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抗議のために破壊活動を選ぶ、急進派環境活動家たちの肖像

サボタージュ。器物損壊。環境危機に対する世の中の長年にわたる無策の帰結として過激化したレナ・ラザールと仲間たちにとって、これらは悪しき言葉ではないのだという。逮捕や実刑を受け入れながら一線を超えていく、環境保護運動の現在地。
Photograph: ROBERTO FRANKENBERG

雰囲気は犯罪現場というよりお祭りだ。アコーディオンを弾く者がひとり、ドラムを叩くニット帽姿の男がふたり。フランス西部の農村地帯の、よく晴れた春の日だ。しかし、この野原に集まった者たちは厳密に言えば不法侵入者であり、トラブルを想定している様子はある。ガスマスクを首から下げた人、目出し帽をかぶった集団もいる。暗い色のゴーグルやマスクで顔を隠している者もいれば、数人は協力して大きな布を掲げ天蓋にして警察のドローンの視界を遮っている。その混沌とした場の中心に立つのは、つるはしを手に持つレナ・ラザールだ。

このとき24歳だったラザールの長い茶色の髪はほどかれ、顔はむき出しだ。それが重要なのだ、と彼女は言う。これからすることに正当性をもたせる効果があるのだと。周りの群衆が見守るなか、ラザールはつるはしを地面に打ち込んだ。硬く乾いた土に先端を何度も叩きつける。これ以上腕がもたないというところまで来ると、群衆から別の者が出てきて交代する。数メートル掘り下げたところで、探していたものに辿り着いた──パイプだ。地面の下には、エパンヌ村の近くに建設中の「メガ貯水池」に水を運ぶための水道管網があった。集団はその管のひとつを力ずくで掘り出しに来たのだ。

2023年12月、警察機動隊と対峙するデモ隊。

Photograph: Estelle Ruiz / HANS LUCAS

世界中のほかの場所でも、環境保護活動家たちが大手石油会社や空港、銀行など、地球温暖化を加速させているとみなした各企業を標的にしてその事業を妨害している。フランスの活動家たちにとって、メガ貯水池は政府がまったく的外れの方法で気候変動に対応していることの象徴だ。深刻化する干ばつ問題を受け、フランス政府は大規模農場が乾季にも水を引けるように農村地帯に巨大な貯水システムを築いてきた。批判者たちによれば、最大7億2,000万リットル(オリンピックで使われるサイズのプール約300個分)もの水を貯めることができるこうしたメガ貯水池は、民間の土地所有者のために水を蓄える一方で、河川を干上がらせ地域の地下水を枯渇させているという。

だからそうしたプロジェクトはサボタージュ(抗議のための破壊行動)の標的になるのだ、とラザールは言う。貯水池を「武装解除」するという彼女の表現は、彼女ら抗議者ではなく貯水池こそが暴力をもたらす源であるかのようだ。2022年3月のその晴れた日、ラザールが群衆のなかから見つめる前で、ジーンズに白いTシャツ姿の男がロープを使って力強くパイプを地面から引き出した。別の者がアングルグラインダーを取り出す。その道具でパイプが切断されると群衆から拍手が沸き起こり、青いオーバーオールを着た男が切り離されたパイプをトロフィーのように頭上に掲げた。「その瞬間、水が噴き出して大地へ還りました」とラザールはのちに振り返る。

ラザールは、過去5年間に欧州で次々と結成されてきた急進派の環境保護団体のうちでも最も過激なフランスの組織、レ・スレヴマン・ド・ラ・テール(Les Soulèvements de la Terre)(=大地の蜂起)の200人の創設メンバーのひとりである。もともと物理学専攻の学生だった物腰柔らかな彼女は、いまやフランスにおけるサボタージュを代表する存在だ。「インフラが環境や生物に深刻な影響を与えるとき、わたしたちは行動します」と彼女は言う。

現在26歳のラザールは、活動家というよりも科学者のような雰囲気だ。基本的には物静かで真面目そうで、無駄のない話し方をする。髪は伸ばしっぱなしという印象で、声は優しくフラットだが、ときおり甲高い笑い声を上げることや毅然とした反抗の表情を見せることもある。「わたしたちは犯罪者というレッテルを受け入れません」と彼女は言う。フランスのジェラルド・ダルマナン内相[当時]がレ・スレヴマン・ド・ラ・テールの一部メンバーを環境テロリストとして言及し、政府が23年6月に同団体を違法組織に認定したあと、テレビに出演して団体の活動を擁護したのはラザールだった。

Photograph: ROBERTO FRANKENBERG

ここ数年、各地の活動家たちは銀行の窓ガラスを割り、ガソリンスタンドを攻撃し、石油パイプラインの管理施設に侵入し、何百台ものSUVのタイヤをパンクさせ、今年の夏にはストーンヘンジにオレンジ色の塗料を吹きつける事件もあった。その目的は、メディアの注目を集めるため、裁判所で自分たちの言い分を主張するため、あるいは、大気中に二酸化炭素をまき散らし、破滅的な気象現象を引き起こし、生物の大量絶滅を招いているとみなした企業を立ち行かなくさせるためなどさまざまだ。

グレタ・トゥーンベリが世界の環境保護運動の初期段階を体現しているとすれば、レナ・ラザールは次の段階の訪れを象徴する存在だ。現在の活動家たちは、19年の大規模な気候問題デモが大きな変化をもたらさなかったことへの深い失望、そして気候崩壊を防ぐためにはもう一刻の猶予もないという確信と闘っている。そんな切迫感と絶望が相まって、かつてはごく一部の最も過激な環境活動家のみがとっていたような行動に出ているのだ。

一線を越える覚悟

サボタージュは半世紀前から近代の環境保護運動の一部を担ってきた。1975年にはフランスの稼働前の原子力発電所でふたつの手製爆弾が爆発し、建設を数カ月遅らせた。86年には、活動家たちが重量約430tのアイスランドの捕鯨船2隻を沈没させたうえ、スレッジハンマーと酸を使って国内唯一の鯨油工場の処理設備を破壊した。ラザールが生まれた98年には、地球解放戦線(Earth Liberation Front)の関連組織が、絶滅危惧種のオオヤマネコの生息地と考えられる地域への進出を計画していたコロラド州のスキーリゾートに放火し、1マイルにわたる敷地を焼いて1,200万ドル(当時約13億8,000万円)以上の損害を与えた。

ラザールが子どものとき、一家(父親はミニシアターの館長、母親は映画広報の仕事をしていた)には日本に友人がいて、その影響で彼女は日本に強いつながりを感じていた。11年、ラザールが12歳のとき、津波の被害を受けた福島第一原子力発電所で大事故が起きた。その後の数日間、彼女は放射能漏れや15,000人の避難民についての記事をひたすら読み続けた。また、その原発の管理者たちがコスト節減のために安全対策に手を抜いていたという報道も読んだ。それをきっかけに、ビジネスにとっての最善と地域環境にとっての最善との間に存在する緊張関係を知った──いまやそれはあらゆるところで見られるとラザールは考える。「すべては住民の幸せよりも経済的利益を優先していたのです」

福島原発事故から7年後、ラザールはパリにわたって名門ソルボンヌ大学で物理学を学んだ。そこで学生運動家たちと出会い、一緒に抗議デモに参加し始めた。そして18年春のある日、フランス西部の廃空港を占拠していた環境保護運動家たちに警察が催涙ガスを発射するのを見て、デモだけでは不充分だと感じた。その年にトゥーンベリは自身の存在を知らしめた平和的な学校ストライキを開始し、ラザールも自分の団体を立ち上げた。デゾベイサンス・エコロ・パリ(Désobéissance Ecolo Paris)(=パリ環境不服従)と名付けたその団体は、戦略的な破壊行動の手段を考えることを目的とした。ラザールによれば、団体はリスクの低い小規模な行為をいくつか試し、簡単に落とせる黒い塗料を銀行の建物に吹きつけるなどしたが、結局は違法行為の計画について話し合ってばかりで実際に行動に起こすことは少なかったという。

同じ頃、主流派の環境保護運動は平和的戦術で勢いを増していた。何百万人もの若者が世界中の首都でデモ行進を始め、荒廃した地球を引き継ぎたくはないという意思を示した。19年前半にパリでもそうしたデモが始まると、ラザールも参加した。彼女はトゥーンベリの「未来のための金曜日」のフランス版と言えるユース・フォー・クライメット(Youth for Climate)の全国コーディネーターとなり、テレビや新聞に出て気候危機についてや飛行機での移動を止める決意を語った。

しかしその間、ラザールの気持ちはずっと落ち着かなかった。「スピードが足りませんでした」と彼女は振り返る。その年が終わる頃には大学を中退していた。「わたしたちは自分自身を改革し、人々を市民的不服従へと導き、より過激な行動を起こさなければなりません」と彼女はフランスの雑誌『Politis』に語った。そうして同志たちをサボタージュへ駆り立てようとしていた。「あえて物理的な損害を与えることを伝えていました」と彼女は説明する。当時、主流派の環境保護運動はこの一線を越える覚悟ができていなかったと彼女は言う。

その後はパンデミックが世界の関心を気候問題から遠ざけた。フランスでもロックダウン措置が敷かれた。ラザールは抗議活動を休んで日本にいたが、半年間母国に帰れなかった。ようやく帰国した彼女は、環境デモをテーマに発売されたばかりの『パイプライン爆破法――燃える地球でいかに闘うか』という本を手にした。

政府によるレ・スレヴマン・ド・ラ・テールの活動禁止決定を受け、同団体を支持するデモ隊がパリに集結した。

Photograph: Abaca Press/ Alamy Stock Photo

その本が出版される数年前、著者であるスウェーデンの学者で活動家のアンドレアス・マルムは、古代エジプトについての本を執筆中に自国が近代史上最悪の山火事に見舞われるという経験をしていた。北は北極圏から南はゴットランド島まで、60以上の場所で火事が起きた。そして、そんな火災はスウェーデンだけでなく、ギリシャ、米国カリフォルニア、英国でも起きていた。

マルムは、「世界が文字通り燃えているときに、こんな古くカビの生えた歴史のオタク研究をしている」場合ではないと考え、古代エジプトに関するその本のことをいったん忘れて、環境保護運動が真の進歩を遂げるためにはサボタージュが必要であると主張する論文を書いた。「現状がこれほど深刻になってしまったので、もはや完全に平和な市民的不服従の枠を超えて新たなことを始める必要があります」とマルムは言う。ただし平和的なデモ行進を止めるべきではない、と彼は主張する。必要なのは同時に急進派を育てることであり、それが圧力となって政治家たちが穏健派の活動家ともっと協力することにもつながるという。『パイプライン爆破法』のなかで、彼はそのダイナミズムを米国の公民権運動になぞらえる。ジョン・F・ケネディ、そしてリンドン・ジョンソンと大統領が2代続けてマーティン・ルーサー・キング・ジュニアに協力的だったのは、マルコムXの人気の高まりを脅威に感じていたからだとマルムは述べる。

そうした急進派の目的は人でなく資産に害を与えることであり、人を傷つければそれは道徳的にも戦略の面でも一線を越えてしまうとマルムは考える。「事態が複雑になるのは、壊したいものを警官が守っているときです」と彼は言う。つまり、警察官は例外になりうるということだ。

ラザールは、国家がトップダウンで経済に介入する「エコロジカル・レーニン主義」を提唱するマルムと完全に意見を一致させているわけではない。「政治に関する考え方は互いにまったく異なります」と彼女は言う。それでも、マルムの著書は彼女に大きな影響を与えた。21年にラザールは、「パイプラインを爆破しよう」と肩に大きく書いた姿でカメラにポーズをとっている写真をInstagramに投稿した。一方のマルムもレ・スレヴマン・ド・ラ・テールのデモに参加したことがあり、イデオロギーの面では賛成の意を示している。「サボタージュはもともとフランス語です。レ・スレヴマン・ド・ラ・テールはいまの欧州における環境保護運動の最先端だと思います」と彼は言う。

「刑務所に入る覚悟はできていた」

サボタージュという単語自体はフランス語だが、その戦術は欧州全土に拡がっている。ラザールたちがパイプを掘り出したのと同じ頃の22年前半、30歳の心理学者ラース・ヴェルナーは携帯用のはしごをバッグに忍ばせてドイツの田園地帯を歩いていた。何カ月もかけて地図を調べ、母国ドイツで石油パイプラインが地中に埋まっていない場所を探した計画の集大成だった。

ヴェルナーがメンバーとして所属する気候運動団体レツテ・ゲネラツィオン(Letzte Generation)(=最後の世代)は、逮捕されるまで道に座り込んで交通を塞ぐ道路封鎖の手口で最も知られる。そんな抗議活動のベテランであるヴェルナーと仲間たちは、世間の注目を集めるためなら「刑務所に入る覚悟はできていた」と彼は言う。そしてあの日、ヴェルナーはその理念をもってサボタージュに挑もうとしていた。とはいえ、目的はパイプラインの破壊ではなく、管理施設に侵入して石油の流れを止めることだった。Instagramに投稿されたその日の写真で、ヴェルナーは黒い非常用バルブを握りしめながら小さな丸眼鏡越しに厳粛な表情でカメラを見つめている。彼によると、その年の春にレツテ・ゲネラツィオンは全国で合計35カ所のパイプライン管理施設に侵入したという(ただしこの抗議活動への反応は薄かったとヴェルナーは言う。あまり報道されなかったうえ、パイプラインの所有者であるPCK石油精製所が石油供給の中断があったかどうかについて言及を拒んだからだ)。

Photograph: Valerie Dubois / HANS LUCAS

ヴェルナーの最初のパイプライン抗議から間もなくして、英国人医師のパトリック・ハートはジャスト・ストップ・オイル(Just Stop Oil)という英国の新興の団体に加わった。その団体は、政府が化石燃料プロジェクトの認可を停止すると約束するまで「大胆な行動」をとることを呼びかけている。22年8月のある日の夜明け前、ハートはロンドン郊外のガソリンスタンドに到着し、ハンマーとノミを使って給油精算機の画面を次々と叩き壊した。それからそこに座り込み、警察の到着を待った。精算機の画面を標的に選んだのは、ガソリンスタンドで唯一何かが流れ出したり生き物に害が及んだりすることなしに壊せるものだと思ったからだという。ジャスト・ストップ・オイルの標的はガソリンスタンドにとどまらず、有名な絵画を狙ったり、スポーツ会場に乱入したり、ストーンヘンジに粉末塗料を吹きつけたりして世の中にメッセージを発信している──みな気候変動が起きていることを忘れたいかもしれないが、最も悲惨な結果が訪れるのはまだこれからだ、と。

話のなかでハートは表現を変えつつ同じ主張を繰り返す。世界は破滅に向かっており、このまま化石燃料に依存し続ければ何十億もの人々が命を落とすことになるという主張だ。「何回これを言えばいいのかわかりませんが、とにかく本当にまずいんですよ」。彼にとっては、そのメッセージを伝える機会を増やすことが最大の目的なのだ。彼の行動がメディアの注目を集め、その結果として今回のような取材の依頼がいくつも舞い込んでくる。「取材を受けるたび、人類は滅亡に向かっていると言っています。いま変わらなければ、人類に希望はまったくありません」

ロンドンで会ったとき、ハートはスマートな青のスーツを着ていた。彼は法廷に向かっているところだった。トゥイッケナム・スタジアムで行なわれたラグビーの試合でオレンジ色の粉をピッチにまき散らした罪をめぐる裁判だ。この時点で彼はほかにも3件の裁判を抱えており、そのいずれかで実刑判決が下るかどうかはわからないが、もし実刑になったとしてもその覚悟はあると彼は言う。「みんな必死なんです。必死になればなるほど、人は過激な手段を使うようになる」

危機に対する“合理的な反応”

気候問題を訴えてサボタージュを起こす人たちは住む国も話す言語もバラバラだが、共通する部分は多い。自らの顔を晒し、自分たちの行動こそが現在の危機に対する合理的な反応だと示したいのだ。暴力的なのは自分たちの方ではない、と彼らは言う。真の暴力とは、利益のために地球を破壊している企業の行動だと。サボタージュの対象は資産であり、決して人間ではない。環境に恒久的なダメージを与えることはあってはならないのだ。

知ってのとおり、70年代に発電所に爆弾が仕掛けられても、フランスは欧州最大の原子力発電国へと成長する道を邁進し続けた。アイスランドで捕鯨は続いている。地球解放戦線が放火したコロラドのスキーリゾートは再建された。ヴェルナーが止めたドイツのパイプラインからは石油が、ハートが壊した英国の給油ポンプからはガソリンがいまも流れている。

Photograph: ROBERTO FRANKENBERG

しかしラザールは、自分の行動は確かに混乱をもたらしていると主張する。昨年の春までに、彼女はクラム=シャバン、エパンヌ、サント=ソリーヌにある3つのメガ貯水池に対するサボタージュに参加した。レ・スレヴマン・ド・ラ・テールはメディアの注目を集める以上のことをしている、と彼女は言う。この団体の活動に触発された者たちの手によって、フランス西部の各地でメガ貯水池への同様の攻撃が起こっている。これによりメガ貯水池の建設費が上がっているとラザールは主張する。建設会社は彼女のような者たちの攻撃を防ぐために警備員を雇ったり動体検知機を設置したりしなければならなくなったからだ。さらに、レ・スレヴマン・ド・ラ・テールの動向を注視しているのはメガ貯水池の所有者だけではない。

23年3月、ラザールも計画策定に関わり、フランス西部のサント=ソリーヌ近郊に建設中のメガ貯水池に対する2度目の抗議デモが行なわれた。少なくとも6,000人がデモに参加し、フル装備の機動隊員約3,000人がデモ隊と建設途中の貯水池との間に壁をつくった。引き返した参加者もいたが、残りは貯水池でのサボタージュを目指して封鎖突破を試みた。

それに対する暴力行為はフランスに衝撃を与えた。2時間弱の間に警察は5,000発もの催涙ガスを発射した。デモ隊は血まみれになり、レ・スレヴマン・ド・ラ・テールの発表によると200人以上が負傷した。ふたりは昏睡状態に陥った。片目を失った人もいると主催者側は主張している。警察によれば、47人の警官が負傷し4台の車両が燃やされた。「あの出来事が完全にトラウマになってしまった人もたくさんいます」と語るラザールは、前線から下がったところで負傷者の手当を手伝ったという。友人の友人は催涙弾で脚を撃たれ、開いた傷口からは血が流れ出ていた。救急車が到着するまで何時間もかかり、ラザールは途方に暮れた。

その日はアンドレアス・マルムも群衆のなかにいた。デモ隊と警察の衝突という、自身の著書で語る暴力の境界線がまさに目の前で揺れ動くのを見ていた。「あれは正しい行動だったと思います」と、警察のバリケード突破を試みた活動家たちの決定について彼は言う。「『なるほど、この敷地は圧倒的な軍事力で守られているから諦めて帰ろう』と言っていたら、国家の武力に降伏したことになったでしょう」

その事件は「サント=ソリーヌの戦い」と名付けられた。メディアの報道はレ・スレヴマン・ド・ラ・テールに新たな悪評をもたらした。複数の調査によると、国民はデモ隊と警察いずれもの暴力的行為を非難した(ラザールによれば、火炎瓶を投げたデモ参加者は少数だったという)。

そして23年6月、フランス政府はこの事件を正当な理由としてレ・スレヴマン・ド・ラ・テールの活動を禁止した。それから2カ月後に裁判所が介入し、事件に関して充分な調査が行なわれるまでは活動を続ける許可を与えた。

降りかかる法の猛攻

裁判所の介入からちょうど1週間後の23年8月、わたしはラザールに会うためにうだる暑さのなかフランス西部の田園地帯を自転車で2時間走った。サント=ソリーヌから数km離れたルゼ村に活動家たちが集まり、10日間にわたるパリへの自転車集団移動を行なおうとしていたのだ。目的はメガ貯水池建設に対する抗議でもあり、短期間活動を禁止されたレ・スレヴマン・ド・ラ・テールへの支持を表明するためでもあった。フランスの片田舎にあるその村は新たな猛暑に備えていた。地質調査所はまた記録的な干ばつがやってくると警告していた。村人たちはすれ違うわたしをじっと見ていた。政府が環境テロリストと呼ぶ集団の一員だと思ったのかもしれない。

Photograph: ROBERTO FRANKENBERG

ルゼに着く頃には服は汗でぐっしょりと湿り、頭はぼうっとしていた。町はずれの野原に数百人のレ・スレヴマン・ド・ラ・テール支持者が集まり、勝利ムードではありつつ警戒している様子も見られた。「わたしたちはみなレ・スレヴマン・ド・ラ・テールだ」と書かれた旗が掲げられている。警察もいるが、距離を置いている。上空ではヘリコプターが旋回している。

食べかけのサンドイッチを持ったまま、鮮やかな銀色の靴を履いたラザールが群衆のなかから現れる。野原のうち羊の糞が一面に落ちていない場所をみんなで見つけると、ラザールは草の上に膝をつき、気候活動家たちがいま急進的な行動を起こすべき理由を穏やかにかつ丁寧に説明した。

ラザールの役目のひとつは、レ・スレヴマン・ド・ラ・テールのイメージを和らげることだ。何年も前から彼女は急進派環境保護運動の新しい顔としてフランスの各誌に登場してきたが、正式にレ・スレヴマン・ド・ラ・テールのスポークスパーソンになったのは団体が解散の危機に直面したときだった。現在ラザールは、デモの現場でスピーチをしたり報道陣に自分たちの行動の動機を説明したりする数少ない活動家のひとりだ。「政府はレ・スレヴマン・ド・ラ・テールを危険な超左翼集団のように呼びます」と、指で草をねじりながらラザールは言った。大衆に暴力的な男たちをイメージさせたいのだ、と彼女は説明する。そして自分がそのイメージに当てはまらないことを彼女は知っている。わたしたちの後ろで自転車と共に草の上に寝そべる支持者たちも同様だ。そこには、子どもたち、白髪のヒッピー、トラクターの一団、犬、ロバまでいた。さらに、大きな白馬が荷車を引いて円を描くように歩き回り、荷車に積まれたスピーカーが震えながら音楽を鳴らしていた。

それからわたしはおよそ700人のレ・スレヴマン・ド・ラ・テール支持者たちと一緒に静かな田舎道を自転車で走った。うねる道を進みながら、ひまわり畑、風力発電機、干上がった川のそばを通り過ぎる。小さな町を通るたび、道にはたくさんの人が列をなし、ときには何百人もの人が集まって拍手をし、応援の声をかけてくれた。小さな農場の主人たちは門を開けてわたしたちを中に入れてくれたので、水筒に水を補充したり施設を利用したりさせてもらった。ある町から次の町まではDJもひとり同行し、ザ・プロディジーを爆音で流していた。それから3カ月後の23年11月、フランスの最高裁判所はこの団体の活動を禁じる政府の決定を不当であるとして覆した。

ただしそれは、こうした環境保護運動家たちに降りかかる法の猛攻のなかでのつかの間の休息にすぎない。欧州大陸に拡がるサボタージュの波に対し、各政府は対策を進めている。今年11月には、ラザールらレ・スレヴマン・ド・ラ・テールの代表者たちがサン=ソリーヌの戦いを含む23年のデモに関する議会調査への出席を拒否した罪で法廷に立つことになっている。そこでは2年間の禁固刑に処される可能性もある。同月、パトリック・ハートは自身の活動を原因として医師免許剥奪の是非を審理する裁判にかけられる。

昨年のドイツではレツテ・ゲネラツィオンが警察の手入れを受け、24年5月にはドイツの町ノイルッピンの検察庁が22年のパイプライン抗議を理由のひとつに同グループのメンバー5人を犯罪組織結成の罪で起訴した。意外にもヴェルナーは起訴されていないが、仲間の活動家たちが公の裁判にかけられることでドイツ全体が自国の化石燃料使用について考え直すきっかけが生まれてほしいと彼は考える。そうすれば、ついにパイプラインへのサボタージュも彼が当初から望んできた影響を与えられるだろうと。

メンバーが裁判所に引きずりだされる各グループにとって、大衆の支持を得ることはこれまで以上に重要だろう。だからこそラザールにとっても、細い田舎道に列をなす人々がとても重要だったのだ。人々の支持という恩恵が必要なのである。「急進主義が勝利するためには、いつだって大衆の支持が不可欠なのです」とラザールは言った。サボタージュは、人々を刺激してその行為に追随させる必要がある。そのためには、怪しい犯罪行為というイメージを払拭しなければならない。

長いサイクリングの1日目が終わり、わたしたちは野原に自転車を停めた。活動家たちが設置したキャンプ場には、バー、自分で決めた料金を支払う食堂、気候に関する講義や音楽の生演奏をするためのステージがあった。またアコーディオンの音が響き、お祭りの雰囲気が戻る。「活動家にとって、時には夜に覆面を被ってサボタージュをすることも重要だと思います」とラザールは言う。「でもレ・スレヴマン・ド・ラ・テールは、そうした活動を真っ昼間に、身元を晒して、集団で喜びと音楽と共に行ないたいのです」。喜びの雰囲気こそがこの活動全体のカギなのだと彼女は語った。

(Originally published on wired.com, translated by Risa Nagao/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)

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