東京都内に住む川邉隆さん(57)は出版関係の倉庫で非正規労働者として働いていて、現在の時給は東京都の最低賃金と同じ1113円です。
最低賃金 大幅な引き上げとなるか 厚労省の審議会で議論始まる
「歴史的な賃金引き上げと言われていますが、どこの世界の出来事なのかと思います」
最低賃金と同じ時給で働く人からは、物価高騰が続く中で普通の生活を維持することすらままならないとして、大幅な引き上げを求める声があがっています。
企業側は最低賃金の引き上げには反対しないものの、大幅な引き上げには慎重な構えです。
今年度の最低賃金の議論の行方はどうなるのか。詳しくまとめました。
「これ以上、どこを節約していけばいいのか…」
週5日、1日8時間ほど働いていますが、月の手取りは15万円ほどです。
生活が苦しいため、倉庫の仕事のあと菓子工場でも週に3日ほど働き月に数万円を得ていますが、帰宅が深夜になることも多く、体力を考えると今後もこの働き方を続けることは難しいと考えています。
NHKは2年前にも最低賃金で働く川邉さんを取材していましたが、この間、賃金の引き上げは最低賃金の引き上げ分のみで物価高が続くなか、生活はより厳しくなっていると感じています。
川邉さんは平日の昼食は100円のカップラーメンや賞味期限切れが近づき半額のシールが付いた菓子パンを買うなどしてすませています。
妻も安い冷凍食品などを選んで購入し、この日の食事も餃子とごはんで1人300円以内に抑えていました。
妻とは年に1回は泊まりがけで旅行に出かけようと話していましたが、泊まりがけの旅行は3年前に熱海に行ったきり、行けていません。
先月にはバイクを運転していて事故に遭い、治療費などで10万円ほどの出費がありましたが、貯蓄がなかったため、会社から給料を前借りしてなんとか対応したということです。
川邉さんはこうした状況を少しでも改善しようと、去年からパートや派遣社員などが会社に賃上げを求める「非正規春闘」の取り組みにも参加し、会社側と交渉を続けてきましたが賃上げの回答は得られていません。
川邉隆さん
「これ以上、どこを節約していけばいいのか、正直わかりません。けがや病気に備えた貯蓄もほとんどできず、常に不安がつきまといます。ことしの春闘では歴史的な賃金の引き上げが行われたと言われていますが、どこの世界の出来事なのかと思います。最低賃金は私たちの命に直結している問題です。国は2030年代半ばに時給1500円と言っていますが遅すぎます。いますぐ大幅な引き上げをしてほしいです」
中小企業の総菜メーカーでは
中小企業からは、最低賃金の引き上げに理解を示す一方で、円安などで原材料費や光熱費が高騰するなかで、大幅な引き上げには慎重な見方も出ています。
埼玉県草加市の総菜メーカー「デリモ」は正社員のほか、契約社員やアルバイトなど300人あまりが働いています。
技能実習生などおよそ20人が埼玉県の最低賃金と同程度の時給1030円で働いているほか、時給で働く契約社員なども多く、最低賃金の引き上げに伴って毎年、時給を引き上げています。
ただ、ことしは円安などの影響で、海外から輸入するそば粉の仕入れ値が年間およそ1億2000万円、商品の包装資材の仕入れ値が7000万円ほど上がっているほか、製造に欠かせない電気やガスなどの料金も上昇しています。
この春には人材確保のために正社員は月額で2万円などの賃上げを行い人件費の負担も増えています。
さらに今年度、最低賃金が仮に去年と同じ程度引き上げられた場合、従業員全体の給与の見直しが必要になり人件費はさらに年間で7000万円ほど増える見通しです。
会社では商品のこん包を自動で行うロボットを今月から導入して効率化を図っているほか、輸入に頼っていた小麦粉を県内産に切り替えて付加価値を高める取り組みも行っています。これまで商品価格を値上げし、年々増している経費の価格転嫁を進めてきましたが、人件費などこれ以上の転嫁は難しいといいます。
「デリモ」 栗田美和子社長
「人件費や光熱費が上がっても取引先にその分を値上げしてくださいとは言いづらい。それでも賃金を上げないと従業員が生活に困ってしまう。賃上げをするため付加価値の高い商品をどう作っていくかもっと真剣に考えないといけない」
今年度の最低賃金 議論始まる
こうした中、今年度の最低賃金について議論する厚生労働省の審議会が25日から始まりました。
春闘を通じて大手企業を中心に高い水準の賃上げの動きが広がる中、最低賃金も大幅な引き上げとなるかが焦点です。
最低賃金は企業が労働者に最低限支払わなければならない賃金で、去年、全国平均の時給が初めて1000円を超えて1004円となり、政府は2030年代半ばまでに1500円に引き上げることを目標に掲げています。
毎年、引き上げの目安を、労使の代表などで作る厚生労働省の審議会が決めていて、今年度の議論が25日から始まりました。
武見厚生労働大臣は冒頭、「ことしの賃上げ率は33年ぶりの水準となるなど高い伸び率となっている。この流れを非正規労働者や中小企業にも波及させていくには最低賃金による底上げが必要だ」と述べました。
このあと厚生労働省の担当者から物価の動向や春闘の賃上げの状況などについて説明がありました。
ことしの議論で労働者側は春闘で賃上げが広がったものの、物価高の影響で実質賃金はマイナスが続き、最低賃金近くで働く人の生活は苦しいとして大幅な引き上げを求める見通しです。
企業側は最低賃金の引き上げには反対しないものの、利益が上がらない中で人手確保のために賃上げをしているところも多いなどとして大幅な引き上げには慎重な構えです。
物価の高騰が続くなかで、春闘では大手企業を中心に高い水準の賃上げの動きが広がっていますが、最低賃金も大幅な引き上げとなるかが焦点となります。
審議会では来月下旬に引き上げ額の目安が取りまとめられる予定です。
最低賃金の推移は
最低賃金は去年、初めて全国平均が時給1000円を超えて1004円となっていて、去年は前の年から43円引き上げられるなど最近は大幅な引き上げが続いています。
最低賃金の引き上げ額は新型コロナの影響で経済状況が悪化した2020年度は1円の引き上げでしたが、翌年、2021年度からは3年連連続で過去最大の引き上げとなっています。
過去10年でみれば、4回、過去最大の引き上げを更新して、この間に全国平均で224円引き上げられました。
政府はこれまで最低賃金を1000円達成を目標としていましたが、去年、これを達成しました。
2014年度 780円(+16円)2015年度 798円(+18円)2016年度 823円(+25円)2017年度 848円(+25円)2018年度 874円(+26円)2019年度 901円(+27円)2020年度 902円(+1円)2021年度 930円(+28円)2022年度 961円(+31円)2023年度 1004円(+43円)
※平均は「加重平均」
2030年代半ばまでに全国平均1500円が目標
新たな目標については2030年代半ばまでに全国平均で1500円とするとしていて、今月決定したいわゆる骨太の方針にはより早く達成することを目指すと明記しました。
政府の新たな目標が示されてから初めて、審議会で議論が交わされます。
これまでの取材で労働者側は「ことしの春闘では去年を上回る高水準の賃上げが広がったが、大企業と比べて中小企業の賃上げ率が低い傾向が続いている。物価高の影響で実質賃金もマイナスが続いていて、最低賃金近くで働く人たちの生活は苦しい」として最低賃金の大幅な引き上げを求めることにしています。
企業側は「物価の高騰が続く中で最低賃金の引き上げには反対しないが、人手不足の状況が続き利益が上がっていない中で人手確保のために賃上げをしている企業が多い。原材料費や賃上げが行われるなかで価格転嫁が十分に進んでいない企業も少なくない。企業の支払い能力を含めてデータに基づき議論を進めたい」と主張することにしています。
賃上げや実質賃金の状況は
ことしの春闘では大手企業を中心に高い水準の賃上げ回答が相次ぎ、例年以上の賃上げ率となっています。
連合が6月3日時点で4938社の回答状況を集計したところ、定期昇給分をあわせた賃上げ額は平均で月額1万5236円、率にして5.08%でした。
これは1991年以来33年ぶりとなる5%超えの高い水準です。
その一方で、中小企業は大企業と比べると低い傾向が続いています。
従業員300人未満の中小企業3516社の平均の賃上げ額は月額1万1361円、率にして4.45%となっています。
これらは比較が可能な2013年以降では最も高くなっていますが、従業員1000人以上の大企業、488社の平均賃上げ率と比較すると、0.74ポイント下回っています。
こうした状況を背景にことし4月の働く人1人あたりの基本給などにあたる所定内給与は前の年と比べて2.3%増加し、およそ30年ぶりの高い伸び率となりました。
その一方で物価を反映した実質賃金はことし4月で前の年と比べて0.7%減少と過去最長の25か月連続でマイナスとなっていて、依然として物価の上昇に賃金の伸びが追いついていない状況が続いています。
専門家「近年の高い伸びを維持していけるかが焦点」
最低賃金の問題に詳しい法政大学経営大学院の山田久 教授は次のように指摘します。
法政大学経営大学院 山田久 教授
「働いている側から見れば春闘で賃上げ率が上がっているが物価も高い状態が続いているので物価に負けない実質賃金のプラスを確保できるような最低賃金の引き上げが必要となってくる。ただ、企業も中小企業を中心に物価高によって仕入れ価格が上がる中で、販売価格が十分に上がっておらず、収益が厳しい状況もある。人手不足の中で引き上げの必要性は企業も認識しているが、業績に響くので引き上げを抑制してほしいというのが本音だと思う。今後の議論では近年の高い伸びを維持していけるのか、場合によってはさらに高い水準を記録できるかが焦点になる。
最低賃金を引き上げていくことは所得の底上げにつながり、企業は高い賃金を支払うために生産性の向上を図ることも期待できる。それと同時に中小企業が価格転嫁や生産性を上げることを支援し、支払い能力を上げていくような支援も行う必要がある。所得の底上げと生産性向上の両立ができれば、日本全体の経済成長を促していく効果が期待できる」
林官房長官「最低賃金による底上げも必要」
林官房長官は閣議のあとの記者会見で「中小企業の賃上げを強力に後押しすることに加え、最低賃金による底上げも必要だ。今月、閣議決定した『骨太の方針』では都道府県ごとの地域別最低賃金について地域間格差の是正を図るとされた。こうしたことや物価の状況なども踏まえつつ、審議会で真摯(しんし)な議論がなされることを期待している」と述べました。