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第21話「語らい」

 深夜の森林で僕はエルフの元帥へと訊ねる。


「マリーシャ学長。僕からも1つ質問があるんだけどいいかな」

「言ってみなさい」

「『透明な者たち』がミルディアナを徘徊していた、と聞いたらどう思う?」


 突拍子もない話だ。

 どう考えても意味不明な問いかけだから、あまり返答に期待はしていなかったのだけれど。


「何を今更。あなたともあろう者が『アレら』の存在に気が付かなかったとでも」

「……? 初めて見かけたのは、ミルディアナの街だったんだけどね」


「アレらは帝国のどこにでも潜んでいるでしょう。ミルディアナだけではなく、他の街や村に至るまで、地や壁を這いずり回っている」

「今更っていうことは、もしかしてずっと前からあの生物はいたのかい?」


 マリーシャ学長は手にした葉っぱをぼんやりと眺めながら、どうでもいいことのように言う。


「戦時には既に。初めて見かけた時は興味深いと思えましたが、帝国内のどこに赴いてもその姿を見かけるので飽きました」

「……飽きた、の一言で済ませるあたりがマリーシャ学長らしいのかな。誰かに伝えようとは思わなかったの?」


 僕が面白半分に問いかけると、マリーシャ学長は葉を咥えてもしゃもしゃ咀嚼した。

 それをこくりと飲み込んで彼女は言った。


「大半の者にはその姿どころか存在すら捉えられないようなので、言っても無駄でしょう」

「無駄なわけないじゃないか。貴女ほどの逸材が語ることなら、放置しておけるわけが……」

「忘れたのですか、テオドール。何故、ミルディアナで末期の雫事件が起きたのかを」


 言葉を遮られてその意味を考える。

 ……ああ、そういうことか。

 直接の原因はギスランの暗躍だったけど、彼の行動を許すきっかけとなったのは――。


「当時、エルフは歓迎されていなかった。聞く耳を持つ者もまたいなかったというわけだね」

「そうです。そして、透明なアレらが何をするわけでもない。自分たちでは見えず、何に被害を与えるわけでもないのです。そのような不可解極まる者がいると証言したところで、意味はないでしょう。それどころか、ツェフテ・アリアの元帥という身分である私がそのようなことを明かせば不信感が募るのみ。故に放置した。それだけの話です」


 合理的な女性だ。

 僕はそのことに関して、もう1つ気になっていることを訊ねる。


「リューディオ学長はあの存在に気付いているかい?」

「当然です。私を超える才を持つあの子が気付かぬはずもない」

「……まったく、ああいう面白い生物がいるなら早く教えてくれれば良かったのに。何も知らないように振る舞うあたりがリューディオ学長らしいのかもしれないけど」


 まあ、気が付いている素振りは見せていたけどね。

 すると、マリーシャ学長がふと言った。


「アレらをどこでも見かけるとは言いましたが、一斉に姿を消してしまうこともあります。あなたがあの子に出会った時がまさにそうだったのでしょう――時にテオドール」

「うん? なんだい」


 マリーシャ学長と視線が合う。

 彼女は近くに置いてあった乾いた木の枝を焚き火に放りながら、自然に言った。


「あなたは帝国出身ではありませんね」

「……だとしたら?」


 今まで幾度か問いかけられた質問だ。

 もはや驚きはしない。僕はただ彼女が辿り着いた結論を聞きたかった。


「ゼナン出身? 有り得ない。竜族の気配がまったくしないのだから。キアロ・ディルーナ? 違う。あの国があなたのような逸材を逃すわけがない。ルーガル? ツェフテ・アリア? 検討に値しない。『フェルビス領域』? ドワーフの血を引いていれば、我が国の門番がそれを見抜けぬはずもない」


 ……フェルビス領域はこのツェフテ・アリアの更に南方に隣接するドワーフたちの住まう地だ。

 マリーシャ学長はぶつぶつと独り言を続けながら、僕の瞳をじっと見据える。


 そこに警戒の色はなく、好奇の色もない。

 ただ、目の前にある正体不明の遺物を淡々と鑑定でもするような口調で彼女はなおも続ける。 


「あなたはミルディアナで天使に連れ去られながらも帰還した。ならば、レスタ・フローラ聖王国出身者か。有り得るはずがない。彼の国が天使と交流せし者を野放しにしておくわけがないのだから」


 以前、グランデンの地を離れる前にジュリアンから同じようなことを聞かれた。

 彼は結局よくわからないままだったようだけど、このエルフの女性はどうだろう。


 マリーシャ学長はぼんやりとしているようで、頭の回転は極めて早い。いや、だからこそなのだろうか。考え事に没頭するあまり、他者の目を気にすることもなくぼーっとしているように見えるだけなのかもしれない。


「――そもそも、天使は何故下界に現れたのか。しかも、天魔の召喚と同時に。それはおかしい。天界に住まうはずの天使が、召喚術式とは違う形によって現れた。有り得るはずがない。しかしその有り得ぬことが実際に起きたのであれば、答えは明白。我が国に古来より住まうラナキエル――。あの黒翼と同じく、天魔召喚術式が行われるより以前からこの地上へ降臨していなければ辻褄が合わない。つまり、ミルディアナに現れた天使は500年以上前からどこかの地にいた。ならば、それはどこか」


 マリーシャ学長は早口で言いながら、その青い瞳で僕の瞳の深奥を覗き込む。


「どの国にいても天使が自由に振る舞っていれば、必ずや噂話として広がる。何故そうならないのか。それは天使が束縛されていたから? 否。ミルディアナに現れた天使は自由奔放な行動をした。これは彼女が地上に存在することとは相反する事実」


 エルフの学長は淀みなく続ける。


「天使が自由を謳歌しながら、その姿を知られずに済む国などない――が、唯一たる例外が1つだけある。それこそが西方に位置する大国であり魔族の住まうテネブラエ魔族国。何が起きても情報を辿れない暗黒の地。その国で元来は相容れないはずの光と闇の融和が果たされたのであれば、この状況を説明することは容易い」


 マリーシャ学長は特に感慨に耽る様子もなく、淡々と言った。


「よって、テオドール。私はあなたを魔族だと断定します。異論があるなら言いなさい」


 もはや、僕の口から説明するまでもないか。

 拍手をしそうになった。リズやジュリアンが寝ているから控えたけどね。

 

「色々と説明する手間が省けて助かるよ。そう、僕は魔族さ。これまで色んな人と話してきたけど……ただの知識と推測だけでそこまで辿り着いたのは貴女だけだ。褒めてあげるよ」


 まあ、エインラーナ陛下にもバレてしまったけど、彼女には王家の力があるからね。リズも似たようなものだ。

 マリーシャ学長はまったく顔色を変えず、驚くこともなく、推測が当たったと喜ぶこともない。ただ、いつものように口を開いた。


「天使の存在を上位の魔神たる魔王が許すはずもない。魔族を害する存在を受け容れられるわけがない。しかし、前提条件を変えればこの考え方は覆る。テオドール、あなたは魔王がうちの一柱であり、他の魔王をも説き伏せるほどの力を持つとされる――魔王の中でも頂点に位置する存在、ルシファーではありませんか」


 面白い。

 ならば、僕はこう返そう。


「そんな至高の存在たる魔王が、どうして帝国にやってきたと思うんだい? 他の者に任せればいいじゃないか」

「理由まで推測することは難しい。あらゆる可能性があるのですから。ですが、強いて言うなれば――」


 マリーシャ学長はぼんやりとした表情のまま、懐から葉っぱを取り出してゆらゆらと揺らしながら言う。


「キラファ・リシテルにて、あなたを見守るように存在していた何かが、その場に留まることになったクラリス・フレスティエへと庇護の対象を変えた。――あなたの言葉によって」

「その存在はどんな風に見えた?」

「高度な隠密術式でその姿を隠していたので、せいぜい輪郭がぼやけて見えた程度ですがとても高い戦闘能力を誇るのだということはわかりました。今のあなたより強いでしょう。そのような力強き存在が言われるがまま命令に従っている以上、あなたが魔族の中でも相当な位であることが窺い知れます」


 まったく。

 レナはやっとのことで自尊心を取り戻してきつつあったのに、また台無しにされたら堪ったものじゃない。


 もう一度傷ついた彼女をどうやって宥めたらいいものやらと思って聞いていたけれど、この程度なら問題ないか。

 しかし、気になることがある。


「マリーシャ学長が言っていることは正しい。“彼女”は僕の護衛のようなものだよ。でも、どうして彼女の存在に気が付いたんだい? あのリューディオ学長ですら、姿を消した彼女をその目で捉えることは出来なかったというのに」

「どうやら、あなたはまだあの子のことを侮っている節がありますね。――“見えている”に決まっているでしょう。そのようなことを、問われた経験はないのですか」


 ミルディアナを発つ際、リューディオ学長はこう言っていた。


『――見えるものを見えないように振る舞うというのは、それ以上に大変だとは思いませんか』


 その時、僕の後ろにレナはいなかった。

 念のために探りを入れたけど、彼は気付いていないように思えた……が。


 もしかしたら、彼の言葉は街中を這い回っていたあの奇怪な生物以外のことも指していたのだろうか……。

 僕が沈黙して考えている間、マリーシャ学長は葉をもしゃもしゃ食べていた。やや間を置いてから、彼女は言う。


「もっとも、戦後は末期の雫事件でミルディアナの高等魔法院が破壊されるまで、あの子の力は封じられていました。禁術程度も扱えなかったのですから、それまでは本当に気が付いていなかった可能性もありますが」


 確かにあの事件の後、僕はしばらく軍学校の生徒として街の復興を手伝っていた。

 当時はレナの行動を制限するようなこともしなかったし、彼女が外を出歩いて事件の黒幕の手掛かりに繋がる何かを探していたこともあった。


 本来の力を取り戻したリューディオ学長なら、あるいはそんなレナの存在に気が付いてもおかしくはないのかもしれない。

 グランデンで大英雄の娘であるシャルロットにレナの姿があっさりと看破されるまで、僕も彼女も警戒心が緩んでいたのも事実だ。


「……なるほどね。まったく、エルフというのは誰も彼もが裏があるように見えて仕方がないよ」


 今度あのハーフエルフに会ったらどう問いただしてやろうか。

 レナを同伴させて妻だと紹介したらどういう顔をするだろう。

 そう思っていると、マリーシャ学長は言った。


「テオドール。今後エルフと接し続けるのであれば、考えを改めなさい。エルフというものはあなたが考えている以上に合理的で、相手を利用することしか考えず、己の利にならないこともせず――その心のうちを他者に開くことなどない、ということに」

「エルフそのものであるマリーシャ学長がそれを言うのかい?」

「はい。良い授業になったでしょう」


 授業とは言い得て妙だ。

 ある意味、今まで軍学校で習ったどんな学問や戦い方よりも、遥かにタメになったというほかない。せいぜい用心するとしようじゃないか。

 マリーシャ学長が続けて言う。


「今度はあなたが私に教える番です」

「というと?」

「前に言ったでしょう。真理を語り合おうと」


「あえて聞くけど、僕が魔族だということについて何か思うところは?」

「ただの人間よりは面白いです」


「魔族の王を相手に不遜もいいところだね。なんなら、その身体に今まで感じたことのない快感でも教えてあげようか。『君』はなかなかに見目麗しい」

「私を相手にそのような下卑た感情を抱く男もいましたが、少し話し合うとみな逃げていきました。確かに真理を語る上でお互いの身体を知っておくこともまた重要なのかもしれません。必要であれば付き合いますが」


 ぼんやりした表情のまま、こともなげに言うエルフ。

 焚き火に照らされる白い軍服を纏う彼女の肢体は魅力的だ。冗談を抜きにしても手を出したくなるもの、とはいえ。


「…………僕が言うのもなんだけど、マリーシャ学長はもう少し自分の身体を大事にした方がいいんじゃないかい」

「私を抱きたいのではなかったのですか」

「せめて、恥ずかしがったりしてくれるともっとその気になれたんだけどね」


 その時、リズが呻くような声を上げた。

 寝ている彼女へと視線を向けると、リズは眉間に皺を寄せ辛そうな寝顔を浮かべている。


 今のリズは相当なストレスを抱えている。

 その最大の要因とも言えるであろう彼女の婚約者であるダークエルフのことが頭を過ぎる。そして、その傍にいるという黒翼の天使にも――。


「まあ、冗談はさておき。マリーシャ学長、さっきの話でラナキエルという天使に触れたよね」

「はい」

「どういう存在なんだい? ダークエルフの王の傍に控えていて、かつてはリューディオ学長をも虜にしそうになったとは聞いたことがあるけれど」


 マリーシャ学長は葉っぱをしゃくりと食べながら呟いた。


「彼女を語るには、まず……」


 そこまで言ったところで、ふと何かに気が付いたかのようにマリーシャ学長はキラファ・リシテルの方角へと顔を向けて言った。


「……テオドール、話は後にしましょう」

「どうしたんだい。何か急用でも?」

「至急、リーゼメリア殿下と竜の子を起こして聖域へと戻ります。どうやら、私が話すまでもなくこの地へ赴いてきたようです」


 その時、僕もかすかな魔力の波動を感知した。

 闇の力を纏った何者かが南方の方角から近付いてきていると感じた時には、既に僕が感じる魔力の波動は膨大なものになっていた。


 この感覚には覚えがある。

 それはかつて、テネブラエ魔族国に侵攻してきた天使の大群の気配。


 彼らが纏っていた膨大な神気をそのまま闇の力に変じたような存在が、凄まじい速度で聖域へと迫っている。

 ある程度距離が離れていてもこれほどの力を感じさせるとは、恐るべき存在といえるだろう。


 間違いなく強いな、これは。

 そう感じた僕は知らず知らずのうちに口の端を吊り上げていた。

次回、別キャラ視点。

今回と地続きの話です。


明日、10月16日から本作のコミカライズが各電書ストアで配信となります。

よろしければ是非ご覧くださいませ。

また、10月20日にはオーディオブックの2巻が配信されます。

こちらも是非。

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