転勤を断ると出世できない…裁判官の世界はまるでサラリーマンのよう

彼らの「人事評定」を本邦初公開!
岩瀬 達哉 プロフィール

このカードは3種類から成っていて、「裁判官第一カード」は、判事補に任用する際、提出させている。

これは、一種の身上書で、生年月日、学歴、司法試験の合格日など個人情報が記載されている。

そして、毎年8月1日に提出するのが、「裁判官第二カード」と「裁判官第三カード」だ。

 

「第二カード」は、自身の健康状態や過去1年間の入院歴の有無。家族構成とその健康状態。配偶者が働いている場合は、その勤務先などを記載。

「裁判官第三カード」には、自己評価や仕事への意欲などを記載する。

これらカードへの記入にあたり、多くの裁判官が、多少なりとも逡巡するのが、「第二カード」に設けられた「次期異動における任地」への希望欄だ。

大きく3つの選択肢が設けられていて、ひとつ目が、任地は「最高裁判所に一任する」。次が、「任地の希望地はあるが固執しない」。そして、「希望任地以外は不可」の項目だ。

前のふたつの項目のいずれかにチェックを入れたうえで、異動の「時期に関しても一任する」をチェックすれば、いかなる任地への異動を命じても、本人の意に沿わない異動とはならない。

では、「希望任地以外は不可」にチェックを入れると、どうなるか。

元裁判官で、現在、大阪で弁護士をしている岡文夫(65歳)は、自身の経験をこう回想した。岡は、退官するまで約25年間、その大部分を自宅から通える関西地域の裁判所で過ごした。転居を伴わない異動を希望したからだ。

「京都地裁に勤務していた時、3歳になった長男が自閉症だとわかった。自閉症の子供というのは、環境の変化が大きく影響し、精神を不安定にさせるんです。

それで転居を伴う転勤はしないと決めた。転居を伴う転勤を受け入れないということは、最高裁の司法行政に協力しないわけですから、暗黙のルールとして裁判長にはしてもらえない。

ほかの処遇でも、同期から遅れるわけで、このまま裁判所にいても先がない。弁護士として独立するなら早いほうがいいだろうと、54歳の時に裁判官を辞めました」

子供の障害という特別な事情があっても、「異動の不承認と人事上の不利益」は、対になって裁判官にのしかかってくる。

同じ自閉症の子を持つ裁判官が、その子が施設に入ったのを機に、転勤を受け入れた途端、裁判長に登用された例があるほどだ。裁判所にとって、裁判官の一律異動は、堅持すべき組織の規律なのである。

関連記事