文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

日伊の医師免許を持つ精神科医パントー・フランチェスコさんが見た日本の精神医療

インタビューズ

カギは日本人の「迷惑ノイローゼ」か…イタリア人医師が語る精神医療の「脱施設化」とは

 日本の精神病床の多さは世界でも突出しており、医学的には不必要な入院や、入院の長期化につながっているという指摘があります。一方、イタリアでは、1970年代から公立の精神科病院が廃止され、患者は自宅やグループホームなどで暮らしながら、地域の精神保健センターでケアを受けるようになりました。イタリアと日本で医師免許を取得し、現在は東京都内のクリニックなどで診療に当たっている精神科医のパントー・フランチェスコさんに、精神医療の「脱施設化」を巡る両国の違いなどについて聞きました。(読売新聞メディア局 飯田祐子)

精神疾患 誰もがかかる可能性

精神科医のパントー・フランチェスコさん(岩島佑希撮影)

――イタリアで精神科病院が廃止された経緯を教えてください。

 かつてはイタリアでも、統合失調症のように幻覚や妄想が表れる精神疾患に対して強い偏見がありました。いったん発症したら治ることはなく、社会から隔離しておくしかないと考えられていたのです。それを変えたのが、フランコ・バザーリアという医師です。

 バザーリア医師は、患者の隔離や拘束が日常的に行われていた、当時の精神科病院のあり方を批判しました。「『狂気』は、私たち全員の中にある」と、誰もが精神疾患にかかる可能性があるとして、病気の人と健常な人の間に壁を作るのではなく、同じ人間として受け入れて社会復帰を目指すべきだと訴えたのです。

 1978年、精神科病院の新設などを禁じた「バザーリア法」が成立。以後、イタリア全土で精神科病院の廃止が進められました。

――精神科の入院施設は全てなくなったのですか?

 現在は、総合病院などに少数の精神病床が設けられています。

 統合失調症は、およそ100人に1人が発症するとてもありふれた病気で、精神疾患の中でも特に患者が多いのですが、近年は治療薬の進歩が目覚ましく、症状をコントロールしやすくなりました。在宅で治療を続けながら社会人として生活が送れるようになり、入院施設の必要性はますます低下しています。

入院から地域生活への転換 遅れる日本

――日本は、2004年の「精神保健福祉の改革ビジョン」で「入院医療中心から地域生活中心へ」を基本方針に掲げ、精神病床数削減などの目標を定めたものの、思い描いたようには転換が進んでいません。経済協力開発機構(OECD)のデータでは、2021年の精神病床数は約32万で、絶対数でも人口比でも加盟国の中で群を抜いています。

 私は、病床の数は大きな問題ではないと思っています。それよりも重要なのは、入院を長引かせないことです。

 イタリアでも、精神疾患の治療のために入院することがありますが、期間は3か月までと決められています。そのため、入院する段階から短期間での退院を前提に治療の計画を立てるので、長期化しにくいのです。

 日本では、入院が長くなる可能性を含みながら治療に入るので、イタリアとはスタート地点から違っているように感じています。日本でも入院期間の上限を設けることが有効だと思います。

6割超が「1年以上の長期入院」

――日本では、既に入院が長期化している患者がたくさんいます。2022年の精神保健福祉調査によると、精神科病院の入院患者のうち、1年以上の長期入院が6割を超えています。その中には高齢者も多く、長年暮らしてきた病院を離れるのは容易ではありません。

 私が日本で担当している患者さんの中にも、家族から縁を切られていたり、もともと身寄りがなかったりして、病院の外では生活に必要なサポートを受けられないため、退院できない人がいます。

 第一に、患者を社会の一員として受け入れるために、家族や地域住民が病気に対する理解を深め、偏見をとりはらう必要があります。そのうえで、患者が福祉的な支援を受けられるようになれば、退院のハードルはぐっと下がるのではないでしょうか。

――イタリアをはじめ欧米諸国が、1960年代から2000年ごろまでに精神病床を大幅に減らして「脱施設化」を進めてきたのに対して、日本は大きく後れをとっています。

 日本は、いまは過渡期にあるように思います。問題意識を持ち、海外のモデルに学ぼうとする医師が増えつつありますが、そうした考えが全体に浸透しているとはいえません。

 イタリアでも、バザーリア法ができてから精神科病院の廃止が完了するまで、20年以上かかっているのです。地域による格差もあり、特に南部では、法律の理念が完全に守られているとは言い難い部分もあります。

 日本の人々は決まりを守る意識が強いので、新しいルールが明確に示されれば、きちんと実行できると思います。

1 / 2

interviews

インタビューズ
 

インタビューズの一覧を見る

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

日伊の医師免許を持つ精神科医パントー・フランチェスコさんが見た日本の精神医療

最新記事