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読書の楽しさについて:小林秀雄「考えるヒント」

今の若い人たちは、小林秀雄を読んでいるのだろうか。もし読んでないのなら、この「考えるヒント」を手にとって読んでみてほしい。

5ページほどの小編が収められていていて、それぞれ読み切りなので読みやすい。IT関係の仕事、とくにコンサルティングをしている人におすすめなのは、巻頭の「常識」。ポーのメールツェルの将棋指しから始まるこのエッセーは、今読んでみても決して古くはない。中谷宇吉郎との会話も面白い。

「将棋の神様同士で差してみたら、と言うんだよ」
(略)
「神様は読み切れる筈だ」
「そりゃ、駒のコンビネーションの数は一定だから、そういう筈だが、いくら神様だって、計算しようとなれば、何億年かかるかわからない。」
「何億年かかろうが、一向構わぬ」
「そんなら、結果は出るさ。無意味な結果が出る筈だ」

ルールが決まっている空間の中は、どんなに複雑でわかりにくくても、それはルールによって定められる結果の範囲を出ることはない。しかし、ルールを作るのは人間であり、ルールを作ることによって利益を得るのは人間であれば、ルールを作ることによってしっぺ返しを食らうのも人間である。ルールの中で、損得を考えずに人間を助けるのはA.I.である。

私たちがいかに共同体のなかで共有している知識や考え方に拠っているというのは意識されるべきだし、自身が持つ知識や考え方の範囲の中心や広さは人によって異なっていると思う。

しかし、「常識」に書かれてるように、常識を常識として自覚してしっかりと考えればわかりきったような話でも、表面的な科学の説明や、うまいプレゼンテーションで簡単にだまされてしまうことは多いと思う。

十八世紀の科学で、現代の電子工学を論ずる事は出来まいが、ポーの常識が、今日ではもう古いとは、誰にも言えまい。ところが、「人工頭脳」と聞くと、うっかりしていれば、私たちの常識は直ぐ揺ぐのである。

ちなみに、このエッセイが書かれたのは、昭和34年ということなので、60年ほど前である。

さて、小林秀雄は、常識にまつわるエッセイを他にも書いている。私の手元に角川文庫の「常識について」というのがあって、この小片集の中でも、内容が違う「常識」、「常識について」と題するエッセイが収められている。「常識について」では、デカルトの哲学に関して論じている。いや、デカルトという人間について書いている。

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ただ、私は、常識というものを深く考えた思想家の生態と言うべきものが、私が現に持っている常識のうちに生きているという事について、感想を述べただけです。デカルトの思想には、ひとかけらの不安も遅疑も見られない。本質的に明るく、建設的な、彼の描いた「一線の画」に、私は強く惹かれるだけなのです。これほどよく自分を信じて、よくもこれほど自己満足からも、自己欺瞞からも遠ざかることができたものだと感服するのです。
(略)
この自我発見者には、自我というような言葉にはつまづいたことはいっぺんもなかった。

さて、この「常識について」の中に、「読書について」というエッセイも収められている。

私自身、ずっと、いくつかの本を平行して読むような読み方をしていて、比較的時間があった学生時代とは異なり、このところは、それで読み進むのがかなり遅くなって、ひょっとしたら、実用的な面だけ考えるとかなり効率が悪くなっているように思うのだけれども、いろいろな考え方やとらえ方や知識が、お互いに呼応しあい、さらに興味が広がり理解が深まるようにも思うので、面白いものだ。また、考えれば考えるほど、さらにわからなくなることも多い。知識や思想というのは、網のようなもので、独立した点ではないように思う。

新しい何かを学ぶというのは、その網を変更せずに新しい点を付け加えるということではなく、その網の目の中におさまらないものを、網目を組み替えたり変形したりする中で、うまく収めていくようなところがある。だから、まったく違った考えのもの、自分の考えに比較的近いもの、すでに知っているけれども違う視点から見えるもの、そういった雑多なものを一緒に入力するほうがよいのだと思う。

この「読書について」を改めて読んでみると、そんな読み方を小林秀雄もしているようだ。そして乱読について積極的に評価している。

また、「書くのに技術がいるように、読むのにも技術がいる」としている。「書物が書物に見えず、それを書いた人間に見えてくるのには、相当な時間と努力とを必要とする」という文章も味わい深い。

人間は自分を知るのに、他人という鏡を持っているだけだ。

だから読書は大事だと思うのだ。

「常識について」はAmazonで検索しても出てこなかったが、「読書について」と表題になった文庫本が、木田元の解説つきで出版されているようである。

読解力の向上が叫ばれている中、私たち、大人がしっかりと本を読んで、そこから読む技術を体得するのがまずは大事だと思う。


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携帯サービスを支える基地局機器の開発をしている NOKIA で働いているR&DマネージャでRF系のアーキテクト、料理も食べるのも好きで、愛がテーマの Beer Hunter。 note は趣味の読書の感想と音楽鑑賞を軸に、テーマは「よく考えることは、よく生きることである。」
読書の楽しさについて:小林秀雄「考えるヒント」|Shimamura, T. 島村徹郎
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