に「~~の話題は不愉快なのでやめてもらえませんか」と返信したりすることです。相手に直接働きかけています。
セオリーとしては、まずスルーを試します。これで済めば理想です。どうしてもダメならブロックに出ます。直接働きかけるだけあって疲弊しますが、これで済めばめでたしです。それでもダメなら自分から離れます。私はこれを Through → Tackle → Transfer ということで リジェクターの 3T と呼んでいます。なお、本当は何もせず様子を見たり我慢したりする Through と、こちらが折れて妥協して何らかの行動を取る Temporize の二つがあり、厳密には Through → Temporize → Tackle → Transfer の 4T です。ここでいうスルーするとは、Temporize のことです。つまり、
- Through(様子見・我慢)
- Temporize(スルー)
- Tackle(ブロック)
- Transfer(自分から距離を置く・逃げる)
となります。リジェクターは Temporize と Tackle を工夫することでタスクを拒否していくスタンスです。
次に、このスルーやブロックのやり方も二つあって、対象が来る度に対応する「反応」と、そもそも対象が来なくなるように干渉するか、あるいは来ても自動で処理されるように仕組み化する(こちらはオートマトンも使える)「予防」があります。一般的に予防の方がコストがかかりますが、対象が何度も来るようなら予防にしちゃった方が中長期的に見れば楽です。
自動化やドキュメント作成でも同じことが言えますが、どのタイミングで予防に踏み切るかはトレードオフの問題です。一方で、X のミュート機能などは、知っていればすぐにでも使えます。そういう意味で、予防は知識とスキルに左右されます。日頃から調べたり鍛えたりしておけば、予防もしやすくなります。特に普段使っているツールの設定はくまなく見ておくのがおすすめです。案外リジェクターとして使えそうなヒントがごろごろ眠っています。
フォーカシスト
Focusist、焦点者。
概要
直近注力するタスクのみに焦点を当て、それ以外のすべてを無視したり捨てたりします。
許可リスト的
リジェクターは拒否ルールを用意してそれらに従ってなるべく拒否するスタンスでしたが、フォーカシストは逆で、許可対象を用意してそれらだけに従う(それら以外を拒否する)スタンスです。前者はブラックリスト、後者はホワイトリストと呼ばれます。近年では差別的表現を避ける潮流もあり拒否リスト、許可リストと呼ぶこともあります。
以下に対応をまとめます。
- 許可リスト
- 呼び方は Allow List、Safe List、White List など
- フォーカシストはこちらの発想です
- 拒否リスト
- 呼び方は Deny List、Block List、Black List など
- リジェクターはこちらの発想です
フォーカシストのマトリックス
フォーカシストの運用は 4 種類に分類できます。
| 短期的 | 中長期的 | |
|---|---|---|
| タスクが対象 | 1 短期的タスク型 | 2 中長期的タスク型 |
| キャパシティが対象 | 3 短期的キャパシティ型 | 4 中長期的キャパシティ型 |
まず何にフォーカスするかとしてタスクとキャパシティがあります。タスクについては、アイビー・リー・メソッドが好例ですが、直近はこれらのタスクだけやります(それ以外はしません)、と決めてしまうことです。キャパシティについては時間ややる気や個数といった限界を定めて、それに収まるようにすることです。たとえばタイムボックスは、仕事の枠を 8 時から 11 時、13 時から 17 時と決めてしまって、その枠以外では一切仕事をしないようにします。少しわかりづらいですが、以下に対応を記します。
- タスク型では、「自分」に割り当てる「タスク」を制限する
- 例: 自分に割り当てるタスクをA,B,C,Dの4個に制限する
- キャパシティ型では、「行為」に割り当てる「資源(リソース)」を制限する
- 例: 仕事に割り当てる時間を8~11時と13時~17時に制限する
次にフォーカスする期間も分かれまして、短期的と中長期的があります。短期的とは一日以内のスパンでフォーカスするものであり、今日はこの 6 個のタスクだけやりますとか、今日の午前中は 8~11 時まで仕事します(仕事という行為に 8~11 時の時間を割り当てます)といったものです。明日や今日の午後どうするかはわかりません。一方、中長期的とは日単位以上に伸ばすもので、今週は毎日この 6 個のタスクしか相手にしませんといった考え方をします。
まとめると、タスク/キャパシティと、短期的/中長期的で計 4 つのタイプに分かれます。
どのタイプを使うかは状況次第です。どうしても終わらせたいタスクがあるならタスク型が良いでしょう。普段の処理能力や生産性に問題はないが体調やガス欠が心配であるならキャパシティ型が良いでしょう。つまりタスク型はブーストするためのフォーカスで、キャパシティ型はセーブするためのフォーカスです。期間については、まずは短期的に試すのが良いです。今日だけやってみるとか、午後だけやってみる等ですね。それで要領を掴めてきたら、中長期的に続けてみるようにします。とはいえ、現実は常にフォーカスし続けられるほど単純ではないので、短期的なフォーカスができそうなら差し込む、くらいがバランスが良いでしょう。
きれいにフォーカスできるのか
たとえばタスク型で A, B, C の 3 つのタスクにのみフォーカスすると決めた場合、厳密にこの 3 つのみに従い、他のタスクは厳しく無視する・捨てるべきでしょうか。
答えはイエスですが、実際はそう単純ではありません。もっと言うと「答えとしてはイエスだが、実際できるかはわからない」となります。
まず私たちには日常生活があります。いくら A, B, C の 3 つだけと決めても、食事睡眠排泄を含む一切をやらなくていいかというと、そうではありません。大部分をおざなりにすることもできなくはない(ですしそうするクリエイターやサラリーマンも珍しくない)ですが、長くは保ちませんし、寿命を削っているようなものです。そもそもそうして消耗すると、必ず集中力が切れて A, B, C 以外にも脱線します。一方で、生活に慣れている人・最適化している人・体力のある人は、身体的精神的負担ほぼ無しにこなせるでしょう。この人達は日常生活をタスクとは捉えていません。
次に方向性や視界の問題もあります。当初は A, B, C の 3 つが正しいと思ったからそうフォーカスしたが、実際やってみると実は D の方が重要だったとわかったりします。このときは当然 A, B, C に固執するというよりも、D を加えた方が良いですよね。
ここまでをまとめると、きれいにフォーカスする際の壁は 3 つあります。
- 1: 人間として体力的・精神的な限界があること(また時間やお金などの資源上の限界もあります)
- 2: 慣れているタスクの一部はささっとこなせるが、そうであるとは限らないこと。たとえば日常生活においてやることは意外とある
- 3: 方向性が違うとわかったり、視界が開けてきたりして、当初のフォーカス対象の正しさが変わること
もちろんフォーカシストとしてはなるべくフォーカスを続けたいし、(フォーカスのやり方が最適だと信じている立場なので)続けるべきなのですが、これら壁があるせいで実際はブレやすいのです。ブレを抑えるためには、壁を取っ払っていく――のは難しいので、壁の存在も踏まえてフォーカスする ことになります。
1 の限界については、自分の限界を知った上でキャパシティ型のフォーカスを使います。2 の慣れについては、慣れているタスクはカウントしないでいいですし、逆に慣れてないタスクであれば計上するべきと考えます。たとえば、あなたが引っ越した直後で、色々と慣れてない生活上の手続きや整備を行う必要があるとしたら、A, B, C だけやるんだとは考えずに、A, B, 引っ越し後の対応をやるんだ、にしておいた方が良いでしょう(C は諦めて引越し後の対応にフォーカスする)。最後の 3 については、対象として使うタスクや行為の粒度を粗くすることです。たとえば右記のような具体的なタスク――「英語の参考書の第一章を終わらせる」「ゴールデンレトリバーの子犬を飼うための調査」「チームで X さんと Y さんの仲が悪いのを何とかする」を掲げるよりも、「英語の勉強」「犬飼いたいので調べる」「案件を成功させるために」くらいで捉えた方が何かと融通が利きます。
盤外戦をする
タスクそのものの処理の仕方を考えるよりも、タスクの発生や抱え方の方に目を向けて干渉するスタンスです。
- スラキスト
- Slackist、余裕の確保と死守に専念します
- コンテキストン
- Contexton、タスクの文脈を知ることに力を注ぎます
- ミキサー
- Mixer、タスクをまとめて一気に処理しようとします
余裕、文脈、一括処理などアプローチは大きく異なります。
スラキスト
Slackist、余裕人。
概要
余裕の確保と死守が第一であり、タスクをやるかどうか・どこまでやるかといった判断は余裕と相談して決めます。
バッファとスラック
余裕にはバッファとスラックがあります。バッファとはイレギュラーに備えるためにタスクに対して意図的に確保する時間的余裕であり、スラックは時間的・精神的・経済的その他余裕全般を恒常的に確保すること、あるいはしたものを指します。
バッファの確保
バッファについては、たとえば一週間で終われそうなタスクがあった場合、普通は一週間後に締切や評価機会を設定すると思いますが、そうではなく二週間やそれ以上を設定します。
タスクが自分ひとりで完結する場合、自分が決めればいいだけなので問題にはなりません。強いて言えば、そのようなゆとり重視の生き方を自分が許すかどうかです。
問題となるのは他者が絡む場合です。協調にせよ提出にせよ、他者が納得する見せ方をしなければなりません。バッファを設けることをバッファを積むと言いますが、通常、バッファを積むと理由を問われます。あるいははっきりと告げなくとも「なんか長くない?」「もっと短くできないの?」と勘付かれます。このような追及を交わす必要があります。
工夫は無数にありますが、上記を例にしていくつか挙げます。
- 一週間時点で(本当は終わっているが)まだ 50% ですと中間報告する
- 努力の跡を目に入りやすくしてサボっていない旨を周囲に知らせる
- 例: 筆者は IT 企業のサラリーマンですが、仕事中の検討や成果は基本的に(機密範囲に基づいた範囲で)フルオープンにしています。また日頃から情報共有や議論や雑談もよくやります。周囲にはアウトプットが凄いとかメモ魔とかいった評価をされており、毎日毎日よく頑張ってるなぁと見えるわけです
- 思うように進行しない事情や状況を上手く説明する
- 仕事の状況を論理的かつ定量的に説明して説得する路線と、育児や介護や病気など個人の事情を持ち出す路線があります
- まずは一週間ください、など少し試してから次を相談するスタイルに持ち込む
- 単純なタスクでもなければ、やってみて初めてわかることも多いので、最初からそのつもりで望みます
- 期間は一週間でも二週間でも構いませんが、長すぎるとダレるし相手も気になって仕方がない、短すぎると報告の場が多くてうっとうしい、でバランスが重要です
- 一週間ごとに報告&次何をするかを決める、とサイクルにできればなお良しです(バッファを積むというより、一週間の期間に積むタスクの量をコントロールしやすいという話になりますが)
ここで重要となってくるのが、そもそもバッファを積むことを許される環境かどうか です。許されない場合、そもそもスラキストのスタンスは通用しません。仕事の性質により許されない場合と、組織や権力者の物わかりが悪くて許されない場合があります。筆者の持論ですが、バッファを積めるかどうかは、職場がホワイトであるかどうかの目安の一つだと思います。
スラックの確保
スラックを確保するためには、地道で継続的な取り組みが必須です。時間、精神、お金の三点を見ていきます。
時間
時間がかかるタスクをいかに抱えないかにかかっています。
仕事の文脈ではキャラクターの演出に帰着されるでしょう。たとえば毎日定時で退社する気難しい人や、育児、介護、その他マイノリティの告白などで「任せづらい」理由を見せている人などは、タスクの量は少なくて済みます。このようなキャラクターを演出できるよう、日頃から取り組む(場合によっては衝突する)わけです。もっともこれは解雇されづらい日本だからこそ通用しやすい話です。また日本であっても、器用に追い詰められたり、下手をするといじめられたりもします。一方的に主張すれば良いというものではなく、デメリットを補えるだけのメリットを示したいところです。
実は筆者もこのタイプで、会社が想定するチームプレイや実作業の要員としてはポンコツです。かわりに、管理されずとも自律的に報連相ができます(タスク管理も武器の一つです)し、他の人が避けがちな新規事業検討や新技術調査ができます、その上(出来はアバウトですが)行動やアウトプットも早いです。メリデメ両方があるわけです。加えて、業界や世の中の機運としても、変化していくことは必然で、組織としても悩んでいます。その結果、筆者には「後者寄りの新しい仕事を任せよう」「たまに進捗や結果を確認させよう」となるわけです。たとえば週に一度や数日に一度の報告用会議体を設定して、残りは自由に過ごせます。通常の社員が行っている慌ただしいチームプレイはほぼありませんし、朝会のような毎日レベルの管理もありません。それだと上手くいかないことや、そうしなくても上手くやれることがわかっているからです――と、これはあくまで一例ですが、自分と環境の双方に配慮した最適化を探っていくのが鍵となります。もちろん探っても一向に成功しないことがあり、筆者も苦労しましたしぶっちゃけ成否は運にも左右されます。通じない案件が来てしまう度に筆者は苦しんでいます。耐えられないほど慢性的に通じないなら、社内転職や社外転職など環境自体を変えるしかありません。
理想は優れたスキルを持っていて仕事を選べる立場になることですが、そうかんたんじゃないのでここでは想定していません。そうはいってもスキル、特に周囲と差別化できて役に立ちそうなものがあると便利ですので、日頃から鍛えておくことは重要です。筆者の例でいうと、アウトプットの早さやタスク管理はそうでしょう。本書を書いているのも、実はタスク管理という専門性で、より強い立場を掴みたいからです。それだけの力やポテンシャルがあることを示したいからです。
精神
メンタルロード(Mental Load) がかかるタスクをいかに避けるかにかかっています。
メンタルロードとは造語です。直訳すると精神的な荷物・負荷であり、頭の中で高頻度にちらつく不安や不満を指します。物価高いとか将来の年金どうしようといった持続的なものもあれば、A さんが私のメッセージにだけ返事返してないんだけどなぜだろうとか、さっき駅構内でぶつかってきたおじさんマジでうぜえわとかなど突発的に発生するものもあります。通常は突発的で、放っておいてもそのうち忘れますが、中にはしつこくこびりつくものもあります。イヤーワームをご存知の方は、同じようなものだと考えてください。
メンタルロードを抑えるためのポイントは 3 つで、内省と検査と廃棄です。
内省とは遠慮のない自問自答を指し、自分の本当の思考や性質を知るために自分に問い、それに答えることを繰り返します。頭だけでは難しいので、言葉にして書きながら行うのが良いです。嫌なこととも向き合うので非常に疲れますし、敏感な人など不調をきたして続行できない人もいます。その場限りの内省で気付けることはなく、通常は継続的に日記やノートの形で取りながら少しずつ気付いていく営みになります。
検査とは何らかの特性を検査することです。昨今で言えば ASD、ADHD など発達障害、IQ の微妙な塩梅を示す境界知能、LGBTQ などセクシャルマイノリティと、特性を示した概念や体系はそれなりに存在します。特性とは先天的または後天的に刻み込まれた「仕様」であり、変えるのはほぼ不可能ですから、いわば自身の性質として知っておくと便利です。特性上、これはできません、できないから頑張るまでもありません、という形で不向きなことを最初から回避(あるいは観念)できます。検査方法ですが、医療的な手段が用意されている場合はさっさと頼ります。性的指向など手段が確立されていない特性の場合は、能動的な情報収集やコミュニティへの参加などで悟りにいく必要があります。いずれにせよ、日常生活の狭い生活だけでは自覚しづらく、他者からの指摘も期待できないので、そのような概念や手段や場所があるのだという点を知れるかどうかが重要になります。もっと言えば、ありきたりですが日頃からいろんな情報に広く触れて、出会える機会を増やすことです。
そして最後に廃棄とは、内省や検査によって把握した「自分の特徴」に基づいて、メンタルロードの原因に対処を加えていくことです。対処とありますが、実際は 捨てる営み が求められます。何かをやめたり、環境から離れたりするのはわかりやすいですが、通院したり薬を手に入れたりする場合でも「腰が上がらない原因となっているプライドや食わず嫌いを捨てる」ことが必要だったりします。あるいはひとりでできないとわかっているなら、仲間なりパートナーなりが必要で、それを手に入れるための行動が必要で、ここでも人付き合いや金稼ぎに対する何らかの信念を捨てた方が上手くいくでしょう。また人間関係自体のメンタルロードが大きかったり、子供を持つことによるそれが明らかに許容外だとわかっているなら、人間関係や子供の養育を諦めた方が良いです(メンタルロード的には健全です)。
このように廃棄は、単に捨てることだと口で言うは易しですが、非常に難しいのです。子供の養育を諦める、と決断できる人がどれだけいるでしょうか。異性と親しくなる可能性を潰すために意図的に容姿や言動を醜くして遠ざける、との行動ができる人がどれだけいるでしょうか。スラキストとして精神的な余裕を恒常的に確保するためには、このくらいはできないといけません。廃棄という過激な選択は避けては通れません。このような過激な選択を行うために 選択に納得できるだけの自己理解――深い内省と検査が必要なのです。つまり内省と検査も避けては通れません。別に自己理解ができるなら方法は問わないのですが、内省と検査を経ないで至るのは筆者は不可能だと思います。あるいは至れたとしても、芸術など抽象的・非言語的に表現して発散するのが関の山ではないでしょうか。
と、強い主張を述べたことをお許しください。これはあくまでスラキストとして、恒常的に余裕を確保したい場合の話です。そもそもそこまでして余裕が欲しいか、には議論の余地がありますが、通常はそうではありません。子供の養育についても、幸せと苦労がセットになっていますが、それでも人は選ぶのです。人生、山あり谷ありと言いますし、人間もリズムで駆動していれば、世界は物理的にも波に支配されています。人間は波を好む特性なのかもしれませんね。そういう意味で、スラキストとは波に抗うスタンスとも言えます。「いや、別に山なんてなくてもいいから平坦であってほしいよ。特に谷を減らしたいんだ」というわけです。
お金
金銭的な余裕を確保するには物量と割り切りと生活水準のすべてでバランスを取ることが望ましいです。
物量があった方がいいのは言うまでもありません。貯金が 0 円なのと 1 億円なのとでは、後者の方が安心感が違います。貯金があると、いざというときにお金でササッと対処できるので、この手の心配事がなくなります。しかし、資産が多すぎると、それはそれで管理に意識が向いてしまって本末転倒です。保管や運用も必要ですので、信頼できる人に任せられなければ気の休まる暇がないといいます。またお金を稼ぐために手間暇かけすぎるのも(スラキストとしては)本末転倒でしょう。年収 400 万円で毎日 8 時間の暇があるのと、年収 4000 万で毎日 8 時間睡眠すら厳しいほど忙しくて休日も 2 週に 1 日しか取れないのとでは、前者の方が良いでしょう。あくまでスラキストとしては、ですが。
と、このようにお金はあればあるほど良いとは限らないので、どこかで割り切る必要もあります。年収 400 万でいいのか、1000 万くらいか、4000 万か、1 億か、それともそれ以上か――自分の価値観と能力との相談でしょう。一方で、すべてを自分で決めるのは苦しいので、資本主義的価値観に浸ってとりあえず上を目指すのが楽ではあります。宗教と同じです。ただ、何度も言うように、スラキストとしては余裕を重視するので、(恵まれていて労無くお金を増やせるのでなければ)あまりガツガツはしません。
もう一つ重要なのが生活水準でしょう。生活水準はいわば恒常的にかかるコストですから、水準が高ければ高いほどお金も必要で、そのお金のための活動も必要になり、余裕から遠のきます。かといって水準が低すぎると、それはそれで不便になってしまい、本人の優秀さや鈍感さがもろに要求されます。極端な話、ホームレスや生活保護やヒモで快適に過ごせる人もいますが、万人には真似できないでしょう。生活水準の厄介なところは、上げるのはかんたんなのに下げるのが難しいところです。
時間の項で挙げた子供もそうですが、一度手を出すと撤回しづらいものがあります。子供せよ、生活水準にせよ、やっぱやーめたと軽率にやめられないわけです。これを 不可逆要素 と呼ばせてください。スラキストは、スラックの確保という観点では、不可逆要素との戦いと言っても過言ではありません。
Minimize Negative 再び
そこまで余裕を求める理由は何でしょうか。
つまるところ、何にも縛られない自由な時間を愛しているからだと思います。その自由を何に使うかはその人次第です。ゲームや読書かもしれませんし、スポーツかもしれませんし、散歩や DIY かもしれません。家族やペットとのんびりするだけでもいいですし、別に寝転がってスマホやテレビをダラダラ見るのでもいいでしょう――と、使い方を見ても人次第としか言えないので本質には迫れません。
どちらかといえば「嫌なこと」や「嫌なことが起こり得ること」を回避したい、という消極的な動機が強いです。前述しましたが Minimize Negative ですね。FIRE(Financial Independence, Retire Early)がもてはやされているのも、労働という「ネガティブの根源」を丸ごとなくせるからです。自己実現とか成長とか野望とかそういったものよりも、ネガティブを根絶できることの方が重要なのです。精神の項でスラキストは波に抗うスタンスと書きましたが、筆者はこれを フラティズム(Flatism) と呼んでいます。平坦で静かな人生でいいよ、というわけです。
余裕も持て余しすぎると病む
スラキストも人間であり、人間は持て余しすぎると病みます。
書籍『暇と退屈の倫理学』 では、人間は元々遊動生活民であり狩猟や移動を伴う慌ただしい生活をおくる生き物だったが、農耕により定住生活民への移行に成功。しかし回路は遊動的であり、定住では使い切れないため今度は持て余すようになり、暇と退屈が問題となった――のようなことが書かれています。筆者もそう思います。人間のメカニズム自体が遊動的で、だからこそ持て余してしまい、これに対処するため様々な宗教や文化が生まれたのでしょうし、この流れは現在も変わりません。
現代の変化の早さと情報の密度は言うまでもなく、むしろ過剰ゆえに、いかにセーブするかというカウンターも色々提唱されていますよね。スラキストもその一つです。だからといって余裕を確保できたら、今度は遊動的ゆえの持て余し問題に回帰します。スラキストはこの問題とも向き合わねばなりません。
筆者もまだ解は知りませんが、その人その人にあったやり方以上に、人間の仕様に則った活動もある程度は行うことが必要ではないかと考えています。たとえば人は孤独感が強いと生理的に警戒態勢になりますが、その間、心肺に負荷がかかります。慢性的な孤独感が強いと、慢性的に負荷がかかっているようなものであり、健康上よろしくありません。孤独は1日15本の喫煙にも等しいとのキャッチーな言い回しもあります――と、少なくとも孤独感の解消は何とかしないと危なそうですよね。他にも考慮すべき事項は多数あります。
同書では退屈の第二形式を勧めています。これは何らかの場に参加して一応気を紛らわせてはいるが、それなりに暇であり、色々思うところがあって悶々としている状態です。これが(程々に潰せている上に思考もできていてバランスが良いので)一番マシだと説いています。ちなみにその他には第一形式と第三形式があり、第一形式は状況に急かれていて思い通りにならない分が「待ち」になるというものです。第三形式は「なんとなく退屈だ」的な空虚であり、仕事中毒や自分探しに陥りやすい(そして無事対象が見つかると第一になる)とされています。
他には、Twitter でバズったネタですが、イギリスにはオールドバチェラーと称されるあり方があるそうで、元ツイートを引用しますと、
独身おじさん友達いないの件。英国ではそういう人はオールドバチェラーと称され、"With a dog and a few good books" をなかば合言葉としてカントリーサイドで楽しく暮らす場合が多いようです。ワンコとお気に入りの本数冊こそ最高の友という発想です。
スラキスト的にスラックを担保しながらも、犬という生物を飼うことで孤独感を和らげる、触れ合うことでオキシトシンを分泌する、散歩により健全な生活リズムになるといったカバーができていて、なかなかバランスが良さそうに聞こえます。
と、雑多な紹介になってしまいましたが、スラキストは余裕が手に入ったら終わり、ではないのです。むしろ手に入ってからが本番です。この営みができない人はスラキストには向いていませんし、向いてない人はおそらくまた慌ただしい仕事なり何なりに飛び込んでいきます。成功者が常に忙しくしていたり、無駄に散財したり目立ちたがったりするのも、結局暇が嫌だからではないでしょうか。
タスク管理というよりは人生哲学
スラキストについて解説してきましたが、タスク管理というよりは、もっと上位の目線に立っていることがおわかりいただけるかと思います。このように、タスクそのものをどう処理・管理するかではなく、その上位の目線で、そもそもタスクが発生しないように動くことを盤外戦と呼びました。
コンテキストン
Contexton、文脈家。
概要
タスクに安易に飛びつくことを良しとせず、タスクのコンテキスト(文脈)を収集・理解することを重視します。
解釈する者
コンテキスト(Context)とは、和訳すると文脈です。前提、背景、周辺情報といった言い方をしても良いでしょう。
通常は仕事にせよタスク管理にせよ、発生したタスクは基本的に「やることが確定したもの」であり、(優先順位は考えねばなりませんが)疑うことなく処理すべきものです。コンテキストンはそれを良しとしません。タスクには文脈があるはずであり、それを知り、尊重することが真の価値につながっていくと考えます。文脈がわかれば納得感も出ますし、優先順位の判断――特に今やらなくてもいいとか、どうせこれ以上考えてもわからないからさっさとやってみようとかいった判断もしやすくなります。
ここまでだとコンテキストンは文脈を探る、さしずめ探偵のようなイメージを思い浮かますが、違います。本題はその後で、把握した文脈を踏まえた上で何らかの解釈(そして行動)を行ないます。行動するところまでがセット であり、コンテキストンの本懐でもあります。文脈を知って楽しみたいだけの観察者ではなく、タスクと向き合っていきたいのです。そのスタンスが「文脈をちゃんと踏まえてから動こう」「文脈は一瞬ではわからないことが多いからちゃんと見よう」というだけの話です。
ちなみにコンテキストンは新規事業との相性も良いです。新規事業や業務改善など創造的な営みには(参考はあれど)正解が無く、初手を打てる程度に文脈をさっさと集めて、あたりをつけて、さっさと行動することが求められます。それでまた色々情報が得られるので、文脈として追加で解釈して、また行動して――を繰り返します。仮説検証とも呼ばれますが、仮説とは暫定的な文脈とその解釈に他なりません。調べるべき文脈がそもそも「無い」ので、暫定的に定めて、試してみることで何とか生み出そうとするわけです。特にそのサイクルを高速で回さないとらちがあかないためスピードを重視します。一見するとコンテキストンには見えませんが、文脈を重視するからこそ、その導出に力を注ぐわけです。
日本との相性は悪いのでゲーマーになる
日本では文化的にハイコンテキストなコミュニケーションを行ない、包括的思考といって周囲の誰が何を言っているかをよく見る傾向もあります。皆がそう言っているのだからそうでしょ、というわけですし、その「そう言っている」も明示的に示されているとは限りません(ハイコンテキスト)。
コンテキストンはこのようなあり方とは相性が悪いです。文脈をはっきり探りにいく点はハイコンテキストに逆行しますし、理解した文脈に基づいた判断や行動も、周囲によって形成された暗黙の了解とはズレがちです。むしろ問題児と扱われるでしょう。
そういうわけで、現実的には露骨な行動はせず、場を乱さないようにこっそりと把握しながら、こっそりと行動に反映していくことになります。微妙な制約を踏まえながら動く様はまるでゲームであり、コンテキストンとはゲーマーと言えるかもしれません。
たとえば根回しという形で水面下で攻めていったり、飲み会に参加して飲みニケーションの形で本音を聞き出したり(文脈を集める)します。これらは日本文化におけるセオリーであり、従えるかどうかが勝敗の分かれ目となります。ゲームは勝ち筋をちゃんとなぞれるかどうかがすべてですが、同じことなのです。文脈を知れたら勝ったようなものだ、あとはどうとでもなる、ではないのです。むしろ文化的制約に従うことの方がはるかに重要です。
ノートテイキングの重要性
タスクの文脈を把握した結果、「今すぐはやらない」と倒すことも多いです。しかし、その場で判断しただけですと、次はいつ思い出せるかわかりません。あるいはそのタスクを思い出せたとしても、当時の文脈や判断までは思い出せないかもしれません。脳内だけでは限界があります。この限界を越えられないと、タスクが溜まって形骸化するか、あるいは溜めるのは性に合わないと判断して「今を生きる」系の生き方、特に目先のタスクを消化しまくれば済む作業的な生き方になりがちです。
越えるにはどうすればいいでしょうか。ノートテイキング、つまりはノートを取ることです。
戦略の章では話題で区切るとして Issuiest や Topician を紹介しましたが、タスクとその文脈を律儀にノートに書いておくのです。かつ、このような営みを続けます。そうすることで何十、何百、下手すれば何千ものタスクとその文脈、そして自分がどう判断したかといった情報が貯まっていき、第二の脳になります。忘れても見れば思い出せます。どうせ全部に取り組むのは無理ですが、脳内だけに頼って何もできないのと、ノートに頼ってまがいなりにも処理していけるのとでは全然違います――と、まるで人生のすべてをノート化するかのような言い方をしましたが、もちろん限定的な適用もできます。毎日日記を書いたり、たまに読み返したりするだけでも違いますし、仕事の案件 A についてのみノートを取るだけでも(A については)違うでしょう。
現代は何かと慌ただしいですし、多様性も進んでいて「自分の生活や考え方も尊重しやすい」時代です。その分、考えることも増えますし、一方で人間のキャパシティなどたかが知れていますから、一度にできることは限られていて取捨選択が要ります。文脈を把握したところで、今すぐ生かせるとは限らないのです。だからこそ外部に保存して、第二の脳として蓄えていく必要があるのです。そうしないと前述したとおり形骸化するか、今を生きる他はなくなってしまいます。
わかりやすいのは医者でしょうか。患者ごとに記録を取ってますし、経過も取りますよね。言わば患者ごとの文脈をノートに取っています。そうしないととてもじゃないですが覚えていられません。コンテキストンは、同じことをタスク全般に対して行うようなものと言えます。
コンテキストンのようでコンテキストンでない者
よくある勘違いが エセコンテキストン です。
じっくりと対話や交流に時間をかけるタイプの人がいますが、この人達がコンテキストンであるとは限りません。特に関係者の感情を把握したり、少しずつ変えに行ったりしようとする行為はただのひとたらしにすぎません。この人達は非言語情報を駆使します。その性質上、対面と口頭によるコミュニケーションを重視します。この力を極端に悪用したものの一例がカルトや詐欺です。
感情も文脈の一つではないか、といわれると、一応イエスなのですが、それだけではありません。文脈とは情報であり、言語的で論理的なものです。情報と言語をもって文脈はこうだよね、と明らかにして、文脈がこうだから行動としてはこうするのが良さそうだよね、と繋げていくのです。ここを避けて、単に感情の制御に帰着させるのは、コンテキストンの風上にも置けない、まがい物にすぎません。
私たちは人間であり、人間は感情的な生き物で騙されやすいので、エセコンテキストンに騙されてしまわないよう注意が必要です。「この人はちゃんと文脈を把握しようとしてくれている」とか「文脈を知りたい私にちゃんと応じてくれる、ありがたい人だ」と信じる前に、本当に文脈を見ている・出してくれているのか、エセではないかをしっかりと見定めたいところです(※1)。
- ※
- 1 一方で、ホストなどまさにエセコンテキストンを生業とする職業も多数存在します。個人で適度に浸るのは自由ですが、タスク管理の文脈では悪手、というより搾取でしかないので避けたいところです。こう書くと、自分には縁がないと思われるかもしれませんが、感情的に制御しようとするエセコンテキストンは意外と多くいます。まともに付き合うと時間の無駄なので、程々にしましょう。一方で、そうすることでしか信頼関係を育んでくれないパターンもあり、難しいところです。
ミキサー
Mixer、一括家。
概要
複数のタスクをまとめて一気に処理しようとします。
束ねるか仕込むか
ミキサーは主に二通りあります。
一つは関連するタスクを束ねた上で一気にこなすことです。目的はスイッチングコストの最小化であり、要は頭の切り替えを最小限にしたいのです。行動としては、たとえば午前中はクリエイティブな仕事をして、午後は雑務とコミュニケーションをして、夕方以降は人と会う用事とその準備をして――という風にタスクをグルーピングして時間帯に当てはめます。行き過ぎると家事や運動、読書やネットサーフィンといったこともそうします。家事は空いた時間に少しずつ行う人も多いと思いますが、ミキサーはそうではなく、昼休憩でご飯食べた後に残り時間いっぱいまでやる(リモートワークの場合)とか、日曜日の午前中にやるなどと決めます。
もう一つは「得られるものが大きい機会」を積極的に探して、そのための準備に手間暇をかけることです。普段地方に勤務している人が 2 ヶ月ぶりに東京本社に行く場合、都会でしかこなせないようなタスクも洗い出して、当日いつ何するかも設計します。時間が足りないようなら自費覚悟で滞在を延長するとか、休暇を入れる(それよりも土日にくっつけるのがてっとり早いですが)とかいったことも厭いません。イメージはまさに旅行です。得られるものが大きいので、準備もしっかりします。他には「イベント」もそうでしょうか。資料つくって共有して済ませるのではなく、わざわざイベントなる場を企画して、宣伝もして、本番に向けた準備や根回しも余念なく行っていきます。
したがってミキサーの思想は以下の二つです。
- 頭の切り替え(コンテキストスイッチング)はできるだけ抑える
- 然るべき場で一気に処理することこそが最善
また、ミキサーの過ごし方には「本番」が登場しがちです。ミキサーは一括でこなすということで一括家と書きましたが、本番を設けてそこに全力投球するという意味では本番家とも言えるでしょう。
ミキサーは割と常に束ねる・仕込む
上述した営みはミキサーに限らず、割と誰もが行うことではありますが、ミキサーはこれを割と常に行ないます。スタンスというくらいですので、黙っていても自然とそうします。一見するとすぐには動かないので、外から見るとノロマに思われがちです。
だからといってミキサーが何もしてないかというとそうではなく、旅行における旅行計画や各種手配と同様、行動はそれなりにしています。というより、トータルで見ると、安直にタスクをこなす人達よりも多くの行動をしています。オートマトンの項にて、オートマトンのパラドックスに打ち勝つにはそれなりの強さが要ることを示しましたが、ミキサーも同様で、強い信念――上述した思想に関する強いこだわりを持っている事が多いです。
この点も旅行がわかりやすいです。旅行が趣味の人は息するように準備を余念なく行ないますし、旅行先でうまくやるための鍛錬(たとえば言語の勉強)も惜しまなければ、日頃から次はどこに行こうか何食べようかとアンテナを張っていて感度も高いです。本人は下手すれば自覚していないくらいに当たり前に行動していますが、他の人から見ると相当頑張っているなぁと見えるレベルの行動をしています。ミキサーも同様です。
最高の体験がしたい
ミキサーの根源は体験にあると筆者は考えます。
何かを手に入れたいというよりも最高の体験がしたいから、その準備や演出を重視します。旅行やイベントはわかりやすいですが、個人的な仕事においても同様で、たとえば「午前は冴えた頭でクリエイティブな仕事がしたい」「愛用のデスク環境に囲まれて、コーヒーを嗜みながらつくる」「その前に早起きして、朝日も浴びて身体のスイッチを入れる」といったこともミキサーです。午前中にクリエイティブな仕事を一気にこなすためにあれこれ頑張っているわけですが、単に生産性を最大化できればいいというわけではなく、過ごし方も重視しています。
まとめ
- スタンスとは
- タスクをどうこなすか
- 戦略はどう扱うかという管理の話だが、スタンスは処理の話
- ===
- 抱える量を減らす
- 例: 人に任せるデリゲーター、その場ですぐ処理するスプリンター、先送りをするスキッパー
- 人に任せる立場、すぐ処理できる行動力と性能、先送りに確信を持てる計画性とメンタル、など能力的な適性が求められます
- 省力化する
- 例: 仕組み化するオートマトン、拒否ルールに従うリジェクター、注力対象以外を無視するフォーカスト
- 処理そのものを省力化するか、処理対象の選別(特にやらないものの判断)を省力化します
- 「省力化を手にするためには、一時的に省力化とは無縁の努力をする必要がある」とのパラドックスこそ手強いですが、やり方や適用対象には比較的融通が利きます
- 盤外戦をする
- 例: 余裕を死守するスラキスト、文脈を知りに行くコンテキストン、一気にこなすミキサー
- タスク管理というよりも人生哲学の話に寄っており、一貫した行動を継続的に行える信念が求められます