インフルエンザの病原体でない「インフルエンザ菌」はどんな細菌?

内科医・酒井健司の医心電信

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 SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などで世間に大きな影響を与える人のことを「インフルエンサー」と言います。病気のインフルエンザと似ているのは語源が共通だからです。寒い季節に周期的に大流行する病気は、かつて中世の占星術師たちが星々の「影響」が原因であると信じ、後に「インフルエンザ」と呼ばれるようになりました。

 19世紀後半になると細菌学が発展しました。1882年に結核菌が、1883年にはコレラ菌、1884年にはジフテリア菌と、次々にさまざまな病気の起炎菌が発見されました。重要な感染症であるインフルエンザも研究され、1892年、インフルエンザ患者の鼻から「インフルエンザ菌」が発見されました。いやでも、ちょっと待ってください。インフルエンザの原因は、細菌ではなくインフルエンザウイルスだったはずです。

 細菌とウイルスは異なります。細菌は独立して増殖できる単細胞生物である一方、ウイルスは単独では増殖できず生物かどうかも議論があるところです。一般的にウイルスはきわめて小さく光学顕微鏡では見えず、当時の医学者にウイルスを直接観察する手段はありませんでした。インフルエンザ自体はウイルスによって起きますが、弱った体は細菌が感染しやすくなります。「インフルエンザ菌」は二次感染した細菌でしたが、当時の医学者はインフルエンザの原因だと勘違いしたのです。

 1898年には植物のタバコに感染するウイルス(タバコモザイクウイルス)が発見され、1900年には初めて人に感染するウイルス(黄熱ウイルス)が発見されました。インフルエンザについても「原因は細菌ではなく、顕微鏡では見えないウイルスによるものではないか」という説は出ていましたが、ウイルス原因説が実証され、インフルエンザウイルスが発見されたのは、ずいぶん時代が下った1933年のことです。インフルエンザ菌にとっては「ぬれぎぬ」だったわけですが、いまさら名前を変えるわけにもいかずそのままになっています。インフルエンザの原因ではないのにインフルエンザ菌と呼ばれている紛らわしい名前の細菌があるのはこうした歴史に由来します。

 ぬれぎぬといってもインフルエンザ菌もけっこうやっかいな病原体で、肺炎や髄膜炎中耳炎敗血症といった病気を引き起こします。とくにインフルエンザ菌b型による乳児の髄膜炎は、重篤な後遺症が残ったり亡くなったりすることもある恐ろしい病気です。日本では2013年から定期接種となったワクチン(ヒブワクチン)で予防可能です。

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