駆け出しの創業者たちが参加するYコンビネーターの3カ月間の集中プログラムは、勢いよく始まることが多い。今回は、エアビーアンドビーの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)のブライアン・チェスキーのやる気を引き出すスピーチで幕を開けた。チェスキーの会社は、まだ無名だった3人の創業者がこのプログラムに参加したことで成長した。
チェスキーのスピーチは特によかった。Yコンビネーターの共同創業者で、現在は非常勤の指南役を務めるポール・グレアム(数年前に英国に移住し、Yコンビネーターの運営をほかのCEOたちに引き継いでいる)が、このスピーチについて報告している。彼によると、テック業界の新進気鋭の起業家たち、卒業生、そして主要な投資家たちは、このスピーチに感銘を受け、「いままで聞いた中で最高のスピーチ」だと評する人もいたほどだという。
このスピーチによって、グレアムは長年抱いていた「創業者は人間の優れた形態である」という認識をさらに強めた。彼は今月、「創業者モード(Founder Mode)」という題名のブログ記事を投稿し、これが大きな話題を呼び続けているのだ。
創業者とプロ経営者を比較
グレアムにとって特に印象深かったのは、エアビーアンドビーの成長期にあった出来事だった。チェスキーは投資家たちから「会社の成長を導くためにプロの経営者が必要だ」と言われ、それを聞き入れた。チェスキーにとっては直感に反するアドバイスだったが、最終的にはその言葉に耳を傾け、(グレアムの言葉を借りれば)「プロの詐欺師(professional fakers)を雇い入れ、会社を破壊させてしまった」という。
会社を率いる者には創業者と経営者の2種類が存在し、後者のほとんどは能力不足なのだとグレアムは主張する。こういった経営者を会社から追い出すことでようやくチェスキーは会社の指揮権をとり戻すことができた。スティーブ・ジョブズならどうするか自問し、これを成し遂げたと、チェスキーはスピーチで語っている。
ジョブズはもちろん、マーク・ザッカーバーグ、ジェフ・ベゾス、ラリー・ペイジ、ビル・ゲイツとともに“創業者のラシュモア山”に刻まれる偉大な存在だ。ジョブズが実践したことのひとつに「スキップレベル」ミーティングがある。これは組織図では下位に位置するものの才能ある人たちを、その人の上司を通さずに会議に直接参加させるというものだ。そうした上司はおそらく“能力不足”であり、創業者ではないからである!
グレアムの投稿は大きな反響を呼んだ。一部の人はマイクロマネジメントを賞賛する危険な意見と捉えた。億万長者たちに不満をぶつける口実として利用する人もいた。ミームも次々と生まれた。すぐに開設できる商品販売サービスを使って、「創業者モード」の帽子やマグを売り始めた人もいる(この人物もおそらく創業者だろう)。
“全能な創業者”のストーリー
2024年になって、なぜこの話題がこれほど盛り上がっているのかは少し困惑する。“全能な創業者”のストーリーは何十年も前から存在しており、それはYコンビネーターにおいて重要な概念となっている。
ベンチャーキャピタリストたちは長い間、成功は事業計画の評価ではなく、次のスーパースターとなる創業者を見つけることが重要と考えてきた。その創業者は、汚れたパーカーを着て気だるそうにビジネスパートナーとの会議に現れるかもしれない。ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者のベン・ホロウィッツは、創業者が成功の鍵だという考えを読者が理解していることを前提としたヒット作を2冊執筆している(例えば、ホロウィッツの著書の章のタイトルのひとつは「起業のための第一法則──困難な問題を解決する法則はない」だ)。
この考えには確かに一理ある。チェスキーはぴったりの例だ。わたしがチェスキーに初めて会ったのは2009年1月のことだった。チェスキーと彼の共同創業者たちがちょうどYコンビネーターのプログラムに参加したばかりの頃である。チェスキーをわたしに紹介したグレアムは、彼について、いままで会ったなかで最も創業者マインドをもった人物であると興奮気味に語った。
その月の後半、わたしがバラク・オバマの大統領就任式に行くと聞いたチェスキーは、彼のサービスを使って知らない人のソファに泊まるよう勧めてきたが、わたしはその提案を断った。そのようなこともあり、当時はチェスキーが75億ドル規模の企業を築くとは思わなかったし、そのサービスを自分が実際に使うことになるとは夢にも思わなかったのだ。
無理なアイデアを信じ続ける才能
わたしは忘れていたのだ。技術が大きく飛躍するとき、不可能だと思われていたことが手の届く範囲に入ってくるということを。そして、そのような突然の破壊的変化から価値を引き出す手段はどれもおかしなものに思えるが、実際はそうではないことを。1秒以内にインターネット中をくまなく検索するサービス、モバイル端末をタップするだけでクルマが迎えに来て支払いに悩む必要がないサービス、迷路のような大量の棚をもたずに世界最大の書店になるサービスなんて誰が想像つくだろう。
何ができるかを理解するだけでなく、「そんなの無理だ」と周りの全員が言うなかでもそのアイデアの実現を追求する強固な意志をもち続けられることはある種の才能である。グレアムが創業者について語るとき、人々に伝えようとしていることはその点なのではないかと思う。
また、そうした革新的な企業が成熟し課題に直面したとき、ほかの人たちがリスクの少ない道を勧めるなかでも、大胆な意思決定をし、創業当初のビジョンに固執する特別な能力が創業者にはあることも事実だ。創業者が経営者と交代して企業が苦境に立たされた事例は多い。ヤフーでの出来事を覚えているだろうか?創業者が復帰し、会社を復活させ、かつての栄光を上回るほどの成功を収めたアップルもこれに該当する。
一部の創業者にしか該当しない
一方で、これに反する例も数多く存在する。ティム・クックのもとでアップルは決して苦境に立たされているわけではない。マイクロソフトも同じだ。2014年からCEOを務めているサティア・ナデラは、1992年から同社のさまざまな部門で働いてきた生え抜きの社員である。断じて創業者ではない。しかし、ナデラはマイクロソフトを新たな高みへと導いている。ビル・ゲイツはいまでもマイクロソフト社内で尊敬される存在ではあるが、彼が再びトップに立つことを望んでいる人はいないのだ。
それに能力不足の経営者ではなく、頑固な創業者が自ら会社を破綻に追い込んだ事例も多くあることも間違いない。例えば、トラヴィス・カラニックが頭の固い経営者たちの助言を聞いていたら、事態はもっとよい方向に進んでいたかもしれない。それにカラニックの後任でウーバーを黒字化させたのは経営者タイプの人物だった。
結局のところ、創業者の誰もがブライアン・チェスキー、ましてやスティーブ・ジョブズではないということだ。大半の企業は成功せず忘れ去られてしまう。さらなる成長のために「大人の監視」が必要と投資家から言われるほどの成功を収められる会社はほんの一部だ。そのような段階に達する企業は非常に稀なのである。
創業者モードについて話すことは楽しい。ベン・ホロウィッツが書いた創業者を喜ばせる文章を、強い関心をもって人々が読む理由はそこにあるのだろう。グレアムがいつかマネジメントの教科書に大きくとり上げられると予言している創業者モードは、本当に卓越した創業者たちにのみ当てはまる。スティーブ・ジョブズがかつて「クレイジーな人たち」と呼んだような創業者たちだ。そうした人たちの会社が「ユニコーン」と呼ばれるのには理由があるのだ。
(Originally published on wired.com. Translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)
※『WIRED』によるビジネスの関連記事はこちら。
雑誌『WIRED』日本版 VOL.54
「The Regenerative City」
今後、都市への人口集中はますます進み、2050年には、世界人口の約70%が都市で暮らしていると予想されている。「都市の未来」を考えることは、つまり「わたしたちの暮らしの未来」を考えることと同義なのだ。だからこそ、都市が直面する課題──気候変動に伴う災害の激甚化や文化の喪失、貧困や格差──に「いまこそ」向き合う必要がある。そして、課題に立ち向かうために重要なのが、自然本来の生成力を生かして都市を再生する「リジェネラティブ」 の視点だと『WIRED』日本版は考える。「100年に一度」とも称される大規模再開発が進む東京で、次代の「リジェネラティブ・シティ」の姿を描き出す、総力特集! 詳細はこちら。