袴田さん無罪、検察が控訴断念発表 「捏造には不満」異例の総長談話
1966年に静岡県のみそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして強盗殺人罪などで死刑が確定した袴田巌さん(88)に対し、再審(やり直し裁判)で無罪を言い渡した9月26日の静岡地裁の判決について、最高検は8日17時、控訴しないと発表した。
逮捕から58年を経て、袴田さんの無罪が確定する。確定死刑囚が再審で無罪となるのは戦後5件目。過去の4件はいずれも検察が控訴せずに無罪が確定していた。
最高検は畝本直美・検事総長名による異例の「談話」を発表。証拠捏造(ねつぞう)を認めた静岡地裁判決について「捏造と断じたことに強い不満を抱かざるを得ない」と批判しつつ、再審請求審が長期にわたったことなどをふまえ「袴田さんが結果として長期間にわたり、法的地位が不安定な状況に置かれてきた。検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断にいたった」と述べた。
関係者によると、検察内では、証拠捏造を認めた判決の判断に反発があったが、再審請求審に続き再審公判でも検察の主張が退けられており、控訴については「慎重な検討が必要だ」との声が上がっていた。
みそ製造会社の従業員で元プロボクサーの袴田さんは66年に強盗殺人罪などで逮捕・起訴され、捜査段階で「自白」。公判で否認したが、80年に死刑判決が確定した。
2008年に始まった第2次再審請求審で、再審公判の開始が静岡地裁で決定。東京高裁の取り消しや最高裁の差し戻しを経て、23年3月に同高裁で確定した。
同年10月に始まった再審公判で、検察は、改めて袴田さんが犯人だとして死刑を求刑した。
今年9月の判決は、袴田さん逮捕後にみそタンク内で発見された中心的な証拠「5点の衣類」について、「捜査機関が血痕を付けるなどの加工をして隠した」とし、衣類のうちズボンから切り取られたとされる端切れも捏造だと述べた。
捜査段階の自白を記録した検察官の調書も「非人道的な取り調べで得た実質的な捏造」と指摘。そのうえで、残る証拠では、袴田さんを犯人と認定できないとして無罪を言い渡していた。(金子和史)
検事総長談話の全文
1966年に4人を殺害したとして死刑が確定した袴田巌さん(88)の再審での無罪判決に対して、検察側が控訴を断念した理由について、検察トップの畝本直美・検事総長が発表した談話の全文は以下の通り。
結論
検察は、袴田巌さんを被告人とする令和6年9月26日付静岡地方裁判所の判決に対し、控訴しないこととしました。
袴田さんの再審開始を決めた昨年の東京高裁決定を踏まえた対応
本件について再審開始を決定した令和5年3月の東京高裁決定には、重大な事実誤認があると考えましたが、憲法違反など刑事訴訟法が定める上告理由が見当たらない以上、特別抗告を行うことは相当ではないと判断しました。
他方、改めて関係証拠を精査した結果、被告人が犯人であることの立証は可能であり、にもかかわらず4名もの尊い命が犠牲となった重大事犯につき、立証活動を行わないことは、検察の責務を放棄することになりかねないとの判断の下、静岡地裁における再審公判では、有罪立証を行うこととしました。
そして、袴田さんが相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも配意し、迅速な訴訟遂行に努めるとともに、客観性の高い証拠を中心に据え、主張立証を尽くしてまいりました。
静岡地裁での再審無罪判決に対する評価
本判決では、いわゆる「5点の衣類」として発見された白半袖シャツに付着していた血痕のDNA型が袴田さんのものと一致するか、袴田さんは事件当時鉄紺色のズボンを着用することができたかといった多くの争点について、弁護人の主張が排斥されています。
しかしながら、1年以上みそ漬けにされた着衣の血痕の赤みは消失するか、との争点について、多くの科学者による「『赤み』が必ず消失することは科学的に説明できない」という見解やその根拠に十分な検討を加えないまま、醸造について専門性のない科学者の一見解に依拠し、「5点の衣類を1号タンク内で1年以上みそ漬けした場合には、その血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる」と断定したことについては大きな疑念を抱かざるを得ません。
加えて、本判決は、消失するはずの赤みが残っていたということは、「5点の衣類」が捜査機関の捏造(ねつぞう)であると断定した上、検察官もそれを承知で関与していたことを示唆していますが、何ら具体的な証拠や根拠が示されていません。
それどころか、理由中で判示された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれている上、推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あり、本判決が「5点の衣類」を捜査機関の捏造と断じたことには強い不満を抱かざるを得ません。
控訴の要否
このように、本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます。しかしながら、再審請求審における司法判断がまちまちになったことなどにより、袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました。
所感と今後の方針
先にも述べた通り、袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております。
最高検としては、本件の再審請求手続きがこのような長期間に及んだことなどにつき、所要の検証を行いたいと思っております。
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- 金子和史
- 東京社会部|裁判担当
- 専門・関心分野
- 事件、司法
- 【視点】
袴田さんの無罪が確定し、まずは本当によかった。また、検察が、控訴期限を待たずに「控訴せず」を発表したこと、再審無罪に至るまでの手続きに長い時間がかかった点を袴田さんに謝罪したことは、評価してよいと思う(謝罪すべきは、それだけではない、とも思うが)。 ただ控訴断念の理由は、袴田さんの長期にわたる「法的地位が不安定な状況」をこれ以上長引かせないため、と言うより、控訴しても逆転有罪に持ちこむ見込みがない、と判断したためだろう。控訴棄却となれば、検察がさらなる批判を浴びることは必至で、それを避けたのは賢明だった。 再審請求手続に長い時間がかかった点についての検証は、早期に行い、結果はきちんと公表してもらいたい。できれば、検察内部だけではなく、外部の目を入れるべきだ。特に、「5点の衣類」のカラー写真などの重要証拠を開示するまでに、最初の再審申立から20年近くかかったのはなぜなのか、本当のところを明らかにしてほしい。 そして、袴田さんのように冤罪からの救済に一生をかけるようなことがないよう、国は証拠開示の手続きなどを含めた再審に関するルール作りを急ぐべきだ。
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- #袴田さん無罪
- 【視点】
検察が控訴を断念し、無罪が確定することになり、本当に良かったと思う。しかし汚名を着せられ、長い間「死刑」という恐怖に直面しながら闘い続けなくてはならなかった袴田さんの58年間は返ってこない。58年という年月を一人の人間から奪ったことを、警察、検察、そして裁判所は重く受け止めてほしいし、せめて袴田さんに対して正式な謝罪と賠償が速やかに行われることを求める。 今回の総長談話では「捏造と断じたことに強い不満を抱かざるを得ない」と地裁判決を批判し、「袴田さんが結果として長期間にわたり、法的地位が不安定な状況に置かれてきた。検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断にいたった」という理由を述べており、謝罪もなされていないことが残念だ。 一方で、国民としては今回の裁判を、冤罪が作られてしまう日本の刑事司法のあり方を見直す機会としなくてはならないと強く思う。再審制度に関する法改正などの議論をぜひ進めてほしい。(https://digital.asahi.com/articles/ASS9D1SGKS9DIIPE00BM.html)
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