第24話 巡る運命

 あの激闘から半月以上。燈真が村に来て約三ヶ月が経った十月三日の木曜日。今日は最後の授業がLHRに置き換わっており、黒板には「文化祭の出し物について」と書かれていた。委員長の、眼鏡にお下げという今どきそんなに典型的な委員長がいるか? というみずち妖怪の少女が教卓の前に立ち、意見を聞いている。書記はやはりというか、文字の妖怪といえばこの妖、文車妖妃の少女である。両名共に絵に描いたようなオタクであり、部活動は文芸部らしい。お耽美な友情物語が大好物であり、クラス中——学校中に、その趣味は知られている(裡辺文学フリマにも作品を出すほどである)。

 委員長の蛇沼みずちは、意外にもよく通る声で「では、シンキングタイムです」と言った。イベント参加者だからか、声の使い方が上手い。


 最近席替えがあったが、それでもなぜか似たような配置の席になりメンバーが固まった燈真たち三馬鹿男子(転校一ヶ月ですでにこう呼ばれていることに対して色々言いたいことはある)は、顔を突き合わせて「どうする?」と聞き合った。

 燈真は「焼きそばとかたこ焼きでいいんじゃねえの。道具揃えんのも楽だろ。なんなら鉄板とかたこ焼き機なら柊に頼めば貸してくれるぜ」と言った。

 雄途は「いや、やっぱ見たいっしょ、女子のメイド服!」と熱く語る。

 光希は「俺嫌だぜ、椿姫がご主人様なんて言ってるの。想像するだけで気持ち悪い」と、聞こえたらゲンコツが飛んできそうなことを言った。


 などと言っていると、光希の後ろに忍び寄っていた椿姫が肘で脇腹を突いた。結構力が入っていたようで、光希は「いでっ」と悲鳴をあげる。

 口は災いの元、だ。


「てか燈真が鬼って、不思議だなあ。俺と同族じゃなかったのかよ」

「俺だって人間だと思ってたよ。でもどうも、なんか変な鬼神の血と心臓がどうのこうのつってさ……ガキの頃移植された心臓が、一族に代々伝わるもんとかなんとかって」

「へえ。そんなこともあんだな」

「角に電気流してみたらどうなるんだろうな」

「俺より鬼みてえな野郎だな」


 そんな馬鹿話をする三馬鹿男子はさておき、二組の三女神と言われる椿姫、心音、チッカは——。


「クラスはメイドで固まりそうだよ二人とも。仮にも忍者がメイドってどうなの」と心音。

 チッカは「椿姫のメイドは見てみたいな。接客されたい」などと宣う。

「絶対嫌。裏方やるから私。なんで退魔師の私がそんな他人にへりくだったことしなきゃいけないのよ」


 地味にプライドが高い椿姫。いや、地味というか性格を考えれば当然である。気高く誇り高い妖狐である彼女は、同時にプライドも高い。無論それは普段の生活で他人に不快感をもたらすものではないが、そんな自分が間違っても接客業に向かないことは椿姫自身も自覚している。


「てーか燈真君鬼になったんだ。なんかブチギレさせた? 人間が修羅になる条件って言ったら怒りっていうじゃん」

「さあ? あいつのコロッケ勝手に食べたり唐揚げ横取りしたくらいかな」

「やりたい放題じゃないかお前は」

「菘や竜胆には分けてあげんのに私にはくれないなんて差別でしょ。妖怪差別よ」

「菘ちゃんと竜胆君も椿姫と同じ狐じゃないの。そもそも二人は子供だし」


 真面目に案を出し合う会話、馬鹿話に終始する生徒は半々。まあ、高校生なんてこんなものである。

 みずちが手を叩いて、「では、案がある人は挙手してください」と言った。

 まばらに手が上がる中、体格のいい狗賓天狗の生徒が「僕は射的がいいと思います。家にあるエアガンで良ければ持って来れますし、的も紙製のものが何枚もありますので」と言った。

 他の生徒が「弾の掃除どうする?」「風の式符で寄せたり吸い込めばいいんじゃねえ?」「景品はお菓子とかで十分だろ。スーパーとか駄菓子屋で用意できるぜ」とか好意的な意見を返す。


「ありがとうございます。第一案は射的、ですね。……はい、浜川君」

「布団置いて休憩所」

「おいおいおいおいおいおい」「それはまだ俺らには早くねえか!?」「風営法どうなってんのよ!」「そーいう意味の休憩所じゃねえよ!」

「はい論外ですね。次、漆宮君」


 燈真が立ち上がって、「焼きそばとかたこ焼きとか。柊に頼んで鉄板貸してもらいます」と言った。

「普通じゃね?」「他のクラスと被りそう」「でもまあ人間の学校じゃあこんな感じがウケ良かったんじゃないか?」——周りの反応は、芳しくない。

 おかしい、自分は一等級相当の呪術師を倒した実績があるはず。こんなはずでは……と思いながら座った。

 しかし、委員長はケアを忘れない。

「平和的な案ですね。焼きそば、たこ焼き屋。これも案に入れましょう」


 他にはお化け屋敷(一般的な本州の人間にとっては妖怪だらけの学校自体が巨大なお化け屋敷な気もするが)、輪投げ、先生に〈庭場〉を啓開してもらって闘技場なんてのも出た。いうまでもないが担任の御薬袋先生に〈庭場〉を形成する技量はないので却下である。

 そして闘技場だとどうせ椿姫の独擅場どくせんじょうになるという意見で、二重の意味合いで却下となった。却下の論点がズレている気もするが。

 満をじし、雄途が手を挙げた。


「はい、神崎君」

「俺はメイド喫茶を推します!」


 それは周りも考えていたが、しかし女子の反発を恐れて押さえ込んでいたドス黒い欲望である。

 男子たちは英雄・神崎雄途を讃えるように賛成意見を上げた。しかし女子は、白い目で見ている。


「それ男女差別じゃない? 男子は何するってのよ」


 心音が鋭い反論をぶつけた。

 そして椿姫が人差し指を親指でいじりながら、何気なく言う。


「いっそ男子も執事服着て接客すれば」


 それがなぜか、女子に妙にウケた。

「ありよりのあり!」「それ最高!」「苦め男子ども!」なんて黄色い声が上がる。

 だが男子はケロッとしたもので「まあ減るもんじゃないし」「尾張とか客受けしそうだな」と冷静に返していた。

 燈真は椿姫になんてことを言うんだと思ったが、委員長も初期もオタク気質である。この案には大賛成であり、職権濫用ぎみにデカデカとメイド・執事喫茶と書いた。


 ことの成り行きをあくびを噛み殺しながら見守っていた担任・御薬袋康弘みないやすひろは眠そうな顔で、「お、決まったか。生徒の自主性に先生は感動感動」なんて言いながら、採決をとった。

 結果、メイド執事喫茶が圧勝となり、十一月八日の前夜祭と九日の文化祭の出し物は、メイド執事喫茶に決まるのだった。


×


 鬼塚真之たちの任務は二つあった。

 一つは野良妖怪の存在を多分に示し、畏れを抱かせ蔑ろな扱いをやめさせること。これは結果的に失敗に終わっている。むしろ野良妖怪の地位は貶められかけていると言っていい。退魔局が要らぬ反感を買わないようケアに努めているが、テロ行為に走る野良妖怪に対して、よくない感情が向けられたのは多少なりとも事実である。

 もう一つは稲尾の血を採取すること。これは大成功だった。欲を言えば男子——稲尾竜胆の血であるべきだったが、確実性を重んじて飛散した稲尾椿姫の血を採取。それを培養することで、第二の任務を果たしていた。


 白狼天狗の不動十郎ふどうじゅうろうと、石肌の美少女、ガーゴイルのグリューネ・トリンガムは燦月市立病院の立体駐車場一階、最も出入り口に近い場所に停めてあるセダンに乗り込んだ。

 運転席には四十代も折り返しくらいの男が一人。白髪なのはストレスからではなく地毛だが、そうでなくとも彼はストレスで真っ白な毛髪になっていただろうと自覚している。

 市民病院に勤める外科医であり、漆宮燈真の父、漆宮孝之だ。

 なぜ孝之が呪術師と繋がっているのか——この二人は真之を暗殺した張本人であると同時に、仲間でもあった。失敗者を殺すという、呪術師にとっても極めて過激な組織の。


「新しい血だ。純度は以前のものに比べ高い。全て培養ものでもない、生の血だ」

「どこでこれを」

「燦仏天の廃堂で稲尾椿姫がうちの術師と戦った時のものさ。私らが集めたんだよ。……ふふ、スポンサーだし少し媚び売っとかないとね」

「感謝する。資金は指定の口座に振り込んでおく」

「助かるよ、先生」


 十郎は皮肉げに言い、グリューネを連れて車を降りた。

 孝之は電気エンジンをスタートし、モーターを回す。静かな走行音を立てて車が走り出した。


 稲尾椿姫——覚えている。浮奈の葬儀で、浮奈の親友でありながら涙を流さなかった冷血な女狐。今は彼女のもとで息子が退魔師をやっているという。

 ——燈真、お前が死んでもその女は悲しまないぞ。呪われた蠱毒の家系が絞り出した膿に過ぎないその女が、誰かのために涙を流すものか。

 ——利用されているだけだ。こっちの計画が済んで、、また一緒に暮らそう。


 孝之は車を燦月ピラー——街の中心に向け走らせた。地上一八〇メートルの摩天楼が、まるで神の世界に伸びるハシゴのように佇立していた。


×


 一方——海を越えた先の、とある土地。


 ケブネカイセ。スカンジナビア山脈北部に位置するスウェーデン最高峰の山。

 そこにひっそりと佇む「保管庫」に警報が響いたのは、現地時間で午前二時七分のことだった。


 警備の術師たちが警報で叩き起こされ、防寒着を纏って外へ飛び出していく。外は真っ暗だが、やぐらからサーチライトで当たりが照らされていた。妖怪や魍魎にも効く妖力弾を撃ち出す自動小銃を抱え、雑兵たちもあたりをさらっている。

 しかし十分二十分経っても、侵入者は発見されなかった。

 センサーにかかったのは、どうせ低級な魍魎で、結界と接触した瞬間死んだに違いない——誰もがそう思った時である。


 やぐらのひとつが音を立てて切り倒され、崩れた。

 プレハブ小屋の一つが爆発的な妖気で膨れ上がり、派手に屋根が舞い上がって吹っ飛ぶ。銃声、怒号がこだました。

 賊は一人。手には一振りの両手剣ツーハンデッドソードを握り込み、奔放な斬撃を繰り出しては警備を撫で切りにする。

 種族は、おそらく吸血鬼。尖った耳と赤い目、青白い肌で判断する。


「本部に連絡を……!」

 

 警備の一人が電話機がある通信室に駆け出した。敵はそれには気づいておらず、群がる雑兵を斬り殺している。ここは電波阻害をかけており、有線の電話以外では外と通信できない。電波阻害は、敵の連携を防ぐ名目だったが、同時に警備の煩雑さを増す要因にもなっていた。

 あと一歩、そこで背中を切られた。


「あぐ——っ」


 せめて、緊急通知——そう思って、警備の男は足でもバレずに踏めるように設置された緊急通知のボタンを押し込んだ。

 しかしそこで、喀血。視界が暗転し、意識があの世へ旅立った。


 襲撃者の男——エドガー・ロディーンは剣に付着した血を舐め取り、恍惚とした表情で保管庫へ入り込んだ。

 ここに何が眠っているのかは知っている。刀剣専門の呪術師集団〈グラディウス〉の連中が嘘をついていなければ、エピック級No.12が眠っているはずだ。

 やがて最奥部に辿り着いた。パスキーは入手済みだ。内部に協力者くらいいる。人間は、つくづく金でしか物事を考えられないから少し賄賂を渡せば簡単に裏切ってくれる。

 パスキーを入力する。

 巨大な金庫のような隔壁が圧搾空気を吐き出し、ぐうん、と奥に持ち上がって開いた。

 エドガーはライトアップされ、ガラスケースに保存された両手剣を睨む。そのガラスを持っていた剣の柄で叩き割り、安置されていた「魔剣」を握り込んだ。


「ダインスレイフ……!」


 エピック級——北欧神話に語られる、剣室から抜き放たれたら血を吸うまで鞘に戻らない魔剣が今、呪術師エドガーの手に渡った。

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