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01.晩酌の途中ですが、貴族の五男になりました

「おぼっちゃま? どうかなさいましたかおぼっちゃま」

「……え?」


 誰かに袖を引っ張られた。

 うたたねの直前のように、一瞬意識が飛びかけたような感覚のあと、まわりの景色が目に入ってきた。


「え?」


 さっきの「え?」とは違った意味の「え?」だ。

 なんで……俺はここにいるんだ?


 まわりを見た。

 どこかのお屋敷の大広間って感じだ。

 いろんな人がいて、パーティーをしているみたい。


 俺は何故かそこにいた、さっきまで仕事終わりの晩酌をしていたはずなのに……って。


「えええええ!?」


 三回目の「え」は、前の二回よりも盛大に声が出てしまった。

 自分の体をみる、手の平を開いてじっと見る。


 俺……子供になってる?


 顔をべたべた触る。

 顔にしわがない、というかヒゲがまったくない!

 どんなに丁寧に剃っても残るあのジョリジョリ感が一切しない。

 というか肌が瑞々しい! すべすべだ。


 さっきまで仕事終わりの晩酌をしていたはずなのに、気がついたら子供になってた。


 自分で言ってても意味が分からない、頭がどうにかなりそうだった。


「どうした、リアムよ」


 遠くから渋い男の声が聞こえた。

 瞬間、宴のざわざわが少しトーンダウンした。


 何事かと思っていると、そばの女の人――なんとメイドが俺に耳打ちして。


「お坊ちゃま、旦那様がお呼びです」

「え?」


 メイドが目配せしてくれる視線を追っていくと、宴会場になっているこの場所の一番偉い人が座るところに、一人のお貴族様がいた。


 貴族は多分お酒のせいで頬が赤くなってて、まだ上機嫌なのが分かる目で俺を見つめている。


「あ、えっと……おめでとうございます?」


 なんだか分からなくて、それでもめでたい席なのは分かったから、とりあえずそんな言葉を言ってみた。

 すると、お貴族様は満足げに、


「うむ、今日はお前も楽しんでいけ」


といった。


 とりあえずは凌ぎきった。

 俺はほっとして、目立たないようにした。

 そうして、まわりを見回して、聞き耳を立てて、情報をかき集める。


 三十分くらいそれに徹した結果、いくつか分かってきた。


 まず、俺の――何故か俺がはいってるこの子供の名前はリアム・ハミルトンという。

 ハミルトン伯爵家の五男だ。


 そして、この宴会は、ハミルトンの当主――さっき俺に話しかけてきたお貴族様が、五人続いた男の子の後、初めて娘が生まれたから開いた宴会だ。


 宴会はハミルトンの当主と正妻、そして娘を産んだ側室、さらには息子の五人で開かれている。


 そこまではわかった。

 分からないのは……なぜ俺がリアム・ハミルトンになっているのかということだ。


     ☆


 夜が明けても、俺はリアムのままだった。

 夢とか幻とかそういうのかもしれないから昨夜の宴会が終わったらさっさと寝たが、起きても十二歳の少年、リアムのままだった。


 ベッドの上でまたしてもべたべた自分の顔を触る。

 ちょっとだけ心許ない。


 ヒゲというのは男の証だ。

 (元が)童顔の俺にとって、仕事をするときヒゲのありなしで任せてもらえる仕事にかなりの差がでる。


 いい仕事――美味しい仕事。

 責任が求められる仕事は、ヒゲをちゃんとしないともらえないことが多い。


 そういう生活を長く送ってきたから、ヒゲの無い状態はかなり不安だ。


「おはようございます、リアムお坊ちゃま」


 ドアが開いて、メイドが入ってきた。

 二十歳くらいの若いメイドだ。


「お、おはよう」

「本日はどちらになさいますか」


 メイドは押してきたワゴンを俺に見せた。

 ワゴンの上には服が三着載っている。


「どちらって……選べるのか?」

「はい」


 なんでそんな事を聞くの? って顔をするメイド。

 その日着る服を選べるなんて……本当に貴族だな……。


     ☆


 元に戻る気配がやっぱりなくて、俺はもっと現状を把握するために、それとなくメイドから現状の色々を聞き出した。


 まず、昨日のパーティーだ。


 貴族というのは、三代目までその位を継承できる。

 三代受け継ぐまでに何か国に対する功績を挙げられれば継承延長が出来るが、ずっとそれがなければ四代目からは平民だ。


 今の当主、リアム()の父親チャールズ・ハミルトンはその三代目だ。

 自分の代で功績を立てなければ次からは平民だ。


 そして、功績の中で一番簡単なのは、皇帝の妃に娘が選ばれる事。

 それを狙っていたチャールズは立て続けに五人も男の子が産まれてしまい、ようやくの事で側室に娘が生まれたから、昨日はああして盛大にパーティーを開いたということみたいだ。


 かくして、チャールズの頭の中は長男と娘の二人だけになった。


     ☆


「まあ、それでも俺達は貴族だからな」


 リアムの兄、四男ブルーノが皮肉っぽく笑った。

 俺の一つ上、十三歳という年齢を考えれば、微笑ましい感じのニヒルな笑い方だ。

 この年頃の男の子はこんな感じで意味不明なかっこつけ方をするもんだ。


 そんなブルーノと一緒にいるのは、街の私塾。


 朝着替えて、朝ご飯を食べた後、ブルーノと一緒にこの私塾にやってきた。

 既にメイドからある程度の知識を引き出した俺が、「妹についてどう思う」と聞いたらさっきの台詞が返ってきた。


「こうして、私塾に通えるし、その後は自由気ままな毎日だ」

「自由気ままなのか」

「はっ、ありがたくて涙が出そうになるがな。私塾に通うのも不自由ない生活をさせるのも貴族の体面のため。ハミルトンはこれでも『最古の貴族』だからな」

「最古の貴族?」

「重ねた代の数が長いだけだが、その分体面は重んじるのさ」

「なるほど」


 またちょっとだけ、現状が分かってきた。

 最古の貴族か……それなら延長に繋がるかもしれない、娘が生まれた昨日のあの宴会もうなずける。


 皇帝や皇子が身分の低い女を見初めて、その後一族がお妃様に乗っかって成り上がる――というのは物語や演劇では定番だ。

 庶民だった(、、、)俺でもよく知っている話。


 いろいろ分かってきた。


 分かってきた……けど。

 本当に……なんで俺こうなってるんだ?


 元の俺はどうなってる、いつ戻れるんだ?

 もしこのまま戻れなかったら……?


「ほっほっほ」


 気の抜ける笑い声と共に、一人の老人が部屋に入ってきた。

 いかにも好々爺って感じの、口が悪い人がいえばぼけかけてるみたいな。

 そんな感じの老人だ。


「お二人ともいらっしゃってますな。では本日の授業を始めますぞ」

「適当でいいぞジジイ。努力したってしょうがねえんだ」


 ブルーノがまたニヒルな感じで、全て悟りきった風な感じで言った。


「そうですか?」

「ああ、貴族の四男に産まれたんだ、この先割り切って人生を楽しめればいいのさ」

「……」


 割り切って、人生を楽しむ。


 俺も、そうした方がいいのかな。


     ☆


「魔法?」


 身が入らない授業が終わった後、俺の質問に怪訝そうな顔をするブルーノ。


「うん、魔法を学びたいんだ」

「お前変わってんな」


 呆れるブルーノだが、俺がこんなことを言い出したのはもちろん理由がある。


 魔法は、私塾以上の「知識」だ。

 そしてその知識は「武器」で、ほとんどが皇族や貴族に独占されている。

 平民だった俺は、魔法という存在をしっているし、お貴族様が使ったところも見た事があるけど、どうやって使うのかも、そもそもどうやって覚えるのかも分からない。


 ブルーノの「割り切って楽しむ」と聞いて、俺は真っ先に、だったら魔法を覚えたいと思った。


「ダメなのか?」

「んなことはねえよ。屋敷に書庫があっただろ?」

「うん」


 本当は知らないけど、頷いておいた。

 書庫の存在は「リアム」なら知っていて当然だし、後で遠回しにメイドの誰かに場所を聞けばいい。


「そこに魔導書があるから、勝手に読めば。まっ、魔法の才能なんて百人に一人くらいしかないから、無駄な努力だと思うがね」


 ブルーノは最後まで、ニヒルで達観したキャラのまま、私塾から立ち去った。


 書庫の事を聞いたおれは、一直線に屋敷に戻っていく。

 初めての街、色々と気になるものもあったが、今はまず魔法。

 そう思って、脇目も振らずに屋敷に戻った。


 屋敷の中にもどると、メイドが俺を出迎えた。


「お帰りなさいませ、リアム坊ちゃま」

「書庫はどこだ?」

「えっと……」


 ご存じないのですか? みたいな顔で見られた。


「いいから、つれてって」


 ブルーノに「自由に見れる」みたいな事をいわれて、興奮したせいなのかもしれない。

 遠回しに聞くこととか出来なくて、ストレートに「書庫はどこ」って聞いてしまった。


 メイドは不思議がりつつも、そこは一応「お坊ちゃま」、五男とはいえ貴族のご子息。


 彼女はおずおずと、俺を案内した。


 つれてこられた荘厳なドアの部屋。

 そのドアを開き、中に入る。


 開けた瞬間、奇妙な匂いがした。


「なんだ、この匂いは」

「本のにおいですね、本が多くて閉め切った部屋だとこうなります」

「そうか」


 庶民の俺には無縁だった「本の部屋」、初めての匂いの正体が分かった後、俺は中に入った。

 本棚にしまわれている本の背表紙を見る。


 そして探す、自分の目的の本を。


 すると、「初級火炎魔法」というタイトルの本を見つけた。


 俺はそれを手に取って、開く。

 最初のページから読んでいく。


 最初はまわりくどい前置きだった。

 火炎の魔法とはなんぞやから始まって、温度を上げるのは魔法のなかでも簡単な方だから、百人に一人は使える才能があるといっている。


 逆に氷の魔法(火炎魔法の本なのに)は、温度を下げるのは難しいから、千人に一人の才能だって書かれていた。


 その辺の事をまるっと読み飛ばして、俺は実践する方法を書いたページをめくった。


 最初は、立てた指先にロウソクのような炎をともすところからだ。

 それをするための集中の仕方、呼吸の仕方、体の動かし方……などなど。


 それが書かれていた。


 俺は一つ一つ、実践していった。

 書かれた通りに目を閉じて集中して、今までしたことのないような呼吸の仕方をする。


 そして書かれた通り――力を指先に込める!


「――っ! 出た、魔法だ!」

「すごい、おめでとうございます」


 俺をここまで案内してきたメイドが拍手した。


 自分が立てた人差し指の先で揺らめく、ロウソクのような小さな火。


 そして本棚を見る、他にも色々と魔法の本――魔導書があった。


 今でも何が起きたのか、まるで分からないが。

 魔法を覚えた、この先も覚えられる。


 訳がわからないまま始まった貴族人生だけど、俺は大いにワクワクしだすのだった。

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