男女だと恋愛なのに同性だと恋愛じゃないのもったいない~創作をする理由、志望動機
今週(2024年10月6日)放送の『わんだふるぷりきゅあ!』にてついにいろはと悟がくっついた!
それ自体はおめでたいことなのだけど、私のTL(百合オタク多め)だと「どうして男女は公式でくっつけるのに、女女(同性)だと途端にダメなんだろう……」という感想も見かけて、私も私なりに「たしかにね……」と思うところがあったのでここに書き記しておく。
念のため補足しておくと、私は現状のわんぷりの展開に特別不満があるわけではない。
主人公のいろはが蚊帳の外になっていることや、悟は恋愛要員以前に男の子プリキュアとして活躍してほしかったことなど、いくつか気がかりな点はあるけれど、今現在のお話の面白さに対しては些末な点だとは思っている。
百合厨の私としてはユキまゆの関係性さえガッツリやってくれればそれでいい(本音)
本題。
私は女女というか百合のカップリングでずっと生きてきた(今振り返ると本当に文字通りそれらに生かされてきた)人間なので、そうやって生きているとやはり「同性だから恋愛ではないが異性だから恋愛である」という物語の展開が気になってしまうことは多々ある。
露骨にひどいものだと水星の魔女の件が挙げられるけれど、そこまでではなくても人々の間にある「恋愛は異性間で行うものという常識」「同性間の恋愛描写に対する忌避感」を画面から感じることは多い。
ただ私が今まで小説なり漫画なりアニメなり映画なりの物語を鑑賞してきた中で、こういった「恋愛は異性間で行うものという常識」ってだいたいの場合において物語の本質を描写することの邪魔になっているんですよね。
メインテーマとして男女の交際を描くラブストーリーならともかく、だいたいの物語において「でも男と女だからさぁ……」みたいな常識を前提にすると、途端に伝えたいあろうメインテーマがぼやけてくる。
上記で挙げた水星の魔女なんかはその筆頭で、最終的に女性同士が婚姻を結ぶ物語なのに「結婚」という単語を使えなかったり、男女の関係を分かりやすく恋愛のテンプレートに当てはめる一方で、婚約者たる女性ふたりの関係性については「恋愛という言葉では安易に表せられない複雑な絆(笑」みたいな誤魔化し方をやらざるを得なかったわけで。
最初に話したわんぷりについても、悟のいろはへの恋愛感情を説明するのに「こむぎのいろはへのスキとは違う、特別なスキ」とスキの形を分断しながら話さざるを得なかった。
ぶっちゃけてしまえばそれは「相手の性別に基づく性愛だから」なのだけど、女児アニメでそういうグロテスクな話をするわけにもいかない。
そういう話をできないがゆえにスキの気持ちを説明する際に曖昧さや難しさが生じてしまったのはあると思う。
現実の恋愛やジェンダーにおいて「男であるか、女であるか」という点が大事なのはそうかもしれない。
だいたいの人間(もちろん全ての人間とは口が避けても言えない)は性別で恋愛および性愛の対象を定めるし、公衆トイレが男女で分かれていることにも世のマジョリティのことを考えれば大いに妥当性がある。
しかし物語という想像の翼で如何ようにも羽ばたける世界においてまで「男だから、女だから」で縛りを設けてしまうのは、上述のような窮屈さを生み出してしまう点で、とても勿体ないことのように感じている。
多様性社会が叫ばれて久しいものの、それらの新しい価値観を人々が内面化することの難しさもまた浮き彫りになってきた現代。
良くも悪くも過去からの伝統に縛られている私たちがそれらの全てを捨て去って新しい常識で生きることは難しい。
でもせめて創作や物語の世界においては「こうだったらいいよね」「こうなりたいよね」を描けばいいじゃないですか。
ただし現代の物語はそうなっていない。
いや、そういった物語もたくさんあるのだけど、多くの人々の目に触れるエンターテイメント作品はまだそれらの価値観を内面化していないものが多く、そのために作品としての面白さが損なわれている。少なくとも私はそう感じている。
そういった作品を鑑賞する度に「もったいないなぁ」と思うし、そういった価値観を内面化しているエンタメ作品と出会えると、瞳を輝かせて夢中になれる。
そういったエンタメ作品に根づいている固定観念を変えたいという意志が、私の心にずっと渦巻いている。
最初は二次創作でカップリングをやっていればそれで満足だったのだけれど、でもそれだけでは世界や社会は変わらない。
他人から与えられるものではダメで、私自身がゼロをイチに変えるような何かを生み出して、それを以て世界や社会に訴えかけなければいけない。
だから私は創作をしたい。
実際に創作できているかというと全然できてなくて、ぶつかると曲がる車のオモチャみたいな歩みでそこら辺を行ったり来たりしているだけなのだけど、どんなに遠回りでも最終的にはそのゴールに行き着ける人生にしたい。
シナリオライター志望の話をしてから今まで、志望動機を掘り下げなければいけないタイミングが多かったので、今回を期に私の創作に対する考え方を書き出してみた。
ありがたいことに上述の記事を書いてから、様々なチャンスをいただけている。何の実力も実績もない私に機会が巡ってきているのはただただ幸運としか言いようがない。
この記事で述べたことを心の奥底に土台として起きつつ、巡ってきたチャンスを逃さないように挑戦していきたい。
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