「負ければ終了」保守分裂はゾウとアリの戦いなのか 衆院和歌山2区

松永和彦 大野博 菊地洋行 勝部真一

 15日公示の衆院選で、注目される選挙区の一つが和歌山2区だ。

 自民党公認で立候補を予定するのは二階伸康氏(46)。父は、党派閥の裏金問題を受けて引退した二階俊博・元幹事長で、その地盤を継ぐ。そこに、裏金問題で離党勧告を受けた世耕弘成・前参院幹事長(61)が、参院からの「くら替え」となる無所属での立候補を表明した。

 立憲民主党の新古祐子氏(52)、共産党の楠本文郎氏(70)、諸派の高橋秀彰氏(42)を交えて、新顔の5氏が立つ見込みの混戦だ。

 「保守分裂」の和歌山2区のあしもとで起きていた動きを、取材した。

 自民党幹部らが5月、裏金問題を受けて和歌山市を訪れ、「政治刷新車座対話」を開いた。その時、当時は総務会長だった森山裕幹事長は、記者団にこう語っている。

 「刺客を立てることが本当にいいのか。世耕さんは若いし、将来のある方。県連のご判断にゆだねるしかないが、賢明なご判断をお願いしたい」

 話したのは、近づく衆院選のことではなく、来年の参院選についてだ。

 森山氏は2005年に郵政民営化法案に反対して離党勧告を受け、直後の衆院選で党公認の対立候補(刺客)を立てられた。

 自らの経験を踏まえ、離党した世耕氏が「次の参院選に出る場合は」、党は刺客を立てるべきではないという発言。表向きは世耕氏を擁護するかのようだ。

 だが、今回の衆院選で二階氏を熱心に推す首長の一人は、断言する。

 「あの発言を額面通り受け取った人は、和歌山の政治のプロの中には誰一人いませんよ」

 この時すでに、世耕氏が衆院選の2区にくら替えで立候補するのではとの臆測は飛び交っていた。この首長は続ける。

 「世耕さんがおとなしく参院で6選をめざすなら、将来的に復党の道もある。でも無所属で衆院選に出たら、仮に当選してももう自民党には戻れない。森山さんはこうクギを刺したに違いない」

政治生命かかる戦い

 世耕氏は、衆院選に向けて着々と準備を進めていたようだ。

 支援者の男性によると、7月下旬に世耕氏を囲む30人ほどの集会があったという。男性が「衆院選に出るのか」と尋ねると、世耕氏は「今は言えません」と答えた。男性は「明言しなかったが、今思えばくら替えのタイミングはここだったんじゃないか」と振り返る。

 同じ2区から立候補を予定する候補者の一人は、ここ1カ月ほどで世耕氏のポスターが「ばーっと貼りだされた」と話す。

 10月5日に会見を開き、立候補を表明した世耕氏。「政治経験がしっかり26年ある私を選んでいただけるのか、新人の方を選ばれるのか、これは有権者の判断しかない」と語り、「退路を断っている」とも述べた。

 官房副長官や経済産業相などを歴任し、テレビ番組で「国のかじ取りをするトップの立場はやってみたい」と公言してきた世耕氏。ある自民党関係者は「衆院議員になって総理大臣をめざそう思うたら、ここで行くしかなかったんかな」と言う。

 会見で記者に「首相をめざすためのステップか」と問われた世耕氏は、「そういう高い望みを申し上げたことはある」としつつ、「私は大きな挫折でつまずいている状況。先のことよりもこの選挙で、私に対してどう示していただけるかを問いかけることに集中したい」とだけ答えた。

 この会見に先立つ10月3日、二階氏の党公認を本部に上申していた和歌山県連の幹部は、東京・永田町の党本部で森山幹事長との面会に臨んだ。

 森山氏から、仮に世耕氏が当選しても「復党を承認することはない」との言葉を引き出した。翌4日、県連は「党公認候補者を不利におとしいれる行為は党規違反となります」とする文書を公表。党関係者に世耕氏を支援しないよう強く求めた。

 二階氏を推し、県連幹部と森山幹事長の面会にも同席した首長の一人は「負けたら世耕氏の政治生命が終わりなのは、確実」と、容赦がない。

突きつけられる「踏み絵」

 一方の二階氏は、衆院解散の前日となった8日に開かれた白浜町での集会で、会場を埋める支援者にこう訴えた。

 「かじ取りを間違えると地方が危機になるどころか、日本全体が大きな危機を迎える。だから私にやらせてほしい」

 集会の呼びかけ人は大江康弘・白浜町長。真砂充敏・田辺市長や、9月に初当選した山本秀平・みなべ町長らも駆けつけた。県内の全21町村でつくる県町村会の会長を務める岡本章・九度山町長は、二階氏に「推薦状」を手渡した。

 二階氏が5月に立候補を表明して以降、2区の大半の地域で支援集会が開かれた。すでに、2区の27市町村を4巡したという。町村会だけでなく各種団体などからも推薦を得ている。

 二階氏は11日に開いた会見で、世耕氏をゾウ、自らを小さなアリに例えた。「私は新人候補で挑戦者。比較するとゾウとアリの戦いなので、前を向いて戦う以外にない」

 政界には困惑もある。

 ある首長は、世耕氏側の支援の頼みを「断った」と明かす。「保守分裂で人間関係が悪くなってしまったと思う」と言う。別の首長は取材にこう答えた。「どちらの陣営からも距離を置く、というのはよくない。私は進んで踏み絵を踏む」

 自民と連立与党を組む公明党は9日に、和歌山1区、2区ともに自主投票にすると決めた。公明党関係者は、2区について「どちらかに手を貸して批判されることを避けたかったのでは」とみる。

「最後の5分」へ

 保守支持層も揺れる。

 二階氏への推薦を求められた紀北地方のある同業者組合は「推薦状は出すが、対外的に出す推薦団体の一覧表には載せないでほしい」との条件をつけたという。

 組合関係者は「党公認という理由で二階氏を推薦したけれど、組織の内実は世耕氏寄り。うちのような団体は、紀北地方では珍しくないのではないか」と語る。

 衆院解散の前に団体を訪問した世耕氏を、三役と理事で迎えたが、二階氏には三役だけが応対した。「経産相も務めた世耕さんには長年お世話になった。二階(俊博)さんとはそれほど縁がない。ましてや伸康さんとなると顔も知らない」

 世耕氏が住民票を置くのは新宮市。祖父で、近畿大学の初代総長だった故・弘一氏の出身地だ。

 市内でネイルサロンを営む50代女性は、近大新宮高校の卒業生。「世耕さんは理事長として卒業式に来てくれるなど、身近な人。応援したい」と話す。店の玄関には世耕氏のポスターを貼る。

 一方、60代の女性は「選挙戦をじっくりとみて、投票先を決めたい」と言う。紀伊半島一周をめざす高速道路の建設に尽力した二階俊博氏の功績を踏まえ、迷いもあるといい、政治家がよく使うこんな言葉を引用した。

 「火事は最初の5分間、選挙は最後の5分」(松永和彦、大野博、菊地洋行、勝部真一)

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この記事を書いた人
松永和彦
和歌山総局
専門・関心分野
高校野球、吹奏楽、地方行政
菊地洋行
和歌山総局|新宮・熊野地区担当
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