pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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らしくもなく緊張していた。なぜならば、普段あれほど常識に囚われず浮世離れという言葉を体現したような男が、静かに怒っているわけでも、喧嘩の前兆でもなく、ただ唇と唇を触れ合わせるためだけに真剣な表情で自身を見つめているのだから。
「……目ェ瞑らんの?」
「あ、あんたが瞑らないのか」
「桐生ちゃんが瞑ったら俺も瞑ろう思ってたんやけど」
「むぅ……」
目を瞑るということは、当然ながら視界が見えなくなるということであり、どうしても無防備になってしまう。そのような姿を真島に限らず他人に晒すことが、何となくだが気が引ける。
しかしこのままでは埒が明かない。目を瞑れば時間が解決してくれることなのだ。始まれば終わる。物事とはそういうものだ。
「唇まで閉じとるやないか、それじゃキスできんわ」
目を瞑ったと同時に身体が硬直したのが自分でも分かる。どうやら唇まで内側に巻き込んでしまったらしい。
「桐生ちゃん俺とチューしたくないん?」
「嶋野の狂犬」が聞いて呆れる、子犬のような瞳で見つめられる。
「そんなわけじゃ……」
「だったらもっとシャキッとせんかい」
「……」
言われた通り少し姿勢を整える。ついでに拠れたスーツの皺も整えて、いつでもこいと視線を上げた途端、有無を言わさず迫ってきた唇に対抗する術を桐生は持ち合わせていなかった。
ほんの一瞬、触れ合わせるだけのキスだった。色気も何もない、冗談のように軽い接吻。この男のことだから、とても初めてとは思えない、お互いがお互いを求め合うような情熱的なキスをするだろうと思っていたのに、こんな。
「こうでもせんと桐生ちゃんさせてくれないやろしな、今はこれで我慢したる」
再び巻き込んだ唇に微かに残る熱を感じ、桐生は身震いする他なかった。
ただ一つ言えるのは、その「我慢」が効かなくなる日は、そう遠くはないだろうということだ。