そめこ(@ushimimilk)の自殺企図の話 そのさん。
こちら(
そのさん。
回復期の話です。特にオチはないんえすが、長々ありがとうございました。まる。
25の私は現在楽しくニートライフを送っています。
結局、適応障害と共に過ごしたキツい時期は乗り越えたものの、反動があまりにも巨大だったんですよね。
一ヶ月くらいは部屋の外に出られなくはなるし、単位のためになんとか外に出ても、人の気配が怖くて登校しても図書館の隅で震えながら泣いてるだけだわ。
あと、文字の読み書きができなくなったりもした。
卒試と卒論にある程度猶予があったのが幸いして、(あと、マークシートだったので筆記ができなくても辛うじてどうにかなったんです
……冗談みたいだけど)卒論発表や質疑応答も乗り切ることはできました。
さすがに国家試験落ちたので就職は流れましたが、おかげで療養の機会を得た訳です。閑話休題。
大体、一年くらい廃人になってましたが(体の方もボロボロで、何度も40度超えるような高熱出してぶっ倒れちゃって
……)最近は随分立ち直って、半分くらい社会復帰してます。
あまりにも無茶苦茶な生活をしていた反動と恐怖で「自分は人としてダメなんじゃないか?」という劣等感から抜け出しきれてはいないものの、なんだかんだバイトしてて、お給料とか貰ってますし、この夏には予備校の夏期講習に参加して、きちんとノート取れたもんですから、「うわ、すっかり字が書けるようになってる!?!?」とか妙なところで感動してました。
社会復帰できればあと一歩なのかなーと思っているところです。
字が書ける!と感動していたのは一週間も前じゃない、本当につい先日の話なのでフォロワーさんならご存知かもしれません。
そこまで状態が軽減すると、希死念慮
……というものは薄れました。
一方で、その希死念慮というものが、もう少しマイルドなものに姿を変えて、自分の中に取り憑くようにして残っているのも感じます。
ファンタジーな話なんですが。
最近マイブームしてる某ゲームのネタなので、ある程度ネタだと思われているかもしれませんが、結構真面目に思っていることがあります。
それは、
「どこからともなくすごい科学者が出てきて、私にそっくりの完璧なロボットを作って、ロボットが私の代わりに人生を歩んでくれたら、どんなに幸せだろう」
というやつです。
唐突にファンタジーだし、ネタっぽいですが、割と真理なんじゃないかな。
以前のように差し迫った感じはもうないのですが、やっぱり私は「周囲に殺されかけた」と思っていて、「周囲の期待が重たく」感じられて、「ダメな自分が嫌」だと考える。
特に許し難いのが、自分のふがいなさを周囲に押し付けること。
優しくされたことを「最悪の事態」と言ってしまうこと。
他人と関わるのが怖い、と思っていますが、
その理由は私は「頑張りすぎて死ぬ人間だ」からです。
今回は事情があったとはいえ、最終的に無理を通してしまったのはなんでだろうと思うと、ひとに「もう無理」と言えなかったからでした。
ええかっこしいです。潔癖性でもあります。自意識過剰です。
だから、他人の目を気にしすぎて、自爆します。
そしてそれは、ただの自爆の癖に、人のせいにしてその人を憎みます。
だからなのか何なのか、ふっと、もう何ひとつ感じたくないな、と思うことがあります。
疲れた、としょっちゅう口にしますが、その疲労というのは、感情由来の疲れです。間違いない。
疲れた私は、ポジティブな感情もネガティブな感情も引っ括めて、コンクリに詰めて東京湾に沈めたくなります。
肉体的な不可能とかは別にいいのです。
最終的に私が一番許せなかったものは「できない」ことそのものではなくて、できないことによって、周囲を憎む自分の精神でした。
マイナスな感情だけなら、捨てたいと思うことも賛同してもらえるんでしょうか。
でも、愛しいとか、報いたいとか、評価されたいとか、申し訳ないとか、どちらかといえばプラス方向に働くべき感情だって、私を追いつめる以外のことをしなかった気がする。
なんでそんなもん持ってなきゃいけないんでしょう。
私の悲しい気持ちは、今は「死にたい」ではなく「捨てたい」になりました。
何も感じることなく、ただ周囲の期待に対して的確に仕事をこなす、歯車のような機械になってしまいたいと思う。ロボットになりたいとかいう妄言はその発露みたいなもんです。
いくらか消極的かつ妄想的だけど、自殺願望の仲間かなあと思います。
死んだら死んだで迷惑になるし困る人もいそうなので、こっそりロボットとすり替わってしまって、誰も知らぬところで誰にも気付かれぬまま、こっそり自分の人生を投げ捨ててしまいたい。
なれるよって言ってくれるすごい博士みたいな人が出て来たら、すぐに飛びつくだろうから、もしかするとこれは願望というより念慮なのかもしれません。
最終的には、私の希死念慮の正体は「完璧ではない自分はいらない」なんだろうなあと思います。完璧ではない自分は他人に迷惑をかけるから、存在しない方がいい。
そして、完璧な自分は、存在していい。
あ、ここでの完璧っていうのは「私の理想通りの」と言い換えできます。
別にミスターパーフェクトなんて求めてないんです。
単純に、心を持たず、他人に夢をみたり、自分を守ったりすることに必死になる、そういう自分であれば、ケアレスミスとか、コミュ障とか、どーでもいい。
変なもんです。自分の能力には自尊心持ってるのかな。
結局、「死にたい!」と思っているのは、実在の肉体じゃないんですよね。精神なんですよね。メンタル。自己否定というのも、精神の自己否定です。
私の思う死は、精神だけの死で十分なのです。肉体の汚く醜い腐敗や喪失はむしろ、不必要なものです。
だから、なれるものなら、ロボットになりたいとか妄言をかますんです。
この話には別にオチらしいオチはないんで、そろそろぐだぐだしつつ終わらせた方が良いかなと思います。
こんなことゆーてる段階で私はまだ鬱から完全に離脱していないのかもしれないし、元々こういう性格なのかもしれないです。
あ、そんな訳で、
マッドサイエンティストな博士さんからの連絡いつでもお待ちしています。
ここまでおつきあいありがとうございました。
おしまい。
Press the Nice button to this post.
-
-
- Tweet