袴田さんへ謝罪も「判決に不満」 検事総長、異例の談話
袴田巌さん(88)の再審で控訴断念を表明した畝本直美検事総長は8日に発表した談話で、無罪判決確定までに長期間かかったことに対し謝罪の意思を示した。一方、捜査機関による証拠の捏造(ねつぞう)を認定した静岡地裁判決に対し「強い不満を抱かざるを得ない」と述べ、不信感をにじませた。
「熟慮を重ねた結果、控訴するのは相当ではないとの判断に至った」。控訴期限の10日を待たず畝本総長は控訴しない方針を表明した。
袴田さんは釈放される2014年までの48年間、拘束されていた。事件発生から半世紀以上経過しての無罪確定を踏まえ「刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思う」とした。
ただ、総長談話で最も分量を割いたのは9月26日の静岡地裁判決に対する評価だ。
再審では確定判決で犯行時の着衣とされた「5点の衣類」の評価が大きな争点となった。事件から約1年2カ月後に現場近くの工場のみそタンクから見つかったものだ。検察側は事件から時間が経過しても衣類に付着した血痕に赤みは残りうるとして、袴田さんのものであることは揺らがないとし続けた。
判決は弁護側の主張に沿った内容になった。実験結果などを踏まえ、仮に事件発生時に袴田さんが隠したものだとすれば見つかった時点で赤みが残ることはないと認定。捜査機関によって捏造された証拠だと断じた。
畝本総長は談話で、血痕の赤みが消えることは科学的に説明できないとした多くの科学者の主張についての検討が足りないと指摘。衣類が見つかったみそタンクの環境を巡り「醸造について専門性のない科学者の一見解に依拠」して赤みが残らないとした結論に「大きな疑念を抱かざるを得ない」と批判した。
捏造との指摘に対しては「何ら具体的な証拠や根拠が示されていない。強い不満を抱かざるを得ない」と不信感をあらわにした。「判決は到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われる」。談話は最後まで控訴を検討していたことを示唆した。
検察幹部は8日夜「改めて有罪を立証することはできる。控訴は可能だった」と明かし「判決理由に多くの問題がある」と話した。
談話も静岡地裁が捏造と判断した理由が時系列や証拠と明らかに矛盾していると主張。袴田さんの健康状態や年齢を控訴しない理由に挙げつつ、再審手続きの長期化の一因とされる裁判所の判断にも不満をにじませた。
袴田さんの第2次再審請求審では、14年に静岡地裁が再審開始決定を出したが東京高裁は認めず、最高裁が差し戻した後に東京高裁が改めて再審を認めるという経過をたどった。
別の検察幹部は「司法の判断がまちまちになっていて、袴田さんの法的地位が不安定になった」と強調。再審請求手続きが長期間に及んだことについて、検察だけでなく裁判所を含めた司法全体の検証が必要だとの考えを示した。
静岡県警「申し訳なく思う」
静岡県警は8日、袴田巌さんの無罪が確定することを踏まえ「当時捜査を担当した県警としても、袴田さんが長きにわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことを申し訳なく思う」とするコメントを発表した。
畝本直美検事総長は同日の談話で、再審手続きについて検証する方針を示した。県警は「可能な範囲で改めて事実確認を行い、教訓とする事項があればしっかり受け止め、より一層緻密かつ適正な捜査を推進する」とした。