高校時代の同級生から「車を買ったからドライブに行こう」と誘われて、第三京浜を少し走った。東京に家を買い、堅実な仕事に就き、子供も生まれて、しっかりといかりをおろしている友達と、何ひとついかりをおろしていない自分。正反対なのだが、妙に気が合う彼とは年に一度の頻度で会う。彼は言った。地元の新潟なら気軽に友達を誘えるが、東京は広いから気軽にドライブに誘える人がいない。一人でドライブするのもいいけど、友達とドライブするのがやっぱり一番楽しいよ。

当たり前だが、誰もがさみしさを抱えている。いかりをおろした代償や、いかりをおろさない代償を払いながら、人生の疲れやさみしさに折り合いをつけて生きている。世間的には成功者と言われる部類に属する彼は「お前と仲がいいくらいなんだから、俺もバグってるんだよ」と言う。ラジオを聴きながら、車を走らせる。ラジオは好きだ。自分で決めた曲を聴くのではなく、ランダムに流れる曲の中から「これいいね」と、思わぬ宝物に出会うことがある。川を見る。新潟を思い出す。彼は言う。地元があるっていいよな。最悪の時は新潟に帰ればいいって思えるから。俺の妻は地元が横浜だから「逃げ場がない」ってよく言うよ。

昔の友達に会うと、時が逆流する。俺たちなんになるんだろうなとか語り合った、何者でもなかった時代に戻る。成長なんて言葉は嘘っぱちだ。みんなもがきながらも、幸せに手を伸ばしている。俺は俺のバグを抱えているし、彼は彼のバグを抱えている。誰もが「自分であることの代償」を払いながら、折り合いをつけて、生きるための気晴らしを見つけて、死なないように、生きている。孤独だし、惨めだし、散々な部分を抱えながら、それでも「気持ちよく生きるしかないだろ」と前を向く。あるいは、精一杯に前を向こうとする。

彼と別れる間際に、知らない人から一通のラインが届いた。そこには「死ね」と書かれてあった。自分の連絡先を公開していると、散々ディスられたり、冷やかしに遭う。だが、それと同じくらい「これを使ってください」と、いろいろなものをくれる人にも出会う。同じ世界を生きていても、見え方はさまざまで、人の数だけ世界はある。友達との楽しい時間が汚されるのは嫌なので、スマホを閉じて、飯屋に向かった。目当てのレストランが休みだったため、駅の中にある立ち食い蕎麦屋に入った。東横線内にある立ち食い蕎麦屋は清潔で広く、あちこちに生花の一輪挿しが置かれていた。この店はいいなと思った。小さなものを大切に扱っている空間には、小さくない力がある。

友達は「こどもがいるから先に帰るよ」と、まだ食事中の私を置いて立ち去った。気軽さが良い。私は「またね」と言って、一人で蕎麦を食べた。スマホを開くと「歌舞伎町で会いたい」と、知らない人から連絡が届いていた。新宿に行き、呼ばれた店に入ったら、罠だった。私は「またか」と思って、所持金を全部置いて店を出た。俺は何をやってるんだろうなと思いながら、夜の街を歩いた。いかりをおろす代償と、いかりをおろさない代償は、どちらも、同じものなのかもしれない。代償の名前は孤独だ。孤独と孤独が重なる時に、一瞬だけ、温もりを感じる。弱気になった時は、おまじないを唱える。家族の絆を守るのは俺だ。新潟に暮らす母親は、明るく生きるためには「クヨクヨしないこと」だと断言した。クヨクヨしないで前を向く。私は、坂爪芳秋の息子であり、坂爪友子の息子でもある。坂爪香織の弟であり、坂爪真吾の弟でもある。負けるはずがない。諦める訳にはいかないのだ。家族の絆を守るのは俺だ。