「裁判官は優秀で、孤高を貫く人間の集まり」と思っている人が多いが、それは現実とは違う。「上からの評価」を気にして、人事に翻弄されるという点では、サラリーマンと何ら変わらないのである。
転勤を断ると出世できない
「憲法記念日を迎えるに当たって」、第18代最高裁長官の寺田逸郎は、「『法の支配』を実現することを不変の使命とする」と説いた。しかし皮肉なことに、裁判官の人事制度ほど、「法の支配」から遠ざけられたものはない。
裁判官は、行政官僚やサラリーマンと違って、意に沿わない人事異動には応じなくていいと法律に明記されている(裁判所法48条)。にもかかわらず、大半の裁判官は、命じられるまま全国各地の裁判所へ赴任していく。組織の論理が、彼らの権利より上位にあるからだ。
裁判所は、全国に520ヵ所配置されている。東京、大阪、名古屋など8つのブロックに、それぞれ高等裁判所を置き、その下に地方裁判所と家庭裁判所が連なる構造だ。
ここに約3000人の裁判官を勤務させる必要がある以上、人事異動に素直に応じない裁判官が続出すると、その運営計画は大きく狂ってしまう。
裁判官の全国異動が、いかに重要な「事業」であるかを、第11代最高裁長官の矢口洪一は語っている。
「裁判所全体の配置の中で、旭川地裁留萌支部に、一体誰が行くのか。誰かが行かなければいけない。しかし、留萌に積極的に行きたいという人は、まあ、いないでしょう。
では、希望者がいないということで、裁判所を廃止できるのか。常にそこまで考えて人事をやっているわけではありませんが、そういうことを頭に置きながらやってゆかざるを得ない。それが裁判所の人事です」
希望しない任地への異動を合法化するカラクリが、すべての裁判官に提出を義務づけている「裁判官カード」である。