本書ではパートナータスク管理について軽く取り上げます。前章と同様、筆者なりに整理することで、読者が何らか気付きやヒントを得ることを目指します。
パートナータスク管理
パートナータスク管理 とは、パートナーと共同で行うタスク管理を指します。パートナーの定義は深追いしませんが、ニュアンスとしては夫婦や親子などです。「恒常的に一緒に暮らしている」「親密な」「少人数の」間で使われるタスク管理、とでも言えるでしょう。筆者は「家族」、特に夫婦やカップルなど 2 人組をイメージしていますが、同棲やシェアメイト、あるいは子供を含めたりポリアモリーだったりと 3 人以上のあり方にも当てはまるかもしれません。本章では以後パートナーを「2 人組」のニュアンスで使いますが、適宜読み替えてください。
パートナータスク管理で扱うタスクは日常生活全般です。家事や育児は典型的なタスクですし、引っ越しや旅行といったイベントの際にはどちらが何をするか、いつまでにするかといった分担も行うでしょう。もしかすると同じ会社に勤めるとか自営業など同じ仕事をしているケースもあるかもしれませんが、それはプロジェクトタスク管理の範疇であり本章の対象外です。パートナータスク管理は、あくまでも日常生活の延長でタスクを管理します。
ファミリア・デバフ
そもそもパートナータスク管理は成立からして難しいところがあります。
ここまで見てきたとおり、タスク管理は面倒くさいものですし、やり方に考え方にツールにと要求するスキルとリテラシーも多いです。誰もができることはでありませんし、何ならできる人であってもやりたくないのが本音です。一方で、厄介なことにパートナー相手であれば怠惰は許されます。遠慮は要りませんし、そもそもそういう間柄だからこそパートナーになれているのです。
したがって、タスク管理に必要な「面倒くさい諸活動」はパートナー相手だとサボりがちになり、そもそも成立しづらいということが起きます。自分の仕事や専門性をパートナーに見せない人は多いと思いますが、それは親しい相手だと高度なトピックスや面倒くさい事柄が通じにくいと体感的にわかっているからです。これを筆者は ファミリア・デバフ と呼んでいます。親しい間柄にかかるデバフ(弱化)です。
ツールの変遷
パートナータスク管理で用いる手段――ツールはどのように変遷してきたのでしょうか。たしかな研究はないと思いますが、筆者の考察を述べます。
元々は口頭と電話でした。基本的に同座しているときに口頭で要件を伝えつつ、同座していない場合はスポットで電話をするという原始的なスタイルです。これは誰でも自然に取れるやり方ですが、ただのコミュニケーションであってタスク管理ではありません。当然ながら管理できることも非常に限られます。言った言わなかったが多発しますし、何でもかんでも伝えると鬱陶しくて、喧嘩するか、あるいは伝える側が我慢することになります。
次にポケベルやメールなど、テキストメッセージをやり取りする手段も台頭してきましたが、これも電話と本質的には変わりません。そもそも IT 音痴の人は文字入力ができず意味がありません。
流れを変えたのは LINE とスマホの存在だと筆者は見ています。メールよりもはるかに素早くメッセージを交換でき、スタンプにて高速かつ多様なリアクションも行えました。またスマホの普及により時代としても IT が使える人が増えてきて、手段として日常に入り込んできました。LINE を使うことで、タスクに関するやりとりも色々と行いやすくなったのです――とはいえ限界があります。たとえば、LINE を「自分のペースで好き勝手に送ってもいい」「各自が空いた時に見て返事すればいい」手段として使える人、つまり非同期的な手段として使える人は意外と少なくて、通知が来たらすぐ反応する人の方が多いでしょう。特に現代人は SNS の影響で通知に反応する体質になっていますし、そもそも非同期的な考え方は(前項「専有の管理」でも見たとおり)高度なものです。結局、これも口頭や電話の域を越えられません。
口頭と電話、メール、LINE。どれもコミュニケーションツールですよね。コミュニケーションツールだけでタスク管理を行うのは難しいのです。どうすればいいのでしょうか。
ライフハッカー、エンジニア、デザイナーなど高度なスキルを持つ夫婦が試行錯誤を始めます。本格的に目をつけられたのは Slack だと思っています。Slack は Microsoft Teams のような「ビジネスチャット」の一種ですが、Teams よりも先発で、元々はエンジニア向けの軽量でカスタマイズ豊富なチャットツールでした。LINE と異なるのは、チャンネルという形で用途別の部屋を自在につくれることやメッセージの検索が行いやすいこと(そもそも SLACK は Searchable Log of All Conversation and Knowledge の略です)、また連携機能により色んなサービスからの情報を流し込めて情報ステーションにできることです。リマインダーやブックマークといった機能もあります。タスク管理のポテンシャルがありそうです。特に情報の保存ややり取りに便利で、たとえば旅行したいなら旅行計画用のチャンネルをつくって、そこで調べ事を共有したりすればいいわけです。このようなあり方は 夫婦 Slack や カップル Slack と呼ばれたりしました。また、あまりに便利なのでひとりで使う ひとり Slcak もありました。同様の使い方は Discord でもできます。Slack との違いはボイスチャットの品質ときめ細やかな通知だそうです。
そうしているうちに、いつの間にか専用のアプリも登場するようになりました。
これらアプリはパートナータスク管理の本質を突いています。たとえば「カレンダーで俯瞰できる」「個別のタスクにアクセスできる」「個別のタスク上でチャットができる」などです。使いやすさが確保されていますし、パートナーの営みでもある「やりとり」の要素もあります。それもタスク単位で行えるので話題が混線しません(LINE だと場所が一つしかないので混ざりますよね)。タスク管理を知らない人でも比較的使いやすく、役に立つのです。
パートナータスク管理の3C
ここまででパートナータスク管理の本質が朧気ながら見えてきたと思います。改めて整理します。
本質は 3C で捉えることができます。
名前 | 解説 |
---|---|
Chat per Task | タスクごとのチャット(やり取り) |
Calendar View | カレンダーによる俯瞰 |
Concept | 細かいコンセプトで差別化 |
タスクごとのやり取り
すでに述べたとおり、パートナータスク管理には「パートナーなので気軽にやりとりできる」「でもやりとりだけだとタスク管理できない」「かといって遠慮も要らないし仕事でもないので、いちいち面倒くさいタスク管理なんて基本的にしたくない」との微妙な機微が存在します。
これを満たせるのが Chat per Task で、タスクごとにチャット(などやりとりを行う場)を設ける、というバランスです。
タスクの粒度――細かさはパートナー間で決めればいいでしょう。たとえば修理した時計を引き取ってほしい場合、
- 粒度が細かい場合
- 「時計を引き取りに行く」タスクを新たにつくる
- 多少粗い場合
- 「2024/05/20の週」タスクでもつくっておいて今週はここを見るようにしておいたとする
- その前提で「時計できたみたいなんで取りに行ってくんない?」などとチャットを撃つ
などとなるでしょう。最も粗いのが LINE のように「場が一つしかない」パターンですが、これだと日常の複数のタスクを扱いづらいですし、過去の情報も探しづらいです。かといって、用件一つごとにタスクを新しくつくるのもやりづらいかもしれません。どの程度の粒度がいいかは対話しながら探りましょう。
カレンダーによる俯瞰
タスク管理のタの字を知らない人でも、カレンダーなら知っていると思います。とても馴染みのある概念です。だからこそわかりやすくて、使いやすい。
仕事でデジタルツールのカレンダーを使っている方は多いでしょうが、パートナータスク管理でも使えます。二人共用のカレンダーがあって、ここに共同で予定を書き込むのです。スマホから使えるのでいつでも見れます。自分の予定が見えるのはもちろん、パートナーに予定を見せることもできます。お互い何をしているか(するつもりなのか)がわかれば、先回りして配慮できます。タスクの可視化は、思いやりのためにも重要です。あるいは「外せない時間があるなら予定として入れておけ」「入れてなかったら割り込めると解釈するからな」とルールを決めてもいいでしょう。ビジネスライクに感じるかもしれませんが、親しき仲にも礼儀ありともいいます。礼儀を確保する端的なやり方はルールをつくることです。
細かいコンセプトによる差別化
パートナータスク管理の正解は一つではありません。理想は自分達で模索することですが、仕事ではないゆえにそこまでの努力はしづらいでしょう――というわけで、パートナータスク管理ツールの出番です。ツール開発者は「私たちのツールはこういうコンセプトですよ」とアピールをして利用者を集めます。利用者としては、自分達に合ったものと出会えれば良いですね。
いくつか例を出すと、TimeTree は「予定の共有と相談」を謳っておりカレンダーにフォーカスしています。予定が多いパートナーや、カレンダーに慣れている人には助かりそうです。Cross は ToDo 共有アプリを謳っており、カテゴリやリマインダーや期限などタスク管理としての機能が強かったり、ライフイベントに備えた「やることセット」も拡充しています。(カレンダーもありますが)こちらはタスク単位で捉えたい方には使いやすそうです。家事の名はやYietoのように家事を見える化して(家事と)戦いやすくするものもあります。
その他にも色んなアプリがあります。現時点でパートナータスク管理なるジャンルは存在しませんが、共有アプリや家事分担アプリという言い方はすでに見られます。潜在的にもニーズは多そうですし、今後も盛り上がる余地はあるでしょう。筆者としては、アプリ好きなどマニアックな人以外のマジョリティでもかんたんに使えるデザインを上手く実現できたら、一気に広まる気がします。
盤外戦の重要性
盤外戦
盤外戦 とはタスク管理以外の周辺で何らかの働きかけを行うことを指します。
たとえば「そもそもなんでこんなにタスクが多いんだっけ?」と考えてみたり、タスクを増やしている原因を潰しに行ったりするなどが当てはまります。パートナータスク管理で言えば「話し合いの時間を設ける」が最もわかりやすいでしょう。要は、目の前にあるタスクに取り組むことのみを正義とするのではなく、タスクそのものを疑います。
パートナータスク管理は盤外戦にかかっている
パートナータスク管理は、というよりタスク管理全般がそうなのですが、実は盤外戦にかかっています。盤外戦を行わないと、日々忙しいタスクに忙殺されるだけで終わってしまいます。偶然状況が好転すれば救われますが、そうでなければ最悪壊れてしまいます。昔は精神論や根性論が美徳とされていましたが、もうそんな時代でもありません。
しかし、私たち人間には怠け者であり「目の前のタスクと向き合う方が楽だしなぁ」と思考停止しがちな心理があります。パートナー相手となれば遠慮も要りませんし、仕事じゃないので怠惰も正当化しやすいです。ファミリア・デバフはすでに述べたとおりです。もちろん、お互いに良い年をした大人であり、それなりに忙しくもある――というわけで、忙殺に耐えるシチュエーションはよく起きます。本当によく起きます。前章では反応的状況としてその一部を解説しました。だからこそ、意識的に盤外戦を行っていかなくてはなりません。
盤外戦を取り入れるには
では盤外戦をどのように始めればいいんでしょうか。
答えは単純で、盤外戦用のタスクを管理します。最も単純なのは思考や対話の時間をつくることで、パートナーに決して割り込まれない・割り込ませない「ひとりになれる時間」をタスクとして確保するとか、二人で話し合う時間を確保する等です。すでに諸悪の根源が見えているのなら、それを潰すためのタスクをつくっても良いでしょう。重要なのは、なあなあやテキトーにせず、タスクや予定としてきちんと定義すること です。私たちは外から降ってきたタスクは比較的素直に処理しますが、自分たち主導で何かを行おうとなったときには途端に腰が重くなります。だからといって腰を上げないと盤外戦はできないので、上げないといけません。とにもかくにも、まずはここからです。
以下のマトリックスを見てください。スタートラインに立つために時間の捻出が必要ですが、読者でパートナータスク管理を行ないたい・行っている方は、どこを確保できるでしょうか。あるいは確保したいでしょうか。
ひとりで考える時間 | 二人で話し合う時間 | |
週に1時間 | 1 | 2 |
数日に1時間 | 3 | 4 |
最低ラインは週に1時間です。まずはここを目指してください。ここさえもできないという場合、そもそもそんなビジーな状況(あるいはパートナーとすり合わせられない状況)が論外ですので、何とかして捻出してください。事情は人それぞれですし、特にビジーな当人からすれば苛立つかもしれませんが、盤外戦をしたいのであれば時間の捻出は必要です。捻出するかどうか、それだけです。
ひとりで考えるか、二人で話し合うかについてもパートナー次第でしょう。現代は対等を重んじる価値観に寄っていると思いますので、話し合う方を目指したいかもしれません。一方で、どちらか片方に考えてもらって、他方はそれに従ったりコメントしてフィードバックしたりといった補完関係もアリです。また盤外戦の内容によっても変わってくるでしょう。
イメージとしてはデートあるいは会議です。ひとりの場合はひとりカラオケ、ライブ、整体やジムやエステといった通い事を思い浮かべてください。盤外戦にしても同じことをします。カジュアルに寄せるか、ビジネスライクに寄せるかも人次第です。前者に寄せすぎて思考や対話がおろそかになるのもいけませんし、後者に寄せすぎて盤外戦タスク自体が苦痛になってもいけません。楽しく、長く続けられるようなバランスを開拓したいところです。
そうして時間を捻出できたら、次は何をするかです。対処すべき事項が見えているならそれをすればいいですが、見えていないのなら、まずは見える化から始めます。方法は色々ありますが、アイデア出しや反省会、あるいは相談のようなテイストになります。いくつか挙げます。
- フリーライティング
- 思いついたことをそのまま文章で書き殴ります
- ひとり用です
- スキャン&ライティング
- 部屋を隅々まで順に見て回る、月曜日の朝から日曜日の夜まですべての時間帯を思い浮かべる、一日の行動範囲を地図ベースで全部辿ってみる、など「スキャン」をします
- その過程で思いついたことは何でも書きます
- ひとりで行うか、各人で行ったものを持ち寄るのが良いです
- トピックトーク
- 1: 「~~について~~と考えている」のような話題を一つ決めます
- 2: その話題について話し合います
- 3: きりのいいところでクロージングします
- クロージングとは「次は(誰)が(何)をする」か「保留」のどちらかを決定することです
- 1~3 をぐるぐるまわします
- 二人で行ないます。話題決めは交互に行ってもいいですし、思いつかないなら片方が連続して出しても構いません
- ベストスリー
- お互いに「言いたいことベスト3」を持ち寄り、交互に一つずつ出して話し合います
- オフィスアワー
- 片方が「なんでも相談していいよ」時間をつくり、他方が訪問するという体での相談会
- 元は大学の先生が学生に対して行うものですが、パートナーでも使えます
- 相談役と先生役など、大げさなロールプレイを心がけると頭の使い方が変わって捗ります
- ディープハグトーク
- ベッドなどでぎゅっと抱き合いながら、盤外戦に関する話をします
- 深く抱き合う(ディープハグ)がポイントで、オキシトシンの放出、体温と鼓動の同期、相手の存在を肌で感じることによる配慮の意識、といった作用により落ち着いた対話が可能だと考えます
- 服か裸かは問いませんが、ムラムラしては本末転倒です。また臭いなど不快感が勝ると集中できないので、必要なら事前に風呂に入るなどの準備もはさみます
と、横文字のいかにもな方法を挙げましたが、方法は問いません。大事なのは盤外戦について建設的に考えたり話し合ったりすることです。何もせずできるならそれでいいですし、できないのならやり方なり刺激のかけ方なりを工夫して何とかして集中して望めるようにしてください。
トーカビリティ
ここまで本章を眺めてきて、「そもそもそんなじっくり話し合えたら苦労しない」と考えた方がいらっしゃるかもしれません。これはそのとおりで、身も蓋もないことを言うと そもそもパートナータスク管理を行えるだけの素養を持つ人の方が少ない です。
一つの目安としては、ちゃんと対話を行うための時間を定期的に設けられるか。また、それを受け入れ、実施できるだけの素養があるかどうかにかかっています。これを トーカビリティ(Talkability) と呼ばせてください。トーカビリティが高いなら可能ですし、低いなら難しいでしょう。そういう意味では、パートナータスク管理を行ないたいなら そもそもトーカビリティの高いパートナーであることが必要条件である とも言えます。
トーカビリティは仕事の場だと高くなり、私生活の場だと低くなる傾向があります。オンとオフを切り替えている人も多いですよね。つまりトーカビリティが低い人は、家庭だから低いだけであって、潜在的には高い可能性があります。この場合、私生活においてビジネスライクなやり方を意図的に採用することで、その潜在性を引き出せます。
またトーカビリティは問題ないが、余裕がなさすぎて話し合える機会を持たないケースもあります。この場合、ご自身でパートナーの負担を軽減させて余裕をつくってしまうことで打開できることがあります。そうでなくとも、まずは自分ひとりで盤外戦を行うことはできます。パートナーをトーカブルにする、という盤外戦を行えば良いのです。
とはいえ、すでに述べたとおりファミリア・デバフがありますので、思っている以上に手強いことは覚悟してください。正直できたらラッキー、できなくて当たり前くらいの低確率だと思います。
まとめ
- パートナー間で行うタスク管理、という微妙なバランスがある
- 本質は 3C で捉えられる
- Chat per Task、タスクごとのチャット(やり取り)
- Calendar View、カレンダーによる俯瞰
- Concept、細かいコンセプトで差別化
- 特にコンセプトは様々で、まだ物好きが使う程度のジャンルだが、今後キラーアプリが出るかもしれない
- 実はタスク管理よりも盤外戦の方が重要
- そうしないと忙殺から脱せない
- パートナータスク管理はそもそもハードルが高い営み
- ファミリア・デバフが存在しており、ただでさえ通じにくい
- 鍵はトーカビリティ(ちゃんと対話を行える素養)が有ること
- トーカビリティがない場合、おそらく成立しない
- ただし「潜在的には高いが私生活では低い」パターンがあり、この場合は工夫次第で高くできるかもしれない