捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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 2周年記念小噺だゾ!(2周年から49日後)


小噺集Ⅲ
生態


 今日の我が家は人口密度が高い。

 芙花が友達を呼ぶことは、これまでにも多々あった。

 最近では、父が同僚の方を招いたこともあり、来客自体は珍しくない。

 しかし、今日は少し様子が違った。

 

「父さん、私がやるよ…?」

「いいから」

 

 棚からトレイを取り出そうとする私を、父はやんわりと止めた。

 

「ここは任せて、姉ちゃん!」

 

 そう言って芙花がトレイを取り出し、手際よくグラスを載せていく。

 来客時、私の定位置になっているキッチンには、父と芙花が立っていた。

 何かすべきことはないか、と視線を彷徨わせてしまう。

 

「蓮花は皆のところに行っておいで」

 

 そんな私を見て、手元を動かしながら苦笑する父。

 これでは落ち着きのない子どもだ。

 用意してくれている2人を邪魔するのも気が引ける。

 

「それじゃあ……お願いしようかな」

 

 お茶請けの用意は任せ、大人しく自室まで戻ろう。

 

 どうにも慣れない――いつも私が用意する側だった。

 

 苦と思ったことはない。

 やりたいからやっていたのだ。

 自室のドアノブに手を掛け、小さな罪悪感を吐息と共に吐き出す。

 

「…よし」

 

 気負う必要などない。

 このドアの先で待っているのは――

 

「おかえりなさい、東さん」

「おかえり~」

 

 ()()友人たちなのだから。

 

「お茶請けは、少し待ってほしい」

 

 後ろ手でドアを閉め、普段は書斎として使っている自室を見回す。

 さすがに5人も呼べば手狭になると思っていたが、そうでもない。

 

「いえ、お気遣いなく」

 

 お手本にしたくなる正座で待っていた金城は、静かに目を伏せる。

 普段から姿勢が良いと思っていたが、より顕著に感じる。

 清涼感のある白を基調とした私服姿も相まって、まさに大和撫子という風体だ。

 

「どうかされましたか?」

 

 私の視線に気づいた金城と目が合う。

 別に誤魔化すようなことではない。

 素直に感想を口にする。

 

「綺麗だな」

「はいっ…!?」

 

 目に見えて動揺する金城を見て、私は失敗を悟った。

 情報は正確に伝えなければならない。

 口を開きかけた金城を手で制し、一呼吸置いてから訂正する。

 

「姿勢が」

「あ、はい、姿勢……ですか」

 

 目に見えて落ち込む金城。

 なぜだ!?

 あまりに当たり前のことを褒められたからか?

 原因が分からない。

 

「おやおや~」

 

 消沈した様子の金城に寄りかかり、その柔らかな頬を突く黒澤。

 玩具を見つけた猫のように生き生きとしている。

 

「何を期待してたのか――あたっ」

 

 すかさず鋭い手刀が返され、悪戯猫は撃退された。

 

「静ちゃんはね~」

 

 戯れ合う2人を横目に、のんびりとした口調で語り出す政木。

 ゆったりとしたワンピースに身を包み、いつも以上に柔らかな印象を受ける。

 手招きに従って隣へ座ると、政木はふにゃと笑う。

 

「小学生の時に剣道をがんばってたんだよ~」

「なるほど」

 

 その時の教えが今も生きているのだ。

 政木も同じように姿勢が良いが、何か習っていたのだろうか?

 

「……静華も素直になればいいのに」

「牡丹?」

「――いやぁ、昆虫関連の本ばかりだと思ってたけど色々あるね」

 

 頭頂部を撫でる手を止め、強引に話題を逸らす黒澤。

 その視線は部屋の一角を占有する本棚へ向けられていた。

 

「たしかに蓮ちゃんの部屋って本がたくさん~」

 

 カーテンに隠された本棚には、ぎっしりと書籍が収められている。

 昆虫に関する書籍は無論、軍事書籍に歴史書、料理や園芸といった実用書まで並ぶ。

 

「ほとんどは父の書斎のものだ」

「…なるほどね」

 

 黒澤は微かに口元を緩め、制空戦闘機の全貌という題名の書籍を本棚に戻す。

 

「勉強熱心なのはいいことだね……ほんとに」

 

 それから窓際へ視線を投げ、苦笑を漏らす。

 視線の先には、先程から会話に入ってこない白石と御剣の姿があった。

 

「なるほど、単純に大型化しただけでは、脚が自重に耐えられませんね」

「エナで強度を確保している、と普通なら考えますけど……ページを捲っても?」

「どうぞ」

 

 体を寄せ合っている2人は、とあるノートを熱心に読み込んでいた。

 それは何の変哲もないキャンパスノートに見える。

 しかし、その内には読むことを全く考慮していないファミリアの考察が長々と綴られている。

 面白い読み物とは、とても思えない。

 

「面白いか…?」

「はい、大変興味深いです」

 

 ノートから顔を上げた白石の瞳は、生き生きと輝いていた。

 喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。

 

「ここまでファミリアを考察した資料なんてありませんもの」

 

 御剣は口元に指を当て、真剣な眼差しで文章を追う。

 

 未知の知識を欲するのは、彼女たちがウィッチであるから――だけではないな。

 

 単純に()()という行為が好きなのだろう。

 新しい本を前にした時の高揚感は、私も分かる。

 分かるが――

 

「貸出できますか?」

「そこまで気に入ったのか」

「はい」

 

 即答した白石は、机のブックスタンドに立て掛けたノートを見る。

 それは私の予習ノートだぞ。

 

「そういえば~」

 

 白石にどう答えたものか悩んでいると、視界の端で長い三つ編みが揺れる。

 

「ファミリアって普段は何してるの?」

 

 小さく首を傾げる政木と目が合う。

 通常時の活動は、テレパシーを共有している金城も知らない世界だ。

 人が呼吸を意識しないように、ファミリアもいちいち報告しない。

 

「なら……見に行くか?」

 

 言葉を待つ一同に、冗談めかして言ってみた。

 現地まで足を運べば、ファミリアの生態を嫌でも目にすることができる。

 当たり前の話だ。

 誰も本気にはしないだろうが――

 

「お願いします」

「ええ、行きましょう」

「おお~職場見学だね~」

 

 正気か?

 

 

 旧首都から真昼の空を見上げれば、黒い影が横切っていく。

 それは縞模様柄の細長い体を2対の翅で推し進めるオニヤンマ。

 

 重い羽音が蒼穹に溶けて消える――ちょうど哨戒を交代する時刻だったか。

 

 インクブスを一掃した今も多くのファミリアが旧首都で活動を続けている。

 視察には、お誂え向きの場所だろう。

 

「…無理はするなよ」

 

 もう4度目になるが、繰り返し確認する。

 

「む、無理なんてしていませんわ」

 

 地下鉄駅出入口を前にして、上擦った声を出すプリマヴェルデ。

 インクブスを前にした時よりも緊張しているように見える。

 本当に大丈夫か?

 

「たしかに虫……節足動物は得意ではありませんけど、貴重な機会を逃したくありませんの」

 

 竜の棲む洞穴を前にした騎士のように凛々しい横顔。

 しかし、その瞳には好奇の光が見え隠れする。

 プリマヴェルデの解析という権能は、本人の知的好奇心から来るものなのかもしれない。

 

「好奇心は猫を殺すって言うよね」

 

 そんなプリマヴェルデの隣から乾いた笑いが漏れ聞こえる。

 反対の立場に立つも多数決で押し切られてしまったダリアノワールだ。

 

やめといたほうがいいと思うけどにゃぁ…

 

 その手に抱えられた黒猫のパートナーも遠い目をしている。

 彼女たちの危惧は間違っていない。

 これから潜る場所は、モンスターパニックの世界だ。

 

何事も経験だぞ、トム君!

おぉん……

 

 プリマヴェルデの肩に舞い降りたフクロウの言葉に、黒猫は鳴く。

 何事も経験という言葉には同意したいところだが、素直に頷けない。

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

 頭の王冠を押さえ、小さく頭を下げるユグランス。

 表情こそ普段通りだが、アメジストのような瞳は期待で光り輝いていた。

 ここまで来て引き返すことはないだろう。

 

「…分かった」

 

 穏便に終わることを祈って、地下鉄駅出入口へ踏み込む。

 ミンミンゼミの合唱が遠ざかり、階段を下る足音が反響する。

 下るにつれ、周囲の闇が深まっていく。

 

 そして、広い空間――地下鉄駅構内に到着。

 

 一寸先も見えないが、構内で活動するファミリアには見えている。

 ならば、迷うことは――

 

「ちょっと暗いね~」

 

 青い狐火が虚空より現れ、闇を払って狐の耳と紅の和装を照らす。

 すっかり失念していた。

 ファミリアの感覚器官を通じて闇を見ているのは、私だけだ。

 

「助かる」

「どういたしまして~」

 

 ベニヒメは小さく手を振り、9つの狐火を頭上に浮かべた。

 光源が確保され、地下鉄駅構内の惨状が明瞭に見えてくる。

 

 暗転した電光掲示板、崩れたタイル壁、埃の積もった点字ブロック――在りし日の残骸。

 

 新たな管理者は人の営みに微塵の興味もない。

 人工物は、誰に知られることもなく朽ちていくのだろう。

 

「……温度が変わったな」

 

 ゴルトブルームの呟きが奥に広がる闇へ吸い込まれていく。

 勘が鋭いな。

 

「体感温度じゃなく?」

 

 黒猫を片手で抱えてから、とんがり帽子の端を抓むダリアノワール。

 崩落した天井を映す琥珀色の瞳にエナの光が宿る。

 

「いや、実際に違うはずだ」

 

 その視線の先には、今の疑問に答える()()()()()のファミリアがいた。

 

「おお~シロアリさんだ」

 

 鉄骨を伝って下りてきたシロアリは、一直線に私の下まで駆けてくる。

 

 体長は成人女性ほど、淡い褐色、大顎は小さい――シロアリのワーカーだ。

 

 小刻みに動く触角に触れ、艶やかな頭を撫でる。

 この硬質な感触は、やはり落ち着く。

 

この一帯はファミリアの手が加わっているので、気温や湿度が調整されているんです!

 

 定位置の左肩から解説するパートナー。

 今日は物知りマスコット路線で行くらしい。

 

「ここは蟻塚の中に近い環境になっている」

 

 実際の蟻塚と異なり、既存の地下空間を流用しているため、地上に巨大構造物は構築していない。

 しかし、気温や湿度を一定に保つ性質は、ほぼ再現されている。

 シロアリは気体濃度の変化に敏感だ。

 そのため、旧首都の地下空間を統べる彼女たちは、インクブスが出現すれば瞬時に感知できる。

 

「なるほど……本日の案内役は、そちらのファミリアが?」

 

 プリマヴェルデの問いに首を振って応じ、撫でる手を止める。

 ここで足止めするわけにはいかない。

 

「通りかかっただけだ」

 

 コンクリート片を銜え、天井の穴へ戻っていく勤勉なワーカーを見送る。

 今日は案内役がいなくとも問題ない。

 横道に逸れなければいいだけだ。

 

では、行きましょう!

「おお~」

 

 脱力感を誘うベニヒメの声を背に、地下鉄駅構内を進む。

 崩れた壁面から土塊が顔を覗かせるようになり、文明の気配が薄れていく。

 少し視線を上げれば、天井を歩くシロアリのワーカーたち。

 脇目も振らず穴を掘るケラを避け、乗降場で()()()を巻くヤスデたちの間を縫って進む。

 

「改めて見ると……すごい光景だな」

「小人になったみたいだね~」

 

 いつの間にか両脇をゴルトブルームとベニヒメが歩いていた。

 少し歩く速度が遅かったかもしれない。

 ちんちくりんな私は歩幅が小さいのだ。

 

「気分は不思議の国のアリス、でしょうか」

「いや、宇宙の戦士でしょ」

 

 神妙な顔で独り言ちるユグランス、すかさず合の手を入れるダリアノワール。

 

 ――存外、平気そうか?

 

 乗降場から灰青色の外骨格へ飛び移り、それから線路上へ降り立つ。

 休眠に入っているヤシガニがスロープの代わりとなっている。

 

「シルバーロータスさん、あれは何の横穴を掘っていますの?」

 

 プリマヴェルデの声に振り向き、白磁のガントレットが指差す方角を見る。

 そこには、線路脇のコンクリート片と土を押し除けるケラの姿があった。

 径が小さく、通行には向かない穴を懸命に掘っている。

 

「気温を調整するための空気穴だ」

気管支のようなものと思っていただければ

 

 極限環境でも生存可能なファミリアにとって気温変化は些細な問題だ。

 しかし、今も拡張され続けている地下空間を効果的に運用するため、どうしても細かな改修が必要になる。

 

「ふむ……あれは何ですの?」

 

 好奇に満ちた朱色の瞳が次に映したのは、シロアリのワーカー。

 より正確にいえば、大顎が銜えている物体。

 一見、土塊と見分けがつかない()()は、ファミリアが生み出した新兵器だ。

 

「こっちだ」

 

 見失う前にワーカーの縦列を追う。

 目的地に向かって行進する彼女たちを止めずに、傍から観察する。

 

「…黴のように見えますが」

 

 当たらずといえども遠からず。

 ワーカーを観察するユグランスの分析は好い線を行っている。

 菌類の一種であることは間違いない。

 

「アリタケだ」

違いますよ、シルバーロータス

 

 すかさずパートナーの訂正が入る。

 

これは、パクスです!

 

 パクスとはラテン語で平和だったか。

 自信満々なパートナーの命名規則は、実のところ分かっていない。

 

「…パクスは、先日のインクブス真菌から着想を得た」

 

 他者のエナを利用し、体内で増殖するインクブス真菌。

 連中が運用していたフェアリーリングを捕食し、解析した情報から生成されたのがパクスだ。

 

「インクブスを榾木として増殖し、ファミリアの食糧となる」

 

 インクブス真菌の性質を引き継いでいるため、洗脳と自爆も可能だ。

 そして、洗脳した個体がポータルを通過可能なのは確認済。

 まだ運用は手探りだが、いずれは大量投入しようと考えている。

 

「ファミリアを栽培しているのですか?」

「そうだ」

 

 ようやくシロアリやハキリアリは共生関係となる菌類を得た。

 彼女たちは保管していたインクブスをせっせと運び込み、パクスの増産に努めている。

 

「ほやほやしてる~」

ベニヒメや、邪魔してはならんぞ

「…何やってんだ」

 

 パクスの欠片を突っつくベニヒメをゴルトブルームが捕まえ、手を繋いで歩き出す。

 可愛らしい妨害など気にも留めずワーカーの一団は、脱線した地下鉄車両の下へ潜り込んでいく。

 少し屈めば、線路を引き剥がして掘られた大穴が見える。

 

「どこに向かってるんだ?」

 

 切れ長の目を細め、闇の奥を見通そうとするゴルトブルーム。

 

「エナの供給を必要としているファミリアの下だ」

 

 大口を開ける穴へ踏み込み、闇の中を滑り降りる。

 正面に現れた長大な曳航肢に掴まって減速。

 もごもごと触角を掃除していたオオムカデに、そのまま続けるようアイコンタクト。

 それから入口で待つ5人に手招きする。

 

「――東京の地下は、もうファミリアの王国ですわね」

 

 土塊で形成された洞穴の中を反響するプリマヴェルデの声。

 その声はファミリアの硬質な足音に掻き消される。

 卵を運ぶヤマアリの一団とすれ違い、巡回中のオオムカデが天井を通り過ぎていく。

 

「いずれ埋める方法は考えた方がいいな…」

「えぇ~埋めちゃうの?」

 

 こんな地下構造物が残っていたら首都が復興できないだろう。

 負の遺産は残したくない。

 

「観光地にして残すのはどうでしょう?」

「いいですわね。これなら日本三大洞窟に名を連ねますわ」

「いやいや、アトラクションにしようよ」

「悪くないな、それ」

 

 少女たちの姦しい声が洞穴に響き、ファミリアたちが触角を揺らす。

 

 未来ある者と消えゆく者――両者が会うのは、これが最後かもしれない。

 

 インクブスを駆逐した時、役目を終えたファミリアは消滅する。

 いつか訪れる終わりだ。

 

「…着いたぞ」

 

 パクスを運ぶワーカーの最後尾を追って、洞穴から広間へ踏み込む。

 天井は闇に隠れるほど高く、支柱は両手を広げた私よりも太い。

 そこは首都圏外郭放水路を思わせる空間だった。

 

「今度は大きなクワガタムシだね~」

「こんなにいたのか、こいつら……」

 

 そんな広間で待機しているのは、強靭な外骨格を纏う重量級ファミリアたち。

 食糧の問題が良化し、海外派遣で不足していた頭数を回復している最中だ。

 

 ただ――彼らはパクスが好物ではないらしい。

 

 まだ若齢のフタマタクワガタが、ちらりと私を窺う。

 静かに首を振ると、シロアリに押し付けられたパクスを渋々取り込んでいく。

 

「すごい強度だね。削り出して弾丸にできないかな?」

「その前にエナが霧散するのでは?」

 

 ヒラタクワガタの抜け殻を前に、ダリアノワールとユグランスが首を捻っていた。

 狐火の青を吸い込む外骨格は、この状態でもインクブスの放つ矢弾を易々と弾く。

 しかし、時間経過で崩壊するため、転用は不可能だ。

 

「この抜け殻はどうしますの?」

「それは……」

 

 これも貴重なエナだが、甲虫類の重量級ファミリアは原種と同様に摂食しない。

 ごみとして乱雑に扱う。

 ゆえに処分は雑食性の強いファミリアが担当するのだが――

 

「どこに運んでいくんだ?」

 

 せっせと抜け殻を運ぶシロアリを、ウィッチたちの視線が追う。

 その視線は、やがて床面近くに開かれた扁平な形状の穴で止まる。

 まずい。

 

ノブレスターブルのコロニーに――むごっ

「なんでもない」

 

 パートナーの鋏角を抓み、ゆっくりと首を横に振る。

 すぐ引き返すべきだ。

 のんびりと外骨格の硬化を待つヒラタクワガタの下から出入口へ足を向ける。

 

「コロニーを形成するということは……」

「どんな虫なんだい?」

 

 しかし、コロニーという単語を拾ってしまったユグランスが脚を止める。

 よく勉強しているが、それは時として残酷な結末を招く。

 テレパシーで制止することも考えたが、()()に落ち度はない。

 

「嫌な予感がしてきたぞ」

「…同感ですわ」

 

 もう手遅れだ。

 闇より長い触角が飛び出し、毛深い脚が床面を掴む。

 そして、艶を帯びた黒褐色の外骨格が狐火に照らされる。

 

「わぁ~大きなゴキブリさん」

 

 脱力感を誘うベニヒメの声に出迎えられ、ノブレスターブル(高貴な食卓)が姿を現す。

 

 その姿は、誰もが知っている――つまり、ゴキブリだ。

 

 左肩の物知りマスコットは何を思って命名したのか?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 ベニヒメ以外のナンバーズは――

 

脱兎の如くって感じだにゃぁ!

うむ! いい逃げ足だな!

 

 遥か遠くからパートナーたちの声が聞こえた。

 悲鳴を上げない胆力は、さすがナンバーズと言ったところか。

 

ノブレスターブルはだめですか…?

 

 成人男性の身長を優に超える衛生害虫筆頭(ゴキブリ)を見れば、誰だって逃げ出すだろうよ。

 一騎当千のナンバーズも例外じゃない。

 刷り込まれた恐怖を克服するのは難しいものだ。

 

「ベニヒメは平気なのか」

「う~ん」

 

 毛玉の塊のような尻尾が視界の端で揺れる。

 ゴキブリを模倣した重量級ファミリアを前にして、ベニヒメだけは変わらぬ調子で佇んでいた。

 口元に指を当て、しばし黙考する。

 

「蓮ちゃんの子……」

 

 ゆらりと狐火が揺らぎ、周囲の闇が深まる。

 

「だからかな?」

 

 そう言って小首を傾げるベニヒメは、驚くほど大人びた雰囲気を醸す。

 妖狐という言葉が脳裏を過るほどに。

 

 翠の瞳に吸い込まれ――咳払いを一つ。

 

 何をしているのだ、私は。

 今すべきことを思い出せ。

 

「…4人を追うぞ」

そ、そうですね!

「お~」

 

 呑気に抜け殻を咀嚼するノブレスターブルと別れ、私たちは闇の中へ身を投じる。




 テーマパークに来たみたいだぜ(愉悦)
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