4.我儘姫様は城生活が色付く。
泣き過ぎた目がまだ腫れているのがわかる。
外を見ればもう夜だ。
あの後は本当に大変だった。
泣き喚く私を父上が宥めに宥めて、やっと喋れるようになった私に危ない事はしないようにとお咎めをした後、父は車輪を確認させたところ一つにヒビが、もう一つの車輪は建て付けがおかしくなっていたことを教えてくれた。
そのまま私が予知能力でそれを知ったことにして話したら、父上がお前は私の命の恩人だよ、ありがとう。とか言って抱きしめてくれたものだからまた涙腺が緩んで大号泣。
子どもってこんなに泣く生き物だったっけ。
それから城に帰ってきた母上に父上は事のあらましを全て説明してくれたらしく、女王が知ったことで私が王位継承者となったことか大々的に国中に伝えられた。
侍女と衛兵に関しては自分から父上に私を止められなかったことと、同時に無礼を詫びていたので、そこに思い切り割って入り、私が悪いのです、この人達は私の身を案じてくれました、罰なら私が受けますと訴えた。
父上も最初から罰する気はないとのことでお咎めは全員無しで済んだ。
久し振りに父上は私が眠るまで傍にいてくれた。そのまままるで昔話を語るようにゆっくりと妹のティアラの存在を話してくれた。
妹がいることを私に今日話すつもりだったこと。一ヶ月後のティアラの誕生日で会えること。身体が弱いティアラと公務の為に母上がなかなか私に会えなかったこと。そしてどんな女の子なのか。何度も何度も父上と母上譲りの私の髪を撫でては話してくれた。
「だが、お前もティアラも私達の大事な娘であることに変わりはないよ」
そういってくれた時の父上は本当に優しい目をしていた。
そう、その言葉だ。父上が生きて、この言葉をプライドに語りかけ続けてくれたらあそこまで捻くれはー…したかしら。やっぱり。この時点から我儘放題だったものね、私。
最後に私も正式な王位継承者として学ぶことが格段に増えるという話から帝王学や民俗学、礼儀や儀式の話で段々と眠くなってきた。最後に女王となるお前の補佐として弟を早く養子にー…というところで意識が途切れた。
あれ…弟…⁇
……
「許さない…許さない…‼︎殺してやるッ…‼︎」
泣いている男の子がいる。泣きながらその目は憎しみに燃えていた。
その男の子の目先には女の子だ。
まだ女性としての笑い方をしらない少女が腹を抱えるようにして男の子を見下している。
「アハハッ、馬鹿じゃない?できるわけないじゃない。だってたった今、貴方はー…」
この男の子を、この女の子を私は知っている。いや、女の子は知っているどころじゃない。これは…
私だ。
プライド・ロイヤル・アイビー。
彼女…いや、この私は攻略対象キャラ全員に消えない傷をつくる張本人だ。そしてその傷を癒やすのが私の妹であり主人公のティアラ。エンディングでは断罪された姉に代わり女王陛下になって攻略対象キャラと共に国を平和に導いていく。
この映像はゲームで見た。
確か攻略対象の一人の過去の回想シーンだ。
確か名前は…ステイル。ステイル・ロイヤル・アイビー。
プライドの義理の弟だ。
誰か、誰か彼を助けて。
彼は何も悪くないのに。
私じゃ救えない。張本人である私には。
救えるのは…そう、城生活で彼の唯一の救いだった義理の妹であるー…
「ティアラ…。」
は、と目を覚ます。夢を見ていたようだ。
寝起きにそのまま侍女に朝の支度をされながら、髪を解かれる自分の顔を見る。父上似の目つきの悪い顔。流石ラスボスだ。真紅色した髪も父上譲りだ。軽いウェーブがかった髪だけは母上譲りで父上もとても喜んでくれた。目の色は紫色で魔女のような風貌だと思った。
前世の記憶を取り戻してから正直この顔を見るのも辛い。
極悪非道のラスボスの幼少期なんて、朝から見たいものじゃないもの。
〝キミヒカ〟では、主人公の父親は事故で死に、母親である女王陛下もそのショックのせいで、後を追うように亡くなってしまう。予知能力を得ていたプライドが早々に王位を継ぐが、今までも我儘放題だったプライドは母親の愛情を独り占めしていた妹を疎み、ティアラを離れの塔に軟禁してしまう。
好き放題に贅沢三昧と平民の生活を脅かし国を傾けて平和な大国はみるみるうちに周囲の国々にも警戒される独裁国家に成り果てる。
ゲームは十年後、十六歳にティアラが成長した誕生日から始まる。ちなみにプライドは十八歳。
攻略対象者と関わり、その心の傷を主人公が癒し、女王プライドに立ち向かい、その過程でもチラチラと片鱗は見せつつも、クライマックスの対峙シーンではプライドと同じ王の啓示と言われていた予知能力を覚醒させるのだ。
「…ライド様、…プライド第一王女殿下?」
侍女の声でやっと現実に戻ってくる。
「はいっ!?」
変に声を裏返しながら振り返ると既に身嗜みの準備ができていた。
あの時私が泣かせた侍女だ。あんなことがあったというのに変わらず私に接してくれる優しい侍女だ。…いや、むしろ前より優しくなったかもしれない。前はこんな風に優しい表情で顔を覗きこんでくれたことなんかなかった。
フフッと淑女のように笑いながら侍女は終わりましたよ、と声を掛けてくれた。
本当に今までなんで気づかなかったのだろう、こんな素敵な侍女さんに。侍女さんは…
あれ?とここで私は頭をひねった。
そう言えば…と思い、侍女の方を振り返る。
「貴方、名前は?」
侍女は少し驚いたような顔をしたが、すぐに微笑み「ロッテと申します」と教えてくれた。その後も城の中を歩き回る中で、昨日ロッテを庇って謝ってくれた侍女と、私を窓から引き剥がした衛兵にも名前を聞くとすんなりと皆教えてくれた。年配の侍女がマリー、衛兵はジャックといった。
ロッテ、マリー、ジャック。
名前を知っただけだけど、名前を知った人がいるというだけで絶望だらけのこの城生活を父上以外の存在が始めて色付けてくれたように感じた。
たった一日で、大分皆が私を見る目が変わった。今までも第一王女ではあったけれど、私が予知能力を覚醒したことで第一王位継承者と確定したからだ。同時に父上を馬車事故から救ったことが爆発的に噂を拡散させた要因らしい。
一部で「あの我儘だった姫君が改心しただと?」とか「我儘姫の中に女神が舞い降りた」とか、はたまた予知能力を得た人間は王位に相応しき人格者となるのではとか噂話も聞こえたけれど、全否定したいところを聞こえないふりをしてぐっと堪えた。
女神もなにも、前世の記憶を取り戻しただけで私は私だし、ゲームの中のプライドは予知能力を得ても極悪非道っぷりは変わらなかった。むしろ悪化していた。
今朝見た夢の内容が思い出せない。
なんか重大な夢だった気がするのだけれど…。そう言えば攻略対象って誰がいたっけ。全シリーズ攻略キャラは隠しキャラ入れて五人前後だったけれど…。
ゲーム全体の流れは全キャラ攻略した時に何度も反復したから覚えているが、個々の攻略対象を詳しくは覚えていない。
大体私がハマっていたのはシリーズ3で、世界観は同じもののシリーズの1と2は昔に一回全クリアしたっきりだった。そのあとは3以降の新作をやりまくって、たまにもう一度やり返すのも最初にハマったシリーズ3くらいだった。
前世でシリーズの1からやり直そうと思ったところで死んじゃったし。
まぁ、その内会えば思い出すわよね。
どうせゲーム通りの人生なのだから。
あれ、そう言えばゲームでは事故死する筈の父上が生きていて、母上も勿論元気な筈なのだけれど、これってどうなのかしら。
このゲームの世界ってストーリーを変えられるの⁇
今更ながら私が何気に重要なことに気づいたこの日の翌日、夕食の時間に私は父から攻略対象の一人である義弟が二週間後に城にやってくることを知らされるのだった。