[サンプル]そうしてせかいはうつりゆく
12/18拳魂一擲にて頒布予定の真桐新刊サンプル。時代背景を無視した極2軸で、マッチングアプリで正体を偽りながら、桐生さんに近づく真→桐の話です。
56ページ/文庫/300円/なんと全年齢
当日のスペースは西2 チ36b【さむ(い)。】でいただいております。
現時点では感染対策を行っての参加を予定しています。
よろしくお願いいたします!
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「なに? マッチング、アプリ……?」
あまりにも聞き慣れない単語を前に、桐生はここがキャバクラであることを忘れ、思いきり顔を顰めた。酒を飲む気にもなれず、手に持っていたグラスをテーブルに置く。その反応がよほど意外だったのか、隣に座るキャストは「知らないんですか? 今どき常識ですよ!」と派手な装飾がほどこされたスマホを片手に声を上げた。
近江連合との抗争を機に一年ぶりに神室町に足を踏み入れ、早数日が経つ。自分が一年いないところで、この街の夜の輝きは失われない。現にスターダストは今夜も通常営業だ。抗争に巻き込まれないために、遥はひまわりに預けているので、基本的に桐生はひとりで行動している。つまり、こうして久方ぶりに夜の店に訪れたとしても、桐生を咎める者は誰ひとりいない。桐生は、この店のキャストと飲む酒が好きだった。
酔いも程々に回ってきたところで、世間話をする。いくら馴染みの店とはいえ、一年も行かなければ当然キャストは変わっており、見知った顔は一人もいなかった。そのため、桐生についたキャストは初対面であった。
最初はお互いの年齢とか、職業だとか当たり障りのない話題をぽつぽつと話していたが、それも時間が経つにつれ、だいぶ込み入ったものになる。恋人の有無を問われると、桐生はすかさず首を横に振った。だいたい、恋人がいる男がこんな店に来るのだろうかと思ったが、女はもとより「いない」の返答がお望みだったらしい。すかさずスマホを取り出して、マッチングアプリの説明を始めたのだ。そして冒頭へと戻る。
「アプリは知ってるぞ。最近、携帯を変えたからな。マッチング……は英語だな。意味は、ええと……」
「一致を意味するマッチですね。自分が提示した条件と一致する人をアプリで探して、恋人になるんです」
女の顔は至って真剣だった。おそらく嘘は言っていないのだろうが、そのあまりにも飛躍した説明に、桐生の理解が追いつかない。
「会ったこともないのに、どうやって恋人になるんだ?」
「気になった人にメッセージを送って、何回かやり取りして、この人いいな〜って思ったら実際に会うんです。そこから恋愛に発展するんですよ」
なるほど、と桐生は相槌を打った。
確かに、歳を重ねるほど人との出会いはなくなるものだ。それは進学や就職といった環境の変化など人によって様々な理由があるが、とにかく人は歳をとるにつれ「いずれ特別な関係になる人間」との出会いに遭遇することが減っていく。恋人をつくる云々より、そもそも機会がないのが問題なのだ。数打てば当たるとはよく言ったもので、アプリひとつでその機会を設けられるのは革新的かもしれない。現代の技術と発想に桐生は心から感心した。
「最近だと恋人に限らず、同じ趣味の友達をつくるためにやってる人もいるみたいですよ。桐生さんも試しにどうですか?」
「う〜む……まぁ、物は試しだな」
それに、ここまで丁寧に説明してもらいながら「やらない」と答えるのは気が引けた。もはや桐生の中に断るという選択肢はなく「やってみる」と頷けば、女は歓喜の声を上げる。そして頬を染め、朗らかに笑う彼女の顔を堪能する間もなく、すぐさまスマホを渡すようにねだられた。桐生は言われるがまま女にスマホを手渡す。
「桐生さん、まだスマホの操作慣れてないみたいなので、こっちでアプリ入れますね。プロフィールの設定とか一緒にやっちゃいましょう」
「あ、あぁ……わかった」
女は手慣れた手つきでスマホを操作していく。指を払うように画面を操作することをフリックと呼ぶのは遥から教わった。これにより、従来の携帯、もといガラケーより格段に文字の入力が早くなるという。しかし桐生にはその原理が分からない。女の隣でその入力の仕方を盗み見ても、どういった理屈なのか理解できなかった。スマホに機種変してもなお、桐生の文字入力の速さはガラケーを使っていたときと変わらない。もはや習うより慣れろという話なのだろうか。
そんなことを考えているのも束の間、女はすぐにアプリの登録画面へと移動する。すると「平均三時間以内に恋人がみつかる」というキャッチコピーが目に入った。さらにその下には「毎月一万人に恋人が誕生中」と続いている。
「一体、この中の何組が長続きするんだろうな……」
「もう、夢がないこと言わないでくださいよ」
アプリの仕組みはよく分かったが、やはりそういったもので知り合った男女の付き合いが長続きするとは思えない。それこそ結婚までに辿り着く者はいるのだろうか(結婚が交際のゴールだとは思わないが、あくまで過程のひとつとしての話だ)。桐生には分からない。とはいえ、初恋ひとつまともに実らせられなかった桐生が、とやかく言う筋合いはなかった。
桐生の心ない発言を軽くいなし、女は「早速登録しちゃいましょう」と続ける。
「まずは基本情報の入力ですね。性別は男性で、生年月日はいつですか?」
「一九六八年の、六月十七日だな」
女は「ふむふむ」と首を軽く縦に振った。
「居住地は東京ですよね」
「あ、あぁ……」
厳密に言うと現在の居住地は神室町、もとい東京ではないのだが、わざわざ突っ込むことでもないだろう。行こうと思えばいつでも来れる街なのだ、ここは。
「アカウント名はどうしますか? 本名やあだ名とかでやってる人ばかりですけど」
またも耳慣れない単語が出てきたが、これは容易に推察できる。アプリを利用する上での名前のことを言っているのだろう。
「まぁ、、特に凝る必要もないな。一馬だ」
「かずま……そのままだとあれだし、カタカナにしちゃお。あとは利用規約に同意して、登録っ!」
画面を軽快に軽く叩いた女の手元を覗くと「登録おめでとう!」の文字が大きく映し出されていた。どうやらこれでアプリの登録が完了したらしい。
「これで恋人ができるのか?」
「全然まだです。これからさらにプロフィールを作るんです」
そう言うと女はずい、と桐生に詰め寄った。
「桐生さん。これから聞くことは、嘘つかずに答えてくださいね。ここで本当のことを言わない男なんて、それこそさっき桐生さんが言った、、長続きしない原因ですから」
そこまでは言ってないが、と突っ込むものの無視された。
「はい、じゃあ身長はいくつですか?」
「う〜ん、もう何年も測ってねぇな……」
「それじゃあ、自販機よりも高いですか?」
「まぁ、心なしか高い気はするな」
「じゃあ百八十センチ以上ですね、いきなり高スペックだ」
高身長の男性はモテますよ、と付け加える女の豆知識に「そうなのか」と相槌しか打てない。身長ひとつでその人間の価値は決まらないだろう。
「体型は……がっしりかな。マッチョってほどでもないですよね」
「むしろその二つに違いはあるのか?」
「極端ですけど、がっしりがザ・筋肉で、マッチョがボディビルみたいな筋肉かなぁ。それなら桐生さんはやっぱりがっしりですよね」
「そうなるな」
どうやらマッチングするには身長だけでなく体型も重要らしい。まったく分からない価値観だ、と桐生の表情からはすでに疲れの色が滲み出ていた。
「ちなみにですけど、学歴は……?」
「……聞かないでくれると有難い」
中学を卒業してすぐに裏社会の扉を開いた、などと言えるわけがない。
「じゃあその他にします。年収も同じで良いですかね」
「あぁ」
客との距離が近い印象の彼女だが、どうやら店のキャストとしての自覚はちゃんとあるのだろう。客の踏み込んではいけない領域を理解し、深堀りしないのは、現在住所不定でもある桐生にとってかなり有難いことだった。
「休日は土日ですか?」
「不定期っちゃあ不定期だが、大体はそうだな」
裏社会から足を洗った今は、早朝の新聞配達のバイトと、日雇いのバイトで食いつないでいる。しかし、学校に通っている遥とゆっくり過ごせるのは、彼女の休日である土日しかない。となると必然的に、桐生の休みも土日になる。たまにやむを得ず出勤することもあるが、それも三ヶ月に二、三回あるかないかの頻度だ。土日が休日だと言っても差し支えないだろう。
「煙草は……吸われてますよね。相手が嫌だって言ったらやめますか?」
「まぁ、目の前では吸わねぇ」
「優しいんですね」
それが当たり前ではないのか、と思ったが、きっと当たり前でないから「優しい」と不相応な言葉をかけられたのだ。褒め言葉は素直に受け取っておく。
「最後に、結婚の意思は?」
「…………ない」
わかりました、と女は操作を進めていく。桐生はその様子をただ隣で眺めているだけだった。
一体今の質問で何が分かるというのか。そもそも、このアプリの登録者はそういった相手との出会いを求めているだろうに、結婚願望の有無を問う必要はあるのか。結婚を前提としない交際をしたい、ということだろうか。最近の若者が考えることはよく分からない、と桐生は頭を悩ませる。
「次は好きなデートプランを選びましょう!」
「お、おい。やることが多くないか?」
「恋人を探すためなんだから、わがまま言ってられませんよ」
「むぅ……」
恋人が欲しいなんて一言も言っていないが、ここは話を合わせる他ない。彼女の中で今夜は「客と一緒にマッチングアプリに登録した日」として思い出作られているのだろう。そもそもキャストと客が嬉々としてやることではないと思うのだが。現に周りの客からは白い目を向けられていることに桐生は薄々気づいていた。
「好きなデートプランか……」
画面では好きなデートプランを三つ以上選択するように指示されている。桐生は画面を何度かスクロールをし「居酒屋ハシゴ」「格闘技観戦」「カラオケデートを楽しみたい」を選んだ。居酒屋とカラオケに挟まれる格闘技観戦が異様に見えるが、どれも嘘ではない。とは言っても、心から好いた相手とだったらどこに行っても楽しいと思うが、これは「恋人をつくる」アプリなので、恋仲になる前にそういった好みの擦り合わせをするのは大切なのかもしれない。
「最後に写真を撮りましょう! 私が撮りますね」
「あぁ、頼む」
「横顔がいいかな……案外鼻から下の方が良かったり? 桐生さんの唇ってセクシーですよねぇ」
女はうんうんと唸りながらスマホを様々な角度から向けてくる。特にポーズを指示されてもいないので、真顔のまま店内を眺めていると、やがてパシャリ、とシャッター音が店中に響き渡った。
「うん、桐生さんらしくていいかも! はい、今度こそ終わりました!」
ようやくスマホが自分の手元に戻ってきた。ただアプリを登録するのにここまで時間と手間がかかるのかと、桐生は深く息を吐いた。画面には鼻から下が切り抜かれたおのれの横顔の写真がある。知り合いが見れば、確実に桐生だと気づく写真だ。
「それで、これからどうすればいいんだ?」
「チュートリアルの通りにやればいいんですよ。画面に女の子の写真が表示されるので、気になる子がいたら右、そうじゃない子は左にフリックします。それをもとにコンピューターがさらに好みの子を表示してくれます」
桐生はふむ、と頷き、言われた通りにやってみる。画面に表示される女性の写真は、自分で撮ったようなものもあれば、桐生のように誰かに撮ってもらった写真など様々な画角のものがあった。とりあえず桐生は顔が分かる女性の写真を右にフリックしていった。顔がよく見えない者より見えている者の方が、どんな人間か分かりやすい。桐生の中では至極真っ当な理由だったのだが、キャストの表情はなぜか段々苦々しくなっていく。
「桐生さん、好み分かりやすいですね……。って、うそ。もうメッセージ来てる!」
「なにっ? そんなすぐ来るものなのか」
「普通は男性側が気になった女性に送るんです! なのに女性側からって、相当脈ありじゃ……。とにかく、メッセージ見てください!」
言われるがまま、アプリのメッセージ一覧を開く。その一番上には「ロミ」と表示されていた。さらにその横には、赤色の円の数字の「1」が刻まれている。桐生もメッセージアプリを操作したことがあるので、この楕円と数字の意味はわかる。つまり「ロミ」と名乗る女性からメッセージを一件受信したのだ。
「こんなに早くマッチングするなんて……。あ、プロフィール見ましょうよ! 見せてください!」
「ロミ」のアイコンをタップしてプロフィールを開く。写真には顔が映っておらず、それこそ桐生の写真のように首から下どころか、腹から太ももにかけてしか映っていない。しかし、白い肌にショッキングピンクのドレスがよく似合っている。加えて、金髪のウェーブと思わしき毛先が画面から見切れていた。
「建設会社の女社長……って嘘くさいなぁ」
プロフィールにはキャストが呟いた通り「都内某所の建設会社の社長をやっています。現在大型プロジェクト進行中!」とある。なるほど、どうやら敏腕社長らしい。さらにスクロールしていくと、好みのデートプランには「居酒屋ハシゴ」「格闘技観戦」「カラオケデートを楽しみたい」と、先ほど桐生が選んだものと一致していた。中でも格闘技観戦のチョイスに驚き、桐生はこの一瞬にして「ロミ」に興味を持った。
「誕生日は五月、血液型はAB……プロフィールも必要最低限って感じ。そんなに出会い目的じゃないかも。桐生さん、貴重な縁ですけど無視して別の人に……」
「いや、折角向こうから送ってくれたんだからな。返信する」
キャストが「えーっ!」と声を上げたところで、黒服が伝票を持って席にやって来た。もうそんな時間かと時計を見れば、すでに日付が変わっている。このまま延長してアプリの使い方を学びたいが、今日一日で色々と教わり過ぎたので、ここまでにしておくかと会計に進む。
伝票を見ると、指名料とシステム料、そしてボトル一本と、桐生がこの店に通い出してから一番少ない金額だった。これでは常連客としての面子がたたない。次行くときはシャンパンを入れようと強く胸に誓う。店を出る前にキャストに頭を下げたが「全然気にしなくていいから、次会ったときはアプリの結果教えてくださいね」と意地悪な笑みで見送られてしまった。
セレナに戻り、もろもろ身支度を整えて、桐生はスマホと向き合った。店を後にした今、アプリを続けるかどうかは桐生次第だ。客の中には共通の話題にするために、キャストから勧められたゲームをプレイする者もいるようだが、マッチングアプリはそうはいかない。これはキャストとの話題づくりが目的ではなく、恋人をつくるのが最終目標だ。だから、ここでアプリをやろうがやらまいが、桐生の自由なのだ。嫌ならやらなければいいだけの話で、アプリの仕組みを手とり足とり教えてくれて、結果報告を待つ彼女には悪いが「よく分からなかったからやめた」とでも言えばいい。
しかし、新しい文化に触れることはとても大切だ。分からない、知らないからといって一方的に遠ざけるのは理解の放棄だと桐生は考えている。第一、桐生はスマホを手にしてからそれらしい機能を駆使したことがなく、電話とメッセージしかまともに使っていない。遥や伊達に勧められるがまま機種変更をしたが、果たしてその意味があったのだろうかと常日頃から考えていたのだ。
やはりものは試しである、と桐生はアプリを起動した。店で受信した「ロミ」からのメッセージを確認するためである。
『初めまして、ロミって言います! アイコンの写真に惹かれて思わずメッセージを送っちゃいました…。迷惑だったらごめんなさい。いいお返事待ってます』
プロフィールに建設会社の社長とあったから、いったいどんな堅苦しい文面が待ち構えているのだろうと思っていたが、予想以上にくだけた、しかし不快には感じない最近の若者らしいメッセージに、桐生は胸を撫で下ろす。
『初めまして。俺は一馬だ。女で格闘技観戦が趣味だなんて珍しいな。これからよろしく』
「うーむ、こんな感じか……?」
メッセージを送信してすぐに通知音が鳴る。見れば先ほどメッセージを送った「ロミ」から返信が届いていた。もう夜遅いがこの時間は暇しているのだろうか。
『返信ありがとうございます。まさか返信いただけるとは思ってなくてびっくりしてます笑 格闘技っていうか、強い人の試合を見るのが好きなんです。生を感じる気がして。あと、名前漢字で送っちゃってますよ!笑 一馬って書くんですね!』
この返信で初めて自分の名前が「カズマ」と登録されていることを知った。アプリの登録はキャストに一任していたので、どのような設定になっているのかあまり覚えていなかったのだ。けれども話題になったのならそれでいい。桐生は返信の文章を考えた。
『言われて初めて気づいたよ。そうだ、本名だな。好きな方で呼んでくれ。強い奴の試合が好きっていうのは、よく分かる。弱い者同士だと見応えがないし、どっちかが強いのも弱い者いじめって感じがして好きじゃねぇ。試合は、実力が拮抗してないとな』
スマホの電源を落とす間もなく、ロミからメッセージが送信される。
『それじゃあ、カズマさんって呼ばせてもらいます。格闘技について、カズマさんと考えが一致しすぎて……私たち似たもの同士なのかもしれませんね! 東京にお住まいとのことですが、神室町の地下格闘技は見たことありますか? あそこはすごくいいですよ!』
送られたメッセージを一瞥して、桐生は眉を顰める。
『見たことあるが、一人で行くのか? あそこは、女が一人で行くような所じゃない。』
「なんなら俺が着いていく……って、なるほど。こうして実際に会う約束をするんだな」
店で説明されたときはいまいちピンと来なかったが、確かにごく自然と見ず知らずの人間と出会う流れになっている。他の登録者もこのようにして出会いの約束をとりつけたりするのだろう。しかしまだマッチングして一日も経っていない相手といきなり出会うというのはいささか軟派過ぎな気がする。
桐生は打ちかけのメッセージを取り消し「友達や誰かと一緒に行った方が安全だ」と送信した。恋人をつくることを目的とした交流なのに、これではただお節介な年寄り(少なくとも、ロミにとっては)になってはいないかと、桐生は少し不安になる。
しかしそれは杞憂だったようだ。
『お気遣いありがとうございます。私は全然女らしくないので、そういった危険を感じたことはないんですけど、確かに神室町自体治安があまり良くないですもんね。今度は友達と行きますね!』
桐生の気遣いを無碍にしない、そのあまりの健気さに感嘆した。プロフィールを見た限り、ロミは桐生より一回り年下と思われるが、その若さにして相手を立てることのできる人間性が確立された女性なのは明らかだ。
それからもロミとのやりとりを数時間にわたって続けていたが、何通かメッセージを送信したところで「ライフがありません」と表示されてしまった。どうやら、メッセージを送るのにはライフ、もとい体力を要するらしい。体力をすべて消費すると、回復するまでメッセージが送れなくなってしまうようだ。回復は時間経過だが、すぐに回復ができる有料コンテンツもあるらしい。なるほど、こうして商売を成立させているのかと、桐生はまたもや現代の技術と発想に感心した。けれども桐生は有料コンテンツは購入せず、ライフの回復は時間経過で待つことにした。ロミにメッセージが送れないので、彼女とのやりとりはこれでひとまず終わりである。
着飾らずにただありのままの考えを送り合う。――なるほど、確かにこれは楽しいかもしれない。いや、楽しい。
正直、メッセージではなく電話でもいいのではないかとも思っていたが、文面というのはどうにも予想以上に相手の人格が反映される。極論だが、がさつな性格なら文章は横暴、誤字があったりしたり、反対に几帳面な性格なら、文章そのものが読みやすいなど、メッセージひとつで相手のことはわりと分かるような気がする。
つまり、ロミは几帳面で、すぐに返信するマメな性格で、人間ができている女性、ということだ。
まさか、初めてマッチングした相手がこのような人間だとは思いもしなかった。アプリを始めて間もないが、おそらく彼女を基準にしてはいけないのは分かる。
桐生はセレナのソファに横たわる前に、もう一度アプリを開いた。すでにロミからのメッセージが来ているが、ライフがないので返信ができない。どうやら女性ユーザーと男性ユーザーではライフの消費量が違うらしい。もしかしたら、女性ユーザーにはライフの概念すらもないのかもしれない。
ふたたびメッセージが送れるのは六時間後。次起きたときにはメッセージが送れるはずだと、桐生は柄にもなく胸を弾ませた。朝起きるのが楽しみ、だなんて何十年振りに抱いた感情だろうか。
桐生は、気づけばマッチングアプリの虜に、否、ロミと名乗る女性とのやり取りに夢中になっていた。