脳の中身を取り出せないので
われわれはなぜ生まれてから死ぬまで同一人物なのかと言うと、脳の中身を取り出せないのが原因である。人間は基本が同じであり、それぞれスペックの差はあれど、頭部に同じ仕様のパソコンが有るようなものであるが、このデータは取り出せない。自分だけがアクセス出来る情報である。このアクセス権限が特権的であり、それが自分なのである。10年前の自分、20年前の自分は他人にも思えるが、しかし、その脳内データにアクセスできるのは自分だけだから、やはり現在の自分と同一で密接なものだと思うわけである。人間それぞれの体験が特殊かどうかはなんとも言えないし、たとえば東京タワーに行って帰ってきたという場合、誰でも似たりよったりのはずである。とはいえ、同一ではない。人間の認識には偏りがあり、それぞれ注目しているポイントが違う。大日如来が森羅万象を把握しているのとは対照的であり、人間個人はほんの上っ面しか見ていない。世界の片隅を蝋燭の灯りで照らした程度である。悲しいことに、この不十分で偏りのある認識が「固有性」なのである。この貧しい認識がわれわれの自我である。ひとびとがこの狭い認識を持ち寄って、東京タワーについて話し合い、多少は全体像を深めることもできるが、ともかく脳の中身はダイレクトに伝えられないので、会話とか写真とか、そういうことになる。あるいは人間誰しもプライバシーという観念があり、これは根源的な欲求である。生きているからには誰でもタブーが発生してしまう。なぜタブーなのか、それはよくわからないが、公然の秘密から本当の秘密まで「知られたくない」という強い願望がある。自分を洗いざらいさらけ出す人は地球上に一人もいない。脳内の記憶はいろんな意味で秘密なのである。物理的に脳内データを他者に移せないだけでなく、プライバシーの観点から絶対に見せたくない。墓場まで持っていきたいらしいのである。こういう感情も、「固有性」の原因である。この世に生まれて、いろんな経験をし、それを秘匿して墓場まで持っていくのが人生らしい。